第一章『猫と鼠と協力関係』その5

「そっか。あの時、告白されたことがきっかけでこんなことに……」

 もちろん告白のことはたくくんから聞いていて、それを断ったことも知っている。

 ……でも、断り方までは知らなかった。

「つまり、お二人が今のような関係になってしまったのは、全て王生いくるみくんのせいということですね」

「うぅ……な、なんかごめんなさい」

 たくくん、金髪ショート巨乳はダメだよぉ……。

「そろそろ、予定の十分が経ちますね」

「えっ、もうそんな時間……!?」

 さくらみやさんが身に付けていた腕時計を見せてもらうと、たしかに作戦会議を始めてから十分が経過していた。

「私とくん。どちらから先にいきますか? 私はどちらでも構いませんが」

「え、えっと……さ、さくらみやさんからでお願いします」

「わかりました」とさくらみやさんは一番目を引き受けてくれた。

 ま、まだ何も思い付いてないなんて言えないよぉ……。

くん、この世界には恋愛の教科書があることを知っていますか?」

「っ! そ、そんなものがあるの!?」

 驚いて訊ねると、彼女は小さく頷いた。

 今まで生きてきて、恋愛の教科書があるなんて聞いたことがなかった。

 さすがなんでも完璧なさくらみやさん。僕なんかよりずっと知識が豊富だ。

「その恋愛の教科書とは──これです」

 淡々とした物言いと一緒に、さくらみやさんが見せてきたもの──それは〝少女漫画〟だった。

「…………」

 僕は唖然とした。

 さくらみやさん、それは恋愛の教科書じゃないよ……。

「この本と同じことをあいさまと王生いくるみくんにもしてもらえれば、きっとお二人は普通に話すことができますし、恋も叶うはずです」

 綺麗で無機質な瞳の奥からは、揺るぎない自信を感じた。

 このままだと少女漫画を参考にした作戦になりそうだけど……これって言ってもいいのかな? い、いきなり怒られたりしないかな? こ、恐いなぁ……。

「そ、その……さくらみやさん。言いにくいんだけど、それは恋愛の教科書じゃないんだ。むしろ、現実でそれと同じことをやったら失敗しちゃう……と思う」

 内心で怯えながらそう教えると、さくらみやさんはこてんと首を傾げる。

「ですが、この本の人たちはみんな恋人になっていますよ」

「それは物語だからだよ……少女漫画みたいなことしたら、その……大半の人は引いちゃうよ」

「いえいえ、そんなまさか……」

 こっちは必死で訴えているのに、さくらみやさんは全く信じてくれない。

 ど、どうしよう。少女漫画への信頼がすごいよ……。

「失礼します」

 ここでさくらみやさんの叔父さんが再登場。

 彼は持ってきたトレイにパフェを二つ載せていた。

「サービスです」

「あ、ありがとうございます」

 パフェをテーブルの上に置くと、さくらみやさんの叔父さんは流れるように退散しようとする。

「あっ、そ、その……ま、待ってください!」

 頑張って大きい声で引き止めると、さくらみやさんの叔父さんはピタリと止まった。

「私に何かご用でしょうか?」

「そ、その……も、もし少女漫画みたいなことが現実で起こったら、さくらみやさんの叔父さんはどう思いますか?」

 と訊いたあとで思ったけど、さくらみやさんの叔父さんって少女漫画とか読んだことあるのかな?

「そうですねぇ……私の経験上、女性がドン引きしてしまうのではないでしょうか」

 その言葉には妙に哀愁が含まれていた。

 もしかしたら、過去に少女漫画関連で何かあったのかもしれない。

 その後、彼は「お客様が来たみたいです」と言い残し、速やかに去っていった。

「どうやら私が考えた作戦はダメみたいですね……」

 さくらみやさんが顔を俯けて肩を落とす。

 今までなんでも完璧にこなしてきたところしか見たことなかったけど、さくらみやさんでもこんな風になるんだ……。

「そ、そのさくらみやさん。大丈夫?」

「……大丈夫です。このくらい平気ですから」

 表情に変化はない。でも、うっすらとまだ元気がないように見える。

 僕が彼女の作戦を否定しておいてあれだけど、どうしたら彼女の元気が出るだろう……そ、そうだ!

「さ、さくらみやさん……そ、その……い、一緒にパフェ食べようよ。せっかくさくらみやさんの叔父さんがサービスしてくれたんだし……」

「そうですね……。そうしましょうか」

 ひとまず会議を中断して、僕たちはパフェを食べることにする。

 こ、これで少しは元気出してくれるかな……?

「美味しいですね。さすが叔父が作ったパフェです」

 モグモグしているさくらみやさんの表情は変わらない。

 ……だけど、パフェは美味しいって言ってどんどん食べてるし、少しは元気出たみたい。

「パフェ、食べないのですか?」

 ずっと眺めていたら、さくらみやさんに不思議がられた。

「い、今から食べようとしてたところだよ。い、いただきまーす」

 慌ててパフェを一口パクリ。

 すると、ほのかな甘みとフルーティーな香りが口いっぱいに広がった。

 これ、すごく美味しい! 甘さもくどくないから、いくらでも食べられるよ!

「美味しいですか?」

「う、うん。とっても美味しいです……」

 でも、そんなに真っすぐに見つめないでください。恥ずかしいです。

 そんな感情を誤魔化すように、僕はパクパクとパフェを食べ進める。

くん、クリームが付いてますよ」

 そう言って、さくらみやさんが自身の口元に指を当てる。

「う、嘘!? どこ? 右? 左?」

「こっちですよ。こっち」

「それは、えっと……僕から見て右か!」

「いいえ、逆です」

 刹那、さくらみやさんが顔を近づけてきて、

 ──ペロリ。

「っ! さ、さくらみやさん!? な、なな、何やってるの!?」

 唐突に口元を舐められて、動揺しまくった僕は噛み噛みになる。

「何って、口に付いていたクリームを取ったのですが……ダメでしたか?」

「ダ、ダメじゃないけど……そ、その取り方が、ちょ、ちょっと……い、いや、かなりおかしいというか……」

「? 私がいつもあいさまにする時はこうですが……?」

「そ、そうなの!?」

 僕はびっくりしすぎて声が裏返りそうになった。

 ひめ家では女の子二人でそんな過激なことが行われているんだ……。

「さて、そろそろ作戦会議を再開しましょうか。次はくんの意見を聞かせてもらえますか?」

「えっ……う、うん……」

 僕の番が回ってきた。

 ど、どど、どうしよう……。ま、まだ何も思い付いていないよぉ。

 い、いや一旦落ち着こう。そして、もう一度作戦を考えてみよう。

 どんなことをしたら二人は普通に話せるようになるかなぁ……。

 ──と少し考えたけど……うぅ、やっぱり何も思い付かない。

「……くん、もしかして何も思い付いていないのですか?」

「え、えっと……そ、その……」

 返答に困って口ごもっていると、さくらみやさんは感情が見えない澄んだ瞳でこちらをじーっと見つめてくる。

 いまさくらみやさんは何を考えてるんだろう。

 怒ってるのかな? それとも呆れてるのかな?

 クラスメイトのみんなはなんとなくさくらみやさんのことを『みゃーちゃん』と呼んでいるけど、僕は彼女のことを本当に猫と似ていると思っている。

 いつもの澄ました表情とか、こういう謎めいているところとか。

 対して、僕はビビりだし、背が小さいし、恐くなるとすぐに逃げ出すし『チューちゃん』と呼ばれるに、ふさわしいくらいの鼠っぷりだと思う。

「ミャー」

 不意に妙な鳴き声が聞こえた。

 テーブルの下から聞こえたような……。

関連書籍

  • きゅうそ、ねこに恋をする

    きゅうそ、ねこに恋をする

    三月みどり/Tota

    BookWalkerで購入する
  • ラブコメの神様なのに俺のラブコメを邪魔するの? だって好きなんだもん

    ラブコメの神様なのに俺のラブコメを邪魔するの? だって好きなんだもん

    三月みどり/なえなえ

    BookWalkerで購入する
  • ラブコメの神様なのに俺のラブコメを邪魔するの? 2 す、すみましぇんですの

    ラブコメの神様なのに俺のラブコメを邪魔するの? 2 す、すみましぇんですの

    三月みどり/なえなえ

    BookWalkerで購入する
Close