「ごめんなさい。今、レベッカさんにご紹介出来る討伐任務はありません」
翌朝、冒険者ギルド。
受付の台越しにジゼルが謝ってきた。
朝の鍛錬を終えても、ここ最近の漠然とした不安と鬱屈は収まらなかった。
こういう時は、思いっきり剣を振り回せる簡単な魔獣討伐任務でも、と思って来たんだけど……。不発だなんて、本当についてない。
「そう……仕方ないわね」
「で、でもパーティを組まれるなら……。ほ、ほら? これとか如何ですか? この辺りでは凄く珍しい長爪大熊討伐! 報酬も美味しいですし、第五階位の方がリーダーで」
「……昨日も言ったわよ?」
「す、すいません……。あ、なら──す、少しだけ待っててください!」
そう言うと、ジゼルは受付の奥へと引っ込んだ。
待っている間に、近くの大柱に貼られている、各地の冒険者ギルドの報告書を眺める。
『黒灰狼の群れ、各地で消失相次ぐ。新種の魔獣によるものか?』
『東部地区において多数の巨猿の目撃情報。生息地を移動?』
『迷都、三大クランを含む大連合が第百層の主、挑戦へ』
『【盟約の桜花】団長、王国北方を荒らしまわっていた炎の特級悪魔を討伐』
……世の中、依然として物騒極まりないわね。
クラン、というのは、一定数以上の冒険者達が寄り集まって作られる団体だ。
【盟約の桜花】は大陸西方に勇名を馳せている最精鋭クランの一つ。上位龍や特級悪魔討伐にすら成功している。
私も何時か、そんな冒険者に──。
「お待たせしましたっ!」
そんなことを受付の台に片肘をつきながら考えていると、ジゼルが戻ってきた。
片手に持っていた小箱と封筒をそっと机の上に置く。
小箱には清楚な白のリボンが丁寧に結ばれていて、封筒も見るからに高級品。極薄の紅色での花弁が象られている。
魔力は放ってないし、危ない物ではなさそうだけど……。
「……これは?」
私は何だか嬉しそうな表情の担当窓口に問う。
「……ここから先は内密にお願いしますね? 実はですね、これ、本当はエルミア先輩のお仕事なんです。ただレベッカさんも御存じの通り、この数週間、帝国東部へ出張中でして。支部長に相談したところ、レベッカさんになら依頼して良い、と」
私はギルド職員でありながら制服をメイド服風に改造し、担当すら持っていない、存在自体が謎の白髪ハーフエルフ少女を思い返す。
確かにこの数週間、姿を見かけていない。
……いれば、色々と相談──……ち、違うしっ!
あ、あんな子に、べ、別に相談することなんてないしっ! 頼りにもしてないしっ!
…………でも、いてくれたら一緒に食事に行けるのに。
私は内心の想いを見せないようにしつつ、ジゼルへ素っ気なく返す。
「……あの似非メイド、しょっちゅう帝都や迷都へ行ってるみたいだけど……辺境ギルドの一職員に、そんな用事があるの?」
ジゼルが一生懸命、弁明する。
「あ、あれで、お仕事は出来る方なんですよ? 顔も広くて、帝都や、西都、迷都だけでなく、帝国外のギルドの偉い人達とも、顔見知りみたいです」
「……俄かには信じられないわね。で? 私は何をすればいいの?」
私はジゼルへ再度問いかけた。
すると、こちらはきちんと制服を着ている担当窓口が胸を張った。
「冒険者になりたての頃よくやりませんでしたか? おつかいです! ここは基本に立ち返ってですね、先輩の秘密を私と一緒に探ってみましょう!」
「…………帰るわ」
踵を返して外へ。
すると、少女は受付脇から飛び出して行く手を阻んできた。
げんなりしながらも顔をジゼルに向けると、思ったよりも真剣な表情。
「レベッカさん……もしかして、これを単なるおつかい、誰にでも出来ること、と思って、なめていませんか?」
珍しく挑みかかってくるかのような声色。私は尋ねる。
「……違うわけ?」
「違いますっ! これはあの先輩が……隙あらば私に仕事を押し付けて、決まった仕事を持たないあの先輩が、誰にも渡してない仕事なんです!」
……嗚呼、なるほど。疲れているのね。
私はこの少女と出会って以来、一番優しく声をかける。
「……分かったわ。今度、たっぷりと愚痴を聞いてあげるから」
「! え? レ、レベッカさんが依頼の件以外で私とお話をしてくださるんですか!? 嬉し──もしや話を逸らそうとしてます?」
「…………」
私は思わず視線を逸らす。
思ったよりも気付くのが早い。でも……確かにちょっと気になる。
エルミアは、基本仕事をしないことで名を馳せている。
それでいて、ギルド内では謎の権力を持っていて誰も逆らえず、冒険者でもないのに、やたらと強い。
一度、迷都からやって来て事情を知らない第四階位がジゼルに絡んだ時、素手で叩きのめしたのには、戦慄を覚えたものだ。
──そんな、辺境都市の冒険者ならば誰しもが知っている、あの胸無しチビハーフエルフが渡さない仕事?
年上の少女が説明を続ける。
「先輩はこの件について、何一つ教えてくれません。聞こうとしただけで、わ、私の昔の失態を西都の両親へ一つずつ手紙で……うぅぅ……。わ、私だって、羽目を外す時があるんですっ!! ま、毎回、毎回、お酒で先輩や、ギルドの人達に迷惑をかけてなんていないんですっ!? 酷いと思いませんかっ? 思いますよねっ!?」
「……貴女、またお酒飲んだの?」
「…………そ、その、ほ、ほんの少し。ギルド内の食事会の最初に、き、気持ちだけ……」
ジト目で見やると少女は露骨に視線を逸らした。こう見えて、この子は酒癖が悪く、しかも脱ぎ癖もある……らしい。エルミアに聞いた。
溜め息を吐き、首を振る。
「……何回目なのよ? で、分かってることは?」
「そ、そんなに飲んでないですよっ!? あ、はーい」
話を軌道修正して元に戻す。少女も咳払い。
「こほん。分かっているのは二つだけ。まず、品物と封筒が先輩宛に届きます」
「届くって、何処から?」
「大陸各地からです」
「……はぁ?」
まじまじと、年上の少女の顔を見つめる。至極真面目な表情だ。
……嘘は言ってない、みたいね。
「帝国内だけじゃないんです。北も南も東も西も、何処からだってきます。この前は極東や南方大陸からも届きました」
「……誰が送って来てるわけ?」
「そこまでは。この封筒にも宛先としてうちのギルド名と、先輩の名前が書かれているだけですし。開けたら法律違反になります。何が届いているのかも当然分かりません。けど、各地のギルドが許可していますし、危険物ではない──かな、と」
「あくまでも、予想、なのね」
置かれた封筒と小箱をしげしげと眺める。
そこには、差出人の名前はなく、宛名と一文。
『いい加減、席を譲りなさい(具体的にはわ・た・しに!!!)』
と書かれているだけ。
この字と封筒、それにリボン。きっと女性ね。……席?
小首を傾げていると、職員の少女が説明を継続。
「それが届くと先輩は荷物を持ってすぐ出かけられます。つい最近まで行き先は不明でした。が、秘密をどうしても知りたいというか、先輩の弱みを──こほん。先輩ともっと仲良くなりたいなぁ♪ と思った、ギルド内有志がカンパを募り、高位冒険者さんに尾行してもらって、先日ようやく行き先を突き止める事に成功したんです!」
……冒険者は変人が多いけど、ギルド職員も似たり寄ったりよね。
額に手を置きつつ、呆れる。
「何をしてるのよ、あんた達は」
「し、仕方なかったんです。あの人、異常に警戒能力が高くて、非番の職員ではあっさり撒かれるか、からかわれるばかりで……。今回尾行をお願いした方も、第四階位だったんですよ? その方でも、最後までの追跡は不可能でした」
「──で、何処まで分かったの?」
そう尋ねると、ジゼルはにやりと笑った。
……悪い笑顔。可愛い顔が台無しだわ。
少しだけ、ほんの少しだけ、私の妹に似てる。
年上の少女は私の反応には気づかず、言葉を続けた。
「依頼を受けてくれない限り、これ以上は話せません!」
私は両手を軽く上げる。
「はぁ……分かった。受けるわ」
「ふふ。ありがとうございます。レベッカさんには、この小箱と封筒を街外れにある廃教会に運んでいただいて……そこに何があるのかを確認してほしいんです!」
訝し気に確認する。
「…………それだけ?」
「はい。現状分かっているのは、先輩がそこに行ってるということだけなので……。帰る時、手ぶらですし、品物はその場所に置いてきているか、誰かに渡しているんじゃないかなと思うんです!」
「……これ、危ない話じゃないわよね?」
限りなく胡散臭い。
しかも、私がちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、苦手にしている怪談話の気配も漂う。……まさか、はめられた?
すると、少女は大きく頭を振った。
「むしろ良い話です。確定している情報は話した点だけですが……その廃教会には、以前から噂話がありまして……」
「噂話?」
「はい。えっとですねぇ……」
ジゼルは制服のポケットから手帳を取り出し、捲りながら噂を教えてくれる。
曰く『辺境都市の街外れにある廃教会には奇妙な黒髪の男が住んでいる』
曰く『その男は、自らを【育成者】と自称し、嬉々として名乗ってくる』
曰く『その男に育成を頼んだ冒険者は皆、大陸級となり名を馳せている』
怪しい……とても怪しい。そんな人間がいるなら、誰も苦労はしない。
第一、すぐ有名になって人が押し寄せるだろうに、そんな話は聞いたこともない。噂ですら初めて聞いたし。
やっぱりこんな話は断って──。