「悪役令嬢の執事様 破滅フラグは俺が潰させていただきます 緋色の雨」

『咲き誇るローゼンベルクのお嬢様』




 ――お嬢様が楽しいときはもちろん、

    お嬢様が寂しいときも、苦しいときも、

   どんなときだって側にいます。


 ソフィアの六歳の誕生日。

 大きなパーティー会場でひとりぼっちだったソフィアの前に現れた執事見習いが、一輪の薔薇を手に誓いの言葉を口にする。

 その瞬間、ソフィアの色あせていた世界がたしかに色付いた。


「シリル、ソフィアにお勉強を教えて?」

「かしこまりました、ソフィアお嬢様」

「シリル、ソフィアは護身術を覚えたいの!」

「護身術はまだ早くありませんか?」

「大丈夫、ソフィア、がんばるよ!」

 理由はなんだって良かった。

 ソフィアはただ、自分を見てくれる男の子に構って欲しかっただけだ。


 そうして、その日のソフィアはダンスについて学ぶことになった。

「ソフィアお嬢様、私に掴まってください」

「……こう、かな?」

 シリルに言われたように身体をそっと寄せる。

 手を通して伝わる温もりにソフィアは少しだけ恥ずかしくなる。だけど、シリルが真剣な表情なことに気付き、気を引き締めて身を預けた。

「シリル、ソフィアはまだステップが分からないよ?」

「心配はいりません」

「わわっ」

 シリルに押された気がして、ソフィアがとっさに足を引いた。それと同時にシリルが前に出て、ソフィアとシリルの距離は変わらず、ソフィアは再び足を引く。

 続けて後ろに下がると、不意に横に引かれてサイドステップ、グンと引かれてクルリとターン。気が付けば、ソフィアは不格好ながらもダンスのステップを踏んでいた。

「やはり、ソフィアお嬢様は筋が良いですね」

「……どういうこと?」

「ダンスは男性がリード――つまりは次の行動を、重心の移動など、体中を使って女性に伝え、女性がそれをフォローしてステップを踏むのです」

「でもソフィアはステップを知らないんだよ?」

「ええ、そうですね。ですが、ソフィアお嬢様は護身術などを通し、自分の身体をどう動かすのがもっとも効率が良いか理解していらっしゃいます。だからこうやって――」

 シリルがリードを示せば、ソフィアはそれに併せて身体を動かす。

 あくまでもゆっくりとしたペースで、とてもダンスを踊れるようなリズムではない。だけどそれでも、ソフィアは確実に知らないはずのステップを踏んでいる。

「シリルが、ソフィアを操っているの?」

 小首をかしげて誤解を招きそうなことを聞く。

 シリルは咳き込みそうになりながら、それは違いますと否定した。

「私のリードをソフィアお嬢様が読み取って、無意識にステップを踏んでいるんです。これを出来る人は少ないのですが、ソフィアお嬢様はさすがですね」

 リードが優秀であれば、女性は初めてのステップでも踏めるのが普通だと誤解されがちだが、実際にそれが出来るのは一握りの者だけだ。

 ダンスには決まったステップ、そのステップを組み合わせたルーティーンなどが存在する。一般的なダンスでは、そのルーティーンのどれを選ぶかをリードで示すのがせいぜい。

 ステップごとにリードで示しても反応出来る者は少なく、ましてやステップの踏み方をリードで示したとしても、それを読み取れる者などほとんどいない。

 読み取れるソフィアはかなり優秀だ。

「ソフィア、凄い?」

「はい、とても才能がありますね。まるで私の気持ちを読み取ってくださっているようです」

「シリルの気持ちを……ひゃっ」

 呆けたソフィアがステップを踏み損ねた。

 シリルは足をもつれさせて転びそうになるソフィアの身体をぐっと抱き寄せる。

「ソフィアお嬢様、大丈夫ですか? ……ソフィアお嬢様?」

 シリルの腕の中。抱きかかえられているソフィアの頬がぷぅっと膨らんだ。

「いまのは、ちょっと間違っただけ。ソフィア、ちゃんとシリルの気持ちを読み取ってるよ?」

 呆気にとられたシリルは、ソフィアが拗ねている理由に気付いて笑みを零す。

「もう、どうして笑うの?」

「申し訳ありません。たしかにソフィアお嬢様はちゃんと私のステップを読み取っていますよ。とてもとても筋が良いです」

「……ほんとう?」

「本当です。それにソフィアお嬢様が一生懸命なのもちゃんと知っていますよ。いつも頑張ってお勉強をして、本当に偉いですよ」

「えへへ……」

 ソフィアが愛らしくはにかんだ。

 ソフィアは、ただシリルに構って欲しくて甘えていただけだ。だけど分からないところを聞くとシリルが優しく教えてくれて、結果を出すとシリルがうんと褒めてくれる。

 それが嬉しくって、ソフィアは結果が伴うように努力を続ける。こうして、ソフィアは周囲が驚くような速度で成長していった。


 それから月日は流れ、ソフィアは十三歳の誕生日を迎えた。

 王都にあるローゼンベルク侯爵家の別宅でおこなわれる誕生パーティーには、例年のようにソフィアの両親や兄達は出席していない。

 両親は仕事で各地を飛び回っていて、兄達は留学したりで国を離れているからだ。


 大きなパーティー会場の真ん中で、ソフィアはシリルと二人っきりだ。

「ソフィアお嬢様、お誕生日おめでとうございます」

 シリルが一輪の薔薇を差し出す。それは七年前と同じシリルが育てたもので、トゲが綺麗に抜かれていて、丁寧にラッピングされている。

 七年前――つまり六歳のソフィアにはその薔薇に込められた意図に気付けなかった。


 だが、いまのソフィアは迂遠な言い回しや権謀術数にも対応できる。シリルがその薔薇にどんな思いを込めたのかが手に取るように分かる。

 赤い薔薇はローゼンベルク侯爵家の象徴、つまりはソフィアを象徴している。

「ありがとう、シリル。今年も美しく育ててくれましたね」

「はい。心を込めてお世話をいたしました」

 主語が省かれた言葉は、けれど互いに正しく伝わっている。

 あの日、シリルが示したリードをソフィアが正しく読み取ったように。


 その直後、遠くから楽しげな声が聞こえてくる。

 それは、この一年でソフィアが仲良くなった友人達の声だ。

 七年前には一人ぼっちで、それからはシリルと二人ぼっちになった。そして今年のパーティーは、学園で知り合った友人達が祝ってくれる。

 全部全部シリルのおかげだ――とソフィアは笑みを零した。

「ソフィアお嬢様?」

 どうしましたかと問い掛ける視線に、なんでもないと首を振った。それから胸の前できゅっと手を握って、シリルの顔をジッと見上げる。

「シリル、来年はもっと美しく育ててくださいますか?」

「ソフィアお嬢様がお望みになるのなら」

「望みます。来年も、再来年も、その次も、ずっとずっと」

 ソフィアはやがてデビュタントを迎え、伴侶となる者の元へと嫁ぐ運命だ。そんなソフィアが、これからもずっとシリルに育てて欲しいと望む言葉の解釈は多くない。

 それでもシリルは「お嬢様がお望みになるのなら」とはにかんだ。その瞬間、ソフィアはクルリと身を翻してシリルに背を向ける。

「約束、しましたからね」

 ソフィアは、真っ赤な薔薇が咲き誇るように微笑んだ。


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