1章:甘くて可愛い彼女ができました その3
遠くなっていく2人を、遠い目で見つめる夏彦の肩を琥珀がポンポン。
「分かるか、ナツ。これが持つ者と持たざる者の差やで」
「う、うるさいな! どうせ雲泥の差だよ!」
「雲泥? えらく生ぬるい表現するやん」
「え……、雲泥以上に俺らの差あんの……?」
ケタケタと笑う琥珀を見てしまえば、月とスッポンさえ生ぬるく感じてしまう格差社会。
とはいえ、琥珀としては夏彦が持っていようが持ってなかろうが、どちらでも構わない。
だからこそ、「独り身同士、仲良くしよや♪」とお
「チクショウ……、俺に彼女さえいれば、ドヤ顔で琥珀に自慢できるのに……!」
「そんなことよりナツ。お
「腹減ってるけど、絶っ対に行かねぇ」
「えー。マクド行こや。どうせ暇やん、お前」
「どうせ言うな! 暇だけどさ!」
「ナツのそういう素直なとこ、ウチは結構好きやで」
「
「まーまー。そんな悲観的にならんでも。ナツに彼女がいつできるかは知らんけど、それまではウチがガッツリ遊んだるやん。一肌も二肌も脱いだるやん」
『一肌も二肌も脱ぐ』を表現するためか。琥珀はシャツの襟部分を
俗に言うチラ見せ。
「!!!」
そこは男の
男勝りであれど、琥珀は顔もスタイルも特級品。普段拝むことのできない鎖骨などのデコルテライン、さらには、制服でも隠しきれない豊満な胸のふくらみが、煩悩の世界へと歓迎会を開催。
おもてなしは底知れず。ブラ
デコルテライン、胸のふくらみ、ブラ紐。
究極3連コンボだドン。
さすがの夏彦でさえ、ガン見するのは危険すぎる。このままでは、リトル夏彦が反抗期を迎えてしまう。童貞の性。
『目の前の
「琥珀、見えてる」
「んん?」
指差されれば、ようやくブラ紐が見えていることに琥珀が気付く。
普通の女子ならば、「キャー、のび
けれど、女の形をしたオッサンは、チャック開いてますと指摘された感覚なのか。
「ほんまやね」
何食わぬ顔で襟を正すだけ。
「お前、本当に女なのか……?」
「ブラ紐
「……。発想が女子じゃねえ……」
「そんな男らしいウチのおっぱいガン見しとったのは、どこのどいつカナ?」
「!?!?!?」
立派な胸の持主は、他人が胸に注目しているのが分かる。
そんな話は、都市伝説だと思っていた夏彦は、身をもって実感する。
本当の話だったと。
琥珀は、新しい
そして、羞恥心無い系女子は、セクハラ大魔神と化す。
「お、おまっ……!?」
「ほら夏彦ちゃーん、オッパイでちゅよー♪」
推定DかEはあるであろう豊満なバストを、下から
右手に右乳、左手に左乳。まるで、「メロンやスイカいかがですか?」の如し。
しかし、目の前にある代物は、メロンやスイカではない。おっぱいだ。
童貞が耐えられるわけがない。
「か、かかかかからかうなぁ! 胸を見せびらかすな! 寄せるな! 近づけるな! 俺の純情を汚すなぁ!」
胸を押し付ける
「ひゃはははは! ナツ、反応
「最低だ! 最低の女だ! 下品にも程がある!」
「ほんま。童貞言うたら怒るくせに、純情が汚れるとか言いなや。キャラぶれぶれやで」
「うるさい! うるさい! てか、16歳で童貞は普通だからな!? 多分! いいや絶対! JISでも規格化されてるに違いない!」
「そんなこと言う奴に限って、一生童貞のままなんやで?」
「ぐっ……!」
「そんなこと言う奴に限って、30歳近づく頃には、『30まで童貞貫くと魔法使えっから』とか開き直るんやろなぁ」
「ぐぐっ……! ……本当に魔法が使えるなら、お前を消し炭にしてやりたい……!」
「アホか。本当に魔法使えるなら、ウチかて一生処女でおるわ」
「くぅぅぅ~~~! 何でコイツは、俺と対等な立場のくせに堂々としてるんだ……!」
「価値観って人それぞれやからちゃうかな」
「今更、良いこと言っても無駄だからな!?」
彼女がいないことをからかわれ、童貞だとからかわれ、おっぱいを使ってからかわれ。
全てに
戦略的撤退というか、メンタル的に撤退せざるを得ないというか。
リュックの中にマガジンをぶち込んだ夏彦は、勢いよく立ち上がる。
「今に見てろよ! 超絶に可愛い彼女を絶対作ってやるからな!」
その宣言は、奴隷解放宣言のように革命的なものではない。
三下ヨロシクな、バイバイキーンのような、敗者が去り際に吐く悲しいセリフに近い。
「お前の、おっぱ──、胸なんかに目移りしないくらい、可愛い子とイチャイチャするから! お前に自慢してやるから覚悟しとけ! 分かったか!?」
「あ。妄想話長くなりそう? やったらマクドで話さへん?」
「チクショォォォォォォォーーー~~~~!」
夏彦は琥珀を捨てて走り出す。
ただガムシャラに。
己の
※ ※ ※
必ず、かの
夏彦には政治が分からぬ。夏彦は、普通の高校生である。けれども童貞という言葉に対しては、人一倍に敏感であった。
「チクショォォォォォォォーーー~~~~!」
行く先は分からない。けれど、全力で走らずにはいられなかった。感情の
羨ましかった。草次に
悔しかった。琥珀に玩具にされたことが。
情けなかった。自分の童貞丸出しな行動が。
何よりも、大きくて柔らかそうな、おっぱいだった。
「わぁぁぁぁぁぁ~~~~~!」
思考の9割がおっぱい。気を抜けば、頭の中がおっぱいでワッショイ。
多くを望まぬ夏彦だって男子高校生だ。おっぱいに憧れてしまうのは自然の摂理。
何事かと夏彦に注目する人々が、「すげぇ形相で、やべぇ奴が走ってる……」とモーゼが海を割るかの如く夏彦から遠ざかっていく。
『リア充は爆発しろ』という危険思想は無いはずの夏彦だが、通りすがるカップルやリア充グループには、さすがに敏感になってしまう。
他校生の男子が、可愛い女子2人と一緒に歩いているのを見ただけで、羨ましくてハンカチを噛みちぎりそうになる。
老夫婦が散歩している光景だけでも嫉妬してしまうし、仲良く手を
公園で盛っている犬2匹にも嫉妬してしまう。末期である。
どれくらい走っただろうか。
「ぜぇ……、ぜぇ……」
急勾配な坂を上り切った高台の先端にて、夏彦は肩を激しく上下させていた。
沈みゆく
急激な運動で肺や心臓が痛い。もう足は一歩も動かない。
けれど、目一杯叫ぶことはできる。
真っ赤に染まる街並みに向かって、夏彦は叫ぶ。
「おっぱい
この瞬間の夏彦は、夢にも思っていなかった。
己に恋人とおっぱいモミモミする権利が与えられることに。
それが、彼女と出会う20分前までの出来事である。