第二章 紅林鈴音の本性を僕たちはまだ知らない その4

 その後、ナポリタンを完食した僕たちは一夏さんに別れを告げて、町の行脚を続けた。

 そんな時間はあっという間に過ぎ去って、時は夕暮れ。

 そろそろかりん荘に戻らなきゃいけないので、僕たちは帰路についていた。

 こうして夕暮れの町を歩いていると、ふと一〇年前のことを思い出す。

 僕と《お姉ちゃん》が出会うのは圧倒的に夕暮れの時間が多かった。夕暮れに外で遊ぶ僕と、放課後ゆえに自由な《お姉ちゃん》が、ちょうどよく噛み合っていたんだと思う。

(結局……どうなんだろ)

 今日は一日中鈴音さんと一緒に居たけれど、鈴音さんが《お姉ちゃん》かどうかは正直分からない。だから少しだけ、探りを入れてみようと思った。

 ここでひとつ注意すべきなのは、あなたが《お姉ちゃん》ですか? と単刀直入に聞いてはいけないってことだ。いけないというか、意味がないというか。恐らくだけれど、鈴音さんが仮に《お姉ちゃん》だったとしても、そんな直接的な質問をしたところで答えははぐらかされると思う。それであっさりと認めるくらいなら、そもそもあんなメモ用紙は入れてこずに今の時点で普通に会ってくれているはずだ。

 普通に会ってくれない時点で、《お姉ちゃん》はきっと僕が自らの手で正解を導き出す時を待っている。だから僕は直接的な質問をせずに、遠回りに探っていくしかないんだ。

「鈴音さんってもしかして、子供の頃からずっと千石町で育った人ですか?」

 迂遠な探りとしてそう尋ねると、鈴音さんはキョトンとし始める。

「いきなりどうしたの?」

「え? あ、いや、その……」

 もし鈴音さんが《お姉ちゃん》でもなんでもない場合、下手な探りは「なんでこんなに図々しく色々と聞いてくるの?」と不快感を与えてしまう可能性がある。

 だからその辺りも考慮して、きちんとした理由と共に尋ねなければならないよね。

「え、ええとですね、いきなりそんなことを聞いた理由としては、鈴音さんの人となりを知ってもっと仲良くなりたいなって思ったからです」

「あら、そうなのね」

「はい。それで、鈴音さんってずっとこの千石町で育った人なんですか?」

「どう思う?」

 質問に質問で返されてしまった。

 これは……どういう反応なんだろう? 答えるつもりがないってこと? 鈴音さんが《お姉ちゃん》だから? あるいはただの興味本位でクイズを仕掛けてきただけ?

「さすがにノーヒントじゃ難しいかしら。でもこんなのクイズとして面白いわけでもないのだし、正解を早速教えてあげちゃうわね。ええそうよ、私は千石町生まれで千石町育ちなの。あぁでも、大学の時だけ上京していたわ」

 お、いきなり普通に答えを教えてくれた……?

 となると、鈴音さんは別に何も隠しちゃいない=《お姉ちゃん》ではない、のか?

 でも僕をこういう思考に持っていかせて、自分から疑いの目を外すのが目的かもしれないわけで……。

 それこそ、鈴音さんは大学時代を除けばこっちにずっと居るっぽいし、だったら当然のように一〇年前もこの町に居たはずだ。

 依然として候補ではある。

 今探れるのはせいぜいこの程度だろうか。

 わずかな収穫ではあるけれど、でも鈴音さんが一〇年前もこの町に居た、っていうのはそれなりのヒントではあるはずだった。

「へえ、じゃあ鈴音さんはこの町が好きなんですね」

 僕は探りを終わらせ、話の雰囲気を世間話に移行させていく。

「上京したままでいよう、とは思わなかったんですか?」

「要くんに出会えたことを思えば、この選択で良かったと思うわ。まさか都心では出会えなかった理想のショタにこんな田舎で出会えてしまうだなんてね。ふふ」

 ブレないなこの人……。

「ねえ、ところで要くん」

 西日がその角度を鋭くし始める中で、鈴音さんがふとこう尋ねてくる。

「なんで要くんは今日、こんなにも律儀に付き合ってくれたのかしら?」

「え?」

「お掃除の時間もそうだし、お風呂もそうだし、町案内という名のこのデートじみた何かもそうだけれど、こうした行動はすべて、ショタ好きお姉さんであるこの私の欲望の趣くがままに行なった気持ち悪い行為なのよね」

「ええと……自分を卑下し過ぎでは……?」

「でも事実でしょう? そして要くんはそんな気持ち悪い行為から本気で逃げ出そうと思えば幾らでもトンズラ出来たはずよね? なのにそうしなかったのはどうして?」

「それは——……」

 鈴音さんの観察がしたかった、って事情もあるけれど、でも一番はやっぱり——

「単純に、鈴音さんとの親交を深めたかったから、ですよ」

 そう、それに尽きる。

《お姉ちゃん》捜しとか抜きにして、僕は鈴音さんと仲良くなりたかったのだ。

「それと、鈴音さんが少し寂しそうに見えたので」

「寂しそう? 私が?」

「鈴音さんの本心が実際どうかは分からないですけど、僕が勝手にそう思ったんです」

 鈴音さんはかりん荘の大家さんをやっているけれど、それは自分で望んだことなのかなってふと考えてしまって——

 だって若いのに大家さんって珍しいっていうか、それこそ実家の所有物件を無理やり任されたとか、そういう事情があるような気がして——

 もし、ソシャゲとショタが大好きというその個性的な趣味が、押し付けられた役職に抱く不満からの反動で来ているモノだとすれば、それを少しでも満たしてあげたいな、と僕はそう思って今日一日付き合っていた部分もあった。

「あら、それは考え過ぎよ」

 鈴音さんはおかしそうに笑ってみせた。

「大家は好きでやっていることだし、ソシャゲとショタはずっと隠れた趣味なのよ。特にソシャゲは結構昔からやっているの。初めてやったソシャゲは怪盗ロワイ○ルだったわ」

「なんですかそれ」

「えっ、知らないの? 今も続いている古豪よ?」

「僕はソシャゲの古豪と言えばグラ○ルのイメージですかね」

「そ、そんな……」

 鈴音さんがショックを受けたようにたじろいでいた。

「どうしたんですか?」

「私は今、ジェネレーションギャップを痛感しているわ……歳は取りたくないものね」

 つー、と頬に伝う一粒の輝きを見て、割とダメージを受けていることを悟った。

 だからそれ以上は無駄に踏み込まず、僕は静観を続けて。

 それからややあって元に戻った鈴音さんは——

「いずれにせよ、今日は付き合ってくれてありがとうね、要くん」

「いえ、どういたしまして」

「きっと要くんみたいに私を受け入れてくれるショタは二度と現れないだろうから——」

 そう言って鈴音さんは弾むように前に出て、くるりと振り返って僕の顔を覗き込む。

「——割と本気で狙っちゃおうかしらね」

「えっ、それってどういう……?」

「はてさて、どういう意味でしょう?」

「り、理想のショタとして束縛し続けるとか、そういうおぞましい意味が込められていたら僕はイヤですよ!?」

「う~ん、どうかしら? でもひとつだけ言えることがあるとすれば、困り顔の要くんってやっぱりラブリーだわ、ってことよね。ふふ」

 からかうように笑うその表情に、僕は——

「…………」

 また《お姉ちゃん》を想起する。

 けれど証拠が何もない以上、《お姉ちゃん》であると指を差すことは出来なくて。

 だから結局はまだ——調査中、としか言えない状態が続きそうなのであった。

幕間 《お姉ちゃん》との思い出 Ⅱ

『ねえ要くん、君には隠し事ってある?』

 ひとけのない夕暮れの公園で、ぼくはその日もおねえちゃんと会っていた。

『隠し事?』

『そう、隠し事。私に言えない何かがあったりしないかな?』

『うーん……特にないと思うよ?』

『そうなの? じゃあおっぱいとお尻だったらどっちが好きか言えるよね?』

『えっ?』

『おっぱいとお尻だったらどっちが好きか言えるよね?』

『こ、答えなきゃいけないの……?』

『言えるよねえ~? だって隠し事はないんだもんねえ~?』

 おねえちゃんは悪い顔をしていた。

『さあほれほれっ、要くんはおっぱいとお尻だったらどっちが好きかね?』

『ぼ、ぼくは……えっと……——ど、どっちも好きっ』

『わお、欲張りさんだ。でもそれはちょっと欲があり過ぎるよね。不健全っていうかさ、このままだと要くんがスケベな男の子に育っちゃいそうだから、そうならないように私が今から矯正してしんぜよう』

『へ?』

『ちょっとこっちに来てっ』

『わわ……っ!』

 ぼくは公園近くの雑木林に連れ込まれ、壁ドンならぬ木の幹ドンをされてしまう。

『な、何するの?』

『おっぱいもお尻も大好きな要くんを矯正するのっ。にひひ~、どんだけ大好きなモノだろうといっぱい味わえば飽きちゃうよね? だからはいっ、まずはおっぱいから♪』

 おねえちゃんはそう言うと、ぼくの顔にふくよかな胸を押し付けてきた。

『むぐっ……!』

『そしてそして~、要くんはがら空きの両手を私のお尻に持ってこようね~?』

 おねえちゃんがぼくの手を自らのお尻に誘導させてしまう。

 直後にはぼくの手にむにっと柔らかな感触が訪れた。

 お、おねえちゃんのお尻だ……。

 顔はおっぱいに包まれて、両手はお尻を掴まされ、ぼくは変な気分になってくる。

『どうかな~要くん? これをずっと続けていればおっぱいにもお尻にも飽きて、きっと紳士な男の子に育ってくれるよね?』

『わ、わかんないよ……!』

『そっかぁ。じゃあ要くんがしっかりと紳士な男の子に育ってくれるかどうかをこの目で見守っておかなきゃだね』

 そう言っておねえちゃんはぼくにおっぱいとお尻を堪能させ続ける。

 とても気持ちがいいけれど、これって多分とてもイケないことで——

 だからぼくにもひとつ、誰にも言えない隠し事が出来たような気がした。

『そ、そういえば……おねえちゃんには隠し事ってあるの?』

『隠し事? うん、そりゃあいっぱいあるよ。女の子は謎多き生き物だからね☆』


------------------------------

試し読みは以上です。


続きは2020年6月19日(金)発売

『姉をさがすなら姉のなか 年上お姉さん×4との甘々アパート生活はじめます』

でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。

------------------------------

関連書籍

  • 姉をさがすなら姉のなか 年上お姉さん×4との甘々アパート生活はじめます

    姉をさがすなら姉のなか 年上お姉さん×4との甘々アパート生活はじめます

    神里 大和/ねいび

    BookWalkerで購入する
  • 甘えてくる年上教官に養ってもらうのはやり過ぎですか?

    甘えてくる年上教官に養ってもらうのはやり過ぎですか?

    神里 大和/小林ちさと

    BookWalkerで購入する
  • 甘えてくる年上教官に養ってもらうのはやり過ぎですか? 4

    甘えてくる年上教官に養ってもらうのはやり過ぎですか? 4

    神里 大和/小林ちさと

    BookWalkerで購入する
Close