第二幕 夢と、居場所と、三匹の子トラ その5
認定試験に向け、順調過ぎるスタートを切り、様々な関門を一気にクリアした一行。
共同生活のスタートに向けて残る問題は、ひとつだけとなった。
水竜以外の大型竜たちのお世話を、誰に任せるか。
「なるほど、事情は心得た。それで我が居城を訪ねてきたというわけだな」
白羽の矢が立ったのは、誰あろう彼女。居城改め『紅蓮亭』の主、倉畑絃であった。
「急なお願いでごめんね、絃ちゃん~……」
「構わぬ。たとえ野に生くる逞しき竜と雖も、かように荒れ果てた星墜ちの地に捨て置かれては、月を数うも儘なるまい」
通訳すると、「いくら野生の竜と言っても瓦礫だらけのサイト
一番小さい水竜だけは院長の許しを得たものの、2メートルをゆうに超える巨体の持ち主となれば簡単にはいかない。風翼竜も風を受けて尻尾を回すスペースの関係上、やはり一般家屋で暮らすには不便が多い。そんな悩ましいわがままボディを、様々な竜たちが不自由なく過ごしているこのカフェならば受け入れることができた。
「なに。我とて、かの竜たちとは知らぬ仲ではない。良かろう、他ならぬ盟友と緋音嬢の頼み、この我が聞き届けた」
「ありがとう、絃さん。よろしくお願いします」
「礼など不要。人に慣れた竜を新たに我が居城に迎えられるとなれば、我にとっても利の無い話ではないゆえな」
あくまでビジネスの一環として引き受けてくれるというのは、
「ときに盟友よ。我が居城に出向いた用件は、それだけではないのであろう?」
「ええ」
絃の視線を追って、キラキラと目を輝かせた
二人を家に送り届けるついでに、絃のことも紹介しておきたかったのだ。
「うわあ、すごーい……! こんなお店があるんだ……!」
「…………(どきどき)」
ワクワクするものが溢れんばかりに並んだ店内を見回す
「うひゃあ」
「ほう、珍しい。『
別席でお茶していた二人組のお姉さんが「あー、いいなー」と羨ましそうに
やはり
「さて、小さき者よ。お初にお目にかかる。我が居城にようこそ」
マントのように羽織った白衣をぶわっさあと派手に翻し、カッコいいポーズを決める。
「我が名はイト、人呼んで紅蓮十字の
このように、絃の中では
ちなみに「人呼んで」とも言っているが、誰かに呼ばれたことは一度もない。
初見の相手には大体こうやって名乗ってから、相手のドン引き具合でその後の対応の加減を決めるらしいが、果たして
「わぁあ……かっこいい!」
「かっこいい来ちゃいましたか……」
「ほう。我の魅力に気づくとは、なかなか見込みがあるな。小さき者よ、名は何という」
「あたし、
奇抜な出で立ちと怪しい雰囲気と意味不明な呪文の数々でそう思ったのだろう。現役時代はよく思いつきで謎の薬を調合したりしていたのであながち的外れでもない。
「フッ。面白いことを言う。汝、この白き衣が見えぬか?」
「あっ、白衣! じゃあ竜医さんだ!」
「然り。だが、魔女も悪くはない。今後は蛇杖の魔女と名乗ろうか……」
このように気分で名乗りを変えたりするので、わざわざ律義に覚える意味がない。
「いいなぁ、白衣……! あたしも着たい!」
「…………(こくり)」
「ふっ。小さき者たちも竜医を目指す身なれば、いずれ纏う機会もあろうぞ」
「二人は自分の白衣を作ってもこんな風に雑に着ては駄目ですよ」
「人聞きが悪いな盟友。昔はちゃんと袖を通しておったわ。今は丈が合わぬだけだ」
「……む~。トラくん、今どこ見てたの~……」
「……や、別に。
「へぇ~……」
緋音のジト目から逃れようと目を泳がせると、今度はローズクォーツちゃんと目が合う。なんだか彼女にもジト目で見つめられている気がした。
「ふっふん。しかし、こうして慕われるのも悪くはない。我はこれでも先輩竜医、先達としての助言ならば求められずとも告げてやろうぞ」
「それは助かります。僕だけでは教えきれないこともありますから」
「よろしくお願いしますっ!」
「うむ。素直で好ましいな、小さき者よ」
なでりなでりと絃が
「して……聞いていた話では、小さき者はもう一人いたはずであったが?」
「ああ、もう一人はお留守番です。あまり小さき子ではないですけど」
もともと
「ふむ、そうか。ではその三人が、次代の勇者の集いというわけだな」
「勝手に勇者一行にしないであげてください……」
竜と戦うわけではなく治すのが竜医の仕事だ。
「不満か? では、他にふさわしい名でも与えてやることだ」
「……? チーム名、ということですか? 特に考えていませんでしたが……」
「トラせんせー、チーム名ってあった方がいいの?」
「うーん……特にそういうわけでは。僕らもつけてませんでしたよ」
そもそも七年前の
「何を言う、盟友。我らには『紅蓮十字』の名があったではないか」
「それ絃さんの二つ名の一部じゃなかったんですか!? 七年越しの初耳ですよ!」
「盟友は紅蓮十字の
「嫌ですよ恥ずかしい! 何勝手に二つ名つけてんですか! そもそも、赤い十字ってそんな気軽に掲げていいものじゃないんですからね!?」
「えー、かっこいいのに、フェニックスせんせー」
「
「フッ、愛い愛い。なかなか話のわかる有望な小さき者ではないか」
子供なりにカッコいいのが好きなのはいいが、絃のようになってしまわないか心配だ。
「ね、じゃあイトさんにチーム名つけてもらおーよ! かっこいい名前にしてくれるよ!」
「ダメです!」
「盟友ー。我この小さき者気に入った。ちょうだい」
「ダメですってッ! 僕の大事な生徒です!」
ヒートアップしたままに口走ってから、絃がニタニタと笑みを浮かべているのに気づく。
「フハハハッ。独占欲が強いのだなぁ、盟友は」
「ふえへへぇ……」
「…………(じっ)」
「であれば、小さき者らの集いの名は、やはり盟友が決めるがよい」
そもそもまだチーム名をつけるかどうかも決めていないのだが。
とはいえ、いつか三人の絆に名前をつけてあげたいと思うことがあったら……その時は、『先生』の自分がプレゼントすべきだろうと、心の片隅に留め置いた。
◇
「
「んー、今やるー!」
夜。
「今やるーって、テレビ見てんじゃないの」
「あ、待って消さないで! クジドラ見たらすぐやるから!」
「もー、いつまで経っても終わんないぞー」
やんわりと咎めつつ、母も歯ブラシを口に咥えたまま、
『時刻は午後九時になりました。ドラゴンニュースの時間です』
『ドラドラ~! コンバンドラ~、みんな元気カナ~? クジドラくんだよ~! 今夜もボクたちドラゴンに関するニュースをお伝えしていくドラ~!』
畏まった雰囲気のニュースキャスターと、やたらハイテンションなドラゴンの着ぐるみが並んで竜関連のニュースを報道していくこの番組。いつ見てもカオスである。真面目なニュース番組なのか子供向けのミニコーナーなのか、未だに方向性がわからない。
『今夜はなんと、スペシャル特番! 話題沸騰のアノ人に、ゲストに来てもらっちゃったドラ! 色んなお話、聞いちゃうドラよ!』
『賢竜褒章最年少受章者として今注目を集めておられます、この方です。どうぞ』
紹介を受けて画面に現れ、丁寧にお辞儀をしたのは。
『竜医、
「あー!
まるで友達がテレビに出たかのように興奮する
「……
「え? うん、知ってるよ。超有名人じゃん!」
「や、なんか友達みたいに言うもんだから、知り合いなのかと思ってさあ」
「んー、けど確かに、どこかで会ったことある気もするんだよね」
「……気のせいじゃないの。
「そうかなぁ。そうかも」
雑談をする間にも、画面上の
『最年少受章とのことで注目を集めておられますね』
『ありがとうございます。身に余る栄誉ながら、大変喜ばしく思っております』
『今後の抱負なんかも、聞かせてほしいドラ~!』
『賜った栄誉に驕ることなく、いち竜医としてこれまで以上に医療や救護活動に励む所存です。また、携わっている医療研究の方でも、近々成果をご報告できたらと思います』
大人びて真面目な態度の女の子から、聖人君子のような発言が次々に出てくる。見た目以外に彼女が十歳と思える要素がひとつもない。
『国内での活動を継続するということでしょうか。賢竜褒章を受章されたということで、
『現状、その予定はございません』
「
「天焔島っ。賢竜褒章をもらえるくらいすっごい竜医さんじゃないと、行っちゃダメなことになってる島だよっ」
「あー、野生の竜が山ほど住んでてすっごい危ないんだったっけ。前に聞いた聞いた」
「お母さんの方だって忘れっぽいじゃん!」
唇を尖らせる
『でも、もったいないドラよ~。今までの受章者はみーんな島に行ってるドラ!』
『小娘の思い上がりに聞こえてしまうかもしれませんが。この先、私などよりも優れた竜医が大勢生まれ、国内の医療現場を支えてくれれば、私も憂いなく島に行けますから』
『おっと、お茶目な発言ドラね。これ電波に乗せちゃってよかったドラ?』
『あら。では、今後の竜医業界のさらなる躍進と発展を祈って、という言葉に変えさせていただきます』
口に手を当て優雅に微笑む素振りも、隣のアラサーキャスター並に大人びて見える。
一方、ソファから乗り出してムフーッと鼻息を荒くするもう一人の十歳からは、自分こそがその「優れた後進」になってみせるという気概が見て取れた。
『とはいえ、国内でやり残したこともありますし、島であってもなくても、患者がいればそこが私にとっての現場ですから。これからもやるべきことは変わりません』
「おおお……
『立派なお考えです。そうした精神は、やはり先達から学び育まれたものでしょうか?』
『そうですね。まだまだ先輩方に学ぶべきことはたくさんあると思います』
『誰か、尊敬してる先輩はいるドラ~?』
『はい……』
そこで、
『私の最も尊敬する先輩は──』
力強い、まっすぐな視線。
『──
同じ憧れを、見ている気がした。
『えっ……?』
スタジオが気まずい沈黙に包まれる。
「ん……?
娘は、問いかけに応えない。吸いつけられたかのように微動だにせず画面を見つめ、歓喜と昂揚が入り混じった熱っぽい表情で、画面の向こうの少女を見つめ返していた。
『……えと……こ、これ、ホントに大丈夫なヤツ……?』
「ふはっ。『ドラ』はどーした、クジドラくん」
『い、一旦CMです』
「コントか。後でぬいぐるみと入れ替わってたら笑っちゃうぞ」
「……良かったじゃん。最高の竜医と、先生の好みまで似ててさ。そんな人に教えてもらえるんだから、
彼女の爛々と輝く瞳は、言葉などなくとも雄弁にその心中を語っていた。
──はやく、あの子のいる場所まで、行きたいな……と。