1章:甘くて可愛い彼女ができました その2
もはや、楽しく読める気分でなくなった夏彦は、琥珀へと雑誌を献上。
「さんきゅー♪」
えくぼができ、白い歯が見えるくらい屈託のない笑顔で感謝されれば、大抵の男は何を言われても許してしまうだろう。それくらいの魅力が琥珀の笑顔にはある。
実際、その笑顔に当てられ、勘違いした男たちも数知れず。告白して死んでいった男たちも以下同文。
その点、ずっと一緒にいる夏彦は、しっかりと琥珀に対して免疫が出来上がっている。
その笑顔が自分の不幸で成り立っていることを知っている故、その笑顔にアンパンチしたいくらいだ。
鼻歌交じりに雑誌を読み始める姿も、競馬新聞を読むオッサンにしか見えない。
とはいいつつ、実は琥珀のことを夏彦は好きなのでは……?
ということは有り得ない。
だとすれば、実は夏彦のことを琥珀は好きなのでは……?
ということはもっと有り得ない。
2人はしょうもないことを言い合える悪友なのだから。
「ほんと、お前ら仲良いのな」
アイスコーヒー片手に、コンビニから戻ってきた少年が2人へと話しかける。
彼の名は、
どこか気だるそうな、アンニュイな雰囲気を漂わせる彼は、琥珀に負けず劣らず顔立ちが整っている。
高身長、細身な
人気があったり、モテるのは言わずもがな。
ちなみに、琥珀もモテるのは確かだが、ガサツさが知れ渡っているために人気度が少し落ちる。夏彦はお察しの通り。
「草次からも言ってやってくれよ!」
残念な夏彦、草次に救援要請。マガジンの恨みは深い。
「あのガサツ関西女が俺のこといじめるんだって。!? ほ、ほら! 中指立ててくる! あの中指へし折ってくれよ!」
「そんなことしたら、夏彦の指、全部へし折られるんじゃね?」
アへ顔Wピースもとい、ドヤ顔W中指だった琥珀が目を輝かせる。
「それめっちゃエエ、アイデアやん! 『ナツの指、全部へし折ってみた』これで1本の特番作れるんちゃう?」
「池の水抜くみたいに言うなよ!」
ケタケタ笑う琥珀は、逃がすものかと夏彦へと肩を組む。男子だろうとお構いなしのボディタッチは琥珀ならでは。
「草次のせいだ! 草次が余計なこと言ったせいだ!」
「知らねーよ」
軽く笑う草次は、夏彦が絡まれている光景を
草次と2人は、若干の距離があるように見えてしまう。
しかし、これが草次にとって、夏彦たちにとって、最適な距離感。
人間関係とは面白いもので、誰もが和気あいあいと騒ぎたいわけではない。
草次は当事者より傍観者を好む。これくらいが丁度良いのだ。
これくらいが丁度良いからこそ、人気があろうがカーストトップに君臨する力を有しようが、草次は頂点を目指そうとしない。
カースト上位特有の付き合いも面倒だと思っているし、自分の恩恵にあやかろうとしている者たちも、おおよそに分かる。ウンザリさえしている。
だからこそ、草次は夏彦を気に入っている。
毒気のない、
琥珀もそうだ。男勝りな自分を友として見てくれる夏彦だからこそ、存分にボディタッチできる。
故に、人気度は高いが、どこか風変わりな2人は夏彦といることを好む。
夏彦のことを誰よりも評価している。
何かに気付いた草次が、おもむろにカバンを持ち上げる。
「迎え来たから、俺行くわ」
「「?」」
首を
横断歩道の向かい側、そこには信号が青になるのを待つ少女の姿が。
草次の彼女だ。
詮索を嫌う草次からは、自分の恋人だとハッキリ聞いたことはない。けれど、今日のようによく待ち合わせして帰っているのだから、きっとそうなのだろう。
市内にあるお嬢様学校の制服に身を包み、遠目にも穏やかさや人柄の良さが
草次の視線に気付いた少女は、朗らかに柔和な笑みを浮かべる。信号下からでも小さく手を振り、草次の友である夏彦や琥珀たちにも、律義に頭を下げて挨拶してくれる。
遠くからでも分かる。めっちゃいい人だと。
出世意欲のない夏彦だが、夏彦だって
「放課後にデートとは、ご立派な身分やなぁ」
恋愛事に全く興味の無い琥珀は
「じゃあな」と短く挨拶を告げた草次は、彼女の待つ歩道目指して歩いていく。