【第一章 プロジェクト・リバース】5-2
射殺したはずのゴリラザルたちが、次々と。首から上がふきとんだサルも、腹部に大穴が空いているサルも、心臓ごと左腕を失ったサルまでも。
そして、ゆっくり歩き出す。自分たちの仇、三号フレームへ!
甦ったゴリラザルたち、自らの血と臓物にまみれながら、じりじり接近しつつある。下半身のないサルは、なんと上体だけで必死に這い出していた。
ユウは叫んだ。
「これじゃゾンビ映画だよ!」
「ずばりそれです! 使用された魔法を検出できましたっ。《
「このっ!」
ユウの意志に応えて、三号フレームが左腕を振った。
対物ライフルを持っていない方の腕だ。ゴリラザルあらためゴリラゾンビの顔面に裏拳がめりこみ、首から頭部を刎ねとばしてしまう。だが。
首なしのゴリラゾンビは、そのまま組みついてきた!
「ダメだ、こいつまだ動くよ!」
「し、しがみついてきたぞっ。うわ、もう一匹!? かじられたあ!」
ゴリラゾンビが次々と三号フレームに押しよせてきた。
数匹がかりでしがみつき、殴り、装甲に噛みつくゾンビまでいた。
映画や海外ドラマなら肉と骨を食いちぎられ、こちらもゾンビウイルスに感染して一巻の終わりとなるところ。もちろん、三号フレームの装甲はゴリラザルの歯など、一ミリも通しはしなかったが──。
「さっきのをもう一回だ!」
ユウは三号フレームに指示した。
全身の各部スラスターから、
すさまじい突風が三六〇度全方位へ放たれ、ゴリラゾンビ数匹を一気にふきとばす。もともと死体である怪物たち、衝撃で手足がもげるものもいた。
しかし、その損傷もゾンビ集団は意に介さず──
のっそりとした足取りで、三号フレームにわらわらと再接近してくる……。
「ゾンビだけあってしぶといな! どうするよ一之瀬!?」
「た、対亡者用の武器を検索しますっ。ユウ先輩は時間を稼いでください!」
「……何だ、このメッセージ?」
あわてる仲間たちをよそに、ユウは首をかしげていた。
ヘッドマウントディスプレイの画面中央にテキストが表示されたのだ。
──Can I help you?
「よくわからないけど、手伝ってくれるなら助かる!」
そっけない『助けはいるか?』の一文。送信者も不明。
しかし、ユウが反射的に応じた瞬間──ヘッドマウントディスプレイの最下部で、横書きの英文がすごい速さで右から左へ流れはじめる。
『Mantra Server Startup Complete.All PRAJNA Running』
『System Now Booting, Spellbook“PRAJNA HEART SUTRA”…』
『Set Forth This Spell──
「あ、アリヤは何も操作していませんよ!?」
後輩の困惑をよそに、三号フレームに変化が起きた。
装甲におおわれた右手──その手のひらから、きらきらした光の粒子が大量にあふれ出てきたのである。アリヤが驚く。
「可変ナノ粒子!? どうしていきなり!?」
三号フレームを構築するナノマシンと同じものなのか。
謎の粒子はすぐに固体と化して、細長い黄色の布きれに変じた。それは長さといい、サイズといい、“あるもの”によく似ている。
ユウは目をぱちくりさせた。
「黄色いマフラー? 何これ……って、もう来た!」
体のあちこちを失ったゴリラゾンビらが再接近──。
またも数にまかせて三号フレームをおさえつけ、のしかかろうとしてくる! とっさにユウは『振りまわせ!』と念じた。
ぶん! 右手の黄色いマフラーでゾンビの一体を打ち据える。
細長い布きれは──濡れた手ぬぐいのように『ばん!』と亡者の体へ激突した。とたんにゴリラゾンビが爆ぜた。
死にぞこなっていた体が爆散したのである。
細かな肉片や臓器のかけら、体液がまき散らされる!
「死体がばらばらになったぞ!?」
「た、対
伊集院とアリヤが騒いでいる。
対してユウは、すこし落ち着きを取りもどしていた。
「このマフラーみたいな布が武器になるなら──!」
三号フレームに指示。振りまわせ。振りまわせ。
ばん! ばん! ばん! 近くにひしめくゴリラゾンビどもを手当たり次第、黄色の布きれで殴りつけ、爆散させていく。
不思議なことに、肉片も体液も黄色い布には付着せず、きれいなままだった。
結局、わずか二〇秒で三号フレームはゴリラゾンビ十数体を殲滅──。しかし、一息つく間もなく見敵モードが発動した。
ユウのディスプレイの右隅に、位置情報が小さく表示される。
「モールの屋上……? そっちにまだ敵がいる?」
三号フレームの腰部ベルト──
ここのバックルには、小さな車輪が付随している。
アスラフレームの主動力を司るという超伝導タービン。クロエ先生とアリヤは《
その車輪が勢いよく回る。回る。回り出す。
回転が最高潮に達したとき、ユウは三号フレームを一気に跳躍させた。
五階建てのショッピングモール、その屋上を見下ろせる高みにまで到達。そしてユウは発見したのである。
……『妖精』が一体、モール屋上の端に立ち、地上を眺めている。
ずんぐりむっくりの体型で、両手が地面につくほど長いのに、足は極端に短い。顔にはめた石仮面は遥かな秘境を連想させるデザインであった。
木の杖を持ち、毛皮の衣をまとい、紐付きの角笛を首から提げていて──
「クリーチャーだ! あっちの世界の妖精だぞ、一之瀬!」
「種族検索、出ました! ゴブリン亜種バグベア、やっぱり魔法使いの種族です!」
伊集院とアリヤが叫ぶ。
一方、ユウはディスプレイ上の新メッセージを凝視していた。
──I Have an Idea.You Should Select Mode:EXCALIBUR…
「で、できれば日本語でおねがい!」
あわてて口頭で答えた直後。
ユウは日本語のささやきを聞いた。ひどく可憐な、少女の声だった。HMDゴーグル付属のスピーカーから洩れ出てきたのだ。
『授けた《聖骸布》より抜剣せよ。女王の刃があなたのものとなる』
「け、剣を抜くってこと? 了解っ」
『そして、わたしは唱えよう。真なる叡智プラジュナに導かれ、この世の彼方へ往きし者たちへの讃歌を──。
まちがいない。
覚醒実験の途中で聞いた声と同じだった。
彼女は途中から、不思議な響きの歌を口ずさんでいた。ジャズの即興歌にも似た、歌詞の意味がよくわからない歌を。
とても軽やかな歌い方なのに、どこか荘厳で神々しい──。
「
アリヤが驚いていた。
三号フレームの右手にある“マフラー”が今度は硬化した。
やわらかな布きれだったのに、まっすぐのびて、金属のように硬くなり──なんと細長い刃物に変化したのである!
「これで剣なのか!」
持ち手のところは筒状で丸みがある。握りやすそうだ。
まさに“剣の柄”。先端もいつのまにか尖った切っ先に変化していた。
「わあああああああああっ!」
ユウはなかばやけになって、攻撃の意志を発した。
三号フレームの背部スラスターから、
ごうっ! 疾風そのものの速さで三号は急降下していった。眼下で杖を振るい、何か術をかけていたバグベアへ。
それは強烈な電撃を喰らわす魔法であった。
しかし、アスラフレームの装甲にとどくなり、かき消えてしまった。
「三号には魔法も効かないのかよ! いけるぞ一之瀬!」
「
声援を受けたときには、もう決着はついていた。
刀剣モードとなった《聖骸布》とやらの切っ先、バグベアの胴体に突き刺さり──敵妖精は蒸発。じゅっと音を立てて、気化していった。
「遠隔操作でもいい動きをするじゃないか! それにあの武装!」
大佐が無邪気に喝采していた。
旧展望タワーの最上階にて、三号フレームの擬似覚醒および遠隔操作の実験をひととおり見とどけた直後だった。
「前の着装者三号はあまり使っていなかったが──悪くない。実戦でも有効そうだ!」
「ええ。《聖骸布》は……女王の御名においてのみ、下賜される秘宝」
クロエ博士は答えた。相手は理解できまいと確信しながら。
「ふさわしくない者には、滅多なことではあたえられません。前着装者が使用を許されたのはわずか二度だけだと記憶しています」
「ほう……?」
「いずれにしても──三号フレーム覚醒実験『プロジェクト・リバース』。これで第二段階に移行できます」
専用の管制室からアスラフレームを見守れたのは、もう遠い昔話。
今はデスクの上に3D映像を立体投影し、三号フレームが動きまわるさまを周囲の情景と共に再生させている。
クロエはひそかに興奮を覚えていた。
ちらりと背後を見やる。保護睡眠ポッドのなかで、青みがかった黒髪のエルフ少女が物言わぬまま眠っていた。まばたきひとつしない。
だが、すこし前に少女の唇がわずかに動き、空気の泡を吐き出していた。
新たに見出した適格者へ、何かをささやきかけるように──。
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試し読みは以上です。
続きは2020年6月25日(木)発売
『異世界、襲来 01 プロジェクト・リバース』
でお楽しみください!
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