一章 君が好きな私が好き。4

 噂はあっという間に広がった。

 当然だ。クラスの男子の二割が片想いし、七割が告白されたらもちろんOKし、残りの一割も葛藤の上にどう転ぶか分からないと言われる七峰結朱に、彼氏ができたのだから。

 しかも、その相手は和泉大和。

 クラスメイトの二割が『誰だっけ?』と首を傾げ、七割が『あーいたな、そんな奴』と無関心さを見せ、残りの一割が『なんかいつも一人でスマホ見てるよね、あの人』と容赦のない事実を突きつける、陰キャの中の陰キャなのだ。

 このギャップが、話題にならないはずがない。

 おかげで平穏だった俺の学校生活は、一気に針の筵になってしまった。

「はー……学校行きたくねえ」

 朝の登校時、俺は思わず呟く。

 こんな気持ちになるのは、五月病に罹患した時以来だ。

 告白を受けてから二日が経つ。

 昨日のうちに、七峰はあっさりと俺たちの関係を周囲に暴露し、クラス中をパニックに陥れた罪で質問責めの刑に処されていた。

 俺は影が薄すぎたのと、うまいこと逃げ回ったことで標的になることを逃れたが、さすがに今日はそういうわけにもいかないだろう。

「……七峰は出涸らしになるまで質問責めにされたしな」

 自然と、新たな刺激を求める大衆の矛先は俺に向かうはず。

「おはよ、大和君!」

 思わず鬱な気分になっていると、不意に前方から明るい挨拶が聞こえてきた。

 そこにいたのは、やはりというか七峰。

「……おはよう」

 テンション低く挨拶を返す。

 驚きはない。なんせ二人で予め待ち合わせしていたんだもの。

「なんだよー。彼女に会ったんだから、もっと嬉しそうにしろよー」

 七峰は唇を尖らせると、軽く拳を作ってぺちぺちと俺の腹を叩いてくる。

 これも傍から見たら、カップルらしいじゃれあいに見えるのだろうか。

「はいはい。今日も朝から可愛い彼女の顔が見れて僕は幸せ者ですよ」

 一応リクエストに応じて言葉だけ喜ぶと、七峰は憮然とした様子で俺と距離を詰めた。

「……ちょっと。ちゃんと報酬出すんだから、真面目にやってよね。あれ成功報酬なんだから、失敗したら渡さないよ」

 耳に息が掛かるほどの距離で囁いてくる七峰。

 その唐突な近さと、ふわりと漂うシャンプーの香りに、思わずドキリとする。

「わ、分かったから離れろ、七峰!」

 上擦った声で距離を開けようとする俺に、七峰はきょとんとした後、すごく悪い笑みを浮かべて詰め寄ってきた。

「ほう……ほうほうほう。どうにも私に興味がなさそうだったけど、しっかりドキドキしてるじゃん。ねえねえ私可愛い? ドキッとした? 本気になっちゃいそう?」

「思いのほかウザいんだけど!」

 至近距離でわざとらしい上目遣いをしてくる七峰から、無理やり一歩遠ざかる。

「照れちゃってもー。ほれほれ、近う寄れ」

 勝ち誇った顔で手招きしてくる七峰。絶妙に腹立つな、こいつ。

「言っておくが、お前の人格に興味とかないぞ。ただお前は見た目だけはいいから、急に近づかれると生理現象でドキッとするだけだ。俺がときめいてる対象はお前の顔と身体だけだと心に刻んでおけ」

「うわっ、自分の彼女に一番言っちゃいけない言葉だ! 最低だよこの彼氏!」

 さすがの七峰も、俺のモラルブレイカーな発言にドン引きしていた。

「とにかく、人目があるところではちゃんと取り繕うことにするから、あんまり必要以上にじゃれてくるな」

 言いながら、俺は七峰との距離を元に戻す。

 耳に息は掛からないが、肩と肩が触れ合うくらいの距離。

 これならまあ付き合っているようには見えるだろう。

「はーい。まったく……どうせやるなら楽しく過ごそうとは思わないんですかね?」

「思っているとも。だから必要以上に近づかないようにしてるんだよ」

「……それ、私と一緒にいるのが楽しくないって言ってるように聞こえるんだけど?」

 じろりと横目で睨んでくる七峰に、俺は無言で肩を竦めてみせた。

「失礼な男だね。とうっ」

 再び拳を作り、軽いワンツーパンチを俺の肩に当ててくる七峰。

「ギブギブ。俺が悪かったです。七峰さんと一緒にいるのは世界で一番楽しいです」

「うむ。分かればよろしい」

 俺の降参に、七峰は満足そうな笑みを浮かべる。

 べったりとくっついてカップルっぽくするのは気恥ずかしいが、このくらいの距離感で会話をするのは妙に心地よかった。

 相性が良かった……というわけではないのだろう。

 ただ、七峰が人に合わせるのが上手いのだ。

 こいつが人の輪の中心にいる理由が、少しだけ分かった気がする。

「あ、そうだ大和君。これから私のことは結朱って呼んでね。ただでさえ違和感の塊みたいなカップリングなんだから、ボロが出たらすぐに嘘ってバレちゃうし。少しでもラブを感じさせるよう努力です」

「ああ、確かに。気を付けるよ」

 頷き、再び前を向く。

 ……が、何故か隣からの熱視線が止まらない。

「じー……」

 しかも、わざとらしく口でオノマトペを言いやがった。

「……なんなんですかね」

 その妙な空気に耐えられずに問いかけると、七峰は誘うような上目遣いでこっちの顔を覗き込んできた。

「こういう時は、実際に呼んでみるべきじゃないかなあって」

「必要か? その流れ」

「大事な通過儀礼です」

 七峰があまりにも真顔で言うので、俺もそんな気になってしまった。

 通過儀礼なら仕方ない。

 俺は一つ深呼吸をすると、じっとこっちを見つめてくる七峰を見つめ返す。

「……結朱」

 たいしたことないと思っていたが、実際に呼んでみると思いのほか気恥ずかしい。

 が、七峰――じゃない、結朱は俺の言葉を聞いて、パッと表情を明るくした。

「うん! いい感じだよ、大和君!」

「そりゃどうも」

 照れくさくて、ぶっきらぼうになりながら視線を逸らす。

 ……まったく、女の子と付き合うというのは、想像以上に大変なことらしい。

 そのまま二人で一緒に教室まで登校すると、案の定、教室中の視線がぶっ刺さってくる。

「おはよー。じゃ、大和君。あとでね」

「ああ」

 ひらひらと手を振ってお互いの席に向かう俺と結朱。

 普段だったらその時点で俺への視線は途絶えるのだが、今日は席についてスマホを見始めても、突き刺さる視線の気配が消えることはなかった。

「よう、和泉。何見てるんだ?」

 それどころか、何者かが俺の机の前に来て話しかけてきた。

 顔を上げると、そこにいたのはいかにもコミュ力が高そうな男子生徒。

 結朱と同じグループにいる男子の一人で、名前は……えーと、生瀬? とかだったはず。

 言うまでもなく、今まで一度も話したことのない相手である。

「……電子書籍だけど」

「へー。どんなの読むの? 小説?」

「今読んでるのは『フランケンシュタイン』」

「あー、あの有名なやつ! そういやあれってどんな話なんだ?」

 全く会話をするつもりもなく、ぶつ切りの言葉だけで応じる俺に、上手く対応して会話を繋げてくる生瀬。手強いなこいつ。

「怪物が生みの親とかその身内を殺しまくる話だよ」

「え、そんなスプラッタなの? マジか、楽しそう。俺も読んでみようかな」

 こういうこと言う奴は絶対に読まないのを俺は知っている。

 だから無理に食いつくことなく、彼が本題に入るのを待った。

「ところで和泉さ、結朱っちと付き合ってるってマジ?」

 さすがに会話が途切れるのを感じたのか、場が沈黙に包まれる前に切り込んでくる生瀬。

「ああ。結朱に聞いたのか?」

 さらっと頷いてみせると、生瀬は驚いたように目を見開いた。

「うわ、マジなんだ。結朱っちの冗談かと思ってたけど」

「ま、気持ちは分かるよ。全然接点ないように見えるもんな、俺たち」

 あえて生瀬が疑問に思っているところに触れる。

 半端に猜疑心を残されるより、全部吐き出させたほうが後々楽だ。

「そう、それ。二人ともどこでそんな親密になっちゃったわけ?」

「図書館でたまに会ってたんだよ。本の趣味が合ってさ、それでなんとなくというか」

 これは予め打ち合わせで作っておいた馴れ初めである。

「へー……図書館。だからクラスの奴らは知らなかったんだ」

「みたいだな。ま、わざわざ俺のことが話題に上ることもないだろうから、今まで知らなかったのも無理はないさ」

 そう答えたところで、朝のホームルームを知らせるチャイムが鳴った。

「あ、やべ。じゃあ和泉、またな」

「ああ」

 自分の席に戻っていく生瀬。

 俺へのインタビューを成功させた彼の話に他の生徒も興味津々で、彼と席が近い奴らは小声で何か訊ねているようだった。

 ま、上手く説得力は出せたかね?

 一仕事終えたことに安堵しながら、再び電子書籍に目を落とすのだった。

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