第3話 ラノベが大好きな後輩とブログ
「
とある日の放課後。俺は
というのも、猫屋敷が通っている高校と俺が通っている高校は近所にあって、こうやって授業終わりに会うのも割と気軽にできたりするからである。
初めは猫屋敷からラノベについて色々と教えてもらうためにちょくちょく会ってたくらいだったのに、最近はやたらと猫屋敷に呼び出されるため結構な
「相談? ってなんだよ」
「先輩にわたしのブログを手伝ってもらいたいんです!」
俺が訊ねると、猫屋敷はテンション高めにそう答えた。
「お前、ブログなんてやってたのか?」
「はい! 主にわたしのおすすめのラノベを紹介するブログです!」
そう言って猫屋敷は制服からスマホを手に取ってこっちに向けてくる。
画面には『ラノベ大好き少女のラノベ日記』とド直球な名前のブログが表示されていた。
「毎月、五、六冊は紹介するんですよ。多いときには十冊くらい紹介しちゃいます」
「そうなのか。ちなみにジャンルは?」
「もちろん全部ラブコメです」
猫屋敷はドヤ顔で即答する。一応
「で、そのブログで俺は一体何を手伝えばいいんだ?」
俺の言葉を聞いて、猫屋敷は座席に置いてあったスクールバッグから何かを取り出すと、それをテーブルの上に置いた。
「これ、前に図書館で読んだ妹モノのラノベじゃないか」
テーブルの上にあるのは俺が初めて心の底から面白いと思ったラノベだ。
タイトルは『妹ギャルの彼氏役を演じることになったんだが』
内容はタイトル通り、ひょんなことから主人公の『太一』がギャルの妹である『愛香』の彼氏役を演じることになり、それがきっかけで二人の距離が徐々に縮まっていく妹モノのラノベである。
「わたしと一緒にこの本のブログ用の紹介文を考えて欲しいんです」
「えっ、俺が? なんで?」
「だってこれは才本先輩が初めて好きになったラノベですから。きっとわたしよりこの本の良さをわかってると思うんです」
猫屋敷はラノベを突き付けながらそう訴える。
そうだろうか。俺よりも遥かにラノベが大好きでラブコメが大好きな彼女の方が、最近ラノベをかじった俺なんかより数倍良い文章を書けそうな気がする。
「どうですか? やってくれますか?」
「うーん、そうだなぁ……」
正直、ブログなんてやったことないから不安だけど、猫屋敷にはラノベのことで色々と世話になってるからな。
ここは日頃の恩返しとして彼女の頼みを聞き入れるべきだろう。
「わかった。お前のブログ手伝うよ」
「さすが先輩です! 先輩ならそう言ってくれると思ってました!」
嬉しそうに笑っている猫屋敷だけど、その表情は少し安堵しているようにも見える。
ちょっとは断られることも考えていたのかもしれない。
「では早速ですけど『妹ギャルの彼氏役を演じることになったんだが』の紹介文を一緒に考えていきましょう」
猫屋敷は筆記用具とノートを用意する。
おそらく互いの意見をまとめるためだろう
「まず先輩はこの本のどのシーンが面白いと思いましたか?」
「それはやっぱり妹でヒロインの愛香と主人公の太一がイチャつくシーンだろ」
例えば、喫茶店でカップル専用のジュースを飲んだり、愛香が強引に太一と腕を組んだり、寝ている太一に愛香がこっそりおでこにキスをしたり。
「わたしもそのシーンにはキュンキュンしました! お兄ちゃんの太一くんになかなか素直になれない愛香ちゃんが頑張ってアピールするところは最高ですよね!」
俺が話し終えると、猫屋敷も同じことを考えていたみたいで興奮気味にテーブルから身を乗り出してくる。ちょっ、顔が近いっ!
「そ、そうだよな。やっぱりイチャイチャはいいよな」
一旦、彼女から距離を取ってからそう答えた。
この子、距離感近いんだよなぁ。いきなり近づかれたら心臓に悪いからやめて欲しいんだが。
それから俺と猫屋敷は『妹ギャルの彼氏役を演じることになったんだが』の感想を幾つか出し合って、次はそれらをブログの紹介文にまとめることになった。
「ひとまず今出た先輩とわたしの感想を踏まえて紹介文を書いてみますね」
猫屋敷はスマホのメモ帳に紹介文の下書きを書いていく。
そして
「むぅ、納得いきません」
猫屋敷は渋い表情でスマホを眺めている。
「そうか? 俺は別にいいと思うけどな」
画面に表示されている文章を見たけど、良い感じに思える。
これならブログを見た人も『妹ギャルの彼氏役を演じることになったんだが』を買ってくれるだろう。
「いえ、これではまだこの作品の魅力を十分に伝えきれていません」
しかし猫屋敷からすると、いまの内容では不満らしい。
「特に才本先輩が良いと思ったシーンの紹介文の出来が良くないですね」
「俺はそんなことないと思うけどな」
「いいえ! そうなんです!」
強めに否定された。
あれ? 俺いま怒られた?
「困りました。このままだと先輩が好きなラノベをわたしのブログで紹介できません」
猫屋敷はうーんと悩ましげな表情を見せる。
すると、少し経ったあとに何か思いついたように手の平をポンと叩いた。
「そうです! 実際にイチャイチャシーンをやってみればいいんです!」
彼女は名案だ!みたいな顔をしているけど、なんか物凄く嫌な予感がする。
どうしよう。急に帰りたくなってきたぞ。
「先輩、ブログを手伝ってもらってはいるんですけど、もう一つ先輩にお願いしてもいいですか?」
「お、おう。いいぞ」
でもさすがに本当に帰るわけにもいかないので、恐る恐る頷く。
「先輩、わたしとイチャイチャしてください!」
直後、猫屋敷からこんなことを言われた。
彼女の声は結構大きくて、周りの席の人たちが数名こちらに振り返る。
やめて。温かい目でこっちを見ないで。
「イチャイチャって、具体的には何をするんだよ」
「ふふーん、それはですね才本先輩が言ってくれた『妹ギャルの彼氏役を演じることになったんだが』に出てくるイチャイチャシーンをわたしと先輩で再現するんです」
彼女曰く、特に再現したいシーンは先ほど俺が挙げたイチャイチャシーンらしい。
「って、そんなことできるか!」
「どうしてですか! さっきはお願いを聞いてくれるって……」
ぐぬぬ、そういえばそうだった。
正直、イチャイチャシーンなんて恥ずかしすぎてやりたくないが、一度承諾したものをなかったことにするのは男としてダメだ。
それに今日は猫屋敷に日頃の恩返しをするんだから。イチャイチャでもラブラブでもやってやる。
「よしわかった。じゃあ早速イチャイチャするぞ」
「えっ……は、はい! イチャイチャしましょう!」
突然のやる気に戸惑った猫屋敷だったが、すぐに調子を取り戻すと店員を呼んで何かを注文する。
数分経ってテーブルに運ばれてきたのは、カップル用のジュースだった。
「最初は太一くんと愛香ちゃんがカップル用のジュースを一緒に飲むシーンです」
「なんでこの店に都合よくカップル用のジュースがあるんだよ」
ハート形のストローにはしっかりと飲み口が二つある。
今からこれを猫屋敷と二人で飲まなくちゃいけないのか。
「では先輩、一緒に飲みましょう」
猫屋敷はニコニコしながら迷いなくストローに口をつける。
少しは
「才本先輩、どうしたんですか?」
まだジュースを飲もうとしない俺に、猫屋敷は不思議そうな顔をしている。
なんでそんなに平然としていられるのかわからないが、女の子にここまでされて男がこれ以上うじうじするわけにもいかない。
「わかってる。いまから飲むから待ってろ」
俺はやけくそ気味に空いているストローに口をつける。
恥ずかしくてジュースの味がわからないし、周りの視線は気になるし。
俺たち以外にこのジュース頼むやつっているのか?
なんて考えていたら、ふと猫屋敷と目が合った。
「ドキドキしちゃいますね」
頬を染めて照れくさそうに笑う。
その瞬間、鼓動が一気に跳ねあがった。
「そ、そうだな……」
「あれ? もしかして先輩も照れちゃってます?」
「べ、別にそんなことねぇよ!」
猫屋敷がからかってきたので、俺は必死に言い返す。
でも心拍数は一向に下がる気配はない。
「やっぱり照れちゃってますよね。ちょっと嬉しいです」
「俺は全然嬉しくない」
年下にからかわれるし、周りの人たちから温かな目を送られてるし。
絶対に俺たちカップルだと勘違いされてるぞ。
まあカップル用のジュースを飲んでるから当たり前なんだけど。
「ではそろそろ次のイチャイチャに移りましょう!」
そう言って猫屋敷はストローから口を離す。
カップル用のジュースを使ったイチャイチャに関しては満足してくれたみたいだ。
「次は愛香ちゃんが太一くんに抱きつくシーンですが、これは簡単ですね」
いたずらっぽく笑うと、猫屋敷は急に席を立って俺の隣までやって来た。
しかも心なしか徐々にこっちに近づいてきている気が……。
「な、なんだよ」
俺は少しずつ隅の方へ避難しようとするが、
「先輩、逃げちゃダメですよ」
猫屋敷は言葉通り逃がすまいとゆっくりと詰め寄ってくる。
えっ、なにこれ。なんでこんなに追い込まれてるの。
「えいっ!」
戸惑っていると、猫屋敷が可愛らしい声を上げながら俺の腕に抱きついてきた。
「お、お前! いきなり何してんの⁉」
「もちろん愛香ちゃんが太一くんに抱きついているシーンを再現しているんです」
猫屋敷は絶対に俺の腕を離さないように、強く抱きしめる。
そのせいで腕にはふわふわで柔らかなものが全力で押し付けられていた。
ぐはっ! 今までロクにモテてこなかった男にこれは刺激が強すぎる!
「どうですか? ドキドキしますか?」
上目遣いで訊ねてくる猫屋敷。それは反則だろ。
「ま、まあな。これだけ女の子と近くにいれば」
「むっ、それは女の子なら誰でも良いということですか?」
猫屋敷はむくれながら抱きつく力をさらに強める。
まずいまずい。これ以上その豊満なものを押し付けられたら色々と我慢できなくなる。
「猫屋敷だからドキドキしたんだな。そうに違いない」
「そうですよね! わたしだから先輩はドキドキしちゃったんですもんね!」
さっきとは打って変わってご機嫌になる猫屋敷。
いまのは無理やりお前が言わせたんだけどな。
それから猫屋敷は抱きつくイチャイチャにも満足したみたいで、ようやく俺の腕から離れてくれた。
「さてさて、最後は愛香ちゃんが寝ている太一くんのおでこにキスをするシーンですよ」
俺の隣に座ったまま、猫屋敷は最後のイチャイチャシーンについて話す。
「さすがにキスをするシーンはやらなくてもいいだろ」
俺と猫屋敷は本当のカップルでもないんだし。
「何を言っているんですか。やるに決まってるじゃないですか」
だけど、猫屋敷はやる気満々みたいだ。
「いや、やらなくていいって」
「いえいえ、先ほどわたしは先輩が言ってくれたイチャイチャシーンを全て再現すると言いましたから。ラブコメ好きに二言はありません」
かっこよく言い切る猫屋敷。ラブコメ好きって大変なんだな……。
「では先輩、目をつむってください」
「まじでやるのか?」
猫屋敷は「もちろんです!」と即答する。
この様子だとここから断ることは難しそうだなぁ。
「わ、わかった」
猫屋敷の指示通り、俺は目をつむった。
まあキスっていってもおでこだし、そんなに問題はないか。
これが口とかだったら大変なことだけど――。
「っ!」
なんて思っていたら、不意に口元に感触を感じる。
なんだよこれ! どうしておでこじゃなくて口に⁉
慌てて目を開けると、口元には彼女の唇――ではなく、人差し指が当てられていた。
「先輩、びっくりしました?」
猫屋敷は小悪魔のような笑顔で訊ねてくる。
ったく、焦らせやがって。心臓が飛び出るかと思ったわ。
「イチャイチャはもう終わりだろ。早くブログの紹介文を書こうぜ」
「あっ、話題を変えようとしないでくださいよ」
「う、うるせ」
それから猫屋敷はもう一度ブログ用の紹介文を書き直す。
俺とやったイチャイチャが功を奏したみたいで、十分足らずで満足のいく紹介文を書くことができたみたいだ。
「わたしたち、このまま本当に付き合っちゃうのはどうですか?」
そして帰り際、猫屋敷がそんなことを言ってきた。
ドキッとしながら、振り返ると彼女はまたニヤニヤと笑っていた。
もう勘弁してくれ……。
~つづく~
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