「異邦人、ダンジョンに潜る。 麻美ヒナギ」
『異邦人、ダンジョンに潜る。夜話』
壺があった。
普通の壺だ。
「これは?」
隣のエルフに聞く。
小柄で胸の大きなエルフである。時々、信じられないが僕の妻である。
「少し前の一件で、ラザリッサが『改めてお礼を』と持ってきた壺です。何でも、かの有名な三大魔術師の一人、ワーグレアスの残した【運命の入った壺】だとか」
「運命とは、また大きなものを壺に入れたな」
手に持つと、ずしりとした重さ。
中を覗くと、外と同じ闇が入っていた。
「眉唾物ですよ。勇者も、その付き人も、昔からガラクタ集めが好きですから。色んな所で笑い話になっています」
「この壺も笑い話の一部と?」
「笑い話というよりも、寝物語に用意したのですけど?」
「なるほど」
深夜、狭いテントで二人きりである。夫婦なのだから
「では僕は」
寝物語の壺に手を入れる。
「え?」
ラナが驚く。
「え?」
僕は驚き返した。
「あなたは、もっと慎重な人だと思っていたので。右手食われていませんか?」
「食われるって、安全じゃないのか? 君が用意したから信用したのだぞ」
「あ、安全でーす。でも次からは一言先にお願いします」
ラナは、冷静な顔で冷や汗をかいていた。
怖いので壺から手を引っこ抜こうと―――――何かに触れる。
「ん?」
指先にしっとりした肉のような感触。掴めたので掴む。柔らかい。知っている柔らかさな気もする。
「あなた………………あの、これ」
「お、おお」
ラナの胸に僕の手があった。
壺に入れた僕の手が、虚空から生えてラナの胸を揉んでいる。
「この壺、本物だぞ」
「………………」
運命を揉んでいると、ラナに壺を取り上げられた。右手は無事なようだ。
「じゃあラナ。次は君が」
「結構です。別に壺を使わなくても、相手が目の前にいるわけですから」
確かに、と言う前にラナが迫ってくる。
「てな事がありまして」
「ほう、人を呼び出してのろけ話か」
また別の夜。
場所は変わり公共の酒場、人も変わり隣にいるのは中年のおっさんである。
親父さん。またの名を【冒険者の父】。熟練の冒険者である。
「まあ、のろけ半分、不安半分でして。不安の原因というやつがこれで」
僕は、割れた壺を取り出す。
「話に出て来た壺か。割ったのか?」
「割られました。犯人が、そのラナでして」
壺を叩き割る姿を、マキナがばっちり録画していた。
「で、わざわざ俺に相談か」
「はい、わざわざ相談しにきました。飲み代くらいは払いますよ?」
「いるか。して………なんだ。お前の不安とやらはアレか、自分の女が壺に手入れたら自分以外の男を、ってやつか?」
「ええまあ、だから割ったのかなぁ、と」
「それは違うな」
違うのか。
「ソーヤ、女は『そういう生き物』だ」
「は、はあ」
元いた世界でも聞いた事のある台詞だ。
「お前の女が壺に手を入れて、それで別の男のモノを掴んだのか、もしくは怖くて手を入れていないのか、それは知らん。どうせお前も知らんのだろう」
「はい、知りません」
だから相談しに来た。
「なら、気にするな。割れた壺の事など忘れて普段通りに過ごせ。女は、男の理解や想像を軽く越える。『そういう生き物』として寛容に受け止めろ。大体な、女の過去なんざ変に詮索してみろ。………………後が怖いぞ」
「………………はい」
確かに怖そうだ。
割れた壺を片付け、帰り道に捨てると決めた。
女は『そういう生き物』か。深く知り過ぎない事も、人と付き合う上では大事なのかな? その相手がたとえ妻としても。
難しい。
悩んでいると、
「お、ソーヤとメディム。面白い物を見せてやろう」
酒場のマスターが僕らの所にやってくる。
彼の片手には、壺があった。普通の壺だ。
「勇者の付き人から買った物なんだが、何でも【運命の入った壺】だとか。面白そうだから、手を入れてみろ」
「ソーヤ入れてみろ」
親父さんは、酒を飲みながら目を細くして言った。
僕は苦笑いを浮かべて、後でラナに謝ろうと壺に手を入れる。すると、
「ニャ!」
通りかかった獣人の給仕が跳び上がった。
「今、お尻触ったの誰ニャ! 別料金とるニャ!」
僕は壺を叩き割った。