「ドレスな僕がやんごとなきかたがたの家庭教師様な件」 野村美月
【雪の日は、おこもりデート】
出会いは浴室だった。
月光を紡いだような銀色の髪と、神秘的な紫水晶の瞳をしたお姫様は、当時まだ九歳で、人形のような無表情で僕を見つめていた。
――先生のお国では、服を着たまま入浴するのが一般的なのでしょうか?
透き通るような白い肌をさらし、恥じらいもせずに淡々と尋ねた。
――そのっ。脱いだら、いろいろ問題がっ。
袖と裾がふわりとふくらんだドレスを水浸しにしてうろたえまくる僕を、淡々と、ただ淡々と見つめて……。
◇ ◇ ◇
あれから八年――。
僕の生徒だった銀と紫のお姫様は、十七歳で僕のお嫁さんになった。
「当分、雪がやみそうにないね。仕事をありったけ持ってきておいて良かった。しばらく家でおこもりだ」
「はい。先生が一日中おうちにいてくださるの……嬉しいです」
空色に紫の花を散らしたカーテンの前で、
結婚してからも聖羅は、僕のことを恥ずかしそうに、嬉しそうに、『シャール先生』と呼ぶ。それからときどき、甘えるように『旦那様』とも。
そんなふうに呼ばれると、僕はいつもキュンとしてしまう。
今日も――。
「えっと……お仕事が終わったら、旦那様とおこもりデートが……したいです」
カーテンをいじりながら、ほんのり頬を染めて見上げてくるのが、最強に可愛い。もう天使! 僕の奥さん超可愛い!
僕の頬も、ゆるみがちだ。
「おこもりデートか、いいね。なにをする?」
「恋愛双六をしたいです」
「うん」
「それから、旦那様と一緒にごはんを作りたいです」
「うん、素敵だね」
「ごはんのあと、恋愛リレー小説をしたいです」
「ああ、今流行ってるやつ。まぁ……うん、やってみようか」
「それと、膝枕をして旦那様のお耳をお掃除しながら、旦那様の好きなところを百個ささやきたいです」
えっと、それはちょっと――……照れるな。
「百個もささやいたら、僕の大事な奥さんの膝が痺れちゃうよ。だから僕がきみを膝枕して、きみの好きなところを百個教えてあげるよ」
冗談ぽくそう言ったら、聖羅はカァァァァァっと顔を赤くして、カーテンを両手でつかんで、華奢な身体にくるりと巻きつけて、中に隠れてしまった。
「シャール先生……恥ずかしいです」
合わせ目からのぞく細い指先や小さな耳まで、真っ赤に染まっている。
恥じらう彼女に僕は胸が高鳴り、キュン死寸前で、うん、やっぱり僕が百個ささやいてあげようと、真剣に思ったのだった。
聖羅が林檎みたいに赤くなった顔を、カーテンのあいだからちょっとだけのぞかせて、これだけは忘れずに伝えておかなければというふうに眉を下げた健気な表情で、おねだりしてくる。
「それから……それから……旦那様と一緒に、お……お……お風呂に……入りたいです」
可憐な新妻を、僕は花柄のカーテンごと抱きしめたのだった。
ああもう、真冬の大雪に大感謝!
おこもりデート最高だろ!
◇ ◇ ◇
追記
雪は数日間降り続き、そのあいだ僕の奥さんは毎日、
「あの……お、お風呂に」
「そろそろ……その、お風呂に」
「お湯が……わいたのですけど。あの、浴室の」
「朝からお風呂に入るのは、健康に良いそうです」
「ひ、昼間のお風呂も……新鮮だと思うんです」
「よよよ夜は、やっぱりお風呂に入るのが新婚家庭の常識です」
と言い続けたのだった。
そして今日は、スネてるみたいな涙目で、
「たまには……シャール先生からも、おっしゃってください」
と言ってきたので、ああ……結婚式のあとも、そんなことを言ったっけなぁと思い返しながら、僕はにっこりして口を開いたのだった。
「一緒にお風呂に入ろうか、奥さん」
◆聖羅姫のコメント
(ღˇᴗˇ)。o♡ おこもり中は、旦那様とぴったりくっついて過ごすのです。
(*/∇\*)キャ お風呂で、たくさん仲良くするのです。
♡(。☌ᴗ☌。) シャール先生、今日も明日も大好きです。