二章 スキルを習得し、装備を充実させる その1
僕は
朝食をとったあと、舞に教わったメニューをやってみる。
対人関係の
まず『声の張り』の上達法だが、舞はこう言った。
『小説でも漫画でも何でもいいので、自分の好きな文を、一日二十分
で、張り切って朗読を始めたが、隣の部屋から壁ドンされて驚いた。
そりゃ近所迷惑だろう。申し訳ないことをした。
僕はネットで、いい防音方法がないか調べた。
結果、近所にある二十四時間営業のドン・キホーテへ行き、二千円で『防音マスク』を買った。これは口にラッパみたいなマスクをつけることで、音が漏れない物だ。マスクから伸びたイヤホンで声を聞くこともできるという。
部屋に戻り、防音マスクをつけてお気に入りの詩を朗読してみる。
イギリスの作家ヘンリの詩『インビクタス』だ。
「『私を
どんな神であれ感謝する 我が負けざる魂に
運命に打ちのめされ 血を流そうとも 決して頭は
南アフリカ共和国・初の黒人大統領ネルソン・マンデラも、この詩を愛していたらしい。
マンデラは
過酷な
「『激しい怒りと涙の彼方には 恐ろしい死だけが迫る
だが 長きにわたる脅しを受けてなお 私は何一つ恐れはしない
門がいかに狭かろうと いかなる罰に苦しめられようと
私が我が運命の支配者 我が魂の指揮官なのだ』」
この詩は僕にも、高校時代に勇気を与えてくれた。
イジメられていたときに証拠集めをして、相手を逆に追い詰めるまで、これを読んで耐えたのだ。
『私が我が運命の支配者』である。遊び半分でイジメてくるヤツらに、僕の運命を支配されてたまるものかと。
他にも僕は
次は『笑顔』のメニュー。舞はこう言った。
『〝思いっきり笑い、無表情に戻る〟。これを一分間繰り返すのを、一日二十セットやってください』
表情筋の筋トレらしい。これを繰り返せば、自然と笑えるようになるんだとか。
やってみる。
一分くらい楽勝……と思っていたけれど、三十秒を過ぎたあたりで
僕はこのトレーニングを、家や、大学のトイレなどでこなした。
『目を見る』については、毎晩アパートで、舞との『WCO』で鍛える。
今までのようにチャットではなく、スカイブでのテレビ電話を使ってプレイすることにしたのだ。
その際に僕は『声の張り』『笑顔』にも
ネット越しとはいえ、舞みたいな派手な美少女相手だと、やや緊張してしまう。
だが毎日やると、さすがに少し慣れてくる。舞が話題を
『センパイ。こないだ討伐で手に入れた『てんめいの宝石』、ゲーム内で価格が上がってるみたいですよ』
「そうなんだ」
『売って武具買いません?』
「いいね」
そんな風に過ごして、一週間ほど経った頃……
舞は画面の中で長い脚を組み、プッキーを食べながら、
『ん~。まあ少しずつ、三つの要素が上達してきましたね』
頭をかいて喜んでいると、舞がプッキーの先端をビシッと向けてきた。
『でもまだセンパイはRPGで例えると、最初の街の周りでチマチマとレベル上げしてるだけです。まだ冒険に出てるとはいえません』
まあ、そのとおりだ。
あくまで目的は大学で友達を作り『ひとり至上主義』と『いっしょ至上主義』のどちらが楽しいのかをハッキリさせることである。
『冒険に出るにはレベル上げも大事ですが、装備を調えてステータスを底上げしなければいけません』
「装備っていうと……」
『服です! ついでにそのモッサモサの髪も切ります。あと会話の訓練もしましょう。今までは私が話題を振ってましたけど、今度はセンパイにも振ってもらいます』
それってつまり。
『私と店をめぐり、私や初対面の人と話すのが次のクエストです』
美少女と二人きりで出かける。
(それって、デートみたいなもの?)
ううむ、緊張してきたぞ。
●
そして土曜日。舞と出かける日。
僕は朗読や笑顔のトレーニングをしたあと、悩んでいた。
舞からは『できる限りかっこいい服装で来てください』と言われたが……
僕の服は全て、高校時代に母さんが『
くたびれ気味のパーカーを
髪はいつもどおりモッサリしているが、最低限、手につけた水道水で
地下鉄に乗り、待ち合わせ場所である仙台駅へやってきた。
東口へ向かう。笹かまぼこや牛タンなど、仙台名物を売るブースを過ぎると、大きなステンドグラスがあった。地元の大名・
ここは待ち合わせスポットとして有名だ。現に今も、若い男女が沢山いる。皆さんバッチリお
(考えてみれば……)
スマホで服について調べてみる。何事も予習は大事だ。
メンズファッションのサイトを開く。ぶかっとしたシャツを着た男がドヤ顔を浮かべた写真が
『ドロップショルダーが特徴なビッグシルエットのシャツで、トレンド感を演出。足元はあえて
(……わからん)
ドロップショルダー? トレンド感? 外し? 専門用語の嵐でくじけそうになる。
とりあえず『外し』について調べてみた。
『外しとは、キチンとした格好の一部をあえて着崩したりすること。そうすることで街ナカになじめるようになります』
(うーん……要は、あまりキッチリしてると、とっつきにくい印象を与える。だからあえて弱点を作るってことか?)
意味を考えていると、周りの空気が変わった。
待ち合わせしている男女が、一斉に同じ方向を向く。僕もつられて見ると──
こちらへ舞が歩いてきていた。まだ距離があるけど存在感がすごい。
ショートパンツから『むちっ』と形容するのがぴったりな
白いインナーの上に、クリーム色の
着こなしとかはわからないけど、すごくよく似合っている。それが舞の
「おはようございますセンパイ」
「おはよう!」
僕はとりあえず笑みを浮かべ、声を張った。朗読や笑顔の練習の成果を出す。
(ラノベでは、私服姿を
僕にはそんな器用なことはできない。見とれてしまうだけだ。
対して舞は堂々と腕組みし……僕の全身を頭から靴まで見た後、
「しっかしまあ、WCOで毎日見てますけど……今日もダッサいですね」
「ぐはっ。それはその……」
覚えたての言葉を使ってみる。
「あえて外してるんだよ」
「全身外してどうするんですか?」
そのとき、周りから「あの子、超可愛いけど、男の趣味は最悪だよねー」というヒソヒソ声が聞こえてきた。
なるほど。僕という『外し』によって舞が街ナカになじんでいる。僕は絶望するけれど。
(いきなりディスられた。つらい)
やはり一人が最高なのか──と思っていると、舞が突然
「でも『笑顔』とか、『目を見る』とかはできてるじゃないですか」
「え」
「前より声に『張り』もあります。朗読の効果出てますね。センパイ、すっごく進歩してますよ!」
おお、努力の成果がでるのは嬉しいものだ。
舞が人差し指を立てて、得意げに、
「ちなみに今のは『マイナス・プラス
なるほど。確かに褒められたあとで『ダサイ』と言われたら、僕はヘコんだ気持ちを引きずっただろう。
しかし。
「手玉にとられてる気がする……」
「実際とってますから、仕方ないですよ」
舞が笑って、背中を叩いてきた。
仙台駅の東口から外に出る。休日なので、たくさんの人が歩いている。
舞が、僕を改めて見て、
「……初めて会ったときから思ってたけど、センパイすごい
「そうか。直すためのメニューはない? 『声を張る』における『二十分朗読』みたいな」
舞は
そして近くのベンチに座った。
帽子を脱いで、何を思ったか──頭頂部の己の髪を握り、引っ張り上げる。
通りすがりの人々が、不思議そうに舞を見た。だが彼女は全く気にしていないようで、
「やってみてください」
舞の隣に座り、真似してみる。
「『空から背骨を引っ張られてる』とイメージしてください。そして、背骨と地面が、垂直になるようにします」
……なるほど、背筋が伸びている。
「こういう姿勢になると、心が引き締まる感じがしませんか?」
「確かに」
「これからはパソコンするときも、
うなずこうとしたが、髪を握っていたのでできなかった。舞が吹き出した。
「くすくす……姿勢はとても大事です。気管が伸びて『声』が出やすくなるし、自信が
「そんな大事な『姿勢』について、
「『三の法則』ってご存じですか? 『人間は三つのことは記憶しやすいけれど、四以上だと多い』というものです。最初からあんまり多くのことを言っても、混乱するかもしれないと思って」
僕のことを気遣ってくれたらしい。
それに『三の法則』というのも、
「三だと記憶しやすいか……」
舞が「なんですか?」と優しく問うてくる。僕の言葉を引き出そうとするように。
「
「そうそうっ!」
舞は弾けるような笑顔で、
「今のセンパイの返し、すごくいいですよ。『相手が言ったことに、適切な例を出す』っていうのは『貴方が言ったことを理解していますよ』という証明です。これをされると、相手は嬉しいものです」
なるほど覚えておこう。新しいスキルみたいなものだ。
舞はバッグから手鏡を出し、乱れた髪を直した。
僕の髪も同様に直し、おまけに
「ではセンパイ、今日最初のクエストです。今日行く美容院──『ヴォヤージュ』まで先導してください」
「僕、その店知らないよ」
「大学で友達ができたら、どこかに出かけるでしょう? 行ったことのない場所に、友人を案内する機会もあります。そのためのクエストです」
なるほど。舞の指示には全て明確な意味がある。
僕はスマホのナビを立ち上げ、それを頼りに歩きはじめた。舞がついてくるが……
(これ、意外と緊張するな)
僕はよく一人で街歩きする。道に迷うこともあるけれど、それはそれで新鮮な風景と出会えるため、わくわくするものだ。
でも誰かを案内するなら、自分が道を間違えると、皆が迷うことになる。
スマホを確認しながら歩いていると、舞が背中をつついてくる。
「何か話を振ってくださ~い。今日は会話の練習も兼ねてるんですから」
「あ、そうか」
だが考えてみると……今までのWCOでの会話も、話題はほとんど舞に振ってもらっていたのだ。
自分から何を話せばいいのか、わからない。
「お困りのようですね。では会話の奥義を二つお教えします」
「おお、奥義っ」
「まず一つ目は──」
大いに期待しながら、舞の言葉を待つ。
「『共通の話題によるキャッチボール』です」