柴藤綾乃は「キミのとなりの本好き少女」

第6話 青春少女と一番いい本

青春少女と一番いい本


 十月初旬。とある休日。

 俺としばふじは街でデートをしていた。

 これは嘘でも冗談でもない。ガチのデートだ。

 ちなみに誘ったのは俺の方から。

 昨日、休み時間に学校で明日デートしないか? と訊いたら、柴藤はわたわたしながらも承諾してくれた。

 たぶん嫌がってはいないはず。……嫌がってないよな?

さいもとくん、大丈夫?」

 若干不安になっていると、隣を歩いている柴藤から心配された。

 いつもお洒落な彼女だけど、今日の私服は一段と可愛くみえる。

「な、何でもないんだ。気にしないでくれ」

「そ、そう? その……もし気分とか悪くなったら早めに言ってね」

「お、おう……」

 俺の体調を心配してくれるなんて。このまま彼女になってくれないだろうか。

 とかいう妄想は置いといて、今日柴藤をデートに誘ったのはとある目的があるからだ。

 それを達成するためにも、このデート、失敗はできない。

「ねえ、才本くん」

「ん? なんだ?」

「今日はさ、一緒に本屋巡りをするんだよね?」

「そうだぞ。街の色んな本屋に行って、色んなラノベを見たり、その中で面白そうな物があったら買ったりするんだ」

 これは昨日彼女にも話したデートプラン。

 まずは街の本屋を巡って、気に入ったものは買う。その最中にラノベ談義もしちゃう。

 そして、本屋を十分に巡ったら、最後はブックカフェに行って、そこでゆっくり購入したラノベを読んだり、またそこで買ったりする。

 今日はこんなラノベ尽くしの一日だ。

「じゃあさ、自分たちが読むものとは別に、一冊ずつお互いに相手が好きそうなラノベを買い合いっこしない?」

「買い合いっこ? って、つまりラノベをプレゼントするってことか?」

「うん! そうしようよ!」

「俺は別にいいけど……くしゅん」

 話の途中、くしゃみが出てしまった。

 やっぱこの時期って結構冷えるな。

 一応自分なりにカッコいい服を選んだつもりだけど、カッコなんてつけないでもうちょい厚着にすれば良かったかも。

「寒いの?」

「そ、そんなことないし……」

「ふふっ、別に強がらなくてもいいのに。じゃあこうしよ」

 柴藤がぎゅっと手を繋いできた。

「っ⁉ いきなり何すんだよ!」

「こっちの方が暖かいかなぁって、ダメだったかな?」

「だ、ダメじゃないけど……」

「じゃあこのままで良いよね。あと買い合いっこも決定ね~」

「わ、わかったよ。そっちはダメって言うつもりなかったし」

「よし。それならこのまま本屋に向かってレッツゴー!」

「……柴藤さん。一応、今回のデートプラン考えたの俺なんだけど」

 デート開始早々に主導権を握られた俺は、楽しそうにする柴藤に連れられて一件目の本屋へと向かった。



 本屋に到着すると、二人で店内を見回る。

 ここはラノベ好き界隈では有名な本屋で知らない人はあんまりいない。

 品揃えも豊富で、アニメ化作品やコミカライズされた作品は基本的に全部揃っている、とても良いお店だ。

「才本くんが好きそうなラノベはどれかなぁ」

「……なあ柴藤」

「うん? なにかな?」

「その……もう手を離してくれて大丈夫だぞ」

「えぇ~なんで?」

「いや、だってもう店内だし、寒くないからさ」

「そんなことないよ。ここ風通し良いから寒いよ」

 とか言って、柴藤は全く手を離してくれない。

 別に彼女と手を繋ぐのが嫌ってわけじゃないんだけど、正直恥ずかしい。

 あと他の男性客の視線が恐い。今にも殺してきそうな勢いでこっちを睨んでるし。

「あっ、これとか才本くんが好きそうじゃない?」

「おっ、どれどれ?」

 柴藤が俺好みのラノベを見つけてくれたらしい。

 見てみると、学園ハーレムもので、ついでにちょっとエッチなイラストで、たしかに俺が好きそうな作品だった。

「才本くんってスケベなところあるもんね」

「ちょっと待て! 俺は断じてスケベじゃないぞ! たしかにラノベだとラッキースケベとかを心待ちにして読むタイプだけど!」

「才本くんの家に遊びに行ったら、絶対に私の胸をチラチラ見てるのに?」

「知ってるか? 女の子の胸には特殊な重力があるんだよ。俺はそれに引き寄せられてるんだ」

「バカだなぁ……」

 優しく罵ってくる柴藤はくすくすと笑っていた。

「じゃあ次は俺が柴藤が好きそうなラノベを見つける番だな」

「見つけてくれるの……?」

「もちろんだ。そもそも買い合いっこしようって言ったのはお前の方だろ?」

「それはそうだけど……」

「まあ任せておけって」

 自信満々に口にしてから、俺は彼女好みのラノベを探す。

 やはり青春もののラノベの中から選ぶのが良いだろうか。

 ……でも、いつも彼女が読んでるものとはちょっと違う趣向のラノベが良いよなぁ。

「これとかはどうだ?」

 そのラノベは青春ものだったけど、タイムリープも混ざってた。

 二十代中盤で、未だに高校時代に告ってフラれた女の子のことが忘れられない独身の主人公が、高校二年生の時までタイムリープして、今度こそその女の子を振り向かせる、という物語だ。

「私、普段こういうの読まないから、すごく面白そうかも!」

「だと思って選んでみたんだ。じゃあこれで決まりだな!」

「えへへ、ありがと!」

 お礼を言って、一瞬だけぎゅっと手を強く握ってくる。

 なんだその甘噛みみたいなやつは。可愛すぎだろ。

「さ、さて、プレゼントするラノベも決まったことだし、購入済ませたら次の本屋に行くか」

「うん! そうしよ~!」

 柴藤はいつもよりテンション高めに返事をする。

 そんな時でも彼女はずっと俺の手を握ったままだった。


☆☆☆☆☆


「えへへ、たくさん買っちゃったね!」

 本屋巡りを終えて、俺たちはブックカフェに来ていた。

 本屋は三件くらい行ったのかな。その度にラノベを買ったので、互いの足元の袋にはそれなりの量の本が入っていた。

「とりあえずお昼ご飯も済ませたし、せっかく買ったことだしな。読むとするか」

「私も賛成! いっぱい読んじゃお!」

 柴藤は袋をゴソゴソしてラノベを取り出した。

 それは俺が一件目の本屋で彼女のために購入した作品だった。

「……それから読むのか?」

「そうだよ! だってせっかく才本くんが買ってくれたんだもん!」

「それは嬉しいけど、もしつまらなかった時、すげぇ気まずいんだけど」

「大丈夫だよ! 才本くんが選んだラノベなら絶対に面白いよ!」

「謎に信頼されてるなぁ。でも、それなら俺だって柴藤が選んでくれたラノベを読んじゃおうかな」

「私は全然大丈夫だよ!」

「さいですか……」

 俺と柴藤は相手が買ってくれたラノベを手に取り、読み進めていく。

 彼女が買ってくれたラノベは、やっぱり俺好みだった。

 ヒロイン可愛いし、ちょっぴりエッチだし、あとコメディの部分が強いのも良い。

 はっきり言って、すげぇ面白い!

 となると、俺が選んだラノベがどうなのかも気になるけど……。

「……ぐすん……ぐすん」

 柴藤は泣いていた。

 また過度に感情移入してしまっているみたいだな。

 でも、これってたぶん面白いって思ってくれてるってことだよね?

「って、いて、いてて」

 急に膝下辺りに微妙な痛みを感じる。

 視線を向けると、柴藤がパタパタと足を動かしていて、それが何回も俺の足にヒットしていた。って、柴藤のせいかよ。

「あ、あの柴藤……」

「~~~~っ!」

 足のパタパタを止めてもらうように頼もうとしたら、今度は顔を真っ赤にしていた。

 もしかしてサービスカットでも出てきたのかな。

 まあ青春もののラノベでも割とあるし。余裕であり得る。

 ……こんだけ反応してくれるってことは、とりあえず俺が選んだラノベは面白いってことで良いよな。……ふぅ、安心した。

「いてて、いたいって」

 と思ったのも束の間、また膝下にパタパタ攻撃がやってくる。

 面白いと感じてくれるのは嬉しいけど、感情移入しすぎる部分はほんの少しだけ改善してもらいたい、と地味な痛みに耐えながらそう思った俺だった。


☆☆☆☆☆


「今日は楽しかったね~!」

 デートの始まりの時みたいに二人で手を繋いで歩いていると、柴藤がそう言ってくれる。

 今日のデートはこれで終わりだ。

 あとはそれぞれお互いの家に帰るだけ。

「そうだな。俺もめっちゃ楽しかった!」

「ね! 才本くんにプレゼントたくさん買ってもらっちゃったし。今日は本当に良い日だよ!」

「たくさんって全部ラノベだけどな。というか、柴藤からも貰ってるわけだからプレゼントって言えるか微妙だし」

「知ってる? 私がプレゼントって思ったら、それはプレゼントなんだよ?」

「そ、そっか。じゃあプレゼントで」

「ふふっ、素直な子でよろしい」

 何故か先生口調になる柴藤。

 やっぱり今日は普段と比べてだいぶテンションが高いな。

 でも可愛いからグッドです。

「柴藤、ちょっといいか?」

 俺が足を止まると、手を繋いでいた彼女も止まった。

 俺は彼女から手を離す。

 その時、一瞬彼女が寂しそうな表情を見せた。

 空は茜色に染まり、陽は沈みかけていた。

「あのな、実はもう一冊、お前にプレゼントしたい本があるんだ」

「もう一冊……?」

 それに頷くと、俺は今日買ったラノベが入った袋とは別に、持ってきたポーチから一冊の本を取り出した。

 それはぱっと見、どこにでもあるようなラノベだった。

 そして俺は告げた。


「これがたぶん柴藤のお兄さんが言ってた『お前に一番いい本』だと思う」


 柴藤は綺麗な瞳を見開き、驚いた様子だった。

 そりゃそうだろう。目の前に自分が探していた本があるのだから。

 ……とここまで言ってしまったけど、本当はこれが彼女のお兄さんが言っていた本かどうかはわからない。

 だってそれを確かめるには、直接お兄さんに訊く以外に方法がないからだ。

 でも、柴藤から聞いたことを踏まえた上で、もし俺が彼女のお兄さんだったら、きっとこの本を選ぶだろう。

 ということを説明しても、柴藤は俺が持ってきた本のことを信じてくれた。

「これがお兄ちゃんが私に読ませてくれようとした本かもしれないんだね……」

「俺はそうだと思ってる」

「……ちなみにどんな内容なのかな?」

「あぁ、この本はな――」

 本のタイトルは『私の好きを知って』

 高校生で主人公の女の子――早紀はクラスで人気者なんだけど、実はミュージカルが大好きで、でも周りには同じ趣味の友達が一人もいなくて……だから、早紀の本当の話し相手はいつも彼女の兄だった。

 そんな時、彼女が一人でミュージカルの舞台を見に行ってると、クラスメイトで全然目立たない陰キャの男の子――直人とばったり遭遇。

 以降、秘密がバレた早紀は監視と言いつつ、直人と過ごす時間が多くなるのだが、共通の趣味を持っていることから意気投合したり、それをきっかけに少しずつ二人の恋が進む。

「これがこの本の内容だよ」

 話し終えると、柴藤はしばし黙り込む。

 自分の中で色々と整理をつけているのだろう。

 そして、ようやく口を開いた。

「もし本当にこの本をお兄ちゃんが私に読ませたいと思っていたのなら、なんとなくその理由が分かった気がする」

「それは俺もだ」

 たぶん彼女のお兄さんは自分以外に同じラノベ好きの友達を作って欲しかったのだろう。

 それが彼の願いだったのだ。

「……大丈夫か?」

「え? なにが?」

「いや、その……泣きそうになってるから」

「う、嘘! そ、そんなことないよ!」

 と言って、柴藤は僅かに零れていた涙を拭う。

 それから――。

「でもね、それなら良かったよ。だって私、いまはその友達がいるもん!」

 満面の笑みを浮かべる柴藤。

 良かった。元気はあるみたいだ。

「才本くん、ありがとう」

「いいや、約束守っただけだし、別に大したことしてないよ」

「うん、それもそうだね」

「えぇ……」

 唖然としていると、柴藤はくすくすと笑った。

「ねえ才本くん。一つお願いしてもいいかな?」

「おう、いまならどんなお願いでも訊いてやるぞ!」

 ドン、と胸を叩いてアピールする俺。

「ふふっ、じゃあね――これからもずっと私と友達でいてくれますか?」

 柴藤が真剣な言葉でそう訊いてくる。

「もちろんだ! ずっと友達に決まってんだろ!」

 それに俺は即答した。

 すると、彼女は安心したように少しだけ息を漏らす。

「じゃあ駅までまた手繋ごうよ! ね!」

「何が“じゃあ”なのかはわからないけど……わかったよ」

 俺と柴藤はまた手を繋いだ。

 彼女の手は最初に繋いだ時よりも、少しだけ暖かく感じた。

 俺は柴藤と友達になれて本当に良かった。

 こちらに向かって笑顔を咲かせている彼女を見ながら、そう思ったのだった。


~おわり~


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