第二章 気が付けばいつも一人になっているような後輩 4

「……美術部、作戦会議をします」

 向かい合う近距離に配置された二席。正面に座るわたが、ぼそぼそと話し始めた。

 どうやら、俺を一時的に引き留めたのには意図があるみたいだ。

「……今日の放課後、新入生が見学に来るみたいです」

「うん、知ってる」

 俺はあいづちを打つ。なぜなら一年生が訪れたとき、その場にいたから。

「……なので、入部してもらえるような知恵を貸していただけると助かります」

「その作戦会議で俺を招集したってわけか」

「……はい。叔父さんくらいしか相談できる人がいないですけど、はなびしセンパイの図太い神経と気安いれしさ……じゃなくて、明るくて友人が多いフレンドリーさは部長として見習うべきなのではないかと思いました」

 褒められてるようでけなされている気がしないでもない……。

 今の渡良瀬はヘッドホンを首筋に掛けてはいるが音楽は聴いておらず、円滑な意思疎通ができている。不快な雑音と雑音ではないもの……その線引きが、俺には分からなかった。

「……わたしは部長として、どうするべきなんでしょうか」

 弱々しく哀願が込められた声が、届く。

「今まではどうしてたんだ? 見学者とか体験入部が初めてってわけじゃないだろうし」

 参考までに尋ねた瞬間、渡良瀬は重苦しく唇を結び、思いふけったようにうつむいてしまう。

 俺だけが無知。漠然とだが、そんな心境にさせられた。

「……誰も来ませんでした。今回が初めてです」

「そっか……」

 能天気だろうと空気は読める。

 口調や視線の微妙な変化を察し、それ以上の深掘りを避けた。

さか先生に助けてもらうわけにはいかないのか? 美術の授業のときにでも働きかけてもらって、入部希望者を募るとかさ」

「……叔父さんには無理を言って顧問を頼んでいるんです。お飾りでもいいから責任者になってくれないと、この部室も貸りられないので。それに……まずは自分の力で、色々と頑張ってみたいと思いました」

 人付き合いが極端に苦手な渡良瀬では、今回の新入生を入部まで導くのは難易度が極めて高いかもしれない。不器用さを自覚していてもなお、渡良瀬は頑張ろうとしている。

「でも、俺みたいな帰宅部には相談してくれるんだな」

「……担任持ちの叔父さんは見るからに多忙ですが、センパイは……まあ、大丈夫かなと」

「めちゃくちゃヒマ人に見えるよな。そうね、帰宅部のエースナンバー背負ってるよ」

 どんな思惑であれ、一番に頼ってくれたのは光栄だしうれしい。

「……叔父さんも言ったんです。まずはお前が勇気を出して、正式な美術部を設立できるように頑張れって……。だから頼りすぎず、学校では親離れしようかと」

 親目線のさかめいの世話を俺に委ね始めた理由が、わたの自立だとしたら。自らの勇気で前に進み、同年代の友人を見つけてほしいという……考えすぎか。

「渡良瀬が無理やり明るく振舞ったところで、付け焼刃にもならないと思う。俺が渡良瀬のなんて不可能なのと同じように」

「……そうですよね」

「それに、あの子が入部してからのことも考えないと。本来の性格を偽り続けるなんて不可能に近いし、すぐにボロが出て辞められたら悲しいよね」

 根拠のない励ましはせず、俺なりの意見を述べていくうちに、視線を足元に落としながら意気消沈していく渡良瀬。ノリと勢いだけで歩んできた野郎の助言ごときで立ち振る舞いを変えられるなら、こんなに思い悩んだりはしていないだろう。

 心底まで根付いているのだ。一人きりな部長の不器用で下手くそな生き方は。

「ライブペイントをしよう」

 だから、いつもの渡良瀬のままで良いと判断した。渡良瀬が持つ素材を隠すのではなく、圧巻のパフォーマンスを瞳に焼き付けてもらおうと画策したのだ。

「……ライブペイントですか? それだと、いつものわたしと同じで……」

「新入生を放置したまま部長が絵を描いていたら、疎外感を与えてしまうかもしれない。そこらへんは俺がいことサポートする」

 前傾姿勢だった渡良瀬が顔を上げて背筋を伸ばし、俺の話に耳を傾けてくるも……

「放課後の段取りを打ち合わせたいんだけど、残り時間がなぁ……」

 美術室の壁掛け時計を横目で確認したが、昼休みが終わりそうな時刻を長針が指していた。いつ鐘が鳴ってもおかしくないのに、渡良瀬は席を立ち上がる素振りさえない。

「……わたしは午後の授業をサボります。美術部のほうが大切なので」

「マジでサボるの?」

「……センパイはどうしますか?」

 流れていた空気が止まり、俺に選択が委ねられる。答えは一つしかないし、女子と授業をサボる初体験は心臓を過度に高鳴らせる。

「そういや、まだ昼飯を食べてないや。俺もサボりのプロだし、ご一緒させてもらうかな」

「……センパイ、おひとしのアホ野郎ってよく言われますよね。昼食のために学校へ来ていたり、体育のときだけバカ騒ぎしてそうです。総合的に判断すると嫌いじゃないですが」

「あははっ、よく言われ……ねーわ! こう見えても進路に迷ってるんじゃ!」

「……叔父さんに似てますね。いろいろと……嫌いじゃないですよ」

 クラスの女子にもイジられるけど、あいつと似た者同士とか勘弁してくれ。俺のほうが地頭は賢いからマジでさ。嫌いじゃない、を付ければ許されると思ってそう。許すけど。

 遠回しにちやしてくる渡良瀬に翻弄されているうちに、昼休み終了の鐘が響く。お構いなしの二人は無反応で椅子に張り付いたまま腰を据え、作戦会議を継続することに。

 まずは戦に備えて昼食タイム。渡良瀬もベタチョコの包装紙をき始めたので、俺も弁当袋からサンドイッチをまみし、丁寧に包まれたラップをがして豪快にかじりつく。

 わたは大人しい風貌を裏切らず、小さく口を開けてつつましやかにパンをしやくしていた。

「同じパンばかり食べて飽きない?」

「……いえ、しいです」

「偏食だと栄養が偏って病気になるかもしれないよ」

「……別に長生きしようと思ってないので」

 投げやりにつぶやき、淡々と大好物のパンをついばむ渡良瀬。

「……絵を描いている期間は食事の手間を省きたいんです。最低限のエネルギーを摂取する作業に頭を使いたくないし、余計に疲れたくないので」

「だから、いつも一人でベタチョコを食べているのか……」

「……教室は……わたしに無関係な雑音が多すぎます」

 渡良瀬にとって、食事は生きるための作業でしかない。

 弁当を楽しみに午前の授業を切り抜け、友達とりながらい飯を食べる……それが普通の高校生だと認識していた俺とは相反する捉え方があるのだ。

「……わたしは自分自身が好きなものと、それを好きでいてくれる人間にしか貴重な時間を割きたくありません」

 パンを完食した渡良瀬は、明確な信念を吐息に乗せる。包装紙を握り締めた音がひと際大きく感じられ、どちらも口を開くのを躊躇ためらう。

「俺は──」

 ぴっちりと閉じていた上下の唇を、俺は思い切って震わせた。

「俺は……渡良瀬とおしやべりしながら飯を食ってる時間が好きだけどな」

 渡良瀬はややうつむきながら硬直し、左右に視線を逃がす。

「……わたしと話して楽しいですか?」

「楽しくてサンドイッチがめちゃくちゃ美味い」

 すみさんのサンドイッチが瞬く間に胃袋へ消えていく。あの人がウチで働き始めてから何度も作ってもらった味付けは舌に根深くんでおり、今日に限って全く別物だったり特段美味いというわけではないが、今は格別な満足感にあふれていた。

 誰と食べるかで、こんなにも味わう感覚が異なる。小さい青春の隠し味に感謝したい。

「……センパイは物好きですね」

 困ったような小声のささやきが、どことなく渡良瀬らしかった。

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