2、二代目、襲名 1

 その日、四天会の本家には名だたる幹部が勢揃いしていた。

〈サラマンダー〉。

〈ウンディーネ〉。

〈ノーム〉。

〈シルフ〉。

 それら筆頭四家の頭首とその側近に加え、下部組織の中でも有力な家々の長、四天会と繋がりのある有力者などなど。

 正装を纏った彼らはボディーチェックを受け、続々と本家の敷居をくぐる。

 大広間には人魔問わず裏社会の実力者たちが一堂に会していた。

 その錚々たる顔触れは見る者が見れば腰を抜かすほどのものだ。

 それもそのはず――今日は二代目魔王の襲名式なのだから。


 本家大広間に集った幹部。

 その筆頭たる四家の頭首は当然最前列に席が用意されていた。

 四者四様に貫禄を放つ彼らだが……。

「ふわぁ~あ……っと」

 サラマンダー家五代目頭首オルド=サラマンダーはあくびを噛み殺す。

 彼は燃えるような赤髪を全て逆立てた偉丈夫だ。

 激怒するとその赤髪が炎に変化し、全身の毛穴からも火を吐き出すことができる。炎の温度は自由自在で、炎の魔人という異名を持つ。

「オルド。何じゃそのあくびは?」

「うっせぇよレイジ。俺は朝に弱いんだ」

「部下に示しがつかんだろうが」

 オルドに釘を刺すのはシルフ家七代目頭首レイジ=シルフ。

 彼は小さな竜巻でできたヒゲ(?)の似合う老紳士である。

 が、実のところ隣のオルドと歳は変わらなかった。シルフの家系は妖精の血が混じっているため短命で老化が他の種族より早いのだ。

「ったく、爺は短気でいけねぇな」

「何じゃと?」

「やめなさいふたりとも。大事な場ですよ」

 口喧嘩を始めるふたりを、さらにその隣に座る女性が窘める。

 彼女はウンディーネ家四代目頭首マリン=ウンディーネ。

 雪と氷に由来する妖怪の純血種で、その美貌はまさに氷のように冷たい。

「……」

 ちなみに最後の四天王ノーム家の頭首は我関せずといった風情であった。

 彼はボーッとした表情のまま、特徴的なまん丸鼻をヒクヒクさせている。

「にしても二代目ってのは、一体どんな野郎かね?」

「オルド。新頭首に対して何じゃその口の利き方は」

「世間話だろ。いちいち目くじら立てるな。なあ、マリンはどう思う?」

「そう言われても……私がお爺さまから聞いた話では確か……五メートルを超えるきよにドラゴンの如きうろこ、雷を操るそうかくに伸縮可能な翼、オリハルコン並のそう、オーガ兵十騎に勝るりよりよくに、途方もない魔法が使えた……とか」

「儂が聞いたのもそんな話だったな」

「私もそうですね」

「ってんなわけあるか! どんな怪物だ!?」

「うるさい」

「うるさい」

 思わずノリツッコミしたオルドがレイジとマリンに小突かれる。

「テメェら人のドタマを打楽器と勘違いしてねぇか?」

 後頭部を押さえてオルドが低い声を出すが、レイジもマリンも無視した。

「まあ……ですけどデカくて強くて翼が生えて魔法も使えるとなると――浮かぶのは最強種の一角であるドラゴンですね」

「ドラゴン!? マリンテメェ、二代目の正体がドラゴンだってぇのか!?」

「ツバを飛ばさないでください。あくまで憶測です」

「冗談じゃねぇ! ドラゴンなんざ竜王会のクソどもだけで十分だぜ!」

 竜王会とは大陸西部の裏社会を統べる大組織だ。

 本家及び幹部の全てがドラゴン族で固められ、その戦力は四天会にも匹敵する。

 両雄は東西の裏社会の顔役として長年抗争を続けていた。

「あのトビトカゲども、去年もウチの手下を十人以上りやがった」

「……そんなにやられたのか」

「ああ」

 オルドは苦々しく呟く。

「竜王会の奴ら、西の田舎に引き篭もってやがりゃいいのに、ここ数年東側でやたら活発的になってやがる。オメェらもそういう噂くらい聞いてんだろ?」

「そうだな」

「ええ……」

「その内ヤツら皆殺しにしてやる……」

〈サラマンダー〉は四天会の武闘派筆頭。

 竜王会に対しては一番憎悪を募らせているのがオルドだ。

 ――と、炎髪を逆立てる彼のスーツからブスブスと黒煙が立ちこめ始めた。

「……! おいオルド、こんなところで火を噴くな!」

「あ? おっ!? ぬっ、うぬおおおお!?」

 どうやら感情が昂ぶり、全身の毛穴から火が噴き出してしまったようだ。

 当然、大広間は騒然となり、飛び散った火の粉が座布団にも燃え移る。

「この単細胞が! 本家を火事にする気か!?」

「マ、マリン! お前の魔法で消してくれ!」

「ああもう男ってのは歳食ってもバカばっかりですね!」


 さて、まもなく襲名式の開始の時刻になり、本家頭首代理を務めるサラリサが大広間の戸を開けて現れた。

 元魔王付き参謀にして千年を生きる大魔女。

 不老不死とも噂されるかつての大戦の生き残り。

 初代魔王にも直接仕えたことのある魔族で、当時から抜きん出た才覚才腕、そして忠誠心に溢れていた。戦後に四天会を創始し、またここまで発展させたのも彼女である。

 ゆえにその人望・権力は凄まじく、四天王ですら彼女に逆らうことはできない。

 衰えを知らぬ美貌の大魔女は静々と大広間を進み、上段の間のすぐ脇に腰を下ろす。

 と、そこで彼女はふと眉を潜めた。

「焦げ臭いですね」

 サラリサの呟きにギクッとなる四天会幹部筆頭の三人。

 彼女の視線は最前列のオルドへ向けられる。

「オルドさん、なぜ上半身裸なのですか?」

「あ、いえ、今日は暑くて」

「暑い? まだ春は遠い季節ですよ」

「こここ今年は暖冬ですから! ハハハ、俺が暑がりなのは姉御もご存じでしょう?」

「ええ、あなたの好き嫌いも何もかもご存じですよ」

 表情ひとつ変えないサラリサに、オルドはもう冷や汗ダラダラだった。

 しかし、彼女はそれ以上彼を問い詰めなかった。

 襲名式の開始時刻になったからだ。

「ではこれより、二代目魔王オーマ様の四天会頭首襲名式を行います」


 大広間の上座の戸が開き、ついに二代目が現れる。

 ツラ体格ガタイは立派だ。ウン百万もする正装を着こなし、見てくれには貫禄もある。

 しかし、この場に集った大人たちの想像よりも彼はずっと、いや、

(……ただのガキじゃねぇか)

 最前列のオルドは二代目と呼ばれた少年を見て落胆を隠せなかった。

 あれこれ言っていたが、実は彼は『魔王』に密かに期待していたのだ。

 なぜなら、これまでサラリサは竜王会との抗争に消極的だったからだ。

 彼女の目的は常に四天会の存続と発展。

 つまり抗争のような金と力の無駄遣いには興味がないのだ。

 無論、やられればやり返す。

 が、必要以上の……つまり感情任せの報復などは決してしてこなかった。

 それがオルドには歯痒かったのだ。

 だが祖父から聞かされた伝説の魔王であれば、自分に逆らう竜王会を許すわけがない。

 二代目魔王が竜王会との全面戦争を命じれば、サラリサとて文句は言わないはずだ。

 そうなれば存分に奴らに借りを返すことができると思っていたのだが……。

(こりゃ期待はずれだな……)

 オルドが落胆を奥歯で噛み潰しているのをよそに、襲名式は進んでいく。

 順調に親子盃なども済み、襲名式もいよいよ後半に入った。

「ではオーマ様、皆様に今後の抱負などをひとつお願いします」

「ん」

 サラリサに促され、オーマはゆったりとした動作で立ち上がる。

「抱負っても、俺が今すぐどうこう口出しする気はない。何かあれば相談役に聞け」

 オーマは低い声でポツポツと話した。

 彼が新頭首となったことで、頭首代理だったサラリサは自ら相談役に退いた。

 とはいえ、まだ若く二代目を襲名したばかりの彼に組織の運営は不可能。

 今後も実質的に四天会は彼女が主導していくのは明白だ。

 明白だが、それを実際口にするのかどうかはまた別問題だ。

 組織のトップが「何かあればナンバーツーを頼れ」と広言するとは情けない――と、そのような評価を周囲から下されかねない。

(こんな坊やが二代目とあっちゃ竜王会のヤツらにますますつけ込まれちまう)

 ゆえにオルドがそう危惧するのも致し方ないことだった。

 その後もオーマの挨拶は終始控えめで、『魔王』に過剰な期待を膨らませていた面々は肩透かしを喰らった気分になった。

「最後に、何か俺に訊きたいことはあるか?」

 オーマは最後にそう尋ねた。

 だが誰も手を挙げようとしない。

 それも当然。襲名直後の頭首に妙な質問などできるはずがない。

 万が一、オーマが答えに詰まれば彼に恥をかかせることになる。

 そんなことをしでかせばサラリサが黙っていないだろう。

 質問があっても後日に回すのが無難――誰もがそう判断した時。

「……俺からひとついいですかね?」

 オルドがまさかの手を上げた。

 場内がざわつく。同じ四天王のレイジとマリンもギョッとした。

「何だ?」

 オーマに促され、オルドはゆっくりと口を開く。

「四天会のことはしばらく相談役に任せるとのことですが……なら、二代目はその間どこで何をするおつもりで?」

 流石に最低限の礼儀は弁え、オルドは彼なりに丁寧な言葉遣いで質問をした。

 だがその質問内容は先程誰もが懸念した「二代目に恥をかかせる」可能性が高かった。

 もしオーマが言葉をしくじれば、本家とサラマンダー家の間に確執が生まれかねない。

「ん、俺のことか……」

 オーマは質問を咀嚼するように頷く。

 一同が緊張の面持ちで注目する中……彼は静かにその質問に答えた。

「俺は、しばらくってのもやろうと思う」

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