一章 ひとり至上主義者 VS その3

「君の言う『いっしょ至上主義』……それを確かめる価値はあるかもしれない」

「あ、やっぱり寂しいんですか?」

「違う。僕は共にWCOをしてきた『サトシ』を信頼してるんだ。君が『楽しい』と言うなら、試す価値もあるだろう」

 大学生活は長い。

 現状、一人生活に全振りしているリソースを少し削って、新しい価値観に触れる。

 その上で『やっぱり誰かと一緒はつまらない』とわかれば、『ひとり至上主義』という僕の価値観の正しさが証明される。

 逆に、万一『いっしょ至上主義』の良さに気づけたなら、それは人生を豊かにすることになる。

 どっちに転んでも損はない。

 それを説明すると、朝日奈さんはゲンナリした顔でほおづえをついた。

「め、めんどくさい思考回路ですね。じゃあ大学で友達作って、確かめてみたらどうです?」

 友達、か。

 高嶺さんを恋人にして確かめるよりは、よっぽどハードルが低い。

「よしやってみよう。だがひとつ問題がある」

 なんです、と細い首をかしげる朝日奈さん。

「僕は、生まれてから友達が一人もいたことがない。だから作り方がわからない」

「す、すじがねりですね……でもだったら余計に、友達作らないと『ひとり至上主義』の正しさが証明できません。彼女いたことない人が『女なんてくだらねえ』と言っても説得力ないでしょ?」

 確かにそうだ。

 ではどうやって、大学で友達を作ればいいのか、と考えていると……朝日奈さんが豊かな胸に手を当てた。

「よし! 私が友達の作り方をお教えしましょう。勉強を教えていただいたおれいです」

 派手な見た目のわりに、ずいぶんと義理堅い子だ。

「君は友達作りうまいの?」

 朝日奈さんはスマホを僕に見せ、アルバムアプリを立ち上げた。

 画面には、首がだるんだるんのスウェットを着た少年が映っている。姿勢がだらしなく、目が死んでいてがない。年齢は僕より少し下くらいだろうか。

「私の兄の、サトシです」

「ああ……居間でVRのAVを見ていたとき、君と遭遇したという……」

「お、思い出させないでください!」

 まわしい記憶を振り払うように、朝日奈さんはかぶりを振って、

「兄は高二です。今年の春まではボッチで、休み時間はいつも、教室のすみで寝たふりしてるようなダメ人間でした──ですが」

 朝日奈さんが次の写真を表示させる。

『サトシ』は、別人のように髪も服装もあかけていた。数人の男子や、可愛い女性と映っている写真もある。

「私のていねいな指導により、なんと今ではたくさんの友達や、カノジョもできましたっ」

「なんか、真研ゼミの漫画みたいだな……」

 朝日奈さんは苦笑した後、

「センパイって以前の兄に似てるから、少しほっとけないんですよね」

 遠回しに、ダメ人間呼ばわりされとるな。

 だが朝日奈さんは指導実績があるようだ。友達作りを教わるにはかつこうの人材だろう。

「では、よろしく。僕に色々教えて」

「わかりました。これからセンパイに目標達成のための課題──いや、クエストを出していきますからね。覚悟してください」

 朝日奈さんは『覚悟』と言ったが、僕は少しわくわくした。

 誰かと過ごす面倒くささも、もちろんあるけど……

 クエストなんて、まるでWCOみたいじゃないか。


    ●


 朝日奈さんは、水でのどうるおしたあと、

「大学で友達を作るには、センパイはある程度変わらなければいけないでしょう。基本の訓練が必要です」

「訓練……」

 確かに友達初心者の僕がいきなり作ろうとしても、うまくいかないかも。

「まず、これから言う三つを改善していきましょう。センパイと話していて、気付いたことですが──」

 人差し指を一本立てて、

「まず『声』。張りがなくてボソボソして、相手に悪い印象を与えます」

「……」

「『人間の印象の四割は、声で決まる』という説もあります」

 驚いた。それほどとは。

「まあ昔『人は見た目が九割』っていう大ヒット本があったらしいですから、いちがいには言えないですけど……」

「どっちだよ」

 僕のツッコミに「ふふっ」と朝日奈さんが目を細めた。

「では二つ目は?」

「それはですね──」

 そのとき。

 さっきまで笑っていた朝日奈さんが突然、のうめんのような無表情になった。

 なにか機嫌をそこねるようなことでもしたのだろうか。

 不安になっていると、朝日奈さんが微笑して、

「これがセンパイに欠けているもの、二つ目──笑顔です。私が無表情になったとき、不安になったでしょう」

「うん。『何かまずいことしたのかな』って」

「その気持ちを、普段表情を変えないセンパイは、相手に味わわせてるんですよ。私も不安でした」

「……ぼ、僕はクールな人間だからね」

「自分でクールっていうのって、かっこよくないです」

 そりゃそうだ。

 恥ずかしくなって目をそらすと、朝日奈さんが豊かな胸の前で×を作った。

「はい、それ三つ目ー。センパイあまり相手の目を見ないですよね。話してるときに明後日の方向見られると、『この人、話聞いてるのかな』と相手を不安にさせちゃいます」

 ダメ出しの嵐である。

「まとめると、友達を作るためにまず目標にすべきは『声』『笑顔』『目を見る』の改善です。これから、この三つのトレーニングメニューを言いますから、メモしてください」

 僕はスマホにメモしながら、感心していた。

 朝日奈さんの指摘はめいかいだったし、なにより──

(目標達成のための原則は、大きな目標を立てつつ、それを達成するための細かい目標に分解することだ)

『友達を作る』が大きな目標なら、『三つの要素の改善』が小さな目標。

 小さな目標を、日々のトレーニングで改善するうちに『大きな目標』を達成するための地力がつく。

 僕はWCOで難クエストに挑む前に、そこで必要なスキルを得るためにやさしいクエストをこなした。それと同じである。

「よし、やってみるよ。朝日奈さ──」

「舞ですよ」

「え?」

「これもクエストです。『私を名前で呼んでください』。友達ができたら、その人を名前で呼ぶかもしれないでしょう?」

 そういえば僕、誰かを名前で呼んだことないな。

 少し緊張しながら、声を詰まらせて、

「あの、ま、舞」

「ぎこちないですねー。一日百回、私の名前を呟いて練習してください」

 僕はうなずいた。

 そのあと会計を済ませて別れ、帰り道で「舞舞舞舞舞舞舞舞舞舞舞舞舞舞舞舞舞舞舞舞舞舞……」と呟いていたら警官に職質された。

「人間の名前を呼ぶ練習です」と説明したら、デイパックをすみずみまで検査された。違法薬物でも所持してると思われたのかも。

 練習の時と場所は選ぼう。

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