真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました/ざっぽん

     ツン期を過ぎたツンデレ姫は今日も赤くなる



 暗黒大陸を支配する憤怒の魔王タラクスンによる、アバロン大陸侵攻がはじまり3年。

 たった3年で4つの国が滅ぼされ、大陸の半分は魔王の手に落ちた。

 もはや人間達に為す術はないかに思われた……が、神は人を見捨てたりはしなかったのだ。


 勇者誕生の預言。

 そして防衛戦力もほとんど無かった地方の部隊を指揮し魔王軍の先遣隊を撃退した少女の登場。 

 『勇者』の加護を持って王都に現れた少女は、地下盗賊団との戦いと和解や、古代エルフの遺跡に眠る勇者の証の入手など様々な活躍により、少女が伝説の勇者であることを王に認められる。

 勇者は人々の歓声と祝福と共に、世界を救う為に旅立ったのだった。


 勇者の名はルーティ・ラグナソン……俺の妹だ。

 俺の名はギデオン・ラグナソン。

 王都精鋭バハムート騎士団の副団長。

 俺は勇者が旅立った時からずっと一緒に戦ってきた最初の仲間だった。


☆☆


 王都を旅立ってもう1年近く経つ。

 俺達勇者のパーティーは、大陸北部の要所であるロガーヴィア公国を魔王軍から守るためロガーヴィアの地を訪れていた。


 ロガーヴィア軍と魔王軍の激突する戦場。その北側にある森。

 1人で草陰に潜む俺の上に雨が降ってきた。

 北国であるロガーヴィアの秋雨は冷たい、早朝の雨は特に。

 俺は手がかじかんで思うように動かなくなることが無いように脇の下で温め、遠くから近づいてくる足音を聞いていた。

「デーモンの小隊か」

 長槍を携え、鎧を身にまとい、一糸乱れぬ行進を続けるソルジャーデーモン達。

 数は40。戦場の後方から奇襲しようと回り込んでいるのだ。

 戦場全体からすれば小隊に過ぎない数だが、やつらは魔王軍の正規兵。

 人間のベテラン兵士が5人がかりでようやく互角という怪物だ。

 背後から奇襲されるとロガーヴィア軍は混乱するだろう。

 これまで魔王軍と優勢に戦っていたロガーヴィア軍だったが、このソルジャーデーモン達が投入されてからは苦戦を強いられていた。

「止めないとな」

 俺は剣の柄に手を添え、やつらが近づくのを静かに待つ。

 無数の足音が近づいてくる。1対40。それも相手は武装し、訓練を受けた怪物ども。

 いくか。

 俺は飛び出しながら剣を抜き、驚き戸惑うソルジャーデーモンをまず1体斬り伏せる。

 そのまま続けて3体斬ったところで、反撃の槍が突き出された。

 不意に仲間を斬られたのに、奇襲でやつらが混乱していたのはほんの数秒の間だけだった。

 デーモン達はすぐさま陣形を組み俺に向けて槍を並べる。

 次々に繰り出されるデーモンの槍。

 世界最強の軍である魔王軍での訓練と実戦で練り上げられたであろう絶え間ない連携攻撃が俺を襲う。

 これは槍の有利な間合いを維持するための集団戦術だろう。このまま守っていても槍の壁に押しつぶされるだけ。

 俺は鋭く息を吐き出すと、突き出された槍を上に払ってその下へと潜り込む。

 左から下段に突き出された別の槍が俺の鎧をかすめ、甲高い音が鳴った。

 俺は怯むことなく、剣を振り抜きデーモンの足に斬りつける。

「ギャア!!」

 デーモンが悲鳴を上げて倒れた。

 俺は姿勢を低くしたまま走る。

 俺には便利なスキルや魔法はない。

 あるのは勇者ルーティの旅立ちを守るという役割のために、生まれつき加護のレベルが高いということ、そして幼い頃から戦い続けた経験だけ。

 ただひたすら戦い続ける以外ないのだ。

 下へ下へ、俺はやつらの足元を転がるように駆け抜け、斬り続けた。


 最後の1体を倒し、俺は息を長く吐いた。

 剣が鈍っているのは自覚している。

 この3日間、俺はひたすら駆け回って戦い続けていた。

 今のように1人で奇襲をかけ、もう300体以上のデーモンやオークを斬ったはずだ。

「ふぅぅぅ」

 重い頭を振ってなんとか意識を保つ。

 いくら加護で強化されているとはいえ、3日休み無く戦い続けるのはキツイ。

「限界だな」

 俺は重い体を引きずってその場を後にした。


☆☆


 ロガーヴィア軍は小さな城に陣を敷いていた。

 小さな城だが、北の軍事大国ロガーヴィアの領主が建設したものらしく、小さくとも頑丈な城壁や深い堀に守られた侮れないものだ。

 そこに英雄リット率いるロガーヴィア軍が入り、前線の指揮を執っている。

 館に入った俺は、毛布が並べられた兵士達の寝床へと向かった。

 寝床といっても今は昼。部屋には掃除をしていた新兵しかいない。

「寝床を借りるぞ。少し汚すが戦場のことだ、許してくれ」

「は、はい」

 俺の姿を見て怯える若い新兵に申し訳なく思いつつも、ここは戦場だ。

 俺は戦っていた姿のまま、鎧を脱ぐこと無く毛布を被った。

 3時間も寝ればひとまず戦えるようになるだろう。

 俺はようやく重いまぶたを閉じる……。

 だが数分もしないうちに、頭の中へ直接響く声が聞こえた。

『ギデオン!』

 仲間である賢者アレスの念話の魔法か。

 俺は眠りに落ちそうになっていた意識を無理やり引き上げる。

『ギデオン、そちらの状況は?』

「後方から回り込もうとしていた敵は叩いた、しばらくは大丈夫だろう。俺は少し休むつもりだ」

『丁度いい! 手が空いたのならこちらへ移動しなさい! 私達が敵本陣に突撃する前に、敵の隊列の撹乱を任せます!』

「どうしても必要か? 俺はそろそろ限界だ、もう全力では戦えないぞ」

『何を甘えたことを、世界の危機なのですよ? この3日、ずっと後方で楽な敵ばかり相手にしてたいたあなたと違って、こちらは最前線で戦っているのです』

「……分かったよ。これから向かう」

 言い返すべきか迷ったが、戦いの最中に身内で口論したところで仕方がない。

 それに自分の手柄に執着するアレスが俺に援軍を要請したということは、今のまま突撃すればどうしても損害が大きくなると判断してのことだろう。

 俺はアレスからの念話を断ち切り、身体を起こそうとする。

 その時、部屋の外から走ってくる足音がした。

「ギデオン!!」

 大声で俺の名前が呼ばれた。

 部屋の入り口のところに、赤いバンダナを首に巻いた若い女性が立っている。

「戦場でお昼寝なんて優雅なものね!」

「リット」

 リット。本名はリーズレット・オブ・ロガーヴィア。

 この戦場の指揮官だ。

 彼女はロガーヴィア公国の王女……それも城を抜け出し冒険者として活動してきたお転婆お姫様だ。

 そして冒険者としても英雄リットと讃えられる北方最強の戦士である。

 リットは自分の国は自分達で守るべきだと主張し、俺達勇者のパーティーの介入を拒もうと、なにかにつけて俺達に張り合っていた。

「姿を見ないからてっきり逃げ出したのかと思っていたわ……よ……あなた、一体何をしていたの?」

 体を起こし、毛布の下から現れた、俺の血で汚れた姿を見てリットは表情をこわばらせた。

「勇者と一緒に戦ってたんじゃないの?」

「俺達が固まっていたら戦場全体に対応できないだろう。勇者ルーティは兵士達と一緒に戦って味方を鼓舞した方がいいし、賢者アレスは広範囲に影響を与える魔法がある」

「で、あなたは何を」

 俺は困って頭をかいた。

 戦場を指揮しているリットに黙って、後方から奇襲しようとする敵を食い止めていたと分かれば、彼女も良い気はしないだろう。

 だが事前に伝えていたら、勇者の仲間である俺に張り合って後方にも戦力を配置していたはずだ。

 それでは意味がない。

 俺がいることで敵本隊へ集中できるようにする、それが俺の役割だ。

「後ろにいたのね」

 俺は何も言わず黙っていたが、リットは自分で気がついたようだ。

 彼女も優れた指揮官だ。後方からの襲撃が無かったことに違和感をおぼえていたのだろう。

「一体いつから」

「3日前からだ」

「戦いが始まってすぐじゃない……! その間一度もあなたの姿を見なかったけどまさかずっと」

「相手は世界最強の軍だよ、戦うならちょっとくらい無理もするさ」

 リットはキッと俺を睨みつけると俺の目の前まで駆け寄る。

「バカじゃないの! 戦場で1人がどれだけ危険か、あなたも騎士なら知らないわけじゃないでしょう! それも不眠不休で! 消耗がどれだけ剣を鈍らせるか、訓練で嫌というほど経験しているはずよね!?」

 勇者と対立するリットが、こうして俺に食って掛かるのはよくあることだった。

 だが今日のリットの怒りは、これまで見たどの瞬間より激しかった。

「ここは私達の国よ! 勝手に戦うならまだしも、勝手に死なれたら迷惑だわ! 二度としないで!」

「約束はできない、これが俺の役割だ」

 ごまかすこともできたかも知れないが、リットの空色の瞳を見たら、どうしても嘘が言えなかった。

 リットは一瞬くしゃりと顔を歪めた。

 だが、すぐに元の怒った表情に戻って俺を睨み、それからいつものように不敵に笑う。

「ふん! あなたの出番なんかもう無いわ! 戦いが終わるまで、そこで寝てればいい。これは私達の戦争よ」

「そうもいかなくてね」

「って、何をしてるのよ! ここに休みに来たんでしょ!! ……もし私がうるさいならすぐに出ていくから」

 俺が剣を取って立ち上がろうとすると、リットは俺の肩を押さえつけて叫んだ。

 俺は笑って首を振る。

「アレスが援軍を欲しがっている」

「はぁ!? 3日も1人で戦っておいて、そんなボロボロなのにまだ戦うっていうの!?」

「必要だからな」

 リットの剣幕に戸惑いながら俺は答えた。

 どうしたものかと困っていると、またアレスの念話が飛んできた。

『ギデオン! まだ動いてないのですか!!』

「アレス、ちょっと待て。こっちはこっちで取り込んでいて」

『こそこそ走り回るしか取り柄のないくせに、動きまで鈍かったら一体あなたに何が残るのです? 早く来なさい!』

 ゴチンと音がした。

 リットが俺の額に自分の額をぶつけた音だ。

「うるさいわね! 賢者だか何だか知らないけれど自分の仲間がどういう状態にあるかも把握できないの!?」

『な、誰だ! 私の念話に干渉するなんて……!』

「この戦場の指揮官としてギデオンは行かせないわ! 代わりなら私が用意するから! 分かったわね!!」

『あ、あなたはリーズレット姫か! 勝手なことを……!』

「以上!」

 リットは強引に念話を断ち切った。

 魔法使いではない俺は、無理やり念話から引き剥がされた感覚で少し頭の中がピリピリした。

「あー、リット、俺なら大丈夫だから」

「寝とけ!」

 リットは毛布を俺の顔に叩きつけた。

 まったく、乱暴な……だけど、アレスの言葉と違ってリットの言葉は温かい。

 俺は苦笑して素直に横になった。

「分かったよ指揮官殿。それで、俺の代わりに誰が行くんだ?」

「私が行くわ」

「リットが?」

「それと、兵士500を動かす。フラフラのあなたよりよっぽど頼りになるでしょ」

「そりゃ、それだけの軍を動かすなら……でもいいのか? やることは勇者達が突撃するための露払いになるぞ」

「勘違いしないでよね! あなた達の作戦に乗ることになったけど、別にあなた達を認めたわけじゃないんだから! この国を守るのはこの私だということを戦場で証明して見せるだけ、そして」

 リットは俺に指を突きつけた。

「ギデオン、あなたがやろうとしたことが、この国を守るために一番大切な役割だと判断しただけよ!」

 そう言ってリットはすぐに部屋を出た。

 俺はリットの背中に声をかける。

「武運と無事を祈る」

「あ、あなたに心配されても嬉しくないわよ!」

 リットはそう叫ぶと、振り返らずに行ってしまった。

 まもなく兵士達の動く慌ただしい音が俺の寝ている部屋まで聞こえてきた。

 その音を聞きながら、俺はリットの言ったことを思い出し、やっと目を閉じる。

 ここは戦場だというのに、何だか心の中が温かい……ゆっくり眠れそうだと、そんな場違いなことを俺は思っていた。


 ロガーヴィアでの戦いは無事に俺達の勝利で終わった。


☆☆


 現在。辺境ゾルタン。

 その後、勇者のパーティーを追い出された俺はレッドと名を変え、辺境のこの町で暮らしている。

 今いる場所は、レッド&リット薬草店。

 俺とリットはこの町で再会し、今は一緒に薬草店をやりながら暮らしていた。

 薬草店での仕事を終えた俺達は、ランプの明かりに照らされた居間で一緒に蜂蜜酒を飲んでいる。

「あの時はひどい事を言ってごめんねぇ!」

 ロガーヴィアでの思い出を話していたら、途中でリットが涙目になって俺に抱きついてきた。

 リットは、いつの間にかかなりの量のお酒を飲んでいたようだ。

 すっかり酔っ払ってしまっていた。

「あなたがボロボロになるまで戦ってくれたから戦力を温存できたのに、あの頃の私って素直になれなくて」

「大丈夫、リットの気持ちは伝わってたよ」

 俺はなだめようとするのだが、酔っ払ったリットは子供のようにイヤイヤと首を横に振る。

「あの時、戦場であなたの姿をずっと見つけられなくて、もしかして魔王軍にやられたんじゃないかって心配で探してたの。だから無事で安心したのに、あなたが1人で無茶してたって聞いたら……私はこんなに心配しているのに、なんでこの人は無茶ばかりするんだろうって!」

「あはは、俺も悪かったな。でもあの時も俺のことを心配してくれて嬉しかった」

「今はちゃんと伝える! あの時は私達と一緒に戦ってくれてありがとう! 他にもたくさんたくさんありがとう! 今こうして私と一緒に居てくれてありがとう! そしてね」

 リットはギュウギュウと俺に抱きつく腕に力を込め身体を押し付けた。

 柔らかい感触に、俺はつい口元が緩んでしまう。

 そんな俺の表情を見てリットは幸せそうに笑った。

「これからずっと私と一緒に居てねぇ」

 とろんと赤くなったリットが俺を見つめている。

 世界を救うための冒険を続けていた頃、俺は勇者ルーティと一緒に戦うためにあがいていた。

 そしてついていけなくなりここにいる。

 俺の加護に与えられた役割はもう何もない。

 だけど、この辺境のゾルタンは良いところだ。

 ここで俺はリットと一緒にスローライフを送っている。

 今俺が腕の中に感じている温かさ。俺を見てくれる可愛い瞳。十分だ。幸せだ。

「もちろん、ずっと一緒にいるよ」

 俺の言葉に、リットはフルフルと震えた。

「えへへ、嬉しいなぁ」

 リットの笑顔は本当に嬉しそうだ。

 多分リットは、明日起きたら今日のことを思い出し、恥ずかしがって赤くなるんだろうな。

 その姿を想像したら……可愛らしくて、俺は今日も幸せな気持ちで眠ることができる。

 腕の中のリットがとても愛おしくなり、俺は彼女の身体をギュッと抱きしめたのだった。

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