「アイツが最強なのを、私だけが知ってる 柊咲」

 『不機嫌なエレナ』




 世界樹へ足を踏み入れてから数日。


「……またなのね」


 初めこそ、ルクスたちは慣れないモンスターとの戦いが原因で、モンスターエリアから帰ってくるなり疲れてすぐ眠る日々が続いていた。けれど各々が戦闘にも慣れてくると、日々の疲労感はなくなり、ルクスとヴェイクは毎日のように、夜になるとお酒を呑みにセーフエリアにある酒場へ足を運ぶようになった。


「まあ、元から二人ともお酒好きなんだし、いいんじゃない?」


 いつものように宿屋から出掛けていった二人に気付いたエレナは不機嫌そうだった。そんな彼女に、サラは楽観的に伝えた。


「そうだけど」


 エレナは短く返事をするが、やはり不機嫌な様子は変わらない。

 二人が呑みに行くことは増えたが、普段のエレナはここまで怒ったりしない。


 ──呑みすぎんじゃないわよ、あんた、お酒、弱いんだから。


 そう一言忠告するだけであり、なんなら、ぶつぶつと文句を垂れながらも、酔い潰れて帰ってきたルクスを介抱までする。


 ──良い妻だ。


 サラは端から見てそう思う。それはヴェイクも同じ。ただ、残念なことに重度のツンデレなエレナは、ルクスの前や、彼の意識がはっきりしてる時には優しさを見せないので、エレナの良き妻な姿を拝めるのは、サラとヴェイクしかいない。


「エレナ、今日は随分と不機嫌だね。ルクスと何かあったの?」


「別に何も無いわよ。ただそろそろ、次の階層に進むかとか、どんなモンスターがいるかとか、色々と話し合ったりしたほうがいいでしょと思ったのよ。それなのに、今日も二人で呑みに行って……」


 ぶつぶつと文句を垂れるエレナ。

 ソファーに座ったり、ベッドに横になったり、窓から外を眺めたり。どこか挙動不審な行動をとる彼女を見て、サラは首を傾げ考える。

 エレナが怒ってるのは呑みに行ったことが原因ではなく、おそらくだが、今日、ルクスが出掛けたことが理由だろう。

「なんだろう。なんか大切な話でもあるのかな?」

 まだ出会って間もないが、エレナの考えや行動は簡単に理解できる。なにせわかりやすいからだ。

 きっとわからないのは、鈍感なルクスだけだろう。

「エレナ。ルクスに何か話があるんなら、明日とかでもいいんじゃないの?」


「明日だと意味が……べ、べつに、話なんてないわよ」


「じゃあ、なんでさっきから、ルクスが帰ってこないか気にしてるの?」


「別に!」


 プイッとそっぽを向くエレナ。

 ルクスが原因なのは当然として、その理由がわからない。


「何か約束でもしてたみたいな……あっ!」


 そこで、サラは思い出す。

 それは今日のモンスターエリアでの出来事だった。


 エレナが唐突に「美味しそうなケーキ屋を見つけたの」と、ルクスを見ながら伝えていた。それはねだるように。おそらくは奢ってもらおうという狙いがあったのだろう。


 まあ、一緒に食べたいと言えないツンデレなエレナらしい誘い方ではある。


 そして、普段からこの方法に引っかかってるお馬鹿なルクスは、無警戒のままその話に乗り──結果、二人は今日の夜、お風呂上りにケーキを堪能しよう、といった会話をしていた。

 だが、


「あれ、でもそれって曖昧な感じで終わったんじゃ」


 その約束は、モンスターの不意な襲撃によって流れてしまった。

 ルクスがはっきりと今日ということも何も言っていないので、サラ自身も、別日になったと思っていた。

 おそらくは、酒呑みに誘ったヴェイクも同様だろう。なにせ知っていて誘ったのであれば、エレナの八つ当たりの餌食になるのだから。


「エレナ、もしかして今日のことで……?」


 恐る恐るといった感じで問いかけると、エレナは背を向け、小さな声で、

「……約束したのに」

 と悲し気な声を発した。


 素直になれず不器用な乙女の本音は、同性であるサラでもキュンとするものがあった。


「ちょ、ちょっと、アタシ、散歩してくるねー」


 いたたまれず、サラは宿屋を出て走り出した。


「ルクスの、バカタレがあああぁッ!」


 向かう先は、ルクスのいる酒場だった。


 ♢


「──ルクス!」


 サラが酒場へ訪れると、ちょうどルクスとヴェイクは、麦酒が注がれた木樽を掲げて乾杯するところだった。


「サラ、そんなに慌ててどうしたの?」


「どうしたの、じゃない! エレナと今日、何か約束してない?」


「約束……?」


 少し考えたルクスだが、すぐに思い出したのか、じんわりと顔が青ざめていった。


「エレナと一緒にケーキを食べるって……。で、でも、あれってうやむやになったはずだよ」


 ルクスは正面に座るヴェイクに視線を向ける。


「もしかして、あいつの中では今日だって思い込んでんじゃねぇの?」


 ニヤニヤと楽し気な笑みを浮かべるヴェイク。


「だけど。サ、サラ、エレナ怒ってた?」


 不安そうに問いかけてくるルクスに、サラは腕を組み答えた。


「怒ってた! というよりも悲しんでた!」


「うっ……」


「ほら、早く帰ってあげな! たぶんあの様子だと、寝ないでルクスが帰って来るの待ってるはずだから!」


「そう、だね……。ケーキ、ちょっと多めに買って帰ろう」


 しょんぼりしながら帰っていくルクスの背中を見て、サラはため息をついた。


「まったく、曖昧に話が終わったからって忘れるほうも忘れるほうだけど、一緒にケーキを食べる約束をすっぽかされて不機嫌になるほうもアレだよ」


「まあな」


 ヴェイクは頬杖を突きながら笑みを浮かべる。


「まあ、ケーキを二人で食べるってのはエレナなりの口実であって、ただ二人で一緒に食べたかっただけなんじゃねぇの?」


「最近、夜になったらいつも誰かさんが、ルクスのことを呑みに誘うからね?」


 サラが横目でジーッとした視線を向けると、

「もしかして俺、怨まれてたりすんのか?」

 と、ヴェイク。

「呪い殺される一歩前だよ!」

 ピシッとサラがヴェイクを指差すと、ヴェイクはゲラゲラと笑いだす。


「笑い事じゃないよぉ。はあ、めんどくさい二人だねぇ」


「まっ、俺は見てて楽しいがな」


「振り回されるほうの身にもなってよ」


「すまんすまん」


 椅子に座ったサラに、ヴェイクはメニュー表を手渡す。


「ほら、頑張ってパーティーの危機を救ったお前に、今日は俺がなんでも奢ってやるよ」


 その瞬間、サラの大きな瞳が輝いた。


「ほんと!? やった! じゃあ、これと、これと……あっ、こっちのも!」


 ──この後、破産ギリギリまでヴェイクは奢らされ、もう一生、サラに優しさを見せないことを心に決めるのだった。


 ♢


「……ただいま」


「……」


 宿屋へ戻ってきてすぐに、俺はエレナのもとへ向かった。

 ケーキが入った箱を手に。

 すると、部屋の中で椅子に座ったエレナに睨まれた。


「珍しい。今日は随分と帰ってくるのが早いわね」


 棘を含んだ言葉に、俺は怯みながらも前へ歩く。


「あの、エレナ。ごめん、約束したのに忘れてて」


「別に気にしてないから」


 とは言っても気にしているのも怒っているのも見てわかる。


「ケーキ、買ってきたんだ。一緒に食べないか?」


「約束したの、忘れてたくせに」


 曖昧な感じで話が終わったのに、と心の中で思いながらも口には出さず、俺はテーブルの上にケーキの入った箱を置いた。

 すると、エレナはジーッと箱を見つめる。


「ほら、エレナの好きな果物がたくさん乗ったのあるぞ」


「……」


「えっと、あと、他にもエレナが好きそうなのあったから買ってきたんだ」


 ムスッとしたエレナ。

 まだ不機嫌な感じ。だけどゆっくりとこちらへ近付いてくると、ケーキが入った箱を覗いて表情が明るくなった。


「美味しそう」


 だが、俺の顔を見て、すぐにそっぽを向く。


「忘れて呑みに行ったのは、本当にごめん」


「……」


「一緒に、食べよう?」


 そう伝えると、エレナは何も言わず何かを取りに行った。

 戻ってくると、手にはヴェイクが前に言っていた、高級なコーヒー豆の入った瓶を持っていた。


「……ケーキにこれが合うって聞いたから、買ってきたの」


「え、今夜のために?」


「そう」


 エレナは今夜のことを楽しみにしていてくれていたんだな。

 そう思うと嬉しくなった。だから笑顔で、俺は彼女に伝えた。


「ありがとう。じゃあ、コーヒーと一緒にケーキ、食べるか」


「そうね。ルクスが約束をすっぽかしたから、私が四個ぐらい食べちゃうわね」


「あの、四個で全部なんだけど……?」


「ふふん、ルクスが約束をすっぽかすのが悪いのよ」


 俺は苦笑いを浮かべながら、コーヒーの準備をして、エレナの笑顔を見て嬉しく思うのだった。

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