一章 君が好きな私が好き。3
そうして迎えた運命の放課後。
俺はクラスメイトが全員下校するまで教室で粘った後、本当に行くかどうかしばらく逡巡し、最後には諦めて約束の場所へ向かうことにした。
体育館からは部活に励む生徒の声とボールが床に弾む音が響き続け、波風一つ立たない青春を望む俺とは対照的な活気に溢れている。
そんな活気の塊のような施設の裏に、その女はいた。
「……よう」
声を掛けるとその女――七峰はこっちに気付いたらしく、怒ったように睨んできた。
「おそーい! いつまで待たせるのさ!」
「すまんな、帰りのホームルームが長引いて」
「同じクラスなんだけど!」
一パーセントくらいの確率で騙せるかと思ったが、案の定バレた。
「……クラス一の超絶美少女にラブレターなんかもらったもので、心の準備に時間が必要だったんです」
「うん。ならば許す」
「許すのかよ」
超棒読みで告げた言い訳その二は、意外なほどあっさり通った。
思わず拍子抜けする俺に、七峰はさっきまでとは打って変わった上機嫌な様子で胸を張ってみせる。
「まあね! 私に告白されるなんて、そりゃあもう青春の一大イベントだし! 誇っていいよ?」
「わあい、感激だな。で、用件は」
そろそろ無駄話が苦痛になってきたので、さっさと本題に入る。
七峰も頃合いだと思っていたのか、一つ頷くと、鞄から紙袋を取り出した。
「これ、開けてみて」
「……なんだよ」
警戒しつつも、俺は差し出されたものを受け取った。
味気ない茶色の紙袋に包まれた物体。この包装のセンスだけで、七峰が用意したものではないと分かる。
恐らく、今朝教室で男子生徒から受け取っていたものだろう。
「ほら、開けて開けて」
悪戯を仕掛ける子供のようにわくわくした様子で勧めてくる七峰。
俺は恐る恐るその指示に従い、中にあったものを取り出す。
そして次の瞬間、思いっきり目を見開いた。
「こ、これは……!」
レトロなケースにアニメ調の絵が描かれたパッケージ、何度も見たタイトルロゴ。
「『ロボバス弐R』……だと……!?」
俺が欲してやまなかったレトロゲーの傑作が入っていたのだった。
動揺しながらも、ケースを開けて中身を確認する。
すると、中に入っていたのは本物のロボバスのソフトだった。
「な、何故お前がこれを……」
まさか、俺と同じRPG愛好家なのか……!?
思わぬところで同好の士を見つけたかと思う俺であったが、七峰から返ってきたのは、その期待を裏切る言葉だった。
「ふっふっふ、友達のコネを辿って用意してもらったんだよ。どう、びっくりした? この私の顔の広さに」
自慢げな七峰。そのちょっと憎らしい顔のおかげで驚きから醒めた俺は、一つ深呼吸して詳しい事情を聞くことにした。
「……おい、どういうことだ。詳しく聞かせろ」
「いいでしょうとも」
俺が話し合いのテーブルに着いたのを理解したのか、満足そうに笑って頷く七峰。
「まず、昨日君にフラれた後、私は君のことを本格的に調べ始めたのです。といっても、友達に色々と君の情報を聞いただけだけどね。いや、苦労したよー。大和君、人間関係疎かにしすぎ。おかげで君のことを知っている人間を探すの、すっごい大変だった」
「大きなお世話だ」
心の底から吐き捨てるも、七峰は気にしたふうもなく話を続ける。
「で、なんとか頑張って大和君と同じ中学だった子を見つけて話を聞いたら、君がこのゲームに執着してるって話を聞けてさ」
「……なるほど」
何人か心当たりがあるな。受験の時にそこそこ会話した気がする。
「それからは簡単。更に色々とコネを辿って、このゲームを持っている人を探し出して譲ってもらったのです。以上、説明終了」
自分の成果を誇るように言葉を結ぶ七峰。
なんつーか、さすがリア充様だ。俺がまるで解決できない問題を一晩で解決するとは。
RPGだって一人でボスに挑むより、きちんと仲間を揃えたほうが勝率も上がる。
動かせる人間が多いというのは、それだけで大きな力なのだ。
だから世の中ではコミュ力の高さが正義とされるんだろうけど。
俺は一つ溜め息を吐くと、その正義の中の正義である少女をじっと見つめた。
「……で、俺の鼻先に人参ぶら下げて何をさせようって?」
仏頂面でロボバスを突っ返しながら、もう一度訊ねる。
すると七峰は、一度失敗したにもかかわらず自信たっぷりの笑顔で、再び口を開いた。
「もちろん要求は昨日と同じだけど」
つまり、リア充レベルを下げるために自分と付き合えってか。
理屈は分かるが、どうしても疑問がある。
「……どうして俺を選んだんだ? もっと簡単にOKしそうな奴なんて山ほどいただろう。こんな手間を掛けるほど俺に執着する理由はなんだよ」
それだけが解せなかった。
七峰と付き合いたい男は山ほどいる。たとえそれが形だけだとしても、だ。
なのに、こんな手間を掛けてまで俺に白羽の矢を立てた理由がどうしても分からない。
七峰の真意を探ろうとその顔を観察すると、彼女は誠意のつもりなのか、珍しく真面目な表情を作って答えた。
「理由はいくつかあるけど……まずなにより、大和君があんまり深く他人に関わらない人ってことかな。だから一番面倒事が少ないだろうって。ほら、友達に自慢するために連れ回されたりしなそうじゃん」
それに、と七峰は続ける。
「もし本当に私のこと好きな人にこんなこと頼んじゃったら、すごく残酷なことになるでしょ? だから一番私に興味がなさそうな人がいいなって。正直、昨日断られた時にはむしろ理想の人材を引き当てたと思ったくらいだよ」
まあ、なるほど。確かに七峰くらいになると、自分を好きじゃない、好きにならない相手を探すほうが難しいのかもしれない。
となると、自然と候補は限られてしまう。
その説明で俺の納得が得られたと思ったのか、七峰はコホンと咳払いをすると、再び笑みを浮かべた。
「というわけで改めて。不本意ですが、付き合ってください」
またいらない一言を付けて、同じ告白をしてくる七峰。
……正直、嫌だ。
別にこいつに不満があるとかではなく、クラスでも一、二を争うリア充女子の彼氏が俺みたいなのなんて、百パーセント奇異の視線で見られる。
だが――だが、だ。
この機会を逃したら、このゲームは二度と俺の手元に転がってこないかもしれない。
……………………………………………………よし、バイトだと思おう。
たっぷり時間を掛けて気持ちを整理してから、俺は溜め息とともに彼女に言葉を返した。
「……不本意ですが、よろしくお願いします」
――こうして、愛情0パーセントのカップルが誕生したのだった。