一章 君が好きな私が好き。2

 ――強大な魔王が俺の前に立ちふさがっていた。

 黒いマントを羽織った大男。髑髏の面から見える赤い瞳は爛々と輝き、その魔力は万物を破壊する。

 人の世を憎み、人類を滅ぼすためにその力を振るう怪物。

 時に敗北し、時に撃退し、世界を巡って俺と熾烈な争いを繰り広げた宿敵である。

 そうして今日、ついにこの男と雌雄を決する時が来た。

「あ、くそ。このタイミングでその魔法は駄目だって。回復間に合うか……!?」

 熱が入り、一人でぶつぶつ言いながらコントローラーを操作する。

 OP曲のオーケストラアレンジが流れる中、ひたすら敵の攻撃を凌ぎ続けた。

「よし、防バフ張った!」

 なんとかパーティの立て直しに成功した俺は、魔王に向かって総攻撃を開始する。

 敵の体力ゲージが凄まじい勢いで減り始めた。

 あと少し……! もう少し……!

 緊迫のバトルは一進一退の様相を見せながらも、徐々に俺の優勢へと傾き始める。

 そしてとうとう、魔王の体力がゼロになった。

「よっしゃ!」

 思わずガッツポーズ。

 魔王は断末魔の叫びを残して消えていき、エンディングムービーが始まった。

 心地よい疲労感と達成感。そしてハッピーエンドを見た感動によって心が満たされる。

「良作だったな……」

 前のめりになっていた背中をぐっと伸ばすと、ポキポキと背骨が小気味良い音で鳴る。

 余韻を噛みしめながらエンディングとスタッフロールを眺め、最後に『END』の三文字を見ると、俺は清々しい気分でベッドに横になった。

 時刻を見ると、午前三時。

 明日も学校があるというのに、つい熱中しすぎてしまった。

 やはりRPGはいい。この主人公に対する感情移入と、主人公が住む世界を救ったという達成感。格別の幸せである。

「もうちょい余韻に浸りたいところだが、そろそろ寝なきゃな」

 とはいえ、世界を救った興奮冷めやらぬこの精神状態で眠れるかどうか。

 俺はスマホを手に取ると、気持ちが落ち着くまで暇つぶしをすることに。

 そうしてネットサーフィンをすること五分。RPG中毒の性か、気付けば通販サイトのゲームコーナーを見てしまっていた。

「あ、これ2出てたんだ……せっかくだし買うか」

 前にやったことのあるゲームの続編を見つけ、注文することに。

 と、注文確定画面に出てきた『この商品を買った人にはこれもお薦めです!』というよくある広告欄に、ふと目を惹くゲームがあった。

「『ロボバス弐R』か……」

 ロボバス――ロボットバスターは俺が小学校の頃に流行ったRPGのシリーズだ。

 アニメに漫画にと色々展開していたものの、主人公の交代をきっかけに段々と人気を落としていき、下火になってしまったシリーズである。

 しかし、数年前に出た『ロボバス弐R』は今でも名作の誉れ高く、生産数の少なさと相まってプレミア価格で市場に出回っているのだ。

「うわ、三万五千円かよ。前に見た時より高くなってやがる」

 俺としては、思い出補正と名作の評価両方から、ものすごくやりたいゲームではあるのだが、いかんせん一介の高校生に三万五千円は高すぎる。

 三万五千円あれば、どれだけ他のゲームが買えるか……うむむ。

 一年ほど前から続けている葛藤を、今日もしてしまう。

「……もう少し安くなったら買うか」

 結局、いつも通りの先送りで葛藤を終えることにした俺は、段々と襲ってきた眠気に身を任せてまぶたを閉じるのだった。



 翌日。

 案の定というか、ちょっと寝坊した俺は、普段より遅い時間に登校するはめになった。

 まあ仕方ない。世界を救った代償だ、甘んじて受け入れるさ。

 誰もいない通学路を少し贅沢な気分で歩き、遅刻ギリギリで昇降口に滑り込む。

 そうして靴箱を開けた時だった。

「……ん?」

 なにか、手紙のようなものが上靴の上に載っている。

 女子っぽい雰囲気を醸し出す、淡い水色の便箋。

 微妙に嫌な予感がしつつも、放置するわけにもいかず中身を読む。

『果たし状! 今日の放課後、昨日と同じ場所で待つ! あなたの未来の彼女より』

「行きたくねえ……」

 一瞬であの厄介なリア充女の顔が浮かんできて、朝から非常にナイーブな気分になる。

 けど、行かないと余計面倒なことになりそうだ。あの図太いナルシストが無視されたくらいで引くとも思えないし。

 先延ばしにするより、きっちりケリを付けたほうが精神衛生的にもいいだろう。

 俺は深々と溜め息を吐いてから、手紙を鞄に仕舞って歩き出した。

 重い足取りで自分の教室まで辿り着くと、賑やかな雰囲気に出迎えられる。

 登校が普段より遅かったため、もうクラスメイトは全員揃っていたらしい。

 そんな中、俺は教室に入るが、声を掛けてくる生徒は一人もいない。

 稀に一瞥して、俺の顔を確認すると目を逸らす奴が数人いるだけだ。

 ぼっちらしい爽やかな朝の日常風景である。

 ……だが、そんな中で、一つだけ意味深な視線がこっちを見ていることに、うっかり気付いてしまった。

 リア充グループの中心で楽しくお友達と会話をしている、七峰結朱である。

 彼女は一瞬だけ俺を見ると、どこか意味ありげに笑ってからすぐに逸らした。

「やっぱあいつか……」

 舌打ちしたい気分になりながら自分の席に着く。

 そのままスマホを取り出して電子書籍を読み始めたのだが……さっきの視線が頭に残っているせいか、自然と意識はリア充グループの会話に吸い寄せられてしまう。

「ねえ颯太遅くない? まだ朝練やってんの?」

 聞こえてきたのは、七峰と同じグループにいるもう一人の女子の声だった。

 亜麻色に染めた長い髪の毛先を指でくるくるともてあそび、ばっちりメイクの決まった顔をきょろきょろさせて誰かを捜している。

 確か小谷亜妃とか言ったか。こいつとも一度も話したことはないが、やたら目立つ女なので、自然と名前を覚えてしまった。

「ああ。レギュラー獲れそうってんで張り切ってるみたいよ。ほら、三年も引退したし」

 同じグループにいた男子の一人が彼女の疑問に答える。

「ふぅん……それで最近付き合い悪いんだ」

 小谷は少し不満そうに唇を尖らせた。

 それを見て、七峰が小谷の背中を励ますようにぽんと叩く。

「颯太がレギュラー獲ったら試合応援しに行こうよ。亜妃に応援されたら颯太も喜ぶでしょ」

「そう、かな」

 七峰の言葉に、小谷は照れたように口ごもった。

「ぐおっ……」

 あまりに眩しいやりとりに、俺は思わず呻く。

 いかん、リア充たちの爽やか青春恋愛ストーリーを直視してしまった。眩しすぎて失明するわ!

 まるで青春の主役を張っているかのような輝きに負け、俺は再びスマホに目を落とす。

「そういや結朱っち。昨日頼まれたもの用意してきたよ」

「ほんと? ありがとね、啓吾。大変じゃなかった?」

「いや、先輩がたまたま持ってて……けど、こんなの欲しいなんて意外だね。自分でやるの?」

「ううん。ちょっとね」

 目はスマホに落としているのに、話し声だけは自然と拾ってしまう。

 ……にしても、だ。

 七峰の奴、昨日見せたナルシストっぷりを全然見せないな。

 気遣いのできる普通の女子だ。

 まあ、あんな強烈な性格を普段から周りに披露していたら、嫌でも噂くらいは耳に入るはずだし、それがなかったということは当たり障りなく取り繕っているんだろう。

「……随分と上手く猫を被るもんだな」

 俺は溜め息を一つ吐くと、イヤホンを耳に付けてBGMを流し始めた。

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