第1章 悪徳領主 その6

    *


[ナルヤ王国軍:12241人]

[エイントリアン領地軍:4914人]


 俺は[情報確認]を通じて兵力をスキャンした。こうして兵力の数値を確認できるのもこのゲームの強みだ。それが、このリアルな世界でもそのままとうしゆうされていた。

 しかし、俺の命令どおりに動いてさえいれば、ここまでの被害は受けないはずだった。

 それなのに我が軍の数が急に減り始めていた。


[エイントリアン領地軍:4414人]


 はぁ。恐れていたとおりだ。烏合の衆も同然な連中が俺の命令どおりに完璧に動いてくれるわけがなかった。たった一日で完璧な訓練はできないし仕方がない。

 ただ、着実にダメージは与えていた。敵の1万5000人を超えていた兵力に変化が生じたのは確かだ。

 だから、ここまでは作戦どおりだ。

 こうなることも考えてはいた。

 実は、今回の待ち伏せ作戦には敵の数を減らすことよりも大きな計略を仕込んでいた。

 通用するかはわからないが、俺は戦争の勝敗をその計略にかけていた。

 そのために、敵の先頭が山を抜けて平地に出てきたところで落とし穴にはまった瞬間、狼煙を上げて絶壁の上の待ち伏せ部隊に一斉攻撃を仕掛けさせたのだ。

 そうすれば、降り注ぐ矢で敵兵が山岳地帯を簡単に抜け出せない状況が作り出される。

 何しろここで勝利を手にできなければ意味がない。敵の総兵力がすっかり集結した状態でのしゆせんなんかとんでもない。士気20の何の訓練もできていない軍勢で守勢しても大して持ち堪えられないのが事実。

 それなら、むしろ敵の兵力が分散された状況で敵の指揮官を殺すことこそが最善の戦略だった。

 だから俺は、待ち伏せ兵4000人を除く1000人余りの囮部隊を率いて落とし穴の前に姿を現した。もちろん、ここで戦うつもりはない。敵が待ち伏せ作戦に引っかかったとはいえ、ここで戦うには敵軍の数が圧倒的に多すぎる。

 こんな状況で敵の指揮官が本隊と離れて出現したら? それに越したことはない。敵軍を全滅させられる可能性、そして指揮官を殺せる可能性がぐんと高まる。

 1000人の部隊で1000人の敵軍に紛れた指揮官を殺すのと、1000人の部隊で1万人の敵軍に紛れた指揮官を殺すのでは、その難易度が違う。

 だから、敵の指揮官を誘引する必要があった。

 王や公爵が直接率いる部隊は規模が大きいため例外だが、小規模部隊は指揮官が先頭に立つ、それが兵法の常識だ。

 落とし穴にはまったのは敵のへいたい。その騎兵隊の中に指揮官がいるのは確かだった。そこで、俺は落とし穴の中で陣形を整えている敵の部隊に向かって大声で叫んだ。

「俺の土地を侵略するとはな。ナルヤ王国軍はよく聞け。貴様たちのその愚かさの罪を問う!」

 少し離れた場所からそう叫んだ後、俺は指揮官の旗を探した。旗の下のひときわ目立つよろいそうしたひとりの男が目に留まった。


[ランドール・エブハン]

[年齢:37歳]

[武力:85]

[知力:59]

[指揮:70]


[所属:ナルヤ王国第2軍の先鋒隊の指揮官]

[所属内の民心:62]


「クッハハハハ! この俺を見くびるとはな。めつするがいい。動ける騎兵隊は俺の後に続け!」

 敵の指揮官、ランドールはうまい具合に俺の挑発に乗ってきた。

 奴はゲーム中でもプライドが高いキャラだった。

 特に、自分が主力部隊ではなく囮部隊を任されたことに不満を抱いている可能性もある。こんなところでの失敗ともなれば、なおさら許せないだろう。

 そんな状態で見くびっていた敵軍から一撃をくらう。普通ならいきどおりを感じるはず。

 瞬間的な憤怒は理性を失わせるもの。特に戦いではなおさら。

 問題は、武力がなんと85もあるということ。

 有名な武将だ。ある程度予想はしていたが、さすがに85という数値には少し驚いた。

 だが、迷っている余裕はない。今は作戦を進めるのが先だ。

「ベンテ! 撤退するぞ!」

 俺は指揮官の突撃に対抗してベンテと共に逃げた。逃亡という名の誘引だ。


[ナルヤ王国軍:1221人]


 逃げながら[情報確認]をしたところ、およそ1221人の騎兵隊が後を追ってきていた。1万人以上の兵力が山岳地帯に足止めされている状況だ。

 これほど絶好のチャンスはない。

 敵将の武力がもう少し低ければ、今頃勝利のたけびをあげていただろう。

「罠を発動させろ!」

 我が軍の白兵戦はまったくあてにならないため、誘引してくる場所にも事前に罠を仕掛けておいた。

 逃げながら待ち伏せ兵に向かってそう叫ぶと、地面を掘って仕掛けておいた竹槍の罠が発動した。後ろを走っていた騎兵隊の馬がヒヒィィーンという鳴き声を上げながら竹槍に刺されたり罠を避けようとした勢いで転倒したりと、すぐに現場はしゆと化した。

「よし、今だ! 一気に矢を浴びせろ!」

 ベンテが兵士たちを急き立てながら叫ぶ。そして、自らも弓を手にして向かってくる騎兵隊を数人射抜いたが、それでも気が済まなかったのか、刀を抜いて走って行くと次々に兵士を斬り倒した。

 竹槍と矢の雨により突進してくる騎兵隊が急激に減り始めた。

 あっという間に我が軍の士気が高まる。


[エイントリアン領地軍:902人]


 敵兵は大幅に減ったが、ぜんとして問題は敵の指揮官。

 彼はやみくもに槍を振り回しながら突進してきた。矢も竹槍も、彼の槍にことごとく破壊された。

 そして、見事な馬術で竹槍の罠を越えてきては我が軍の兵士を次々に斬り倒す。


[エイントリアン領地軍:700人]


 さらにあの敵将の周りの敵軍がふんとうしだしたせいで、我が軍の数が急激に減り始めた。

 強かった。

 確かに強かった。

 あれだけ強い武将ともなれば特有のスキルを持っているに違いない。

 だが、現レベルではそういった固有スキルはシステムに表示されない。

 俺はそうした強い敵を倒さなくてはいけない。

 それが勝利の条件。

 よりによって、その条件が武力85の怪物だなんて!

「おい、そこ! 領主はお前か? 死ねーっ!」

 そして、さっき大声で叫んでいた俺を見つけ、そのまま槍を投げつけてきた。彼が投げた槍は何かスキルでも使ったかのように高速回転しながら俺の元に飛んできた。

 確かに、このゲームで27にもなる武力差は絶対的だ。

 戦争で武力にこれだけの差がある武将を倒すには、敵の兵力を圧倒するだけの兵力が必要となる。

 現在の敵兵が700人ほどなら、少なくともその5倍の兵力がなければ優位には立てない。

 このゲームにおける強い武将とは、そのくらいとても重要なポイントなのだ。

 だが、阻止できる。いや、阻止できると思う!

 方法は用意してある。

 けれど、ランドールの槍を阻止したのは死を覚悟して矢面に立ったベンテだった。

「どくんだ、ベンテ! 命令だ! 俺を信じろ!」

 身をていして主君を守る。それはもちろん尊敬に値する忠誠心だ。

 しかし、今の状況ではそれが明らかにあしかせとなっていた。

 今の俺の武力は酷いありさまだが、ランドール相手に戦える方法はある!

 俺はすぐにアイテムを呼び出しだ。

 生き残らなければならない戦闘でこうして無謀に躍り出れるのは、ある意味このアイテムのおかげだった。

 まさに俺が持つ最高の武器であり保険!


[特典アイテムのだいとおれんを使用しますか?]


 メッセージが目の前できらめき、俺がうなずいたその瞬間、特典アイテムが発動した。


    *


 前日の領主城にて。

 兵士たちに落とし穴の設置と待ち伏せを命じた後、俺はひとまず領主城に戻ってきた。

 ひとつ思い出したことがあるからだ。ある重要なことが頭の中を駆け巡った。

 システムは栄光に挑戦する機会を与えると言っていた。

 そして、寝て起きたら俺はこんな世界に転移していたのであって。

 つまり、まさに今の状況が栄光に挑戦する機会というわけだ。その栄光が何かはわからないが。とにかく今重要なことは、そうなると特典に関するメッセージも本当であるということ。

 転移する前日の夜、俺は特典という言葉に惑わされて寝る直前までゲームをしていた。結局、いくら探してもその特典とやらは見つからなかった。だが、その特典がこの世界に転移してから入手できるものなら、ゲーム内で見当たらないのは当然だった。

 確かメッセージには特典は始まりのMAPから探検を通じて獲得せよとあった。自動支給ではないということだ。それなら間違いなくどこかに特典が隠されているはず。

 では一体始まりのMAPとはどこのことなんだ?

 始まりのMAPだから……。

 初めて目を開けた場所?

 ほかならぬ領主城の寝室?

 寝室に入って部屋中を見回す。くまなく探したが寝室に何かを隠せる空間などなさそうだった。

 マップというだけに、寝室に限らず領主城全体のことを意味しているのか?

 すぐに俺は領主城のあちこちをすべて探し回った。寝室、しよさい、侍従やメイドの居室、キッチンまで全部探した。しかし、特典と呼べるものはどこにも見当たらなかった。


    *


「侍従長、城のどこかに特別な場所はあるか?」

 いくら探しても出てこないため、この城を一番よく知る侍従長に訊いてみた。なんとなく、どこかゆいしよある場所だとか古い建物、そういった場所に隠されているようにも思えてきたからだ。

「特別な場所ですか……。地下に歴代領主のはいがありますが、古代エイントリアン王国時代のものまであるので特別といえば特別な……」

 王国時代の位牌?

 確かにそれは特別だ。ぴんときた俺は侍従長の話の途中で走り出した。

「ご主人様?」

 遠くで侍従長の声が聞こえたが、俺の頭の中にはもう特典という言葉しかなかった。狂ったように走って地下へ行くと鉄製の大きな扉が目に留まった。その扉を開けて中に入るとそこには広い空間が現れた。その空間には侍従長の話にあったようにたくさんの位牌が保管されていた。領主時代のものだけでなく、エイントリアン一族が王国の主だった時代の位牌までもがすべて並べられている。

「へぇ~」

 その位牌を見ていると少し奇妙なものを発見した。並んだ位牌の中央に置かれている細長い箱がひときわ目立っている。どう見ても何か特別な感じがする。俺は迷わず箱に手をかけた。手を触れたその瞬間、光が飛び出すと同時にメッセージが現れた。


[特典を獲得しました。]

[大通連]

[武力+30]

[効果時間30分。その後5時間のクールタイム。]

[武器スキル:さい/30分に1回使用可能]


 大通連? 日本の御伽草子に出てくる神剣じゃないか。

 こんなありえない状況を作ったのがゲームの運営だとすれば。運営が神だから、神剣と呼ばれるあの大通連を特典に?

 まあ、名前はそうとして、アイテムの能力値は正しく特典そのものだった。

 武力が+30にもなるアイテムなど見たこともない。特S級アイテムでもせいぜい武力+10といったところだ。

 その特S級アイテムすらゲーム内にはひとつしかなかった。

 それなのに+30だと?

 思わず笑みがこぼれた。

 もちろんクールタイムはある

 だが、適宜状況を見ながら使えば、これは明らかにチートだ。

 B級をS級にしてくれる武器ということ。

 +30なら現在の自分の武力が58だから一気に88になる。少しレベルアップをしておくだけで90を超えるということ。そしたら、この世界で太刀打ちできない敵はほぼいなくなる!

 武力を70までレベルアップするだけで30分間は武力100になれるチート。

 それだけ優秀なアイテム。

 にやけが止まらない。

 正しく攻略を助けてくれる特典だ。まあ、命がけのゲームだし、これくらいの特典はないとな。

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