……え?
「いまなんて……?」
「ですから、愛奈さまも王生くんのことが好きなのです。お二人は両想いなのです」
た、匠真くんと姫野さんが両想い……?
そ、それってつまり、た、匠真くんの恋はもう叶ってるってこと……?
「これ、使いますか?」
桜宮さんからハンカチを差し出される。
どうして? と思ったけど、ふと自分の頬に触れてみると、濡れていた。
涙が溢れて止まらなかった。
「ご、ごめんなさい……グスッ……ちょ、ちょっと、グスッ……驚きすぎちゃって……」
「嬉しかったのですね。私もあなたから王生くんが愛奈さまのことが好きと聞いた時、同じ気持ちでしたのでわかります」
「……ってことは、桜宮さんも泣いて──」
「泣いてはいませんが」
「……あっ、は、はい」
貸してもらったハンカチで涙を拭うと、僕は「洗って返すよ」って言ったんだけど、桜宮さんが「別にいいです」と僕の手から取ってしまった。
「そ、そうだ! 二人が両想いってわかったんだから、すぐにでも匠真くんに連絡しないと!」
ズボンからスマホを取り出すと、匠真くんに電話……はいま部活中で迷惑になるから、メッセージを送ろうとする。
「根津くん、ダメです」
──が、急にスマホを操作している方の手を桜宮さんにぎゅっと握られた。
「はぎゃっ!?」
今までに出したことないような声(本日二回目)が出ちゃって、明後日の方向にスマホを放り投げちゃった。あぁ、僕のスマホが……。
「さ、桜宮さん……? きゅ、急にどうしたの……?」
「根津くんが愛奈さまの気持ちを王生くんに伝えようとしたからです」
「そ、それは……ふ、二人が両想いだから……」
「そうだとしても誰かの好意を他人が勝手に伝えてはいけません。違いますか?」
「うっ……そ、そうだよね。ご、ごめんなさい……」
いま僕がやろうとしていたことは、姫野さんにも匠真くんにもすごく失礼なことだ。
冷静になればすぐにわかることなのに、匠真くんの恋が叶っていたことがわかって少し舞い上がっちゃってたみたい……。
「そもそも私はたとえ愛奈さまと王生くんが両想いだとしても、お二人の恋はあくまでもお二人自身で叶えてもらうべきと考えています」
「えっ……じゃ、じゃあ、その……僕たちは匠真くんたちに何もしてあげられないってこと?」
僕は匠真くんのなんの役にも立てないの……?
そ、そんなの嫌だよ……。
──しかし、桜宮さんは首を横に振った。
「私たちは愛奈さまと王生くんが自分たちで恋を叶えられるように、陰でサポートをするのです。そして、そのための作戦会議です」
桜宮さんはどこからかじゃじゃーん!と小さな黒板を出してきた。
縦30センチ、横40センチくらいの四角の中には、
『愛奈さまと王生くんが普通に話せるようにする』
と書かれていた。
「さ、桜宮さん? そ、それは……?」
「私たちの最初の目標です」
「も、目標って……で、でも、僕たちは匠真くんたちの恋に関わらない方が良いんじゃ……」
「当然、お二人の気持ちを直接伝えるような行為はいけません。……ですが、お二人の距離が縮まるように、こっそり手助けする分には問題ないと思います」
「……! そ、そっか! いま桜宮さんが言ったことが、陰でサポートするってことなんだね!」
僕の言葉に、桜宮さんは「そういうことです」とクールな声音で返した。
「ですので、本日の作戦会議ではお互いに意見を出し合って、こちらの目標が達成できそうな作戦を考えましょう」
桜宮さんは黒板を指さしながら言う。
それを合図に僕たちの初めての作戦会議が始まった。
まずは十分ほど使って、お互いにどうやったら『姫野さんと匠真くんが普通に話せる』ようになるのかを考えることにした。
「そういえば桜宮さんは初めに作戦会議だからメイド服に着替えたって言ってたけど、あれってどういう……?」
「こちらの服の方が集中できるからです。作戦会議は愛奈さまのために全力で頑張らないといけませんので」
「そ、そっか……。普段はメイド服でお仕事しているんだもんね」
もし僕がご主人さまだったら〝紡さま〟とか言われるのかなぁ。
料理とか掃除とかもしてくれて……ま、まさかその他のお世話とかも……!?
「根津くん、もしかしてエッチな妄想をしてしまいましたか?」
「えぇ!? そ、そんなこと……ないよ?」
と否定しているのに、桜宮さんはじーっと見つめてくる。
まるで全部見透かしているみたいに。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ちょっとはしゃいじゃいましたぁ!」
白状して、全身全霊で何度も謝った。
これは嫌われ──いや、それどころか殺されちゃうかもしれない……。
「いえ、別に気にしていません。男性はみな常に発情しているケダモノだと母から教わっていますから」
「そ、それは極端だと思うよ!?」
たしかに男の子はエッチな妄想とかはしちゃう時もあるけど、みんなケダモノは言いすぎだよぉ……。
桜宮さんのお母さんの教育って、大丈夫なのかなぁ。
「念のため、愛奈さまと王生くんの関係について伝えておきますが、現在のお二人は会えばほぼ必ず言い争いをしてしまいます」
「う、うん。そ、そうだね……」
小さいものを含めれば、だいたい一日に十回以上は口喧嘩している。
これじゃあ恋人になるのなんて、夢のまた夢だよ……。
「で、でも、どうして二人ってあんなに仲が悪くなっちゃったのかな? 元々は友達みたいに仲良く話していたと思うんだけど……」
「……根津くん、知らないのですね」
「……え? な、何が……?」
訊き返すと、桜宮さんはいつものようなフラットな声音で語ってくれた。
なんでも匠真くんと姫野さんが、今みたいな関係になってしまったのは匠真くんに原因があるらしい。
一年生の頃のある日、匠真くんが同級生の女の子から告白された時があった。
ちなみに、彼にとってこれがこれまでの高校生活で唯一の告白だ。
もちろん匠真くんは断ったけど、その断った理由が問題だったみたい。
その翌日、告白した女の子が学年の生徒たちに広めたんだ。
王生くんには好きな人がいるらしいって。
しかも、特徴は金髪のショートヘアーで、巨乳。
なんでも匠真くんは「好きな人がいる」と言って告白を断ったんだけど、女の子から好きな人の特徴を訊かれると、姫野さんへの気持ちがバレるのが嫌で、彼女とは全然違う特徴を答えてしまったらしい。
以降、それを聞いた姫野さんは匠真くんにあまり近づかなくなって、これがきっかけで二人の関係はぎくしゃくしてしまい、紆余曲折を経て、今のような口喧嘩が絶えない間柄になってしまったみたい……。