【第一章 プロジェクト・リバース】5-1
標高三〇〇メートルの五老ヶ岳山頂より、人影が飛び出した。
夜空を駆ける飛翔体の名は、アスラフレーム三号機。
空気抵抗など存在しないかのような高速飛行。加速・減速も異様なほどなめらか。急激な方向転換も思うがまま。
海岸めざして飛べば、すぐさま水没した市街地の上空に到達した。
その間、ほぼ無音。エンジン音の類はほとんどしない。ただ急加速のときだけ、全身のスラスターから
天翔ける決戦兵器に『中の人』はいない。
にもかかわらず、着装者がいるかのように活動している。
遠隔操作するのは、三人の少年少女であった。所持する五〇口径対物ライフルは、格納庫から適当に持ち出した。
「反重力リフターで飛ぶの、こんな感じなのか。すげえ!」
伊集院が興奮気味につぶやいた。
「これさえあればUFO造るのも夢じゃないって、NASAの技術者が泣いたっていうもんな! シャトルとかロケットの出る幕ないぞ!」
「亡命エルフの持ってきた財宝のなかでも、最高ランクの貴重品ですよ!」
アリヤもうれしそうに言う。
「地上世界に定住すると、エルフは魔力を失ってしまいますけど。国宝級のマジックアイテムはべつなんです。なかでも重力操作の秘宝と極小サイズの超伝導タービン──《プレイホイール》は、まだ地球では再現できないってママも言ってました」
「うん。いつもより動きが軽い。ゲームみたいな操作に慣れたのもあるけど」
これはユウの感想。伊集院がすぐに同意した。
「ガンシューティングに似てるというか、そのものだよな」
「むしろ積極的に真似した可能性も……。このアシストシステム、
ユウのヘッドマウントディスプレイに映る画面。
アスラフレームの視覚カメラが捉える、リアルタイムの映像であった。
ただし、三号自身の背中も画面手前に映っている。おかげで自機の置かれた状況を把握しやすい。三人称視点というやつだ。
そして──
念じるだけで遠隔操作を実現させるコントローラーが三人の手にはあった。
右手のひらに浮きあがったリング状の光。体内のナノマシンが操作者の意志をアスラフレームの動きに反映してくれる。
一応、入力などをするためにタブレット端末も持っている。
が、まず使わない。『何もないのは手がさびしい』という理由が大きい。
「半年前はさ。同じことするのに、でかい管制室が必要だったんだろ?」
「そんなに技術が進歩したんだ。すごいね」
横でつぶやく伊集院に、ユウは答えた。
HMDゴーグル着用中の三人、たがいの姿は見えてない。
タブレット端末を手にして格納庫の床にぺたんとすわり、車座になっている。さながら放課後のゲーム集会だ。
アリヤが冷静にコメントする。
「機械じゃなくて、操作する側の進歩です。このシステム自体は前もありました。でもナノマシン適性の高いオペレーターがそろわなくて。凸凹コンビ先輩の適合レベル、最近はかなり上がってますしね」
「おお! オレら三人でフルメンバーの管制室と同じなのか!」
「うちのママ、ああいう管制室きらいでしたし。無駄に機械が多いって」
「伊集院はともかく、僕はたいしたことないと思うけど」
「いえいえ。三号フレームの基本動作、かなりいい感じです。そのままお願いします。アリヤと伊集院先輩より確実に上手ですよ」
むしろ運動センスの差ではと思いつつ、ユウは操作に集中した。
夜の舞鶴市上空──。
昔とちがい、下界に人家の明かりはまったくない。光といえば、頼りない三日月の輝きと星明かりのみだった。
が、フレームの暗視センサー類は良好に稼働中。
夜闇はいかなる障害にもならない。ユウは背面や脚部など各所のスラスターから
が、だんだん飽きてきた。
水没をまぬがれていた空き地を発見したので降下──
ちょうど野犬の群れがいた。二〇頭以上。雑草が生え放題の元公園を住処にしているのだろう。空からの乱入者に犬たちは色めき立った。
ぅぅぅぅぅううううううわわわんっ、わんっ、わんっ、わんっ!
一斉に吠えはじめ、身をかがめて攻撃体勢に移る──。
「う、撃つか、一之瀬!?」
「いや、まずはこっちでいいよ」
伊集院の声がけに、ユウは淡々と応じた。
昨夜、生身で遭遇したときは恐怖ですくみつつの対峙であったが。ユウは三号フレームの各部スラスターから、勢いよく
しゅぅぅ──────ぅぅぅっ!
飛ぶためではない。半径一〇メートル以内にいる野犬を全て、あふれ出た
空気流は強烈な
ふきとんだ野犬はぴくりとも動かぬまま、地面に横たわるのみ。今の衝撃で体中の骨を打ち砕かれたのである。
無事だった連中もしっぽを丸めて、すばやく空き地から退散していく。
ユウはため息をこぼした。
「なるべく犬にはやさしくしたいんだけどね……」
「あれだけ凶暴なんだから仕方ないぞ。みんなの安全確保にもつながる」
「今の野犬で思い出しました。東舞鶴のモールに行ってみませんか? あの──サルの住処になってるあたり」
提案したアリヤが位置情報を送ってきた。
ユウのヘッドマウントディスプレイに小さな地図が表示される。それを意識に入れ、『行こう』と念じる。
すぐさま三号フレームは飛び立ち──わずか十数秒後。
西舞鶴から一〇キロ弱を横断して、東舞鶴中心街にあるショッピングモールの駐車場に降り立っていた。
音速移動さえも可能な機体には、容易すぎるジャンプだった。
近くにいた赤ら顔のニホンザルが数匹、そそくさと離れていく。人間を怖がらなくなった野生動物たちも、空からの来訪者には驚いたらしい。
「この辺、ニホンザルの群れが住みついてるもんなあ」
伊集院がぼやいた。
「二〇〇匹以上いるから銃で駆除するのも進まないし、危なくて物資調達にも行けない。まあサルの手で開けられる食い物は全滅だろうけど、缶詰とか、食料品じゃない道具とかはまだいけるんじゃね?」
「食べ物がなくなって、山に帰るのを待つしかないところでしたが」
やや勢い込んで、アリヤも言う。
「三号フレームの力があれば、余裕で動物王国から取り返せます! この辺ではいちばんのモールですから、収穫も大きいはず──あれ?」
「どうしたのアリヤ?」
「ユウ先輩、要警戒です。サルにしてはやけに大きな熱源がモール内に一、二……」
センサー類を担当するアリヤの困惑。ユウはすぐに指示した。
「──伊集院。照明弾を撃ってみて。基本装備にあっただろう?」
「そ、そうなのか? おお本当だ。どれ」
三号フレームの左肩から、光の玉が打ち上げられた。
武器管制をまかされた伊集院が操作したのだ。光の玉は空中ではじけ、大規模ショッピングモールの広大な駐車場が白い閃光で照らされる──。
「な、何、あいつら!?」
昼間のような明かりのなか、ユウは驚愕した。
五階建てのモール。あちこちにある窓をがしゃんと突き破って、建物内より人影が飛び出てきたのである。しかも一〇体以上!
連中のシルエットは人間に酷似し、ニホンザルより遥かに大きい。
もはや人間と同じサイズ。体型もがっしりしており、ゴリラに酷似していた。しかも──四本腕、阿修羅のごとき六本腕の個体までいる。
伊集院があせって、叫んだ。
「日本にどうしてゴリラがいるんだよ!?」
「ちがいます先輩! 付呪反応あり。おそらく魔法をかけられたニホンザルです!」
すかさずアリヤが指摘する。
たしかに顔はニホンザルの赤ら顔だ。伊集院が唖然とした。
「魔法? マジか!?」
「はいっ。姿形を変えて、自分のしもべにする──。そういう魔法を使えるクリーチャーが市内に入りこんだんですよ!」
「じゃあ、おサルがサイズアップしてゴリラ並になったのかよ!?」
そうか。ユウは昨日の野犬を思い出した。
八本足の犬。地球生物としてありえない形態。あれもたぶん、魔法によって強制的な外形変化をうながされたのだ!
そして次の瞬間、三号フレームはぶん殴られていた。
すさまじい勢いで飛びかかってきたゴリラ風ニホンザルに襲いかかられたのだ。フレームの脳天めがけて、拳が『ぶん!』と振りおろされた。
さすがマジカルな強化生物、装甲板すら凹ませそうな打撃であった。
おそらく本物のゴリラよりも筋力が強い。しかし──
「硬いな三号! 全然ダメージないぞ!」
「あのフィジカルで来られたのに、ぐらっともしないのはいいね。体幹とかボディバランスもすごいようだよ」
はしゃぐ伊集院。ユウも感心していた。
小揺るぎもしなかった三号フレームに対して、苦しんでいるのは殴った側のゴリラ風ニホンザルであった。
振りおろした拳が手首から直角に曲がり、悲鳴を上げていた。
無事な方の手で折れた拳を押さえ、地面をのたうち回っている。
──ぐぅぅぉぉぉおおっ! おおっ! おおっ! おおっ!
絶叫を繰りかえすゴリラ風ニホンザルに対して、ユウは『キック』をイメージ。三号フレームは足下で七転八倒する標的を──
助走なしのインステップキックで蹴り飛ばした。
全身をリラックスさせ、右足を鞭のようにしならせる。足の甲でインパクト。
ユウがイメージしたとおりのキックを浴びて、大柄すぎるニホンザルは弾丸のように飛んでいった。
時速一〇〇キロはあろう勢いで、ショッピングモールの壁に激突。
ずるりと地面に落ちて、そのまま動かなくなる。壁にべったり血痕が残っていた。
「三号のパワーなら当然こうなるよね……」
「威嚇もなしに攻撃してくるなんて──縄張りを荒らす侵入者と見て、排除するつもりのようですね。伊集院先輩、一気にかたづけましょう」
「お、おお!」
ユウはつぶやき、アリヤは指示し、伊集院があわてて応じる。
もはや協力プレイでゲームを攻略するノリであった。
三人のHMDゴーグル上には“ゴリラザル”が七匹いた。思いのほか手強い三号フレームを警戒したらしく、今度はすぐに襲ってこない。
また、ディスプレイの表示範囲外から接近中の九匹もセンサーは捉えていて──
その全てが次の瞬間、『射撃対象』として認識された。
「照準設定、終わりました。やっちゃってください!」
「よっしゃ!」
そう。三号フレームは五〇口径の対物ライフルも装備している。
重量一五キロもの重火器を片手で持ったまま、今まで飛びまわっていたのだ。そのトリガーをあずかるのが伊集院──。
だぁん! だぁん! だぁん! だぁん! だぁん!
三号フレームはまわりのゴリラザルへ次々と銃口を向け、一二・七ミリ弾を容赦なく撃ち込んでいく。
強烈な反動をともなう火器なのに、全て余裕の片手撃ちである。
立てつづけにひびく銃声。そのたびにサルの巨体がはじけ飛び、ねじ切れる。針で風船をつつくようにして、銃弾一発で確実に一匹を射殺していく。
──掃討はものの一分で終わった。
「おし! これでモールをゆっくり歩き回れるぞ!」
「お米とかが無事だと助かるよね。最近、食糧の割り当てがさらに減ったし」
「米はネズミも狙うから、たぶん全滅だろ。でも炊きたての白飯、いいよなあ!」
「……え? 何か様子がおかしいです──」
男ふたりでよろこんでいたら、アリヤが切迫した声で訴えてきた。
「魔力の発生を検知! 何者かが魔法をかけてきた……? み、見てください!」
「うわああああああああっ! な、何だよ、あれは!?」
アリヤと伊集院の声、ほとんど悲鳴であった。
──むくり、むくりと唐突に起きあがったのである。