2-2
俺が帰宅するとまだ二科は帰っておらず、俺は家にあったインスタントラーメンを夕食に、録り溜めたアニメを消化した。
「ただいまー」
八時頃、二科が帰ってくる。確か今日は、友達と遊んでくるとか言ってたな。
こいつ、ギャルの割にお嬢様だからか、親と暮らしてるわけでもないのに、遅くても大体八時頃には帰ってくるんだよな。
「ああ、おかえり」
「どーだったの、五条さんとのデート」
「……五条さんは相変わらず俺の理想そのものだったし、楽しかった、けど……」
「けど?」
「最後に、気になることがあって」
俺はアニメイトで起きた五条さんと友人との出来事を二科に話した。
「――で、なんとか君って人のアルバムの話になって、五条さんはそれを予約しに行ったのかなんなのか分かんないけど、友人を無理矢理引き連れて上の階に行っちゃって、その場で解散になってだな……」
「なんとか君……? それ、名前覚えてないわけ?」
「覚えてないな……男の名前だったことは間違いないけど」
「そこ大事なとこじゃん!」
「いきなりのことでテンパってたし、仕方ないだろ」
「とにかく五条さんは、そのなんとか君って人のオタクってことね。アイドルだか、声優だか、アーティストだか分かんないけど……そんでそれを、あんたには知られたくないと」
「やっぱり、そういうことだよな……?」
「そこちゃんと抑えとけば、本当の五条さんを知れて、仲良くなれたかもしんないのに!」
「だって、五条さん自身もすげえ動揺してて、一刻も早く立ち去ろうとしてたし、突っ込んで聞けないだろ……」
「まーでも、やっぱり私が踏んだ通りね。五条さん、誰かしら男に貢いでるのかぁ~、なんか一気に親近感沸いたかも」
「男に貢っ……!? その言い方やめえや!」
仮に五条さんが男子アイドルだか何かが好きだとしたら、確かに意外だが、それで印象が悪くなるなんてことはない。
だから、次に会ったとき、正直に話してもらえたら嬉しいのだが……。
「あ、そーだ! もう一つお前に話したいことあったんだ!」
「え、何?」
「五条さん、メイド喫茶でバイトしてんだけど、経営元が新しいメイド喫茶オープンするらしくて、男女ともにバイト募集してるんだと。女はメイドで、男はキッチン」
「へえ、メイド喫茶……」
二科は少し興味ありげに反応する。
「二人でそこに応募してみないか? そこだったらオタクの男女と出会えそうだし、オタク趣味も生かせるだろ!?」
「……! た、確かに、可愛い服で働けるの憧れるし、出会いもあるかもしれないけど……私、メイド喫茶でバイトなんてできんのかな……。お客さん、男性ばっかだよね? 男友達すらほとんどいないのに、普通に喋ったりとかできるのか不安……」
「おま、撮影会はあんな気軽にやろうとしてたじゃねえか」
「だって、あれは写真撮られるだけじゃん! コスプレで写真撮られるのは好きだし……。でも、メイドは喋るのが仕事みたいなもんでしょ? しかも、バイト自体初めてなのに接客業とかめっちゃハードル高いし……!」
二科は興味がありそうではあるが、不安が大きいようだった。
考えてみたら当然かもしれない。俺だって不安はある。俺の場合、五条さんと一緒に働ける、という期待が勝っているというだけで……。
「とりあえず、HPだけでみ見てみようぜ」
「あ、うん……」
五条さんに教えてもらった店の名前をスマホで検索する。すぐにバイト募集のページが出てきた。
「あっまだオープン前の店なのにもう衣装の写真載ってる! 猫耳メイド!? めっちゃ可愛い~っ!」
二科は求人サイトに載っている衣装の写真を見てテンションが上がっている。
「あ、それにほら、時給も結構いいぞ」
「うん、確かに。うーん、やってみたくはある、けど……」
なんかあと一押しが足りないって感じだな。
正直なところ俺としても、いくら五条さんがいるからと言っても、一人でバイト始めるより二科と一緒に始めた方が何倍も心強い。
だから、どうにかして二科を説得しなければ……。
「あっそれに、今回の募集って短期バイトらしいから、長期バイトよりは大分気が楽だろ!」
「へえ、そーなんだ。確かに、それだったらやりやすいかもだけど……。えっと、なになに、『お客様と楽しくお話したり、歌のステージでお客様からのリクエスト制で歌ったり……』……『歌のリクエストはメイドにバックあり』……? へぇ~、歌のステージもあるんだ……」
「歌? そんなもんもあるのか……」
メイド喫茶って、そんなシステムまであったのか。ほとんど行ったことないから知らなかった……。
ただでさえ仕事内容に不安がってて迷ってるのに、そんなことまでしなきゃいけないなら、さらに二科が不安になる材料になってしまうんじゃ……?
「私アニソンとかボカロの歌とかカラオケで歌うのめっちゃ好きなんだよね。これは楽しそうかも……」
「えっ……マ、マジかよ」
想定とは真逆の二科の反応に驚きを隠せない。
「それじゃ、応募する気に……」
「でもさ、このバイトってほんとに出会いとかあんのかな? 職場に男女いても、全然喋れないとかありえるんじゃ……?」
「うっ……。うーん、とりあえず調べてみるか……」
二科の言うことは一理あると思い、俺はネットで調べることにした。
それっぽい単語を連ねて検索をかけると……。
「あっ、なんかメイド喫茶のスレッド引っかかった! 『元メイド喫茶の社員だけどメイドは大抵社員かキッチンのバイトと付き合ってるぞ。そんなメイドに貢いでる客ほんと可哀想』……」
「えぇぇ~!? そ、そういうもんなんだ……」
ネットの匿名掲示板の情報だから鵜呑みにするのもよくないけど、やはり、キッチンとして働いたらメイドと付き合える可能性あるんだな。なんて夢のある職場なんだ……!
「あっ……こっちは『声優のSが某メイド喫茶に通ってるってマジ? 店員に狙ってる女でもいんのかね?』って……」
「えっ!? マジで!?」
男性声優の名前に、二科の目の色が分かりやすく変わった。
「さ、何してんの一ヶ谷。さっさと応募しよ!」
「おま、どんだけ手のひら返すの早ぇんだよ!?」
男性声優に弱すぎだろ、こいつ……! 今まで散々渋ってたくせして!
まあ、オタクとして分からんもでないが……。
「えーっと、へー、書類審査は写真とプロフィール送って、その後面接なんだ」
そんなわけで、俺たちはメイド喫茶の求人に応募することとなった。
二科は早速応募する気満々で応募の必要事項を見ている。
「『履歴書はいりません』……だって。良かった~」
「え、なんで?」
「だって、履歴書に住所書いたら私とあんたが同じ住所だってバレて怪しまれるじゃん!」
「ああ、そっか、確かに……!」
写真とプロフィールをメイド系専門の求人サイトから応募するように、ということだったので、とりあえずサイトに登録して、必要事項を埋める。
「げえっ、メイドだけじゃなくキッチンも写真いるのかよ!」
「まー、普通のバイトでも履歴書に写真貼るしね」
「えーっと、なんか写真あるかな……」
俺はスマホのアルバムを開き、今まで撮った写真の中で何か使えそうなものはないかと見返す。
「自分の写真なんてほとんどな……あ、あいに無理矢理撮られた自撮りツーショットとかしかねえな」
前に遊びに行ったとき、あいが『ツイッターとインスタに写真投稿したい、景虎の顔はスタンプで消すから』と、無理矢理スマホのアプリでツーショットを撮った。
俺にもラインで送ってくれたので、スタンプで顔を隠す前の写真なら、一応ちゃんと俺の顔が写っている。
改めて見返すと、あいの美少女(?)っぷりに比べ、自分がとても醜い生き物のように感じるが……。
「えっ……何、二人でツーショ自撮りとかするわけ!? 女子でもないのに……!」
二科が驚いた様子で俺のスマホを勝手に覗いてくる。ドン引きしているのかと思いきや、スマホ画面をガン見してなぜか息を荒くしている。
「あ、これがあんたのオタク友達? 可愛い~。へー、相当仲いいんだー? へー……」
「……!? もしやお前、さ、三次元の……俺とあいにBL萌えを見いだしてるんじゃあるまいな!?」
一瞬分からなかったが、二科のニヤついた顔を見てまさかと思う。
「べ、別に、勘違いしないでよね!? そんな簡単に何にでもホイホイ萌える尻軽腐女子じゃないんだからね!?」
「そんなツンデレ嫌すぎるわ!」
ニヤニヤを抑えきれない様子で言う二科に、全力で突っ込んだ。
こいつ、三次元もイケる口なのかよ! しかも、寄りによって俺にBL萌えを見いだすなや!
「ってか、それにしても! そんな適当な写りの悪い写真……しかも、友達とのツーショをバイトに応募しようとしてるなんて、ありえない!」
「え……? でも、顔がはっきり分かる写真、としか書いてないし、メイドは写真が重要だろうけど、キッチンの男の顔なんてどうでもいいんじゃ……」
「どうでもいいなら写真送れなんて書かないでしょ! 写真送らなきゃいけないってことは、メイドほどじゃないとは言え、写真審査も確実にあるってこと!」
「そ、そうか……。分かった、じゃあ今お前に撮ってもらうか。壁をバックにして……」
「ちょっ……今撮るのはいいけど、まさかその何もセットしてないボサボサの髪に、スウェット姿で撮るわけ!?」
「え? まずいか?」
「まずいに決まってんでしょ! そんな写真送ったら落ちるって! 分かんないけど、メイド喫茶のキッチンって、もしかしたら人気の職種で倍率高いかもしんないじゃん! 可愛いメイドたちに囲まれて働けるわけだし、時給だって悪くないし、応募条件も高校生以上、って年齢制限だけだし、かなり好条件のバイトじゃない?」
「……! そ、そうか……」
確かに、俺が働きたいと思ったくらいだから、働きたいと思った奴はたくさんいるかもしれない……。
「分かった、じゃあとりあえず着替えてくる」
前に二科に選んでもらって原宿で買った服に着替え、リビングに戻る。
「あとは、髪型か……」
「あんた、最近また美容院行ってないでしょ?」
「あ、ああ……金なくて」
「それで何も弄ってないと、長くて清潔感がないし、モサい」
「うっ……」
「とりあえずセットで少しでも誤魔化すしかないよ」
「あ、ああ、そうだな」
ヘアセットをするために洗面台の鏡の前に行き、ワックスの蓋を開ける。
「ちょっと待った! どんなセットしようとしてんの?」
「え? どんなって、俺がいつもやってるような……」
オフ会の時や五条さんと遊びに行ったときにした、無造作ヘアセットである。というか、俺が今習得しているのはそのセットだけだ。
「あの髪型はバイト用には印象良くないって! 採用したいと思える、きちんとした好青年に見える髪型での写真にしないと!」
「きちんとした好青年に見える髪型……?」
それって、何をどうすればいいんだ……?
「あーもう、私だってよく分かんないけど、多分……」
二科はドライヤーのスイッチを入れてから、俺の肩を下に押さえ込みながら「屈んで」と言う。もしかして、ヘアセットしてくれるのかよ!?
言われるがままに中腰の姿勢になる。かなり疲れる姿勢ではあるが、背に腹はかえられない。
とんでもない至近距離で、女子が俺の髪をいじっている。いい匂いは漂ってくるし、いくら相手が二科とは言え、ドキドキしないわけが……。
「ちょっと、ちゃんと鏡見てんの!? これ、やり方覚えてよね!? 一度しかやらないから!」
「あ、ハイ、すみません……」
二科がドライヤーの音に負けないよう大きな声で耳元で喋ってきて、びびりながら返事をする。
「私も初めてやるからうまくできるか分かんないけど……あんたのこの長くてうっとおしい前髪を上げた状態にして、ドライヤーの熱風で癖をつけるわけ。上げたらまあまあすっきりするし清潔感出るでしょ」
二科は説明しながら、俺の前髪に熱風で癖を付ける。
俺はやり方を覚えるために、必死でその様子を見た。
やがて癖がつき、二科がドライヤーを消した。
「おおお……!」
鏡には、初めて見る髪型の自分の姿があった。
前髪がいい感じに上がっており、何もしない状態より清潔感や爽やかさのある印象になっていた。
「い、いい感じじゃねえか! なんでお前こんなことできんだ!?」
「自分の髪型色々セットしてるから、男子の髪型もなんとなくできた」
「すげ――っ!」
「次からちゃんと自分でやってよ! じゃ、髪型崩れないうちに写真撮るから」
「はい、お願いします!」
素早く白い壁の前に移動する。
「あ~、表情が硬い! もっと笑って!」
「…………」
「笑顔がわざとらしい! もっと自然に!」
「無茶言うなよ!」
写真を撮られる経験なんてほとんどないので、笑顔を作るのに苦戦しつつ、なんとか二科の納得のいく写真を撮ることができた。
「ふー、さすが私! 普段のあんたからは考えられないくらいいい写真撮れたわ! 感謝してよね!?」
「おお……」
二科に写真を見せられ、写りの良さに感心した。
それから俺たちは、求人サイトからプロフィールを打ち込んで写真と共に送った。二科は撮影会バイト用に撮った写真を送った。
自己PRの欄は、互いに添削し合って『自分自身がアニメ、漫画、ゲームファンのオタクなので、オタクの人に夢を届けたい』とか、『趣味を生かしたやりがいのある仕事をしたいと思っていた』とか、受かりそうなことを必死に絞り出して埋めた。
二日後。
学校の休み時間にパソコンメールの確認をしていると、バイトの応募先から求人サイトに結果が来たとメールが来ていた。求人サイトに飛んで、結果を確認すると……。
「……っしゃあ!」
思わず小声でガッツポーズを決める。
書類審査合格で、面接に進むことができた。
そのとき、二科からラインが来る。
『二科心:書類合格キタ! どうだった!?』
『俺も!』
俺たちは無事に面接に進むことができた。
考えてみたら、二科が少しでも俺の印象がマシになる写真を撮ってくれたおかげ……も大きいよな。とりあえず、今度のトイレ掃除の当番でも変わってやるか……。
五条さんにも、一次審査に合格したことをDMした。
最後のデートの後、DMが五条さんで止まっていたから、返信が来るか不安だったが、すぐにお祝いの言葉と、面接頑張って下さい、一ヶ谷さんなら絶対に大丈夫です、という内容の返信が来て心から安心した。
とにかく、これで面接で落ちたら情けないやら恥ずかしいやらで合わせる顔がない。五条さんと同じバイト先で一緒に働くためにも、絶対に合格しなければ。
更に三日後。
バイト先に指定された面接の日がやってきた。
俺と二科の面接日時は同じだった。何人かまとめて面接を行うのだろうか。
朝、いつもより二十分早く起きて、この間二科にやってもらったヘアセットを必死に思い出して再現してみる。
二科にやってもらったほど上手くはできなかったが、なんとか、いつもの髪型よりはマシになった。
授業が終わり、放課後、俺たちは知り合いに気付かれないように昇降口で待ち合わせをして、学校を出て秋葉原へと向かう。
俺も二科も、面接を直前に控え恐ろしく緊張していた。
「おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様~?」
面接場所として指定されたのは、五条さんのバイト先のメイド喫茶であった。ちなみに今日は、五条さんはバイトに入っていないらしい。
「あっ、新店舗のバイトの面接で参りました一ヶ谷です!」
「同じく面接で参りました二科です!」
「それではこちらへどうぞ」
メイドに店の奥へと通される。隅の客席に、既に三人の若い男女が座っていた。
どうやら、俺たちと同じくバイト志望者のようだ。
一人は俺たちより少し年上に見える若いチャラそうなイケメン。
一人は同じく俺たちより少し年上に見える、黒髪ロングの大人っぽい美人。
一人は高校生っぽい制服を着た、オレンジっぽい明るい髪をツインテールに結んだ可愛い女の子。
「こ、こんにちはー……」
「どうもー」
俺と二科が挨拶をすると、それぞれ挨拶を返した。
うわー、美男美女ばっかじゃねえか。こいつら本当にオタクなのか?
こんなんで俺、受かるのか? キッチンは裏方なのにイケメンじゃなきゃいけないのかよ!?
「では、これで全員ですね」
「……!」
そこに、髭を生やしたいかにも悪そうな中年男性が、声をかけてきた。
「僕はオーナーの藤堂です。宜しくお願いします」
「宜しくお願いします!」
全員それぞれ挨拶を返す。
え、この男がオーナー? ヤクザかチンピラかってくらい悪そうな見た目なんだが……? ゴツいアクセサリージャラジャラつけてるし、うわ、よく見ると入れ墨も入ってねえか?
明らかにオタクとはかけ離れた人種だと思うんだが、こんな男がメイド喫茶経営してんのかよ……。
「えーと、それじゃあ一人ずつ話を聞いていきますね。まず久住君から……」
「あ、はい!」
オーナーは一人ずつ、今までのバイト経験についてや、週に何回くらい、何曜日の何時から何時頃までのシフト希望か、などを聞いていった。
とにかく悪そうな見た目だが、話を聞いていると、この間二科に着いていった撮影会バイトの責任者、松原よりは、なんとなくだが、意外にもまともそうな印象を受けた。
言葉遣いも丁寧だし、バイト志望者への態度も柔らかい。
しかし、志望動機や自己PRもきちんと考えてきたのだが、他の志望者とのやり取りを見るにそんな話は一切されていない。バイトの面接って受けるの初めてだけど、結構適当なんだな……?
「それじゃあ次……一ヶ谷君」
「は、はい!」
「アルバイト経験は初めてで、基本的に平日は夕方以降、土日はどの時間でもOK、と……」
「あ、はい! 部活などは特にやってないので、平日は早ければ三時半、遅くても五時には入れます!」
とにかく雇われる面で良い点をアピールしなければと思い、発言した。
「なるほど。あ、学校こっから近いんだね。交通費あまりかからなくていいねえ」
「! あ、はい……」
「それから、自己PRに家で料理やってるって書いてあるけど」
「あ、はい! わけあって親と別々に暮らしてるので、料理は週に何回かしてます!」
「ほお、いいねいいね。うちはレンジでチンとかじゃなくて料理ちゃんと作って出してるから、料理できる子の方がいいんだよね。バイトで厨房経験があれば一番いいけど、家でやってるんなら大丈夫そうだね。あ、ってことは、門限とかないの? 夜何時まででも入れる?」
「え!? あ、はい……」
「あ、でも高校生か……。えーとじゃあ次、二科さん」
え、これで俺の番終わり!? マジで適当だな……。でも、自己PRに料理のことも書いておいて良かった。
二科も緊張しながらもしっかりと答え、無事にやり取りを終えていた。
「うん、いいね。じゃ、みんな合格。入れる人は明日から研修だから」
「え!?」
恐らく、その場にいる全員が驚きの反応を見せる。
は!? 全員合格!? 何、バイトの面接って、その場で合否出るもんなの!? このオヤジ、ほんと適当だな!
まあ、何はともあれ良かったけど……。
「あ、ありがとうございます! 宜しくお願いします」
他の志望者が挨拶しているのを見て、慌てて俺と二科も挨拶する。
「店長ー、西山君が今日体調悪いから休むって今連絡来て……」
「はあ? またかよ、あいつドタキャンは禁止だってあれほど言ったのに……」
「キッチンどーすんですか! 遅番私一人とかさすがに無理ですよ!」
カウンター付近で、メイド店員と店長が話しているのが聞こえてくる。気付けば、さっきまで一組いた客がいなくなっていて、客がゼロになっていた。
平日の夕方だと、そういうこともあるんだな。
客がいなくなったのをいいことに、完全に裏事情的な会話を堂々としていた。
「あー、俺も今日は途中から二号店の方に行かなきゃいけないからなー」
なんか揉めてるようだな。
「何、人足りないの?」
オーナーが、二人に声をかけた。
「はい、一人キッチンがドタキャンして……」
「そっか、じゃあちょうどいいから……君」
オーナーは突然俺たちの方をざっと見てから、チャラそうなイケメンのキッチン志望者を指さした。
「久住君、だっけ。キッチン経験者だったね。今日この後、時間ある?」
「あ、はい、まあ……」
「そしたら、店長に仕事教わって、早速研修も兼ねて入ってくれる?」
「えっ? ぼ、僕はいいですけど……大丈夫でしょうかね?」
「大丈夫大丈夫。平日だからそんなに客多くないだろうし、特別なことはないから。あーそれからついでに君……えっと、二科さん、で良かったっけ?」
「へ!? あ、はい!」
次いで、二科にも声をかけたので驚いた。
「君はバイト自体初めてなんだったね。君もこの後もし時間があったら、研修を兼ねて一時間くらい入ってくれる?」
「えぇ!? で、でも私、今入っても迷惑になっちゃうんじゃ……」
「今日は食器類の下げとお客さんと話すくらいでいいからさ。こういうのは慣れが大事だからね」
「え……、……わ、分かり、ました……」
二科は動揺しながらも承諾した。
「みるくちゃん、色々教えてやって」
「あ、はい……」
初日からこんなことってあるもんなのか……。二科の奴、めちゃくちゃ不安そうだが大丈夫だろうか。
「他の人は今日は帰っていいよ。ご苦労様」
「お、お疲れ様でした!」
二科は早速メイドから仕事を教わっていて、とても話しかけかれる雰囲気ではなかったので、声をかけずに先に帰ることにした。