第一話.探偵と象③
「けじめときたか。
「そりゃ……ただの友達じゃなくて彼氏なんだし、だまされたら頭にもくるだろ」
「そんなもんかね」
「
妹からの寸評は、冷たいというより
「二人の浮気相手……琴ノ橋さんを含めると
そして、
そんな雪音に釣り込まれたわけでもないが、俺は深刻に頭を振った。
「……ところがもう一人、目撃されてるんだ。見たのは糸口先輩の友達で、映像研究会の人って話なんだけど──」
『あれは先週の日曜日。服を買いに街へ行ったら、駅の改札で女の人が財布からなにか落としたんだ。
気付いてないみたいだったから拾ってみたら、マイナンバーカードでさ。急いで追って返したよ。ハンドバッグに目立つお守りが付いてたから、混み合っててもなんとか見失わずに済んだ。なんか変わったお守りだったな。「
で、カードにあった名前は
その時はそれで別れたんだけど、気に入る服が見つからなくて街をぶらぶらしてる途中にまた見かけたんだ。
最初に見つけたのは
でも、女連れだった。最初は糸口の妹かと思ったんだ。糸口より一〇センチくらい低くて妹と同じくらいの背だったし、同じような服を着てるのも見たことあったから。僕は糸口の家にもよく遊びに行くから知ってるんだけど、運動部なのに普段はルーズな格好が好きなんだよね、あの妹。髪の色も乾いた黒でよく似てた。
……けど、遠目にもすぐ違うって
──さっきの橋本さんだ。糸口が彼女を案内してる感じだったんだけど、入ったのが、こともあろうにランジェリーショップ。
そりゃ驚いたよ。
でも、店から出てきて二人仲良く帰っていく姿は、ただならぬ関係に見えたよ』
琴ノ橋さんはわざわざボイスレコーダーのアプリを使って、この証言を
「その女性の顔は判らないんですね」
その証言を要約した話を聞き終えて、まず口を開いたのは
「さっきの、先輩の家から出てきた人と同じ人かもしれません」
俺が応える前に──意外と言うべきか──
「うんにゃ。
……適当に聞き流してるようで、思いのほか注意深い指摘だ。
「じゃあ……やっぱり、糸口先輩という人は三人の女性とふしだらな関係を持っているわけですか。度し難いですね!」
たぶん無意識にだろう、雪音は拳を握り込んで憤慨している。案外に感情表現が豊かで見てて面白い。……まぁ、こういう問題についてでなければ。
俺はなんとなくいたたまれない気持ちになりながら、彼女をなだめた。
「いやまぁ、証拠はないわけだから」
傘の女性の写真はあるが、それだってただの状況証拠だ。
そんなことを思って憂鬱にうつむくと、顔をのぞきこまれた。いたずらっぽい笑みを口に乗せた、
「なに?
妹と違い怒気はうかがえない。完全に面白がっている顔だった。
「おとなしそうな顔して、案外やらしー人なのかな」
「そ、そうじゃないけど……」
声が上擦ってしまうのは雨恵の顔が微妙に近かったからであって、図星を指されたからでは決してない。
食後いつの間にかリップを塗り直していた雨恵の唇から目をそらし、うめく。
「俺が言いたいのは……あらためて情報を思い返してみても、
橋本さん、だけでは市内に何人いるか知れたものじゃない。
「見つけろったって、どうしたもんやら……」
うっすらと艶めく唇に人差し指を当てて、雨恵はころりと首を
「張り込みとか? 先輩の
実際、それくらいしか方法が思い浮かばなかった。琴ノ橋さんたちが言っていたように、本職の父さんなら山ほどの
「……でも、よく知らない人を見張るなんて一歩間違えれば犯罪だろ。さすがにそこまで付き合う義理はないし」
「まぁ、そりゃそうだ」
雨恵はあくまでお気楽だ。でも腹は立たない。彼女にだって、僕のために心を痛める義理はないのだから。気持ちいいくらいの無責任さに、いっそ笑いたくなった。
こんな風にテキトーな相手だから、難題の相談ができる。解決できなくても重荷を背負わせずに済むからだ。最初から雨恵に打開策を期待していたわけじゃなく、ただ話すだけ話して不可能を確認したいだけだった。