第一章『猫と鼠と協力関係』その5
「そっか。あの時、告白されたことがきっかけでこんなことに……」
もちろん告白のことは
……でも、断り方までは知らなかった。
「つまり、お二人が今のような関係になってしまったのは、全て
「うぅ……な、なんかごめんなさい」
「そろそろ、予定の十分が経ちますね」
「えっ、もうそんな時間……!?」
「私と
「え、えっと……さ、
「わかりました」と
ま、まだ何も思い付いてないなんて言えないよぉ……。
「
「っ! そ、そんなものがあるの!?」
驚いて訊ねると、彼女は小さく頷いた。
今まで生きてきて、恋愛の教科書があるなんて聞いたことがなかった。
さすがなんでも完璧な
「その恋愛の教科書とは──これです」
淡々とした物言いと一緒に、
「…………」
僕は唖然とした。
「この本と同じことを
綺麗で無機質な瞳の奥からは、揺るぎない自信を感じた。
このままだと少女漫画を参考にした作戦になりそうだけど……これって言ってもいいのかな? い、いきなり怒られたりしないかな? こ、恐いなぁ……。
「そ、その……
内心で怯えながらそう教えると、
「ですが、この本の人たちはみんな恋人になっていますよ」
「それは物語だからだよ……少女漫画みたいなことしたら、その……大半の人は引いちゃうよ」
「いえいえ、そんなまさか……」
こっちは必死で訴えているのに、
ど、どうしよう。少女漫画への信頼がすごいよ……。
「失礼します」
ここで
彼は持ってきたトレイにパフェを二つ載せていた。
「サービスです」
「あ、ありがとうございます」
パフェをテーブルの上に置くと、
「あっ、そ、その……ま、待ってください!」
頑張って大きい声で引き止めると、
「私に何かご用でしょうか?」
「そ、その……も、もし少女漫画みたいなことが現実で起こったら、
と訊いたあとで思ったけど、
「そうですねぇ……私の経験上、女性がドン引きしてしまうのではないでしょうか」
その言葉には妙に哀愁が含まれていた。
もしかしたら、過去に少女漫画関連で何かあったのかもしれない。
その後、彼は「お客様が来たみたいです」と言い残し、速やかに去っていった。
「どうやら私が考えた作戦はダメみたいですね……」
今までなんでも完璧にこなしてきたところしか見たことなかったけど、
「そ、その
「……大丈夫です。このくらい平気ですから」
表情に変化はない。でも、うっすらとまだ元気がないように見える。
僕が彼女の作戦を否定しておいてあれだけど、どうしたら彼女の元気が出るだろう……そ、そうだ!
「さ、
「そうですね……。そうしましょうか」
ひとまず会議を中断して、僕たちはパフェを食べることにする。
こ、これで少しは元気出してくれるかな……?
「美味しいですね。さすが叔父が作ったパフェです」
モグモグしている
……だけど、パフェは美味しいって言ってどんどん食べてるし、少しは元気出たみたい。
「パフェ、食べないのですか?」
ずっと眺めていたら、
「い、今から食べようとしてたところだよ。い、いただきまーす」
慌ててパフェを一口パクリ。
すると、ほのかな甘みとフルーティーな香りが口いっぱいに広がった。
これ、すごく美味しい! 甘さもくどくないから、いくらでも食べられるよ!
「美味しいですか?」
「う、うん。とっても美味しいです……」
でも、そんなに真っすぐに見つめないでください。恥ずかしいです。
そんな感情を誤魔化すように、僕はパクパクとパフェを食べ進める。
「
そう言って、
「う、嘘!? どこ? 右? 左?」
「こっちですよ。こっち」
「それは、えっと……僕から見て右か!」
「いいえ、逆です」
刹那、
──ペロリ。
「っ! さ、
唐突に口元を舐められて、動揺しまくった僕は噛み噛みになる。
「何って、口に付いていたクリームを取ったのですが……ダメでしたか?」
「ダ、ダメじゃないけど……そ、その取り方が、ちょ、ちょっと……い、いや、かなりおかしいというか……」
「? 私がいつも
「そ、そうなの!?」
僕はびっくりしすぎて声が裏返りそうになった。
「さて、そろそろ作戦会議を再開しましょうか。次は
「えっ……う、うん……」
僕の番が回ってきた。
ど、どど、どうしよう……。ま、まだ何も思い付いていないよぉ。
い、いや一旦落ち着こう。そして、もう一度作戦を考えてみよう。
どんなことをしたら二人は普通に話せるようになるかなぁ……。
──と少し考えたけど……うぅ、やっぱり何も思い付かない。
「……
「え、えっと……そ、その……」
返答に困って口ごもっていると、
いま
怒ってるのかな? それとも呆れてるのかな?
クラスメイトのみんなはなんとなく
いつもの澄ました表情とか、こういう謎めいているところとか。
対して、僕はビビりだし、背が小さいし、恐くなるとすぐに逃げ出すし『チューちゃん』と呼ばれるに、ふさわしいくらいの鼠っぷりだと思う。
「ミャー」
不意に妙な鳴き声が聞こえた。
テーブルの下から聞こえたような……。