第1話 ボーイ・ミーツ・エージェントガール
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「普通の高校生の生活をしてみたいなぁ」
放課後の中庭で出会った女子生徒。ライトノベルが大好きみたいで、キラキラした顔でバトルラノベについて語ってくれた。ちょっとクールなその子はある<<秘密のバイト>>をしていた。
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七月のある日。
放課後を迎えて帰ろうとしていた俺――
「なんか先客がいるな」
中庭に到着すると、花壇の隣にあるベンチにオレンジ色のジャケットを羽織った女子生徒が一人で座っていた。
どうしてこんな時間に一人でいるんだろう。
不思議に思い近づいてみると、女子生徒は本を読んでいるようだった。
読書に集中しているみたいで、至近距離にいるのに全くこちらに気付く気配がない。
一体どんな本を読んでいるんだろう。
そう思い表紙を確認してみると、そこにはポップなロゴのタイトルと可愛い美少女が描かれていて――それはどう見てもライトノベルだった。
「ラノベが好きなのか?」
女子生徒が読んでいる本がライトノベルだと判明した瞬間、気が付けば彼女に声を掛けていた。
しまった。これじゃあまるでどこかのラノベ好きな後輩みたいじゃないか。
「き、君は……だれ?」
女子生徒は明らかに困惑している表情を浮かべていた。
そうだよな。こんな見知らぬ男に話しかけられたら困っちゃうよな。
「いきなり話しかけて悪かった。俺は才本悠真だ」
出来るだけ優しい口調で名乗った。
……にしてもこの子、綺麗な顔立ちをしているな。
しかもそれは美少女とも美少年とも捉えられる中性的なものだ。
加えて蒼い瞳に色白の肌。両親のどちらかは外国の人なのかな。
「あんたがラノベを読んでいたから、つい声を掛けてちゃったんだ。だからナンパをしにきたとかそういうわけじゃないぞ」
「そうなんだ……」
女子生徒は疑うような目を向けてくる。
ダメだ。全然信じてくれてない。
俺はどうにか誤解を解こうと考えていると、ふと彼女の胸の辺りを見てあることに気付く。
「もしかして俺と同級生なのか?」
彼女の制服には水色のリボンが付いていた。
俺が通っている学校では男子はネクタイ、女子はリボンの色で学年がわかるようになっており、水色は高校二年生が付けるものだ。
「あっ……そうみたいだね」
彼女も俺のネクタイを見ていま気づいたようだ。
でも俺、こんな綺麗な子なんて一度も見たことないんだよなぁ。
一年の時は互いのクラスが遠かったのかもな。
「……用がないなら本読んでもいい?」
女子生徒はおどおどしながら訊ねてくる。
なんか恐がられてる気がするが、ここで話を終わらせるわけにはいかない。
せっかく同じ学年でラノベが好きそうな子を見つけたっていうのもあるし、加えていま彼女が読んでいるのはバトル系のラノベだ。
それは俺が次に手を出そうとしているジャンル。
もし彼女が何かおすすめのバトルラノベを知ってるなら、ぜひとも教えてもらいたい。
そのためには何とか会話を続けなければ。
「それ、最近流行ってるバトルモノのラノベだよな?」
「……知ってるの?」
「なんせ俺もラノベはよく読むからな」
まだラブコメしかまともに読めないけど。
「そうなの? じゃあこの本がどういう話か知ってる?」
「そ、そうだな……たしか魔法を使って敵を倒す的な?」
「全然違う。やっぱり知らないんじゃん」
「……すまん。本当はバトルモノのラノベはあまり読んだことがないんだ」
「嘘つき」
ぐっ、たしかにそうなんだけど、なんかこの子当たり強くない?
「でもバトルモノのラノベには興味があるんだ。だからその……初対面でこんなこと頼むのもどうかと思うけど、良かったらおすすめのバトルラノベとか教えてくれないか?」
俺が全力でお願いすると、
「本当に読んでみたいの?」
「あぁ! だから頼む!」
両手を合わせて全身全霊でお願いする。
すると急に彼女の瞳がきらりと輝いた気がした。
「じゃあまずはバトルの魅力を知らないとダメだね」
「えっ……」
「だってバトルの良さを知らない人にその手のラノベを勧めても、きっと途中で挫折しちゃうでしょ」
「……まあそうかもな」
「だから最初はバトルの魅力について教えてあげる。本を紹介するのはその後ね」
それから女子生徒は早速バトルについての魅力を語り始めた。
「まずね、バトルで大事なのは設定と武器なんだよ。あと個性的なキャラと重厚なストーリー」
「そ、そうなのか」
でもそれってバトルラノベの全部の要素な気がするけど……。
「その中でもボクが一番こだわっているのが武器なんだ。個人的にはカッコいい武器で敵を倒すのがバトルの醍醐味だと思っているから」
「それは少しわかるな。小さい頃とか戦隊シリーズとか見てたけど、武器で敵を倒していくところは面白かった」
「でしょ! だからバトルにおいて武器はすごく大切なんだ。ちなみにいまボクが読んでいる本には実際に使われている銃とかが出てくるんだ」
実際に使われてる銃か。
そんなものが出てくるラノベがあるんだな。
「つーか、お前さっきよりめっちゃ喋るな」
最初は口数が少なかったのに、バトルのラノベの話になったら急に流暢に喋るようになった。
「そ、それは……」
いま自覚したのか女子生徒はかぁっと顔を赤くして口を閉じてしまう。
「いや違うんだ。喋るのがダメってわけじゃなくて、ちょっと最初の印象とギャップがあったから……」
「そ、その……ボクって普段はあんまり人と話さないんだけど、バトルのラノベの話になるとつい喋りたくなっちゃうんだ」
顔を俯けてまだ恥ずかしそうにしながら話す。
「つまりそれだけバトルモノのラノベが好きってことか?」
「うん! 大好きだよ!」
女子生徒は急に笑顔を見せてそう口にした。か、可愛い……っ!
「あっ、そろそろ行かなくちゃ」
スマホで時間を確認すると、女子生徒はベンチから立ち上がった。
「帰るのか?」
「ううん。今からバイト」
バイトか。偉いな。
俺もバイトとかやってみようかな。
「じゃあボクは行くから」
「あっ、ちょっと待ってくれ」
この場から離れようとする彼女の腕を掴んで俺は強引に引き止めた。
「どうしたの?」
「あのさ、お前って明日もここにいるのか?」
「? たぶんいると思う。放課後は大体ここで本を読んでるから」
「じゃあ明日もこうやって話しに来てもいいか? もっとバトルのラノベについて知りたいんだ」
まだ少ししか話してないけど、この子はバトルについて相当詳しいっぽいからな。
今日みたいに彼女と話してたら、バトル系のラノベを読めるようになれるかもしれない。
「いいよ。ボクも久しぶりにバトルのラノベについて語れて楽しかったから」
俺の頼みを女子生徒は快く承諾してくれた。良かった。
「じゃあまた明日ね、才本くん」
「また明日な。その……」
「
俺の様子を見て、女子生徒は自身の名前を言ってくれた。
「また明日な、皐月」
それに皐月は小さく頷いて中庭をあとにした。
「……さてと、掃除でもやるか」
俺は頼まれていた中庭の掃除を始めた。
明日この場所でまた皐月と話せることを楽しみにしながら。
しかし翌日、放課後に中庭に行ってもそこに皐月の姿はなく、最終下校時間まで待ってみたが彼女が現れることはなかった。
☆☆☆☆☆
初めて皐月と話した日から一週間が経っていた。
未だに彼女とは会っていない。
放課後に毎日のように中庭に行っているものの、皐月は一度たりとも姿を見せない。
彼女のクラスの教室を訪ねたりもしたが、どうにも彼女はここ最近学校を欠席しているらしい。
「風邪でも引いたのかな?」
そんなことを呟きながら、俺は最寄り駅近くの街にいた。
放課後に本屋にラノベの新刊を買いにきただけなんだけど、意外と時間がかかって辺りはすっかり暗くなってしまった。
「っ!」
さっさと帰ろうと歩いていると、不意にパンッ!と何かが破裂したような音が聞こえた。
方向は大通りに続いている路地裏の方。
辺りが騒がしくて微かだったけど、たしかに聞こえた。
「行ってみるか」
特に理由はないけど何となく気になってしまい、俺は路地裏に入るとそのまま真っすぐ進んでいく。
しばらくすると、急に道の幅が広がった場所に出た。
そして――そこには皐月がいた。
初めて会った時と同じようにオレンジ色のジャケットを羽織っている。
いまはフードを深く被っていて顔はよく見えないけど、間違いない。あれは皐月だ。
「さつ――っ!」
声を掛けようとしたが、途中で止めた。
よく見ると、皐月の目の前には謎のスーツ姿の外国人がいた。
しかもドレッドヘアーでグラサンを掛けていてかなりのゴリマッチョだ。
「キョウコソ、オマエ、ツブシマス」
片言の日本語を言ってから外国人――ゴリマッチョは皐月に向けて殺気を放つ。
何だこれ、一体どうなってるんだ。
「ゴリゴリパーンチ!」
混乱していると、ゴリマッチョが皐月に拳を放った。
つーか名前がクソだせぇ!
「ッ!」
しかし皐月はゴリマッチョの拳を片手で受け止める。
さらにはゴリマッチョの腕を掴むと、そのまま全身を使って彼の身体ごと投げ飛ばした。
「すげぇ……」
って感心してる場合じゃない。
皐月はどうして屈強な外国人と戦ってるんだ? 意味がわからねぇ。
「? あいつなにするつもりだ……」
先ほど投げ飛ばした外国人へ近づくと、皐月は胸元から何かを取り出す。
それは――銃だった。
皐月は銃口を外国人に向けると、そのまま引き金を引いた。
パンッ! と小さな破裂音がした。
さっき聞いた音はこれだったのか。いやそれよりも――。
「なにしてんだよ!」
思わず飛び出すと、皐月はこっちに視線を向ける。
「なんだ。才本くんか」
しかし特に驚くわけでもなく、淡々とそう言った。
「お前、いまその人をころ――」
「違うよ。ただ麻酔銃を撃っただけ」
「えっ……」
ゴリマッチョに近付いてみると、たしかに彼はぐっすりと眠っていた。
「どうしてここに才本くんがいるのかな?」
そう訊ねてくる皐月の雰囲気は前とは違った。
なんというか、そこにいるだけで空気がヒリつくというかそんな感じだ。
「俺はただ銃声を聞いてここに来ただけで」
「そっか。さっき外したやつか」
「つーか、お前こそ何してるんだよ」
「ボク? ボクは――ってそんな説明してる場合じゃないや。才本くん、そろそろ帰った方がいいよ」
「は? まだ話は全然終わってないぞ」
「早く帰って。じゃないと酷い目に遭うよ」
皐月は鋭い視線を飛ばして忠告する。
それは嘘とも冗談とも思えない。
「わ、わかったよ」
俺は彼女の言葉に従うことにした。
結局、俺は何もわからないままその場から離れたのだった。
☆☆☆☆☆
「バイト?」
翌日。放課後に中庭に行ってみると、皐月がベンチに一人で座ってラノベを読んでいた。
昨日のことについて訊ねてみたら、あれが彼女のバイトらしい。
「悪いやつをやっつけるのがボクのバイト。エージェントってやつ」
「それって危なくないのか?」
「危ないよ。しかもいつ呼ばれるかわからないし、そのせいで友達なんて出来たこともない」
皐月は当然のことのように語る。
いつ危ないバイトに行くかわからないのに、友達なんて作ってる余裕なんてないよな。
もしくは友達に迷惑が掛からないようにあえて作っていないのかもしれない。
「普通の高校生の生活をしてみたいなぁ」
ぽつりと呟いた。
それは彼女の本心が思わず漏れてしまったような言い方だった。
だから俺は――。
「それしよう!」
「……どういうことかな?」
「だから普通の高校生の生活をしてみようぜ! 俺も協力するから!」
「む、無理だよ。だってボクにはバイトがあるんだし、それにキミもこれ以上ボクと関わるのは嫌でしょ?」
「全く嫌じゃないね。むしろ少し非日常的なことを体験できるかもしれないからワクワクしてる」
「そ、そんなことないでしょ! 無理しなくていいよ!」
「無理してないって。それに皐月は俺にバトルラノベのことを教えてくれるんだろ?」
「そ、それは……たしかに言ったけど、あの時はキミとの会話が本当に楽しかったから言っちゃっただけで、やっぱり……」
「とにかく俺はお前に普通の高校生活を楽しんでもらうことに決めたから。その代わりに皐月は俺にバトル系のラノベについて教えてくれ。いいよな?」
有無を言わさない口調で訊ねる。
すると皐月は観念したような、でも少し嬉しそうな笑みを浮かべて、
「才本くんって強引なんだね」
「おう、まあな」
彼女の笑みに俺も軽く笑って返した。
こうして二人は俺が皐月に普通の高校生の生活を楽しんでもらうために協力し、皐月は俺にバトルラノベのことを教えるという関係になったのだった。
~つづく~
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