第一章『猫と鼠と協力関係』その3

 ──放課後。


「ここかな?」

 僕は今朝、さくらみやさんから来たメールに書かれていた住所に辿り着いた。

 周りには飲食店が並んでおり、目の前にはどこにでもあるような喫茶店。

 このお店の中に入ればいいのかな?

 ──ぷすり。

「うわぁ!」

 急に頬が何かに刺されて、思い切り尻もちをついてしまった。

「申し訳ありません。大丈夫ですか?」

 綺麗な音色の声が降ってくる。

 見上げると、絶世の美少女がこちらを見つめていた。

「さ、さくらみやさん!」

「はい。こうしてきちんと会話を交わすのは一週間ぶりですね」

 いつもの淡々とした口調で返すさくらみやさん。

 彼女は何故か人差し指を立てていた。

「なんとなく頬をつっついてみたのですが、驚かせてしまいましたね」

「そ、そっか。いまのはさくらみやさんが……」

 なんとなく頬をつっついたって……。話している時も表情が変わらないし、相変わらず彼女の考えていることがさっぱりわからない……。

「さて、では行きましょうか」

 さくらみやさんは喫茶店に向かう。

 あっ、やっぱりこの中に入るんだ。

くん? どうかしましたか?」

「ご、ごめん! すぐに行くから!」

 さくらみやさんの後ろを付いて行くように歩き出すと、たまたま地面に転がっていた石に躓いて──バタン!

「うぅ、痛いよぉ……」

「……以前も思ったのですが、あなたってもしかしてドジですか?」

 全く否定できなかった。だってその通りだから。

「仕方がない人ですね。少し見せてください」

「ひぃっ!?」

 さくらみやさんに近づかれて、僕は変な声を出してしまう。

 そのせいで彼女からは不思議そうな目で見られた。

「そ、その……だ、大丈夫だから」

「大丈夫ではありませんよ。もし深い傷でもできていたらどうするのですか?」

「で、でも……」

 一週間前に初めてまともに喋ることができたとはいえ、そう簡単に苦手意識は消えないわけで……。

「とにかく早く見せてください」

「うぅ……わ、わかったよぉ」

 観念して、さくらみやさんに怪我がないか確認してもらう。

 その間、僕はずっとビクビクしていた。

「特に問題はなさそうですね」

「う、うん……ありがとう」

 お礼を言うと、僕はすぐに離れようとする。

 ──が、さくらみやさんが急に僕の腕を掴んだ。

「さ、ささ、さくらみやさん!?」

 突然の接触に心拍数が一気に上がる。

 彼女の手は雪のように白くてちょっぴり冷たかった。

「こうしていないとまた転びますよ?」

「そ、そんなことないと思うけど……って!? ちょ、ちょっと待って──」

 強引に連れていかれる形で、僕はお店の中へ。

 僕の心臓はずっとドキドキしていた。


◆◆◆


 さくらみやさんと一緒に店内に入ると、内装も外観と同じように一般的な喫茶店といった感じだった。

 すると、ダンディな店主に迎えられ、さくらみやさんが彼と幾つか会話を交わす。

 どうやら二人は知り合いみたいだ。

「こちらへどうぞ」

 それから店主に最奥の部屋に案内された。

 喫茶店なのに個室もあるみたい。

 僕たちが向かい合うように席に着くと、店主は静かに部屋から退出した。

「さ、さくらみやさん。さっきの人って……」

「あの人は私の叔父です」

「そ、そうなの!? ……あれ? でもさくらみやさんの家系って代々ひめさんの家系に仕えているんじゃ……」

「もちろん叔父も従者ですよ。ですが、仕えている主人の事情により、彼の勤務時間は深夜なのです。ですから、昼間から夕方はこうして喫茶店を開いています」

 やっぱりあのダンディな人も従者なんだ。男の人だから執事なのかな。

くん。申し訳ありませんが、少し待っていてくれますか?」

「えっ、う、うん……」

 頷くと、さくらみやさんは部屋から出て行ってしまった。

 僕だけ取り残されちゃった……。

「…………」

 ……ん? よくよく考えたら僕って、今からあのさくらみやさんと二人きりで話すってこと?

 しかも、こんな密室で?

 ど、どど、どうしよう……。そ、そう考えると、ちょっぴり恐いし緊張もしてきちゃったよぉ……。

「お待たせしました」

「ふぎゃっ!?」

 さくらみやさんの声にびっくりしすぎて、今までに出したことないような声が出ちゃった。

 ……でも振り返ると、もっと驚くことがあった。

 なんとさくらみやさんがメイド姿になっていたんだ。

 まるで作り物のように美しすぎるルックスに、ふわふわのエプロンドレス。

 一度見たことがあるとはいえ、そのコントラストはとんでもない破壊力を持っていた。

「か、可愛い……」

 呟いたあと、すぐに口を押さえる。

 し、しまった。あまりにも可愛すぎて、つい言っちゃった。

 いきなりこんなこと言って、気持ち悪がられたかな……。

「そうですか。ありがとうございます」

 そんな心配をしていたけど、さくらみやさんは一切動じず平然と対応する。

 彼女のことだから、可愛いとかは言われ慣れているのかもしれない。

「……で、でも、どうしてメイド服に着替えたの?」

「それはもちろん、これからくんと作戦会議をするためです」

「……? さ、作戦会議ってなんの……?」

 訊ねると、さくらみやさんが不思議そうにこてんと首を傾げる。

王生いくるみくんの恋を叶えるための作戦会議に決まっているではないですか」

「た、たくくんのって……えぇ!? さくらみやさんってたくくんの恋を叶えるのに協力してくれるの!?」

「はい。そのために叔父に頼みまして、特別にこの部屋を用意してもらったのです。私たちが通っている学校の生徒に、会議の内容を聞かれてしまうと困りますから」

「そ、そうなんだ……」

 衝撃の事実だった。

 い、いつの間にそんなことに……。

「で、でも僕、まださくらみやさんから協力するなんて返事もらってないと思うんだけど……」

「昨晩、あいさまの秘密である『ぴょんメーター』に関する情報を送りましたよ? それで気付いてくれるかと」

「えぇ……あ、あれが返事だったんだ……」

 わ、わかりにくすぎるよぉ……。

「ではくん。早速、作戦会議を始めてもよろしいですか?」

「あっ、そ、その……」

「? まだ何か……?」

 さくらみやさんがそう訊いてくると、僕は控えめに頷いた。

「そ、その……自分から頼んでおいてあれだけど、ど、どうしてさくらみやさんはたくくんの恋を叶える協力をしてくれるの? さくらみやさんにメリットがあるように思えないんだけど……」

 僕の問いに、さくらみやさんは顎に指を添えて考える仕草を見せる。

「そうですね。これは作戦会議で話そうと思っていたことなのですが……」

 ……な、なんだろう? こんな言い方するってことは、たくくんの恋を叶えるとさくらみやさんも得をするってことだよね? ……うん、全く見当もつかないや。

 ──と、その時。


あいさまも王生いくるみくんのことが好きなのです」

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