第4話 ラノベが大好きな後輩とアニメ鑑賞
「ようこそ! わたしのおうちへ!」
休日に会うなり、
彼女の言葉通り、俺はいま猫屋敷家の玄関の前にいる。
理由としては、猫屋敷が「もっとラノベのことを好きになるにはわたしの部屋に来るべきです!」と言ったからだ。
最初は彼女でもない女の子の家に行くのに抵抗があったので断っていたんだが、猫屋敷に押しに押されて、最終的には彼女の家に行くことを
言っておくが俺が押しに弱いわけじゃないぞ。猫屋敷の押しが強すぎるんだ。
「どうぞ先輩、早く上がってください」
「お、おう」
猫屋敷に
それから流れるように彼女の部屋に案内された。
女の子の部屋に入るなんて初めてだし、緊張するな。
なんて思っていたんだが、
「じゃじゃーん! これがわたしのお部屋です!」
猫屋敷が部屋の扉を開けると、その先にはとんでもない光景が広がっていた。
まず全ての部屋の壁に女の子のキャラクターのポスターが貼られており、勉強机にも同じく女の子のキャラクターのフィギュアが大量に飾られていた。
他にもベッドには女の子のキャラクターのぬいぐるみ、そのキャラクターがプリントされたクッションが置かれている。
本棚にはラブコメのライトノベルがぎっしり入っており、テレビの下のモニター台の中にはアニメのブルーレイが二十本以上はある。
「うん、お前らしい部屋だな」
もう一度、部屋の中を見回しながら感想を述べた。
あまりにも猫屋敷の特徴が出すぎていて、一気に緊張が抜けちゃったな。
「さあ先輩、遠慮せず中へ入っちゃってください」
猫屋敷は嬉しそうにしながら、俺を部屋の中へと招く。
今日の猫屋敷はやけにテンションが高いな。
「そういえば今日は猫屋敷の
部屋に案内されている間、全く人の気配を感じなかったんだよな。
「いませんよ。夫婦で仲良く旅行に行ってるので、明日まで帰ってきません」
「へぇ、旅行かぁ……?」
ちょっと待てよ。こいつ、いまなんつった。
猫屋敷の両親が明日まで帰ってこないって……。
「つまり今日は一日中わたしと先輩の二人きりってことですね!」
軽く手で口元を押さえて、猫屋敷は楽しそうに言う。
瞬間、心拍数が一気に上がった。
お、落ち着け俺。女の子と二人きりだからって、相手は猫屋敷だ。
どうにかなっちゃったりするわけない。
たしかに小さくて可愛くて胸が大きいけども……。
「あれれ?
「か、考えてるわけないだろ! 適当なこと言うな!」
猫屋敷がからかうような口調で
「怪しいですねぇ。ちなみにわたしはえっちなことされても大丈夫ですよ」
猫屋敷はベッドの上にちょこんと座ると、大きく両手を広げた。
「ほら先輩、ベッドに押し倒しちゃってもいいんですよ?」
「んなことするか!」
「むむっ、先輩は思ったよりもチキンさんみたいです」
勝手に言ってろ。もしそんなことやったら明日からお巡りさんにお世話になっちまうわ。
「それで今日はどうして猫屋敷んちに呼ばれたんだ?」
適当に腰を下ろすと、俺はそう訊ねた。
「ふっふーん。それはですね才本先輩と一緒にこれを見るためです!」
猫屋敷がモニター台から取り出してきたのは、一本のアニメのブルーレイ。
タイトルは『妹ギャルの彼氏役を演じることになったんだが』だった。
「あのラノベってアニメ化してたのか」
「そうですよ! いつか一緒に見ようと思って先輩には内緒にしてました!」
猫屋敷はえへへとお茶目に笑う。
俺と一緒にって……こいつ、そんなこと考えてくれてたのか。
「では早速一緒に見ましょうか。いいですよね?」
「お、おう。もちろん」
そりゃ俺が好きになった初めてのラノベなわけだし。
そのアニメなんて見たいに決まってる。
そんな俺の言葉を聞くと、猫屋敷はすぐに準備を整える。
モニター台の前で鼻歌を歌いながらお尻をふりふりしてるけど、あれは一体なんだ。
早くアニメが見たい……のかな?
「準備が出来ました!」
不思議に思っていたら、どうやらアニメの準備が出来たみたいだ。
「先輩、そんなところにいないでこっちに来てください」
猫屋敷はベッドに座るとぽんぽんと隣を叩く。
床に座っている俺を気遣ってくれてるらしい。
「別に俺はここでいいよ」
「ダメですよ。そんなところでアニメを見てたら体を痛めちゃいます。ちゃんと座ってください」
猫屋敷はもう一度ぽんぽんと隣を叩く。
こりゃ隣に座るまでずっとぽんぽんされそうだな。
「わかったよ」
観念した俺は立ち上がって猫屋敷の隣に座った。
「じゃあ今からアニメを流しますね!」
すると、急にご機嫌になった猫屋敷はチャンネルを手に持ってポチポチと操作する。
テレビ画面にはアニメが映し出されて『妹ギャルの彼氏役を演じることになったんだが』のOPが流れ始めた。
歌っているのは大してオタクでもない俺でも知ってる有名な声優さんだった。
「わたし、この曲好きです」
「俺も初めて聞いたけど、良い曲だな」
ラブコメのアニメなだけあって、ポップでノリノリな感じの曲調だ。
なんか内容を見る前からテンションが上がってきたぜ。
そしてOPが終わると、画面には冒頭のシーンが映し出される。
妹ギャルでヒロインの愛香が友達に彼氏がいると見栄を張ったことがきっかけで、兄であり主人公の太一に彼氏役をして欲しいとお願いする場面だ。
「いよいよ始まったな」
「そうですね。このアニメを見るのは五回目ですけど、わくわくしちゃいます」
「そんなに見てんのかよ!」
さすがラブコメ好きは伊達じゃないな。
それから俺と猫屋敷は静かにアニメを鑑賞する。
普段、何かと騒がしい猫屋敷もアニメを見る時は落ち着いているらしい。
「っ!」
とか思っていたんだが、不意に猫屋敷が手を重ねてきた。
ちなみにアニメの方もちょうど愛香と太一が手を握っていた。
「お、おい! なにすんだよ⁉」
動揺しまくりで
「いいですか先輩。ラブコメ好きならばアニメのキャラたちがイチャイチャすると、リアルタイムでわたしたちもイチャイチャしなくちゃいけないんです」
「意味わかんねぇよ」
でも猫屋敷は重ねた手をどけようとはしない。
それどころか次にデート中にベンチに座った愛香が太一の肩に寄り掛かっていると、
「先輩、失礼しますね」
猫屋敷はそう言って俺の肩に頭を乗せてきた。
「だからやめろって」
「ふふっ、やめませーん」
楽しそうに笑って、猫屋敷は俺の言葉を拒否する。
手は繋ぎっぱなしだし、体は密着しまくりだし。
このままだと俺の心臓が持たない。
「わたしたちカップルみたいですね」
猫屋敷はニヤつきながらそう言ってくる。
お前が強引にそう見えるように仕向けてるんだろ。
「さて、次はどんなイチャイチャが来ますかね」
「もうアニメも終盤だしな。イチャイチャなシーンなんて来ないんじゃないか」
時間的にあと数分でアニメは終わるはず。
さすがにもうイチャイチャシーンは出てこないだろ。
そう願っていたのだが、最後の最後に今までで一番難易度が高いイチャイチャが襲ってきた。
なんと太一が愛香に壁ドンをしたのだ。
おかしい。原作にこんなシーンはなかったはずだけど、アニメオリジナルか?
「最後は先輩があんなことをしてくれるんですね!」
わざとらしく画面を指さしてこっちを見てくる猫屋敷。
「言っておくけど、やらんぞ」
「えっ! なんでですか⁉」
「当たり前だろ。あんな恥ずかしいことできるか」
それを聞いて、猫屋敷はやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。
「才本先輩、よく聞いてください。もしこの作品が本当に好きなのであれば先輩はわたしに壁ドンをしなくちゃいけないんです」
「なんでだよ。そんなことする必要ないだろ」
「必要ありますよ。先輩のこの作品への愛が本物ならば太一くんと同じように壁ドンが出来るはずですから」
猫屋敷はベッドから立ち上がると、てくてくと壁際まで移動する。
勝手にスタンバイ完了するなよ。話はまだ終わってないぞ。
「俺は壁ドンなんてやらないからな」
その言葉に猫屋敷はぷくっと頬を膨らませて、
「強情な先輩ですね。というか、太一くんが最後に男気を見せたんですから、先輩も最後くらいビシッと男らしいところを見せてください」
「お前、言ってることめちゃくちゃだな」
俺は
けれど少し経って彼女は何か策を思いついたような表情を浮かべると、
「もしかして先輩ビビっちゃってますか?」
今度はわかりやすく挑発してきた。
なるほど、そういう作戦か。
でも甘いな。俺はそんな安い挑発に乗るほど子供じゃない。
「女の子に壁ドンもできないなんて本当に情けないですね。だからモテないんですよ。このままだと一生モテないままですね。あぁ可哀そうな先輩。この先ずっと彼女が作れないなんて。可哀そうすぎて涙が出ちゃいます」
「よしいいだろう! そんなに言うなら壁ドンくらいしてやろうじゃないか!」
ベッドから腰を上げると、俺は宣言した。
誰がモテないだって。好き勝手言いやがって。
壁ドンでも
「さすが先輩です! 先輩ならそう言ってくれると……って、先輩? ちょっと近づき過ぎじゃないですか?」
猫屋敷の間近まで来ると、彼女は少し戸惑ったような顔を見せる。
「どうした? 壁ドンをするにはこんくらい近づかなきゃできないだろ?」
「そ、それはそうですけど……」
なんか猫屋敷の様子がおかしいぞ。これはもしかして……。
「お前、ビビってるのか?」
「っ! だ、誰がビビってますか! わたしはラブコメを愛する者。このくらいどうってことありませ――」
言葉の途中、俺は全力で猫屋敷に壁ドンをした。
すると、彼女の顔が一気に赤くなる。
「い、いきなり何をするんですか!」
「だってお前が壁ドンしろって言ったんだろ?」
「そ、それはそうですけど、こんな突然にやらなくても……」
声が段々と小さくなる猫屋敷。
明らかにいつもの猫屋敷じゃないよな。普段ならここで一回や二回からかってくるのに。
もしかして彼女は自分から攻めるのは得意だけど、攻められるのは得意じゃないんじゃ……。
「なあ壁ドンやり直してもいいか?」
「な、なんでですか⁉」
「なんというか……いまの壁ドンじゃ納得いかなかったんだ」
「そ、そんなこと言われても……」
俺の言葉に、猫屋敷はわかりやすくたじろぐ。
「やっぱりビビってるのか?」
「び、ビビってませんよ! いいでしょう。そこまで言われて黙ってるわけにはいきません。どうぞ壁ドンをやり直してください! 一回でも五回でも十回でも!」
興奮気味に答える猫屋敷。これ絶対無理してるだろ。
でもまあいい。最近、こいつにはからかわれてばっかりだったからな。
たまにはやり返したってバチは当たらないはずだ。
「じゃあいくぞ!」
「は、はい! ドンと来てください!」
猫屋敷は頬を染めたまま身構える。
そんな彼女に俺は二度目の壁ドンをしようとするが……。
しまった。さっきは勢いでやったから特に何も感じなかったけど、こうやって意識してやろうとすると、なんだか無性に恥ずかしくなってきた。
壁ドンってどうやってやるんだっけ?
「ど、どうしたんですか? やっぱり先輩がビビってるんですか?」
「そ、そんなわけないだろ! 一回やってるんだから二回目だって出来るさ!」
内心を悟られないように、必死に強がって見せる。
でもいつまでも壁ドンをしなかったら、また猫屋敷にからかわれて立場が逆転してしまう。ここはもうやるしかない!
そう決意すると、俺は手の力を少しだけ抜いてから、猫屋敷の後ろの壁を目掛けて手の平を思いっきり打ち付けた。
「ど、どうだ?」
「ふ、ふーん。まあまあですね……」
直後、そんなやり取りを交わす二人はお互い顔が真っ赤になっていた。
二人してこんなに無理して、俺たち何やってんだろう。
「そ、そうだ。アニメって二話目もあるよな? 見てもいいか?」
「そ、そうですね。見ましょうか」
何とも言えない雰囲気の中、猫屋敷は二話目のブルーレイを準備する。
その最中、彼女はこっちに振り返ると、
「今度はイチャイチャはなしでお願いします。たぶんいまイチャイチャしちゃうと色々と大変なことになっちゃうので」
控えめな声でそう言った。そんな彼女の頬はまだほんのりと赤い。
それはずるいだろ……。
その時の可愛すぎる彼女を見て、俺はそう思ったのだった。
~つづく~
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