一章 君が好きな私が好き。1

「不本意ですが、私と付き合ってください」


 放課後の体育館裏に、明朗な少女の声が響いた。

 ななみね

 クラスの中でもかなり目立つ、いわゆるスクールカースト上位のリア充という奴であり、この高校に入学してから半年、俺と一度も喋ったことのない女である。

 そんな奴に手紙で突然呼び出されたかと思ったら、この告白。

 俺の困惑が分かっていただけるだろうか。

 なんというか、さっきの言葉を告白と呼んでいいのかというところから困惑している。

「……七峰、だよな。何の罰ゲームだ?」

 真っ先に思いつくのは、リア充同士の罰ゲーム。

 陰からこいつのグループの仲間がスマホで撮影とかしていて、俺がまんまと騙されてOKするのを見て面白がるという、悪趣味な遊びである。

 軽く周囲を窺っていると、七峰が本心の見えない笑みを浮かべた。

「まさか。私はそんな幼稚なことする人間じゃないよ」

 口ではそう言うものの、どうにも信じられない。

 自慢じゃないが一目惚れされる顔じゃないし、そもそも同じクラスになってから半年経って一目惚れというのもおかしな話だ。

「じゃあ、人違いとか?」

「合ってると思うよ。君、和泉大和君だよね。私と同じクラスで、たまに目が合った時に反射的に愛想笑いをするくらいの関係。一対一で話したことは一度もなかったかな」

「……その通りだ」

 となると、尚更この告白の意図が見えない。

 訝る俺に、彼女は苦笑を浮かべて弁解を重ねた。

「信じてないみたいだね。だけど本当のことだよ。この不可思議な告白は、ちゃんと自分の意志で行っているものなのです」

「全く愛を感じないワードが聞こえてきた気がするんだけど」

 恥ずかしいとか緊張するとかなら分かるけど、不可思議って。

 まあいい。とにかくこれが甘酸っぱい青春イベントじゃないことはほぼ確定した。

「なんか事情があるみたいだな? いい予感はしないけど、自分が何に巻き込まれているのかくらいは知りたい。話せよ」

 ここで言いあぐねたら、さっさと話を切って帰ろう。

 そう決意しながら詰問すると、七峰は意外とあっさり口を割った。

「大和君は、クラスに友達とかいる?」

「いないが」

「即答なんだ」

 ちょっと呆れたような顔をする七峰。

 俺はこいつみたいなリア充とは対極にいる、いわゆるぼっちの陰キャである。

 だからこそ、こんな告白を受けるのは納得がいかないのだ。

「そっか。だとしたら分かりにくいかもしれないけど……ねえ、大和君は周りに嫌われる人間って、どういう人だと思う?」

「そりゃウザい奴じゃないか? 空気読めなかったり、話の流れに乗れなかったりとか」

「男の子ならそうかもね。けど、女の子にはもう一種類、嫌われる子がいるんだよ」

 ピンと人差し指を立ててもったいぶる七峰。

「へえ? どんな」

 少し興味を引かれて続きを促すと、彼女は何故か得意げに笑った。

「それはね、可愛い子だよ」

「……可愛い子?」

「そう。より正確に言うなら、可愛くて性格が良くて運動もできて友達も多い、非の打ち所のない子だね。つまり私みたいな子だよ」

「自分で言うか」

 あまりに自信満々に言い切るので、思わず呆れてしまった。

「私は事実に対して素直なんだよ」

 七峰は恥じることなく、にこりと笑ってみせる。

 が、すぐに困ったように眉尻を下げた。

「けどね、そこまで出来る子だと周りの嫉妬を買っちゃってさ。ほら、太陽は明るくて便利だけど、近すぎたら苦しいじゃない? そういう感じ」

 とうとう自分のことを太陽に喩えだしたよ。すげえや。

「……そうか。お前がナルシストなのはよく分かった」

 通じないと分かっていても軽い皮肉を挟む。

 が、やはり効果はなかったようで、七峰は一つ頷いた。

「まあ、今まではその辺を割り切ってたんだけど……ちょっとトラブルが起きててさ、リア充レベルを下げる工夫をしなきゃいけなくなったんだ」

「へえ」

「そんで、女子としてのリア充レベルを下げるのに最も簡単な方法は、『彼氏がダサい』ことだと思うわけよ」

「それで、そのために俺を利用しようってことか。装備したらレベルが下がるとか呪いのアイテムですかね、俺は」

 微妙にカチンとくる起用理由だ。

 俺が憮然としたためか、七峰は少し慌てたように両手を出して宥めてきた。

「まあまあ。別に馬鹿にしようってわけじゃないよ。ただ、お互いにメリットがあるんじゃないかなって」

「俺にメリット? なんだ、エロいことでもしてくれるのか」

「あ、それはなしで。なんなら接触禁止です。私、これでも身持ちの堅い女なので」

 すっぱりと拒絶された。そんなことだろうとは思ってたけども。

「じゃあメリットってなんだよ」

「ほら、彼氏がダサいと女子としてリア充レベルが下がるけど、逆に彼女が可愛いと男子としてのリア充レベルは上がると思うんですよ」

「まあ、それはあるかもな」

 他人に自慢したくなるような可愛い子と付き合うっていうのは、一種のステータスかもしれない。

「でしょ? だからほら、私のように可愛くて完璧な彼女と付き合うことになれば、大和君もみんなに一目置かれるかもよ? 友達もできて毎日が充実、生活はバラ色待ったなし!」

「怪しい通販グッズみたいだな……」

 呪いのアイテムと怪しい通販グッズの組み合わせか。ある意味ビッグカップルである。

「ね? お互いにメリットがあるでしょ。だから改めて頼むけど、私と付き合ってください!」

「嫌です」

 今度は困惑せず、毅然と断った。

「なんでよー」

 断られたのが予想外だったのか、七峰は頬を膨らませる。見た目だけなら本当に可愛いんだけども。ていうか自分を可愛いと自覚していないと、こんな仕草できない。

「だって、俺のこと好きじゃないんだろ?」

「もちろん。どちらかというと君が好きっていうか、君が好きな私が好きだよね。苦行に耐える私かっこいい、みたいな」

「本当に自分大好きだな……けど、悪いが俺は別にリア充レベルを上げたいとも思ってねえよ。放っておいてくれ」

 俺は踵を返すと、さっさと家に帰るために歩き出した。

「わ、正直断られるとは思わなかったし。年頃の男子なら、表面上だけ付き合って後からワンチャン狙うみたいなのをしてくるものじゃない? ほらほら、私と親密になれるチャンスですよー?」

「丁重にお断りします」

 振り返ることなく断り、歩くスピードを速めた。

「むむぅ……ちなみに理由聞いていいかな?」

 そう問いかけられて、俺は立ち止まる。

 どうしようかと思ったが、まあ仮にも告白してくれたんだ。

 一応、断る側としても最低限の礼儀くらいは払おう。

 俺は振り返ると、正直に理由を告げる。

「今やってるRPGが大詰めなんだ。それを早くやりたくて仕方がない」

「R……PG?」

 理解できなかったのか、きょとんとした様子で言葉を繰り返す七峰。

 まあ、長々と説明する気もない。義理は果たしたし、もう帰ろう。

「じゃあな、七峰。俺が言うのもなんだが、お前ならすぐに代わりを見つけられる」

 ひらひらと手を振り、俺は再び歩き出した。

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