第6話 ラノベが大好きな後輩と聖地巡礼
「
とある日。俺と
園内では至る所で桜が満開になっていて、花見客も大勢いる。
「先輩、来てよかったですね」
ニコッと笑う猫屋敷。そんな彼女はとても楽しそうだ。
今日俺と猫屋敷がこんなところに来ている理由は聖地巡礼をするためである。
きっかけは数日前に彼女から「一緒に
その時は聖地巡礼なんて言葉を知らなかったけど、猫屋敷からアニメやラノベで出てくる場所を実際に行って楽しむことと聞くと、すぐに誘いを受けることにした。
だってラノベやアニメに出てくる場所に行けるんだぞ。絶対に面白いだろ。
そんなわけで俺と猫屋敷は休日を利用して聖地巡礼をすることにしたのだ。
ちなみに今日聖地巡礼するところは全て俺が大好きなラノベ――『妹ギャルの彼氏役を演じることになったんだが』に登場する場所だ。
もちろんこの公園も『妹ギャルの彼氏役を演じることになったんだが』で愛香と太一が初デートする場所である。
「あの先輩、せっかく聖地巡礼をしているわけですし、お互い名前で呼んでみませんか?」
桜を眺めていたら、不意に猫屋敷からそんなことを言われた。
「えっ、なんで?」
「だって物語でも太一くんと愛香ちゃんはデートをする時、お互いのことを名前で呼び合ってるじゃないですか」
確かに原作では二人はデートをする時、普段から妹のことを『愛香』と呼んでいる太一だけじゃなく、愛香も兄のことを『お兄ちゃん』とは呼ばないで『太一』と呼んでいる。
理由はもしデートしているところを知り合いに見られたとしても兄妹だとバレないようにするためだ。
「名前呼びかぁ……そもそも聖地巡礼ってそこまでするものなのか?」
「え、えーと、それは……」
猫屋敷は少し考えるような仕草を見せたあと、
「実はそうなんです! 聖地巡礼をするときは設定とか色々完コピしないといけないんです!」
「それ本当なのか?」
怪しいなぁ。答えるまでかなり間が空いていたし。
「本当ですよ。この澄み切った瞳を見てください」
グイッと顔を寄せてくる猫屋敷。
刹那、心拍数が急激に上がる。
「そ、そんなに顔を近づけて来るなよ」
「いいえ。先輩にわたしの言葉が真実だとわかってもらうまで離れません」
猫屋敷はどんどん迫ってくる。この子って本当に押しが強いよなぁ。
でも、もし猫屋敷の言葉が本当だったら、俺がきちんとしないと彼女もちゃんと聖地巡礼が出来ないのか。……それは嫌だな。
「わかった。お前の言うことを信じるから離れてくれ」
「そうですか。なら良かったです」
俺の言葉を聞いて、猫屋敷はようやく後ろに下がってくれた。
あー、心臓止まるかと思ったわ。
「では、今日一日は先輩のことを『
「そこはちゃんと先輩ってつけるんだな」
「もちろんです。わたしは先輩の後輩ですから」
「厳密には違うけどな」
得意げな表情を見せる猫屋敷に、俺は冷静にそう返した。
「あっ、先輩はわたしのことを『
「お、おう。猫屋――じゃなくて、華恋」
「はい! 悠真先輩!」
名前で呼ばれた瞬間、思わずドキッとしてしまった。
普段、両親の他に俺のことを名前で呼ぶ人は一人もいないからな。
「悠真先輩、そろそろ次の聖地に行きましょうか」
わざとらしく名前を呼んでくる猫屋敷。
そんな彼女の口元はニヤニヤしていた。
こいつ楽しんでやがる。
「そ、そうだな。そうするか」
「むっ、おかしいですね。名前が聞こえませんよ?」
そう言って猫屋敷は耳に手を当てて近づいてきた。
こいつめ……。
「か、華恋。次の聖地へ行こう」
「はい! 行きましょう!」
猫屋敷は名前を呼ばれてご機嫌になると、次はぎゅっと手を握ってきた。
本当に次から次へと……。
「お、おい……」
「愛香ちゃんと太一くんもここで手を握っていたんですから。これも聖地巡礼ですよ」
猫屋敷はニコっと笑って手を握ったままそう説明する。
くそう。聖地巡礼なら仕方ないか。
「聖地巡礼って楽しいですね、悠真先輩」
トドメとばかりに最後にもう一度名前を呼ばれると、俺は彼女に手を引かれて次の場所へと向かった。
☆☆☆☆☆
「ここも愛香ちゃんと太一くんがデートで来たお店ですよ」
二番目の聖地巡礼の箇所は国立公園からやや離れた位置にあるアイス専門店。
たしか割と最近有名になったロールアイスとやらが人気だったはずだ。
俺たちは入店して案内された席につくと、早速注文を済ませる。
猫屋敷はロールアイスのストロベリー味、俺はロールアイスのバニラ味を頼んだ。
「それにしても女の子が多いなぁ」
辺りを見回せば、高校生くらいの女の子ばかりだ。
しかも結構可愛い。
「悠真先輩、いまはわたしとデート中ですよ」
他の子に気を取られていると、猫屋敷にジト目で見られた。
これってデートだっけ? 聖地巡礼じゃないの?
「おっ、来たみたいだな」
そんなことを考えていたら、注文したアイスが運ばれてきた。
ロールアイスの名の通り、ロールケーキみたいに巻かれた小さなアイスがカップの中に何個もある。
「これ美味しいですね!」
先に猫屋敷が食べると、幸せそうな表情を浮かべていた。
そんなに美味いのかな。
そう思いスプーンで一口パクリと食べると、それは今までに食べたことがなかった感覚だった。
食べた瞬間にふわふわしたアイスが一瞬で溶けて、バニラの甘みがほんのりと舌に広がる。このアイスめちゃくちゃ美味いな。
「悠真先輩、ちょっとストップです」
続けて二口目を食べようとすると、猫屋敷に止められた。
「なんだよ?」
「いいですか? 原作では愛香ちゃんと太一くんがこのお店に来たとき、二人はお互いのアイスを食べさせ合いっこしました」
そういえばそんなシーンもあったな。あの時の愛香の照れ具合は可愛すぎた。
「つまり、わたしと悠真先輩もここで食べさせ合いっこをしないということです」
「もしかしてそれも聖地巡礼なのか?」
「はい、もちろんです」
きっぱりと断言する猫屋敷。
そういうことならやるしかないけど……心なしか猫屋敷の目が泳いでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「では早速、悠真先輩はわたしにアイスを食べさせてください」
猫屋敷はあーんと口を開ける。
いきなりかよ、と思いつつ、俺は彼女が食べていたストロベリー味のアイスが入ったカップを手に取る。
「ストップ! ストップです!」
すると、またも猫屋敷からストップがかかった。
「あり得ませんよ、先輩。そこは先輩が食べたバニラアイスをわたしに食べさせないといけないんです」
「でもそれだと間接なんちゃらが……」
「本当のラノベ好きであれば聖地巡礼での間接キスくらいどうってことないんです。とにかく先輩のアイスを食べさせてください」
いいですね?と必死に説明する猫屋敷。
原作の方もお互いが頼んだアイスを食べさせ合ってたもんな。
これは俺も腹を
「では気を取り直して……」
もう一度あーんと口を開ける猫屋敷。
すると、そんな彼女に気付いた周りの女性客がキャーキャーと騒ぎ出した。
急になんだよ。めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないか。
でもこれも聖地巡礼の一環なんだよな。だったらやるしかない。
決意を固め、バニラ味のアイスをスプーンですくうと、そのまま猫屋敷の口元へ持って行く。
スプーンが小さな唇に触れた瞬間、猫屋敷はパクリと食べた。
「ふふっ、とっても美味しいですね」
猫屋敷は蕩けた表情でアイスを味わっている。
一方、俺は疲労困憊でぐったりしていた。特に精神面がボロボロだ。
「さあ次はわたしが悠真先輩にアイスを食べさせる番ですね」
猫屋敷はスプーンを片手にやる気満々だ。
「俺は遠慮しておく」
「何を言ってるんですか。先輩もちゃんとわたしのアイスを食べないとダメですよ。わたしがあーんしてあげますから」
そう話す猫屋敷は既にスプーンでアイスをすくっちゃっていた。
こいつ、どんだけ俺にアイスを食べさせたいんだ。
「でもな、猫屋――じゃなくて華恋」
猫屋敷と呼ぼうとしたら、ムッと睨まれた。名前で呼ぶの慣れないなぁ。
「周りを見てくれ」
「周りですか?」
一瞬きょとんとすると、猫屋敷は言われた通り周りを見回す。
すると、近くには沢山の女性客がスマホを片手にパシャパシャと猫屋敷を撮っていた。
きっと俺が猫屋敷にあーんしたやつも撮られてるだろうな。
この状態で食べさせ合いっこを続けるのはさすがに難しい。
猫屋敷を見せものみたいにしたくないし。
「俺もいま気づいたんだけど、これはたぶん華恋が可愛すぎるからだと思うぞ」
猫屋敷は小動物みたいな思わず見守りたくなる可愛さがあるからな。
それが今の状況を作ったんだろう。
「っ! か、可愛すぎるって……」
猫屋敷はぽっと頬を赤らめる。
やべっ、よく考えずに変なこと言っちゃったな。
けど今はそんなことを気にしてる場合じゃない。
「で、どうする? 正直俺は一刻も早く店を出たいんだけど」
「しょ、しょうがないですね。今回はこの辺で退散しましょう」
俺の言葉に、彼女は小さな声でそう呟いた。
そうと決まれば、さっさとここから出てしまおう。
そうして俺と猫屋敷は早々に店内をあとにした。
☆☆☆☆☆
アイス店を出たあと、俺と猫屋敷は市街地を
でもこれから行く場所はむしろそっちの方が都合が良い。
「悠真先輩、いよいよ最後の聖地ですよ」
到着した場所は市街地の大きな広場。
そこには沢山のイルミネーションが飾られていて、色鮮やかに
「とっても綺麗ですね」
猫屋敷は瞳を輝かせながら言葉を
ここは『妹ギャルの彼氏役を演じることになったんだが』で、太一が自分の気持ちに気付いて妹の愛香に告白をする場所だ。
ここで俺は猫屋敷に伝えたいことがある。
といっても、別に猫屋敷に告白するわけじゃあないぞ。
今から彼女に何を伝えるかというと――それは感謝だ。
「俺は華恋と会えて良かったよ」
「っ! と、突然なにを言うんですか!」
猫屋敷は慌ててこっちを見る。
「だって華恋と会えたおかげで、俺はラノベを好きになることが出来たわけだし」
まともに読めるのはラブコメしかないけど。
「わ、わたしだけの力ではありません。先輩がきちんとラノベを読んでくれる人だったから、先輩はラノベを好きになることが出来たんです」
そういえば初めて出会った時に言ってたな。
過去に猫屋敷は色んな人にラノベを勧めたけど、誰もちゃんと読んでくれなかったって。
「先輩のおかげでわたしは初めて誰かにラノベの楽しさを伝えることが出来たんです。お礼を言いたいのはわたしの方ですよ」
ありがとうございます、と猫屋敷は腰を深く折る。
そっか。猫屋敷には貰ってばかりだと思ってたけど、俺も彼女に何か返せていたんだな。
それを聞いてちょっとほっとした。
「なあ華恋」
「な、なんですか?」
「正直、俺はまだまだラノベについて知らないことが多いんだ。今日の聖地巡礼だってよくわかってなかったし」
言った瞬間、猫屋敷は明らかに目を逸らした。
おや? これはもしや……。
「お前、何か隠してるな」
「そ、その実は……」
それから猫屋敷は聖地巡礼はアニメやラノベに登場する場所に実際に行くことで、原作に合わせてイチャイチャすることは含まれないことを白状した。
「お前なぁ……」
「えへへ、ごめんなさい」
ぺろッと舌を出す猫屋敷。本当に調子がいいやつだな。
でもあれはあれで楽しかったし、まあいいか。
「ともかくこれからも俺にラノベについて色々と教えてくれないか?」
訊ねると、猫屋敷はぱーっと明るい表情を浮かべて、
「もちろんです! ついでに先輩をメロメロにしちゃいますから、覚悟してくださいね!」
「おう、かかってこい」
いたずらっぽく笑う猫屋敷に、俺も軽く笑いながらそう返した。
この先も俺は猫屋敷と好きな作品について喋ったり、フィギュアとかも買いに行ったり、たまには今日みたいに聖地巡礼に行ったりするんだろう。
ラノベが苦手だった頃だったら絶対に遠慮したいことばっかりだけど、今はそんな日々が過ごせることにわくわくしている。
だから、たとえまだラブコメしか読めないとしても断言できる。
俺はいまラノベが大好きだ。
こうしてラノベが苦手だった俺――才本悠真はラノベが大好きな後輩――猫屋敷華恋のおかげでラノベを好きになることが出来たのだった。
~おわり~
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