【冒頭公開】同棲から始まるオタク彼女の作りかた 2巻

2-1

その週の土曜日。

 五条さんと遊びに行く日がやってきた。

あれ以降、金がなく新しい服を買えていないため、仕方なくオフ会の日に着ていった服を着る。

 こういうときに着ていく服を買うためにも、やっぱり早くバイト決めないとな……。

アプリやサイトでバイトを探しているのだが、今ひとつこれだ、と思えるバイトをまだ見つけられないでいた。楽しそうでも出会いがなさそうだったり、出会いがありそうでも仕事内容に惹かれなかったり……。


二科に言われたことを心がけて身支度をし、待ち合わせ時刻に余裕を持って家を出た。


「あ、一ヶ谷さん! お待たせしました!」

「……! あっいや、俺も今来たところだから……」

久し振り(といっても二週間程度だが)に生の五条さんを前にして、あまりの破壊力に動揺する。

 今日の五条さんは、黒髪をサイドテールに結び、白いセーラー服風のワンピースを着ていた。白いニーソックスから覗く絶対領域が眩しい。

 美少女度合いで言えば毎日同じくらいのレベルの人間と共に生活しているはずなのだが、清楚、可憐さが段違いだ。

 やはり彼女こそが俺の理想の女性だと確信する。

 それなのに俺は、前回なんてことをやらかしてしまったんだ。 

 今日こそは、絶対にうまくやらなければ……!

「? 一ヶ谷さん?」

「いや、あっ、ていうか……前回は本当にごめん! 途中で帰るなんて失礼なことしちゃって……」

「いえそんな、ほんとに気にしないで下さい♪ それより……今日、楽しみにしてました?」

「!? あ、え、ああ……」

 突如満面の笑みで俺の顔を覗き込んできた彼女に動揺し、挙動不審な受け答えになってしまった。

 初っぱなから、どこまで俺の心を掴むつもりなんだこの子は……!? 俺とのデートを楽しみにしてくれた、だって……!? どこまで本気の言葉なのだろうか?


「えっと、今日は……プラネタリウムに行くってことで良かったかな?」

「はい♪ プラネタリウムって、小学生の頃以来なので楽しみです」

 事前のDMで、水族館かプラネタリウムのどちらがいいか尋ねたところ、プラネタリウムがいいとの返事だった。

 俺の計画では、プラネタリウムを観た後、アニメイトにでも行こうと考えている。

 できればそこで、二科にアドバイスされた通り、五条さんが本当に好きなものというのを教えてもらい、五条さんのことをもっとよく知って、今以上に彼女と仲良くなりたいのだが……。

 まあ、前回本人が話していた通り、本当に好きなものが男性に人気のコンテンツなのであれば、こんなに嬉しいことはないが、彼女が例え何が好きでも受け入れられる自信がある。

 濃い腐女子を毎日近くで見てるし、あれ以上に強烈で濃厚な趣味ってのもなかなかないだろうからな……。


 チケット売り場に行くと、今行われているプログラムが掲示されていた。

「えーと、この時間だと、『ヒーリング スターリースカイ』と『真夏の流星群』がそんなに待たずに観られるみたい。『ヒーリング スターリースカイ』は人気声優がナレーションでお届けする癒やしの時間、『真夏の流星群』は人気アーティストの音楽をBGMに星空と音楽のコラボレーション、と……。どっちがいいかな?」

「『ヒーリング スターリースカイ』でもいいですか!?」

「え? あ、うん、勿論……」

 俺は正直どっちでも良かったのでいいんだが、随分即答だったな。

「えーと、ナレーションの声優は『梅原宗一郎』だって……五条さん、知ってる?」

「えっ……一ヶ谷さん知らないんですか!? 今最も勢いのある男性声優ですよ!?」

「!? あ、ごめん、俺男性声優にはあんま詳しくなくて……」

五条さんの声が急に大きくなって、一瞬びびる。

「……っ、あ、だ、男性はそうですよね! わ、私は、たまたま友達で男性声優に詳しい子がいるから知ってましてっ……!」

「あ、そうなんだ……?」

 五条さんが元の穏やかな笑顔になったのを見て、内心安堵する。

 一瞬すごい勢いで聞かれたので、何か気に障るようなことでも言ってしまったか? と驚いたが、そういうわけじゃなかったんだよな……?


 チケット売り場で「高校生二枚で!」とはっきり伝え、二人分のチケット代を払う。

「あ、一ヶ谷さんこれ……」

 購入を終えてすぐに、五条さんが俺にチケット代を渡そうとする。

「あ、いいよ! 今日は前回のお詫びで俺に払わせて」

 今日奢ると言うことは、二科にアドバイスされてから決めていた。

「え!? いえそんな、お詫びしてもらうほどのことじゃないですし……」

「いや本当に大丈夫! せめてこれくらいさせてよ」

「ほ、ほんとにいいんですか? じゃあ……ありがとうございます」

 五条さんは嬉しそうな笑顔で礼を言ってくれた。

 こんな笑顔が見られるなら、いくらでも奢ってあげたい、と思った。俺はこのために、最近ガチャの課金代や食費をケチって頑張ってきたんだ。


席に着き、並んで座る。

「…………」

 プラネタリウムって久々に来たけど……隣の人との距離、こんなに近かったんだっけ!?

 すぐ横に、少し手を伸ばせば身体に触れてしまう位置に、半分身体を倒した五条さんがいる。これって実質、二人で並んで寝ている状態と変わらないんじゃ……!?

 やべえ、めちゃくちゃドキドキしてきた。こんなんで、プラネタリウムが終わるまで持つのか?

「はぁ~、すっごく楽しみ……!」

「え!? ああうん、楽しみだね!」

 テンション高い声に五条さんの方をチラっと見ると、輝かしい笑顔で天を見つめていた。プラネタリウム、そんなに好きなのだろうか。

「あ、ひ、久し振りだから楽しみだな~って思いまして!」

「? う、うん……」

 なぜか少し焦った様子で言葉を付け加える五条さん。なんか、少し様子がおかしい? 気のせいだろうか。

 やがて場内が暗くなり、プラネタリウムの上映が始まる。

男性声優によるナレーションが始まったところで……。

「はあぁっっ!」

五条さんの興奮気味な声が聞こえてびっくりする。

 彼女の方を見ると、暗闇の中で口を抑えている五条さんの姿が見えた。

い、一体どうしたというのだろうか?

 俺が見ていることに気付いたのか、五条さんがこちらを見て、暗闇の中目が合った気がした。

 五条さんは口元から手を離してから、何事もなかったかのように天井に視線を戻したので、俺も視線を戻す。

 一体何だったんだ……?


「すっごく楽しかったですね!」

 プラネタリウムが終わると、五条さんは心から楽しそうに俺に言った。

「え!? ああ、うん、そうだね……」

 俺は最近少し寝不足気味だったこともあり、途中寝そうになってしまったのだが、言わないでおこう……。

 俺は結構退屈に感じてしまったが、五条さんはそんなに楽しかったのか。何にせよ楽しんでもらえたなら良かったが。

「えっと、この後なんだけど……もし良かったら、アニメイトにでも行ってみない? 場所も近いし……」

「あ、いいですね? 是非行きましょう!」

水族館が入っていたサンシャインシティを出て、向かいにあるアニメイトへと移動する。


「あっ、この漫画新刊出てたんだ!?」

 アニメイトに入ってすぐ、新刊コーナーに揃えている漫画の新刊が平積みされていた。

「あ、それ今期アニメやつですね。原作は読んだことないんですけど、アニメは全部観てます。面白いですよねー」

「面白いよね! アニメの出来もすごくいいし! 俺全巻揃えてて……でも、今日はやめておこうかな」

 手に取った漫画を、すぐに戻した。今俺は本格的に金欠なので、漫画を買う金も節約せねばならない。

「そうなんですか?」

「あはは、今ちょっと金欠で……バイト探してるんだけどさ」

「えっ!? それなのに奢ってもらちゃって……だ、大丈夫でしたか?」

「あ、それは全然大丈夫!」

 まずい、気を遣わせるようなことを言ってしまった……。

「そっか、アルバイトを……。あ! それなら、うちの系列店今バイト募集してますよ?」

「え……!?」

 五条さんのバイト先の系列店……? 五条さんのバイト先って、メイド喫茶だよな?

「メイド喫茶で俺が……!?」

「基本的にキッチンは男性なんですよ」

「ああ、そういうことか!」

 一瞬どういうことなのかと混乱したが、納得した。

「うちの店は割と王道なメイド喫茶ですけど、今度経営元が新しく『猫耳メイド喫茶』をオープンさせるんです。で、新しい短期のアルバイトを追加で数人募集してるんですよ。新人さんだけだと厳しいから、私も来週からそっちで働くことになってて」

「へ、へえ~……」

 メイド喫茶のキッチンか……その発想はなかった。

 その店で働けば、五条さんと同じ職場で働けるってことか……!

 それに、他にも可愛いオタクの女の子たくさんいるだろうし、オタク女子との出会いって意味で言えば最高の職場なんじゃないだろうか?

 ……って、俺は別に、五条さんと今以上に仲良くなれるならそれでいいんだが。

 それも、ずっと働くとなるとそれなりの覚悟がいるが、短期バイトであれば気が楽だ。

「新しいバイトってのは、男も女も募集してるの?」

「はい! ホールのメイドさんと、キッチンの男性アルバイトですね」

だったら、一応オタク男子との出会いもある、ってことか。とりあえず、二科にも提案してみるか。あいつのコスプレ趣味を生かせるバイトでもあるし。

「そっか。受かるか分かんないけど、ダメ元で応募してみよっかな!」

 バイト自体初めてなので様々な不安はあるが、五条さんを始めとした可愛いメイドたちに囲まれたバイト……うおおお、絶対やってみたい!

「ほんとですか? やったぁ♪ 一ヶ谷さんと同じバイト先で働けることになったら、すっごく嬉しいです?」

「……! ご、五条さん……」

 な、なんて嬉しいことを言ってくれるんだこの子は……!? そんなこと言われたら、その気になってしまう……。どこまで本気で受け取っていいのだろうか。

こうなったら何が何でも合格して、五条さんと同じ職場で働いてやる!


 内心めちゃくちゃテンションが上がりつつ、その後も俺たちは話しながらアニメイトの一階の新刊コーナーを見て回った。

 相変わらず五条さんは俺と趣味が合い、オタク男子が好きなものに詳しい。

 二科の『オタクなんだったら、何かすごく好きなものがあるはず』『それについてじっくり話を聞いてあげたり、同じものに興味を持ってくれたりしたら、めっちゃ好感度上がると思う』という言葉を思い出す。

 今日は五条さんの本当に好きなものを知って、それについて詳しく聞きたいと思っていたが……やはり彼女が本当に好きなものは、男性に人気のあるコンテンツ、ということなのではないだろうか。

 俺が自分の中で結論を出しかけていた、そのとき。


「あれ、まりこ氏じゃん!」


 近くで、大きな声が聞こえた。

 なぜか五条さんが、驚いた様子で声のした方へ振り返る。釣られて、俺も見た。

「あ、やっぱりそうだ! あ、もしかしてそうま君のアルバム予約しに来たの!? 今日からだもんね! 私今してきたとこ!」

 そこにいたのは……眼鏡姿に髪を一本結びにした、地味な女子であった。

 俺が言える立場ではないが、服装も地味で、見た目も喋り方も雰囲気も、まあオタクなんだろうな、という感じの女子であり……更に、一目見たら見逃せないアイテムが目に入ってきた。

 彼女が持つビニールバックの内側に、大量のキャラクター缶バッチが付けられている。所謂、痛バである。それも、かなり気合いの入ったものだ。

 これは、五条さんの友人か? 随分濃いオタクの友人がいるんだな。

 しかし今、五条さんのこと違う名前で呼ばなかったか? それに、そうま君のアルバム……ってなんだ?

「へ!? あっいや、ちが……」

 見ると、五条さんは今まで見たことのないくらい慌てふためいていた。

「やっぱ予約開始初日に来て正解だったね! 残り枚数すごい少なかったもんねー!」

五条さんの友人らしき女子は五条さんの声が聞こえていないようで、ペラペラ話し続ける。

「……っ!? 残り枚数少なかった……?」

 友人らしき女子の言葉に、突如五条さんの表情が固まる。

「え? うん。もう十枚もなかったんじゃないかな。え、まさか、まりこ氏まだ予約してないの!? 先月のバイト代つぎ込んで十枚は詰む! って意気込んでたのに!」

 予約? バイト代つぎ込む?

 五条さんは顔面蒼白で固まった後、思い出したかのように俺の方を見た。

 相当テンパった様子で自分の友人と俺の顔を見比べた後。

「ごっごめんなさい一ヶ谷さん! い、今からちょっとだけ、上の階のCD売り場に行ってきても……」

「え? ああ、別にいいけど……」

 突然のことに何が何やらさっぱり理解が追いつかない。

「お? まりこ氏の友達? 初めまし……」

「あ~~~~っ! ちょっと直子ちゃん、さ、さっきから、私のことをその名前……いや、変なあだ名で呼ぶのは……」

俺に声をかけようとしてきた友人の言葉を、五条さんが大声で遮る。

「変なあだ名? 何言ってんの、普通に名前で呼んでるだけ……」

「あーーっ!」 

五条さんは大声を出しながら必死な様子で自分の友人の肩を組み、なぜか彼女の口を手で塞いだ。

こんな様子の五条さん、初めて見たぞ……?

「い、一ヶ谷さん! ごめんなさい! あの、今日……大事な用を思い出しちゃって……ここで解散でもいいですか?」

「へ!? あ、はい、別にいいですけど……」

 五条さんの迫力に圧倒されて、思わず敬語で返答してしまった。

「本当にごめんなさい! 今日のお詫びは必ず何かの形でしますから! 今日はありがとうございました!」

 笑顔を作っているが、かなり焦っている様子だ。

 そう言って五条さんは、友人の口を手で塞いだまま無理矢理上の階へと引っ張っていった。

「…………」

 一人残された俺は、呆然とその場に立ち尽くす。

 い、一体なんだったんだ?

 まりこ氏? ってのが五条さんの本当の名前、なのか?

 CDを予約しようとしていたようだが、一体何のCDを予約だったんだ?

なんであんなにテンパってたんだ?

 全くよく分からないが、一つだけはっきりしているのは……。

 五条さん、俺に何か隠しているみたい、だな……?


 五条さんの趣味を理解するためにも、彼女が予約しようとしていたCDについて気になったが、さすがに後を付けたりする気にはなれず、仕方なく俺は一人帰宅することにした。 


その後帰りの電車に乗ったところで、五条さんから謝罪とフォローのDMが来た。すぐに、俺も前回途中で帰るなんて失礼なことしちゃったので気にしないで、という内容の文面を返信した。

 今日は夕食まで共にして、もっと仲を深めたいと思っていただけに残念だが……まあ、今後同じバイト先で働ける可能性も出てきたことだし、よしとするか。

 それにしても、あの五条さんの友人らしき女子が言っていたことは何だったのだろうか?

 まりこ氏、とか呼ばれていたが……ましろが本名じゃなかったのか? でもツイッターのアカウントの名前もましろだったから、もしかしたら本名じゃないのかもしれないな……。

 なんとか君のCDがどうのこうの、と言っていたが、それは五条さんの好きな芸能人か何かだろうか。

 名前の件にしても、CDの件にしても、なぜ俺に隠すのだろう。

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