一章 君が好きな私が好き。5
そうして迎えた昼休み。
「大和君、お昼一緒に食べよう」
自分の席でぐっと伸びをしていた俺の下に、結朱が昼食の誘いに来た。
その腕の中には、可愛らしい弁当箱が二つ抱えられている。
「ああ、分かった」
またも教室中の視線を一身に浴びているのを感じながら、俺は席から立ち上がって結朱と一緒に教室を出る。
そうして廊下に出た途端、俺は思わず溜め息を吐いた。
「……はあ、疲れる」
「こら。まだ人目もある場所なのに気を抜かないの」
俺の脇腹をつっつきながら叱咤してくる結朱。
「はいはい。人気者は辛いね」
「人気者は私だけだけどね」
「それを否定できないあたり、日陰者も辛いっすね」
肩を竦めながらも、常日頃からこんな注目を浴びて生きているリア充の凄さを感じた。
「で、どこで食べるんだ?」
「とりあえず、中庭のベンチで食べましょう。あそこは半ばカップル専用ベンチだからね」
「そうかい。じゃあ購買でパン買ってくるから待っててくれ」
「おいこら彼氏。この手作り感満載のお弁当が目に入らぬか」
結朱は自分の腕の中にある弁当を、これ見よがしにアピールしてくる。
「いや見えてたけど。お前、育ち盛りとはいえ弁当二個はさすがに食い過ぎだぞ」
「一人で食べるわけないでしょ! あのね、彼女がお弁当二つ持ってきてるんだよ? ちゃんと察しなさいよ」
頬を膨らませる結朱に、俺は少し不安な視線を向けてしまう。
「……結朱、料理できんの? 家庭的なイメージ0なんだけど」
途端に、結朱はさらに不機嫌の度合いを増した。
「失礼しちゃうね、もう。言っておくけど、これは味に自信があるからね」
「母親に作ってもらったのか?」
「な、何故分かった」
動揺しているのか、引き攣った顔で俺を見上げてくる結朱。
「図星なのかよ……」
思わず呆れると、彼女はむっとしたように反論してくる。
「確かにお母さんに作ってもらったけども! 私だって手伝ったんだからね!」
「ほう。具体的にはどんな作業を?」
「味見!」
「それだけ!?」
「あと、お弁当箱のチョイスも私です!」
「味への貢献度ないよねそれ!」
「お弁当を学校まで運搬したのも私!」
「だろうね! お前しか登校しないもんね! そこを自分の役割として持ち出しちゃうあたりもう終わりだよ!」
一通り正論をぶつけてみると、もう言い返せなくなったのか、ぐぬぬと呻く結朱。
「……ふん。別に本当に手作りである必要なんかないしー。周りから見れば立派な私の手作り弁当だしー」
あ、拗ねた。
「いや悪かったよ。ご飯用意してもらったのに文句言う俺が失礼でした。機嫌直してください」
さすがにこの雰囲気のまま昼食に突入は勘弁してほしかったので、俺が折れることに。
「うむ。きちんと私を崇めてからいただくように」
と、結朱もあっさりと機嫌が直ったらしく、すぐに俺を許してくれる。
そうして昇降口を抜けて、二人で中庭へと向かう。
その時だった。
「……あの、ずっと前から好きでした! 私と付き合ってください!」
中庭の側にある渡り廊下のほうから、上擦った少女の声が聞こえてきた。
思わず足を止め、結朱と目を見合わせる。
息を潜めて様子を窺ってみると、ちょうど校舎からの死角になる位置に、一組の男女の姿が見えた。
どうやら告白の場面に出くわしてしまったらしい。
まずいね、これじゃのぞき見だ。趣味が悪いし、ちょっと離れよう。
「……悪い。俺、好きな子いるから」
が、俺が踵を返すよりも早く、男のほうが結論を出してしまった。
「そ、そっか。うん……ごめんね、急に」
「いや……」
気まずい雰囲気。
だが、女子のほうは最初からこの結果を覚悟していたらしく、何度か深呼吸をしてから、強がりの混じった明るい声を出した。
「そうだよね。あはは、まあダメかなとは思ってたし。えと、これからも友達ではいてくれる……かな?」
「ああ、それはもちろん」
「……ん。ありがと。じゃあ私、行くね」
「うん」
そうして、女子のほうは渡り廊下から校舎の中へと戻っていった。
軟着陸、といったところか。
告白に失敗した以上、傷付かないというのは無理な話だが、それでも体面を取り繕うくらいの余裕は残していたらしい。
それはともあれ、さっさとこの場から離れたほうがいいだろう。
結朱に目配せして、早く中庭に移動するよう促そうとする。
が、それより早く、結朱は渡り廊下のほうに歩き出してしまった。
「やー、中庭のベンチがカップル専用って話でさー。私も彼氏が出来たら一度は一緒に座ってみたかったわけですよ」
しかも、わざとらしく声を張り上げて。
何考えているんだこいつ、と思ったものの、時既に遅し。
男のほうも俺たちの存在に気付いたらしく、驚いたようにこっちを見た。
「あれ、颯太じゃん。なにやってるの、こんなところで」
何事もなかったかのように、朗らかに挨拶をする結朱。
白々しいことこの上ないが、コミュ力が高い奴は作り笑いも上手い。
まるで今来たところですよと言わんばかりの笑みは、完璧に仕上がっていた。
「……結朱。それに、和泉も」
男は俺たちを見て、少しだけ動揺を見せた。
きっちりセットされた黒髪に、すらりと足の長い長身。それでいてしっかり筋肉がついていて、顔の造作ももちろんいい。
こいつこそクラス一のイケメンにして、結朱のいるリア充グループのボス、桜庭颯太だ。
「ちょっと野暮用で。そういう二人こそ、どうしたんだ?」
桜庭もまたリア充らしく取り繕うのが上手いようで、さっきの告白などまるでなかったような気さくな態度で接してきた。
「や。せっかく彼氏ができたので、中庭のベンチを使ってみようと思って。そしたらたまたま颯太を見つけたから」
俺との距離をさりげなく縮めながら、機嫌良さそうに惚気る結朱。
桜庭は俺の顔と結朱の持つ弁当箱を見比べて状況を悟ったらしく、苦笑しながら頷いた。
「そっか、羨ましいね。邪魔しちゃ悪いし俺はもう行くよ。じゃあまた、二人とも」
「うん、じゃーねー」
「……おう」
最後に一言だけ挨拶を交わすと、桜庭は颯爽と去っていった。