ノエル・ミルフォードは「ふわふわ天真爛漫プリンセス」

第5話 お姫様とイルミネーションショー

お姫様とイルミネーションショー


「ユウマ! すごいよ! 人がいっぱいだよ!」

 夕刻の街をたくさんの人々が行き交う光景を見て、ノエルははしゃいでいた。

 今日は十二月二十四日。子供とカップルが大好きなクリスマスだ。

 残念ながら、そのどちらでもない俺はこうしてノエルと出かけている。

 ちなみに、両親は二人とも次の原稿を執筆中だ。

 例年通りなら、両親が仕事で忙しい時は、事前に注文しておいたクリスマスケーキを一人寂しく食べるのだ。

 しかし、今回はノエルが玄関にたまたま置いてあったクリスマスイベントのチラシを見て、それに行きたいと言い出したので、二人で参加することになった。

 またいつもみたいに一人でケーキを食べると、多かれ少なかれメンタルが削られるからな。

 それよか、多少やかましくてもノエルと一緒に過ごした方が良いだろう。

「ねえユウマ、ピカピカ光るいるみねーしょんしょー? っていつやるの?」

「イベントの終わり際に点灯式をやるらしいから、まだまだだな」

「えぇ~あれが早く見たいのに~」

 ノエルはぶーぶーと文句を言う。

 本日のクリスマスイベントの一つに音楽に合わせて変化するイルミネーションショーがあるのだ。

 出店とかもあるが、メインのイベントはそれ。

 ノエルもイルミネーションショーが見たくて、このイベントに参加したがった。

「そんなことよりも、お前に一つ訊きたいことがある」

「? なになに~?」

「……ノエル、その格好はなんだ?」

 俺の視線の先――そこにはサンタコスをしたノエルの姿があった。

「どう? 可愛いでしょ?」

「……悔しいけど、たしかに可愛い」

「でしょ~!」

「だけど! その格好は色々と問題があるんだよ」

 通りすがる人たちが、必ず一度はノエルの方をチラリと見る。主に男性陣。

 あぁ、最悪だ……。

「こんなところでそんな格好するから、変に目立っちゃってるじゃん」

「けど、ユウマのお母さんはイベントにはこれを着ていった方が良いって」

「あのババア……」

 仕事で忙しいんじゃないのかよ。余計なことするなよ。

「つーか、その服で寒くないのか? やたら肌の露出が多い気がするけど」

「うわぁ! ユウマのエッチ!」

「心配してやってんだよ‼」

 全身を腕で隠そうとするノエルに、俺は叫んだ。

「魔法で体を温めてるから、ポカポカだよ~」

「なんだよ。魔法って本当に便利だな」

「ポカポカの体、触ってみる?」

 一丁前にセクシーポーズを取るノエル。

 このマセガキめ……。

「良いだろう! じゃあ存分に触ってやろうじゃないか!」

「えっ、ほ、本当に触るの?」

「当たり前だ。言っとくが、そっちから言い出したんだからな。どうなっても知らんぞ」

「あ、あわわ……」

 ノエルは口に手をあてがって、オロオロとする。

 今更怯えても、もう遅い!

「行くぞ、おりゃ!」

 ぺたぺたぺた、とノエルの体のあらゆるところを触りまくる(もちろんアウトな部分は除いて)。

「ひゃっ! ちょっ、止めて! くすぐったいよぉ……」

「これくらいで音を上げるのか? お姫様も大したことないな!」

 ガハハ、と完全に悪者の笑い声を上げる。

 すると、肩をポンポンと叩かれた。

 振り返ると、お巡りさんがにっこりと笑顔を浮かべていた。

「きみ、ちょっといいかな?」

「…………」

 この後、誤解を解くのにめちゃくちゃ時間がかかりました。


☆☆☆☆☆


「……はぁ。えらい目にあった」

 無事、お巡りさんから解放されると、俺はぐったりと肩を落とす。

「慌ててるユウマ、すごく面白かったよ!」

「俺はガチで捕まるんじゃないかってヒヤヒヤだったよ」

 ノエルのことは強引に妹ってことにして彼女も協力してくれたから、最悪の事態にはならずに済んだけど。

 本当のことを話すと、色々と面倒だからな。

「ユウマ、ユウマ! いるみねーしょんしょーはまだ?」

 訊かれて、時間を確認する。

「もう少し後だな」

「まだなのぉ~」

 ノエルはさっきみたいに文句をこぼす。

 このままイルミネーションショーの時間まで待たせるのは、さすがに可哀そうだよな。

「なあノエル、暇だし、出店の食べものでも食べるか?」

「えっ! 食べもの! 食べる食べる!」

 ノエルの表情がぱぁーっと明るくなる。

 食べもので機嫌が良くなるなんて、まだまだ子供だなぁ。

 俺たちは出店が並んでいるところまで移動。

「で、何が食べたい?」

「あれが食べたいの!」

 ノエルはビシッと指をさす。

 その先には、焼き芋屋さんがあった。

「すごく美味しそう!」

「ほう、お前はなかなか見どころがあるやつだな」

 初見で焼き芋の良さに気が付くとは。

 焼き芋屋さんの前に行くと、芋を焼いているおじさんから何個がいいか訊かれる。

「一個で良いよな?」

「二個食べる!」

「これ、結構大きいんだぞ。あとお前そんなに食わないだろ」

 メイド喫茶の一件で、ノエルがあまり食べない方だと俺は知っている。

「二個食べるの! 絶対に食べるの!」

「本当か? ……ったく、しょうがねぇなぁ。残すなよ」

 おじさんに焼き芋を二個注文した。

「? ユウマは食べないの?」

「俺はあんま腹減ってないからいいや」

 実はイベントに来る前に、事前に注文していたクリスマスケーキをこっそり食べてたなんて言えないよな……。

 焼き芋が出来上がると、支払いを済ませて焼きたての焼き芋を二個もらい、それをノエルに渡す。

「すごい! 湯気が立ってるよ!」

「まあ焼きたてだからな」

 ノエルは「美味しそう~」と口にして、ちょっと涎が垂れてる。

 それはお姫様的に大丈夫なのか。

「いただきま~す!」

 パクリと一口。

 すると、ノエルははふはふ言いながらもぐもぐする。

 めっちゃ熱そうな顔してるな……。

「うん! お、美味しいよ!」

 ノエルは少し涙目だった。

 味が美味しいのは本当だと思うけど、やっぱり予想以上に熱かったんだろう。

「良かったな。でも今度はもうちょい冷まして食べろよ」

「は~い」

 ノエルは焼き芋をフーフーして、また食べた。

 はふはふ、もぐもぐ。

「熱~いっ!」

「そりゃフーフー一回ごときじゃ冷めないだろ」

「でも美味しいよ!」

 ノエルはにっこりと笑う。

 こんな笑顔を見せられたら、買った甲斐があるってもんだな。

 それからノエルはパクパクと焼き芋を食べていく。

 この食いっぷりなら二個なんて余裕か……?

 ――と思っていたら、急にノエルの手が止まった。

「まさかお前……」

「もうお腹が一杯なの」

「ほら言わんこっちゃない!」

「ユウマ、これあげる」

「いらんけど⁉」

「遠慮しなくていいの!」

 グイグイと焼き芋を押し付けられる。

 熱い! アツアツのお芋を口にくっつけてくるな!

「もう、しょうがねぇなぁ……」

 あんまり腹減ってないのに……。

 そう思いつつ、俺はノエルの残した焼き芋を代わりになんとか食べきった。

 家族の残り物を任される世のお父さんの気持ちが分かった気がした。

 く、苦しい……。


☆☆☆☆☆


「ユウマ! 次はあれをやってみたいの!」

 そろそろイルミネーションショーの時間が近づいてきた頃。

 ノエルが今回のイベントのために作られた氷の滑り台を指さした。

「でも、もうちょいでイルミネーションショーが始まるぞ」

「そうなの⁉ で、でも……」

 ノエルは名残惜しそうな瞳を滑り台に向ける。

 そんなにやりたいのかよ……。

「まあ一回くらいなら大丈夫か」

「ほんと! じゃあやるっ!」

 すたた、とノエルは滑り台の方へ行ってしまった。

 本当、元気なやつだなぁ。

 ――でも、ノエルは何故かすぐに戻ってきた。

「なんだ?」

「なんだ? じゃないよ! ユウマも一緒に行くんだよ!」

「は? 俺も?」

 いやいや、あれって俺みたいな年齢のやつがやっていいやつじゃないでしょ。

 滑り台の前の列に並んでいるのは、小学生くらいの子供か、もしくは子供と一緒に滑ろうとしているお父さんお母さんだけだし。

「いいの! わたしはユウマと一緒に滑るの!」

「嫌だよ。普通に恥ずかしいだろ?」

「わたしは恥ずかしくないもん! ほら~行くの~!」

 グイグイと腕を引っ張られる。

 ノエルが騒いでいるせいで、周りの人々から一気に注目を浴びる。

 こいつ、まだサンタコスだからな。

 このままだとまたおまわりさんに補導されるかもしれん。

「わかった。一緒に滑り台滑ってやるから。そんなに騒ぐな」

「さすがユウマなの!」

 何が「さすが」だ。調子の良いやつめ。

 それから約束通り、俺はノエルと一緒に滑り台をするために列に並ぶ。

 もうすぐイルミネーションショーが始まるからかそれほど人数がいなかったため、俺とノエルの順番が回ってくるまでに、そう時間はかからなかった。

「では、後ろの階段から上がってくださいね~」

 係員に案内されて、氷の滑り台の後ろ側へ。

 そこには同じく氷で作られた階段があった。

 ここも氷で作ってんのか、と感心しつつ、二人で階段を上る。

 一番上まで上がると、それなりの高さがあって、会場がカップルやら子供連れの家族やらで賑わっている光景がよく見える。

「じゃあ彼女さんは前に、お兄さんは後ろに座ってください」

 係員に言われた通りに、滑り台のスタート地点に座る二人。

 ノエルは俺の彼女だと思われているみたい。

「楽しみだね!」

 ノエルはくるっと顔だけ振り返る。

 距離が近すぎるせいで、一瞬ドキッとしてしまった。

「そ、そうだな」

「? どうしたの?」

「べ、別になんでもねぇよ」

 そんな会話をしていると、

「お兄さんは妹さんの腰に手を回して体を支えてあげてください」

 背後から係員にそう言われた。

 滑り台がそれなりに高さがあって、危ないからだろう。

 係員の言葉通り、俺はノエルの腰に手を回す。

「ひゃいっ!」

「バ、バカ! 変な声出すなよ!」

「だ、だってユウマがいやらしいところ触るから」

「腰だよ! 俺を変態みたいに言うのはマジで止めろ!」

 ちょっと言い合いをしたのち、係員から「それでは滑って大丈夫ですよ~」と許可をもらった。

「準備は良いか?」

「うん! いつでもオッケーだよ!」

 ノエルの言葉を合図に、俺とノエルは滑り始める。

 高さがあっただけに、滑り台も結構長い。

「きゃはは! 楽しい~!」

 ノエルは両手を上げながら、わいわいとはしゃいでいた。

 反応が同じように滑っていた小学生くらいの子供と変わんないんだが。

 こいつ、これでも本当にお姫様なのか。

 一方、俺はというと、滑っている最中に勢いで彼女のサンタコスが脱げてしまわないように注意を払っていた。無駄に布地が少なすぎるだろ。

 結局、ノエルは全力で楽しんで、俺は終始ヒヤヒヤしたまま滑り切った。

「すごかったねユウマ! 楽しかったね!」

「……あぁ、そうだな」

 とりあえず帰ったらうちの母親には説教してやろう。

 そう心に決めた。


☆☆☆☆☆


「ようやくイルミネーションショーの時間だな」

「うん! すごく楽しみ!」

 俺たちは会場に来ていた。

 そこには大きなクリスマスツリーがあって、様々な装飾がされている。

 ここでイルミネーションショーが催されるのだ。

 イベントのチラシでは、クリスマスツリーに飾られた数多くのLEDライトが光り出すらしい。

「おっ、そろそろ始まるっぽいぞ」

 近くの建物の大型ビジョンにカウントダウンが映し出された。

 あれがゼロになると、イルミネーションショーが開始するのだろう。

 カウントは5から始まる。


 5、4、3、2、1――。


 刹那、お洒落な音楽が流れ出して、クリスマスツリーに色鮮やかな光が灯った。

 おぉ‼ と歓声が沸き上がる。 

 七色の光が煌めいて、目の前の景色を美しく彩っていく。

「すご~い」

 ノエルも瞳をキラキラさせて夢中になっていた。

 俺も彼女と同じく視界に映る光景から目が離せないでいる。

 それくらい綺麗だったんだ。

 これは母さんから聞いたことなんだが、ノエルはフランス語だと“クリスマス”って意味らしい。

 だからなのか、彼女と過ごすクリスマスは振り回されることもあったけど、とても楽しく感じた。

「ありがとな、ノエル。お前のおかげで一人でケーキを食べるだけになるはずだったクリスマスが楽しく過ごせたよ」

「ほ、ほんと! やった~!」

 素直に感謝すると、ノエルは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。

「わたしもね、ユウマと一緒にここに来られて良かったよ!」

「っ! そ、そうか……」

 弾けるような笑顔に、鼓動が一気に速くなる。

 って、なんで俺はノエルにこんなにドキドキしてんだ。

「ユウマ~!」

 そんな中、ノエルは抱きついてさらには頬ずりもしてくる。

「お、おい! 止めろよ!」

「止めないも~ん!」

 すりすりと頬づりを止めないノエル。

 こいつは本当にもう……。

 彼女の行動に呆れつつ胸の内でもう一度、クリスマスを一緒に過ごしてくれたノエルに感謝した。


~つづく~


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