第一話.探偵と象②
『あたしが見たのはね、うン、お店の前なのね。ああ、お店っていうのは
もう夜だったから、センパイはバイト終わって帰るところだったと思う。うン。ちなみにあたしは中学の部活仲間で打ち上げして、友達グループに分かれてハケる途中でね、隣の県の高校に行くナーコがさびしい、さびしいって泣きすぎてゲロ吐き出して大変だったのね。道ばたにぶちまけちゃったけど、うン、雨降ってたし流れるからまぁいいかって。え? ああ、ごめん
えっと……そんでね、糸口センパイが店から出てきたら、雨降ってたのね。だからセンパイ困ってたんだけど、うン、そこに女が現れたの。背はセンパイと同じくらいかな……ハデな赤いカサ差して、ハデに染めた長い髪してて、でもって見るからにナイスバディ。
そんな女が、センパイになれなれしくしてさ。おかしいよね、鞠の彼氏なのにね。
女はセンパイを見るなり急に抱きついて。なんだか泣いてるみたいだった。涙と雨で化粧がくずれてみっともないったら。
センパイはあわあわしてそれをなぐさめてね、ちょっと落ち着いたら同じカサに入って帰ってったのね。あいあいガサだよ、腕なんか組んじゃってね。ありえないでしょ、ヒトサマの彼氏と。センパイも全然いやがらなくて「きっとだいじょうぶ」だとかなんだとか
うわ、ウワキ現場見ちゃった!って、思わず写真撮っちゃったよ。うン』
その後も
「──と、まぁ、たしかに、聞く限り女友達って感じじゃないし、浮気……なのかな」
簡略にまとめて話し終えると、俺が話している間に弁当を食べ終えつつある
「あれじゃないの? マンガとかでよくある、実は妹でしたーとか」
「いや、それはないらしい」
俺は昇降口の自販機で買ってきた緑茶で口の中の物を飲み込み、続けた。
「先輩の家は四人暮らしで、妹さんがいるけど
「ああ、写真あるんだっけ」
その写真は、「資料」だとして俺のスマホにも送られてきている。
それにしても、まさか自分のスマホに盗撮写真を入れて持ち歩くことになるとは……これも家業の宿命だろうか。
「相手が泣いていたのなら、別れ話だったのでは?」
と、これは
「でも、慰めていっしょに帰ったわけだし、なんにしても仲直りしたんじゃないかな」
「つまり、その人が一人目の浮気相手だというわけですか」
「そう、琴ノ橋さんは思ってる」
「まぁ、マリーとしては面白くないだろーね。自分の彼氏が知らない女とそんなことになってたら」
雨恵の方は、雪音と違って真剣味がない。残っていたおかずを──あまり好きでない具材なのだろう──ちまちまと口へ運びながら、なかば上の空で言う。
「で、その派手な傘の女以外にも浮気相手がいるんだって?」
「ああ。二人目は特に決定的だ。なにせ、先輩の家から出てくるところを琴ノ橋さんに目撃されてる」
『これ、あんま話したくないんだけどさ……
そもそもタツオって、将来映像関係の仕事したいって目標にまっしぐらの熱血クンでさ。三年前に親の仕事の都合でこっちへ引っ越してきて、そん時に飛行機の中で
あんな風に夢を語れる
で……その日、タツオの家、親が旅行でいなくて自分で御飯作るって聞いたから、行ってもいい?って
ん? ……ああ、違う違う。タツオの妹はいると思ってたから、泊まったりする気はなかったよ。
ともかく……バイトもあるし家事もしないといけないからって断られた。それは別にいいの。謝ってくれたし。問題は、その翌日。
やっぱり傘の女のことが気になって、朝からタツオの家まで行ってみたの。
そこで……悪い予感は当たっちゃったわけ。予想とは相手が違ったけどね。
わたしがタツオの家が見えるとこまで来たら、その家から女が出てきたの。
遠目だったけど、傘の女じゃなかった。髪は黒くてショートカットだったし、服も地味でジーパンとかだったし。背はタツオと同じくらいだったけど、体のラインが出る服を着てたから女なのは間違いない。
タツオも見送りに出てきて、なんか
その時の様子もちょっと変で、近所に見られてないか気にしてた感じだったの。わたし、思わず電信柱に隠れちゃった。
……わたしはなにも悪くないのにさ! どうなってんの!?
今ではそんな風にムカついてるけど、その時はわたし……アタマ真っ白になって、心臓バクバクで、タツオを問い詰めることも女を追いかけることもできなかった。親がいないはずの家から、昼前に女が出てくるんだよ? もう決まりじゃん……しかも初芝が見たのとは別のやつ。
それでも、まだ冷静なところが残ってたんだね。タツオの妹に電話してみた。……あ、わたし、妹ちゃんともすっかり仲良しで、たまに二人でカフェめぐりするくらいだから。メイクとか教えたらすごい喜んでくれてさ。素直でよく笑って、ホントいい子なんだ。
そんな中学生の妹のいる家に女を泊めるわけない、って思ったんだけど……なんか妹ちゃん、部活の合宿とかで山の中にいるって言われてさ。次の日まで帰らないって。
……つまり、その日、タツオは家に一人きりで、その家から知らない女が朝帰りしたってわけ……
そう語った時の
琴ノ橋さんの証言を自分の言葉に直しながら語り終えると、