第4話 お姫様と一緒にメイドに挑んでみた
「ユウマ! めいどきっさに行きたい!」
学校から帰宅するなり、ノエルがそんなことを言ってきた。
お菓子を食べていたのか、口元にスナック菓子の欠片が付いている。
「どうしたいきなり……」
「今日ね、ユウマの部屋のラノベを読んでいたら、めいどきっさが出てきてとても可愛いお洋服を着てたの!」
ノエルがラノベの挿絵のページを見せてくる。
そこにはメイド服を着たヒロインが描かれていた。
「すごい楽しそうなの!」
「そうか。じゃあ一人で行ってらっしゃい」
ノエルの横を通り過ぎようとすると、ガシッ! と腕を捕まれる。
「なんだよ」
「ユウマも一緒に行くの! じゃないとわたしが迷子になっちゃう!」
「清々しいくらい私的な理由だな」
こいつは居候してから、何度も何度もワガママを言ってからに。
「いいか、ノエル。メイド喫茶に行きたいなら自分で行くんだ。自分で色々調べてな」
「嫌なの! だって面倒なんだもん!」
面倒って、こいつ……。
「とにかく、俺はお前とメイド喫茶に行かないからな」
「ふーん、それじゃあわたしにも考えがあるの」
「考え? 言ってみろよ」
どうせ大したことないに決まってる。
「クローゼットの奥にあるエッチな本をユウマママに見せるの!」
「よし、ノエル! 一緒にメイド喫茶に行こうか!」
ちょうど俺もメイド喫茶に行きたい気分だったんだよな~。うん、メイド喫茶大好き!
「やった~! これで可愛いめいどふくを着れるよ~!」
「? メイド喫茶に行ってもメイド服は着れないぞ。ちゃんとそこで働かないと……」
俺の言葉に、ノエルは可愛らしいおめめをぱちくりさせる。
「じゃ、じゃあ働くの!」
ノエルはそう言うが、彼女がこの世界で働くのはたぶん無理だ。
戸籍とかその他諸々がないだろうし、そもそもこいつは抜けてる面が多々あるので、働いたところですぐクビになりそう。
「そんなにメイド服が着たいのか?」
「うん! 着たい!」
ノエルは瞳を輝かせて、期待に満ちた表情をしている。
どうせメイド喫茶には一緒に行かないといけないんだ。なら、ついでにこいつの願いも叶えてやろう。
「わかった。春頃にメイド服を試着できるメイド喫茶に行ったことがあるから、そこに行くか?」
「ほんと? じゃあそこに行きたい!」
「決まりだな。日にちは今度の休日にするか」
そう返しつつ、俺はポケットからハンカチを取り出して、食べかす付きのノエルの口元を拭う。
すると、彼女は僅かに頬を染めて、
「っ! そ、そんなことしなくても言ってくれればいいのに!」
「そっか、すまん。なんかつい……」
「前にも話したけど、わたしはお姫様なんだよ! 子供みたいに扱わないで欲しいの!」
ぷりぷり怒るノエル。
あっ、まだ食べかすが残ってる。
俺はハンカチで拭いた。
「~~~~っ!」
ポカポカと叩かれた。
そんなわけで次の休日に二人でメイド喫茶に行くことになった。
☆☆☆☆☆
そして休日を迎えた。
俺たちは目的のメイド喫茶の前に立っている。
店内に入りたいところだが、その前に俺はノエルに訊きたいことがあった。
「そういや勇者候補探しってやってるの?」
「……まだ英気を養っている最中なの」
そういうことらしい。
……こいつ、ダメだな。
勇者候補探しの状況を確認したところで、俺とノエルはメイド喫茶の中へ。
カラン、と扉に付けられた鈴の音が鳴ると、
「「「お帰りなさいませ、ご主人様! お嬢様!」」」
一斉にメイドさんの声に迎えられた。
俺は一度、ラブコメが大好きな後輩と一緒に来たことがあるから、慣れてるわけじゃないけど、そこまで驚かない。
一方のノエルはというと――。
「大変なの! この世界も魔王が復活しようとしているの!」
と、よくわからんことを言っている。
「は? この世界に魔王なんているわけないだろ?」
「だ、だって、あ、ああ、あれ……」
ノエルが指をさした場所――それはメイドさんの猫耳だった。
ここは普通の喫茶店とは違って、猫耳メイド喫茶なのだ。
……あぁ、なるほど。
「あのなノエル。あれはお前の世界で言う『災厄』のせいで猫耳になってるわけじゃなくて、そういうメイドさんなんだよ」
「? ど、どういうことなの?」
「つまり、好きで猫耳を付けているんだ」
そう言うと、ノエルは驚愕する。
「あり得ないの……」
「こっちの世界だとあり得なくないんだよ。コスプレとかで動物の耳を付ける人はたくさんいるな。もちろんうさ耳も」
「嘘なの……」
信じられない、みたいな表情を見せるノエル。
そんな顔をするな。猫耳つけてるメイドさんに失礼だろ。
それから俺たちはメイドさんに案内されて席に着くと、渡されたメニューを眺める。
「ねえユウマ。どうしてどの食べ物にも『ドキドキ』とか『ラブラブ』とかいう言葉が入っているの? もしかして味付けが特別だったりするの?」
「いいや、オムライスもハンバーグもぶっちゃけ普通の味だ」
「? でも、前にユウマと行ったお店より、お金が少し高い気がするよ?」
「それはな、このお店のメニューには夢が詰まってるからだ」
ノエルはこてんと首を傾げる。
こればっかりは体験して頂かないとわからないだろう。
その後、俺たちは注文を済ます。
「そういやお前、メイド服を着たかったんじゃないのか? メイドさんに頼めばこのお店のサービスで着させてくれるぞ」
「そうなの? あ、あの、メイドさ~ん!」
ノエルは近くのメイドさんを呼び止めて、メイド服を着てみたいと話す。
すると、ノエルはメイドさんと一緒に別室に行ってしまった。
ワガママなお姫様だけど、見た目は可愛いからな。
きっとメイド服がよく似合うと思う。
「……さて、暇だしラノベでも読むか」
こんなこともあろうかと、メイドのヒロインが出てくるラノベを持ってきたのだ。
メイド喫茶でメイドが出てくるラノベを読む。
ラノベ好きにとっては、至高の時間だ。
早速ページを開くと、扉絵でメイドのヒロインが際どいエプロンドレスを着て、セクシーなポーズを取っていた。
周りのメイドさんたちが一気にドン引きした。
……やっちまった。
☆☆☆☆☆
「ユウマ!」
恥ずかしい思いをしながらもラノベを読んで待っていたら、ノエルが帰ってきた。
お店のメイドさんと同じメイド服を着ている。
が、猫耳は付けていなかった。そんなに何かの耳を付けるのが嫌なのか……。
「ねえねえ? これ可愛い?」
スカートの裾をひらひらさせながら、くるりと一回転。
たったいま彼女と出会って、初めてお姫様っぽいと思った。
「ユウマ、可愛いでしょ? 可愛いでしょ? ねえねえ?」
俺の周りをちょこまかしてくるノエル。
う、鬱陶しい……。
「そうだな。そこそこ可愛いんじゃないか?」
「むぅ、そこそこってなに? すごく可愛いでしょ? そうでしょ~?」
「あぁもう! うるさいし、いちいちくっついてくるな!」
「だってユウマが本当のこと言わないから。すごく可愛いって言って! ちゃんと言って!」
「わ、わかった、わかった。世界一可愛いって」
「でしょ、でしょ~!」
ノエルは満足げにニコニコする。
自分で言わせたくせに。
……まあ可愛いと思ってることは本当だけどな。
「ご主人様! こちらがご注文いただいた『ラブラブオムライス』と『ドキドキハンバーグ』でございます!」
ノエルに振り回されていると、先ほど頼んだメニューが届いた。
すると、メイドさんがお決まりのおまじないを唱えだす。
「美味しくな~れ♡ 萌え萌え~きゅ~ん♡」
ハートの輪っかを作って、ぱっちりとウィンク。
営業的なものだとわかっているのに、不思議なことに毎回、可愛いと思っちゃうんだよなぁ。
「ねえねえ、ユウマ。いまのは何なの?」
こっちに近寄ってきて、ノエルが訊ねてくる。
「簡単に言うと、魔法だな。あの言葉によって食べ物が美味しくなるんだ」
「っ! 驚いたの! まさかこの世界でも魔法を使える者がいるなんて!」
「すごいだろう? だからこのお店のメニューの値段は高いんだ」
ノエルは「なるほど~」と納得する。
実際は美味しくなっている気がする、だけど。
「はいはーい! ノエルもやってみたいの! 教えて欲しいの!」
ノエルがメイドさんに向かって、手を挙げてぴょんぴょん跳ねる。
俺は迷惑だから止めろ、と言ったのだが、メイドさんは良いですよ~、と快く承諾してくれた。
ノエルはメイドさんにおまじないの言葉とポーズを教えてもらう。
「ユウマ! 見てて! 見てて!」
「はいはい、わかったよ」
はしゃぐノエルに、俺は呆れつつ返す。
「美味しくな~れ♡ 萌え萌え~萌え萌え~♡ きゅんきゅんきゅ~ん♡」
おまじないを口にしたノエルは、ばっちりとハートの輪っかを作りウィンクを決める。
「ユウマ、わたし上手にできた?」
「そうだな。後半のセリフがめちゃくちゃ増えてたけど、完璧だったんじゃないか」
「ほんと? やった~!」
ノエルが遠慮せずに喜ぶと、隣のメイドさんが優しく微笑んでいる。
なんか俺がめっちゃ恥ずかしいんだが。
「そろそろ満足したか? ご飯食べるなら着替えなきゃダメだぞ」
「まだ早いよ~」
ノエルはまだまだメイドさんでいるつもりらしい。
この調子だと、家に帰れるのはいつになるのやら。
「ご主人様、少しよろしいでしょうか?」
メイドさんが近づいて、そう訊ねてきた。
「何ですか?」
「実は当店では、ご注文いただいたメニューが半額になるシステムがございまして」
「まじですか⁉」
なんてお客様想いなシステムなんだ‼
「で、そのシステムって何ですか?」
「はい、それはご主人様がわたしたちメイドと神経衰弱をして、見事勝つことができましたら、それまでにご注文いただいたメニューは全て半額となります」
「おぉ‼」
たったそれだけでいいのか‼ これはもうやるしか――。
「しかし、もし負けてしまった場合は、ご注文いただいたメニューをもう一度頼んで頂きます。要は2倍になるということですね!」
「めっちゃリスク高いじゃん‼」
勝てば半額、負ければ倍額。
「どうなさいますか? わたしと勝負しますか?」
「そ、それは……」
「もしあなたが勝ったらぎゅってハグしてあげますよ?」
「えっ、は、ハグしてくれるんですか……?」
「はい! あとほっぺにチューもしてあげます!」
「まじですか! じゃあやります!」
ハグとチューをしてもらうため、俺はメイドさんと神経衰弱で勝負をした。
結果――惨敗した。
「…………」
「ユウマ? 大丈夫?」
意気消沈していると、ノエルが心配そうに声をかけてくれる。
「すまんなノエル。俺は勝負に負けちまったよ」
「ユウマ、すごくカッコ悪かったよ」
「ぐはっ!」
砕けかけていたハートに強烈な一撃を食らった。
もう立ち直れないかもしれない。
「でも安心して! 今度はわたしがメイドさんと勝負するの!」
「ノエル……」
彼女の瞳の奥は燃えていた。
ノエルには魔法がある。
……とすると、もし彼女とメイドさんが神経衰弱をしたとしても、確実に勝てるんじゃないか。
出会って初日にラノベを消したんだから、物を透視する魔法だってあってもおかしくないはずだ。
「わかった。神経衰弱のルールは教えてやるから、あとは頼んだぞ、ノエル」
彼女は真剣な表情でこくりと頷く。
俺から神経衰弱の説明を受けたあと、ノエルはメイドさんと勝負を始めた。
結果――惨敗した。
「いや、何でだよ!」
俺は全力でツッコんだ。
「すごいの! メイドさんとっても強いの!」
「たしかにメイドさんは強いけど、お前は魔法が使えるだろ? 透視とかできるんじゃないのか?」
「できるけど、わたしは自分のために魔法は使わないの」
「……そういえば、そうだったな」
ゲーセンに行った時もそんなこと言ってたっけ。
むやみに使わないことは良いことだけど、今だけは魔法を使って欲しかったよ……。
「ちくしょう、これで二連敗じゃん」
つまり、注文したメニューの倍の倍の量の料理を食べなくちゃいけなくて、値段も支払わなくちゃいけないわけで――。
「ご主人様! 勝負の結果、これまでにご注文いただいたメニューをもう一度ご用意しました! あと金額がこちらとなります!」
とびきりのスマイルで『ラブラブオムライス』と『ドキドキハンバーグ』をテーブルの上に並べて、伝票を渡してきた。
金額を見て、俺は戦慄した。
今後はアホな賭けをするのは止めよう。本気でそう思った。
ところでもう一度頼んだ料理だが、ノエルが一皿目で「お腹いっぱいで幸せなの」と満足してしまったため、俺は『ドキドキハンバーグ』を一皿と自分が頼んだ『ラブラブオムライス』を二皿食べるハメになった。
お腹いっぱいで死にそうになった。
~つづく~
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