第6話 お姫様と魔王を倒そう!
「元の世界に帰ることになったの!」
正月気分も抜けてきたとある休日。
自室でのんびりラノベをよんでいると、唐突にノエルが口を開いた。
「急にどうしたんだよ?」
「実はずっと探してた勇者候補を見つけたの! だからその人と一緒に今から元の世界に帰ることにしたんだよ!」
「えっ、勇者候補見つかったの?」
俺が問いに、ノエルは頷く。
こいつ、いつの間に勇者候補を探してたんだ……?
「でもそうか。もう帰っちゃうのか……」
騒がしいやつだったけど、いなくなるってなると少し寂しいな。
「じゃあなノエル。達者でな」
最後の挨拶をして、手を振った。
だが――。
「何を言っているの? ユウマも一緒に来るんだよ?」
ノエルがよくわからないことを言い出した。
「どうして俺がお前の世界に行かなくちゃいけないんだよ?」
「それはもちろん、ユウマが勇者候補だからだよ!」
「…………」
衝撃の事実。なんか俺、勇者候補だったみたいです。
「そんなこと一言も聞いてないんだけど」
「言ってなかったっけ?」
言ってねぇよ。
「俺が勇者候補って本当なのか? 実はお前の勘違いとかじゃ……」
「そんなことないもん! ユウマからは勇者候補特有の魔力を感じるから間違ってないよ!」
ノエルは真剣な表情で訴える。
嘘を言っているようには見えないな……。
「じゃあいつから俺が勇者候補だってわかってたんだよ? まさか俺んちに来た時からか?」
「ううん、ユウマと一緒に過ごしているうちに、ユウマが勇者候補だって気づいたの」
最初はわからなかったってことか。
……でも、途中からはノエルは俺が勇者候補だってわかってたわけだよな?
「お前、どうして俺が勇者候補だってわかった時に、すぐに元の世界に戻ろうとしなかったんだよ?」
「そ、それは……もうちょっとユウマと遊んでみたいなぁと思って、そのままズルズルと……」
ノエルはもじもじとしながら恥ずかしそうに語る。
なかなかひどいお姫様だな……。
「まあいいや。それでこれから俺はどうなるんだ?」
「わたしと一緒にわたしが暮らしている世界に来てもらうの。その他の詳しいことは後で話すから」
直後、俺とノエルの足元に魔法陣が出現した。
「っ! なんだこれ!」
「転移魔法だよ!」
魔法陣は白い光を放っていた。
そして、その輝きはみるみる激しさを増していき――。
光に呑まれると同時に、俺とノエルはその場から消失した。
☆☆☆☆☆
「……っ!」
魔法陣の輝きが収まり目を開くと、俺は深い森の中にいた。
「どこだここ……?」
「ユウマ!」
隣からノエルが声を掛けてきた。
「ノエル、ここがお前が暮らしてる世界で間違いないのか?」
「そうだよ! ここがわたしが住んでいる世界!」
ノエルはようこそ! みたいな感じに両手を広げる。
今はそんなことしてる場合じゃないだろ。
「あのさ、ここってどこ?」
「ここはわたしが住んでいる王都から少し離れた位置にある森なの。危ない魔物とかは出ないから安心して」
「えっ、魔物とか出るの?」
「当然だよ! 魔王もいるんだから魔物もいるに決まってるよ!」
「まじかよ……」
魔物なんかに出会いたくないなぁ。
「でさ、俺はこの世界で何をしたら良いんだ? 説明してくれるんだろ?」
「ユウマにはね、もうすぐ復活する魔王を倒して欲しいの!」
「……は? まじで?」
それにノエルはこくこくと頷く。
「あのな、俺が魔王なんて倒せるわけないだろ?」
「そんなことないよ! ユウマは勇者候補だから魔王を倒せる力があるの! ……たぶん」
「たぶんって……」
全く信用できねぇ……。
「お願い! わたしの世界を救って欲しいの!」
ノエルは切実な声音でそう頼んできた。
当たり前だけど、それはいつものワガママとは違う。
彼女もこの世界を守ろうと必死なんだろう。
「……わかったよ。魔王に勝てるかは知らんけどやるだけやってみる」
「ほんと! ユウマはやっぱり優しいの!」
ガバッと抱きつかれた。
「お前はこの世界じゃお姫様なんだろ? こんなところ見られたらまずいんじゃないか?」
「別にいいも~ん。すりすり」
頬ずりまで始めてしまった。
彼女曰く、最近のマイブームらしい。
でも本当に誰かに見られたらまずいよなぁ。
例えば、ノエルのお父さんとか。
――トントン。
不意に肩を叩かれた。
振り返ると、豪華な装飾がされている衣服を着たダンディなおじさんがいた。
ついでに、可愛らしいうさ耳を付けていた。
「キミ、私のノエルに何をしているんだい?」
「……はい?」
訊き返すと、おじさんが答えるより先に、ノエルが声を上げた。
「あっ、お父様!」
「……お父様?」
このダンディなおじさんが?
……これ、まずくない?
「もう一度聞くよ。キミは私のノエルに何をしているんだい?」
ダンディなおじさんの声には明らかに怒りが含まれていた。
……えーと、どうしよう。
☆☆☆☆☆
「なるほど。キミがあの勇者候補なんだね」
ダンディなおじさん――もとい、ノエル父に事情を話すと、あっさりと信じてくれた。
変な関係だと誤解されずに済んで良かった……。
ちなみに王様が森にいた理由は、森から娘に似た魔力を感じたからとのこと。
「わたしのお父さんはすごいんだよ! わたしが暮らしてる国の王様なんだよ!」
「へぇーそうなのか……えっ、まじ?」
ノエルは自慢げにうんうんと頷く。
そっか。ノエルがお姫様だから、こいつの父親は当然、王様になるのか。
「王様と言っても大したことはしてないよ」
ノエル父は謙遜するけど、王様はやっぱすごいだろ。
……でも、王様に関して一個だけ訊きたいことがあるんだよなぁ。
「その、失礼かもしれないんですけど、王様の頭に付いているうさ耳は……?」
「これかい? これは復活した魔王にやられたんだよ」
ガッハッハと笑い出す王様。
……魔王ってもう復活してるの?
「さて、着いたよ」
混乱していると、俺たちは祠のような場所に辿りついた。
王様が付いて来てって言うから、何となく歩いてきたけど……ここはどこ?
「ここはね、魔王が復活した場所なんだよ」
ノエル父は平然ととんでもないことを口にする。
「ほら、あそこにいるのが魔王だよ」
続けて彼が示した先には、ゴスロリ衣装の少女がいた。
年齢はノエルと同じくらい。もちろんうさ耳を付けていた。
「キミ、勇者候補なら今からあの魔王を倒してきなさい」
「えっ? いや、いきなりそんなこと言われても――」
「娘を誑かした男ならそれくらいできるだろ‼」
急に王様が大きな声で言い放った。
な、何これ。めっちゃ恐いんだけど。
「私の愛しいノエルを汚らしい手で触りおって。そんなやつは魔王と戦って死んでこい!」
王様は物凄い形相でこちらを睨んでくる。
これはあれだな。俺とノエルの関係が完全に誤解されてるやつだ。
てっきり誤解が解けたと思ってたのに、実際は微塵も解けてなかったみたい。
「あの王様、さっきも言いましたけど、ノエルとはそういう関係じゃなくてですね……」
「うるさい! 早く魔王と戦ってこい!」
「えぇ……」
全く聞く耳を持ってもらえない。こりゃダメだわ。
「なあノエル、お前からも何か言ってくれよ」
「うーん、よくわからないけど……ユウマ! こうなったら一緒に魔王をやっつけちゃおう!」
ノエルはやる気に満ちた表情で拳を掲げる。
うん。こいつに頼ろうとした俺がバカでした。
こうなると本当に今から魔王と戦わなくちゃいけなくなるんだが……。
「なあノエル。魔王ってやっぱり強いのか?」
「わからないの。でも言い伝えによると、どんな相手もうさ耳にして戦意を喪失させるらしいの」
「聞く限りだと全然強くなさそうだけど……」
とにかく戦ってみるしかないか。
こんないきなりは嫌だけど、戦わないと王様がいまにも俺の首を切り落としそうな顔をしているし。
「魔王と戦う気でしたら、これを持って行った方が良いですよ~」
不意にほんわかとした声が聞こえた。
視線を向けると、煌びやかなドレスに身を包んだ美しい女性が佇んでいた。
……この人、どこから出てきたんだ?
「お母様!」
「ノエルのお母様ってことは……王妃様!」
「うふふ、そんな言い方は止めてください~。ママって呼んでいいですよ~」
そんな風に呼べるか。
「それで、あの……その杖は何ですか?」
ノエル母が手にしている小さな杖を指さす。
魔王と戦うならこれを持った方が良いとか言われてた物だ。
「魔王と戦う時には勇者候補がこの杖を使う必要があるのです~。そうすると勇者候補の潜在能力が発揮されるとかされないとか~」
「だいぶ曖昧だなぁ……」
信用して大丈夫なんだろうか――と思っていたら、隣の王様が「私の妻を信用できないのか! あぁ‼」みたいな目で睨んでいる。……はい、信用します。
ノエル母から杖を受け取る。
その瞬間、体中に力が漲ってくる感覚を得た。
同時に杖が激しく輝き出す。
「うお! なんじゃこりゃ!」
そのまま俺は光に包まれ――気が付くと、服装が魔法少女みたいな格好に変わっていた。
「って、なんじゃこりゃぁぁぁぁ‼」
「なるほど! それが勇者候補の真の姿なの!」
俺が驚いている脇で、ノエルが勝手に納得していた。
「では勇者候補よ! さっさと魔王と戦ってくるのだ! そして死んでくるのだ!」
この王様、堂々と酷いこと言ってくる。
「頑張って~」
「頑張るの!」
ノエルとノエル母に応援されて、俺は渋々魔王がいる祠に移動する。
近づくと、ゴスロリ魔王が振り返った。
顔がめちゃ可愛い。うさ耳もめちゃくちゃ可愛い。
「ぜんぶ、ぜんぶうさみみにしてやるの~」
そして、セリフもめちゃ可愛い。
これ、本当に倒す必要あるのか?
振り返ると、ミルフォード家がみんな絶望的な顔をしていた。
……そんなにうさ耳にされるのが嫌なのか。
「魔王はうさ耳が弱点で、勇者候補がうさ耳をモミモミすると倒せるらしいの~!」
ノエルの必死な声が聞こえてくる。
倒し方、意外と簡単じゃん。
早速、俺は魔王に近づいてみる。
すると、
「ちかづいたら、うさ耳にしてやるの~」
魔王はそんなことしか言ってこない。
別にそれくらいなら良いけど。
そう思いつつ、ずんずんと魔王に近づいていく。
ガシッ! と魔王のうさ耳を掴んだ。
「や、やめろ~うさ耳をつかむな~」
魔王は俺に向かって手のひらを向ける。
直後、俺の頭にうさ耳が生えてきた。
……攻撃ってこれだけ?
「えっと、うさ耳を揉めばいいんだっけ?」
そのまま俺は魔王のうさ耳をモミモミする。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
魔王は苦しそうな声を上げた。
同時に彼女の体が段々と薄れていく。
「つ、つぎこそはぜったいにみんなうさ耳にしてやる~」
そんな言葉を残して、魔王は完全に消滅した。
……これで終わり?
「やったの! 魔王を倒したの!」
ガバッ! とノエルが抱きついてくる。
本当にこれで終わりらしい……。
「よくやりましたね~」
王妃様からも労いの言葉を貰った。
「な、何故だ。どうしてこんなことに……」
一方、王様は地面に膝をついてとても落ち込んでいた。
何でだよ。
「あらら、あの人は娘が勇者候補に取られるのが相当嫌みたいですね~」
「? 娘を取られる……?」
「そうです~魔王を倒した勇者候補は真の勇者となってお姫様の夫となるのです~」
「???」
ということはつまり……俺は今からノエルの夫……?
「そうだよ! ダンナ様!」
いきなりノエルが抱きついてきた。
「いやいや、俺はそんなこと聞いてないんだけど⁉」
「? 言ってなかったっけ?」
「それはもういいんだよ‼」
……まじで俺、ノエルと結婚するの?
「ちなみに断ろうとしても無駄ですよ~逃げても強引にでも拘束しますから~」
「……あの、元の世界には戻れるんですよね?」
「うふふ~」
王妃様、どうして微笑むだけなんですか⁉ 恐いんですけど⁉
「ってか、ノエルは嫌じゃないのか? 俺みたいなやつが夫とか」
「良いに決まってるの! むしろユウマが一番良い!」
ノエルは屈託のない笑顔を見せる。
……さいですか。
「じゃあこれからもよろしくね! ユウマ!」
「えぇ……」
幸せそうな表情を浮かべているノエルを見ながら、俺は当分、元の世界には帰れないことを悟った。
後日、なんとかノエルに元の世界に戻してもらうと(結婚の話はひとまず保留にしてもらった)、俺の両親がノエルとの生活や彼女の世界の話を元に作ったラノベを共同著作で発売して、それが爆売れしていた。
母さん、親父。息子が異世界で大変な目に遭ってる間に何やってんの。
――けれど、ノエルとの日々が本として残っているのは正直嬉しいよな。
両親が書いたそのラノベを読み終わったあと、俺はそう思ったのだった。
~おわり~