第一話 『ほろびた生き物たちの図鑑』は待っていた 7

 道二郎に撮影とポップの説明をしてから一階に戻ってきたむすぶは、顔をむっつりさせている水海に、

「ありがとうございました」

 とお礼を言った。

「道二郎さんが捜している本が書店に残っていることは、他の本たちのつぶやきでわかったんですけど、彼らの説明だと、その本がある場所がぼくにはすぐにはわからなくて。円谷さんが教えてくれて助かりました。おかげで、あの本を道二郎さんに会わせてあげられました。とても喜んでいましたよ」

 水海は素っ気ない口調で、

「……そう」

 と、つぶやいた。

 道二郎さんを本に会わせてあげられた、じゃなくて、本を道二郎さんに会わせてあげられた、だなんて。

 やっぱり、むすぶの発言は、いちいちもやもやする。

 むすぶのほうは水海の複雑な心境など知らぬげに、澄んだ目をして言った。

「長い年月のあいだに、幸本書店ではたくさんのドラマがあったんでしょうね。買われていった本にも、残っていた本にも……。きっと最終日までに、たくさんの人たちがここにある本に会うためにやってきますよ。楽しみです」

「……」

 道二郎が思い出の本と再会できたのは、むすぶのお手柄だ。

 店長の上に降り注いだ本の中で、最大の致命傷を与えたのが本棚の最上段に並んでいた新しい『ほろびた生き物たちの図鑑』だったとしても。

 それは道二郎には言わなくてもいいことだと、水海も理解している。

 けれど、この人畜無害そうな眼鏡の高校生は、他に水海の知らないなにを知っているのだろう?

 町で最後の書店の店主である笑門を死に至らしめたのが、『ほろびた生き物たちの図鑑』というのは偶然だったのだろうか。

 それに、見本が置いてあった事務室に飾ってある、鳥の骨の絵——あの絵のタイトルが『滅び』であることも。


 ——この絵のタイトルは『滅び』……というんだよ。


 水海が初めてあの事務室で、店長と言葉を交わした日、店長がやわらかに微笑んでそう言ったこと。

 

 ——綺麗な絵だろう。


 ——前の店長だった、ぼくの父が描いたんだ。


 おだやかな澄んだ眼差しで、波打ち際にそびえる大きな鳥の骨を見つめていた。

 綺麗で凜とした——でも水海には淋しくて、少し怖く感じた絵を。


 ——


 むすぶが口にしたあの言葉も、まだ引っかかっている。

 あのときむすぶは、棚に並ぶ本からなにを聞いたのだろう。

 もし本が話せるとしたら、それはむすぶになにを伝えたのだろう。

 店長の死の真実?

 頬を硬くこわばらせたまま、水海はつぶやいた。

「ねぇ……榎木くんは本当に……」


 本の声が聞こえるの?


 そう口にしかけて、

「はい、なんですか?」

「なんでもないわ」

 屈託なく聞き返してくるむすぶから、顔をそむけた。

 本がしゃべるはずはないし、声が聞こえるはずもないのに、バカなことを言いかけた自分に恥じらい、頬をかぁぁぁっと熱くしながら。


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