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数日後。
「ここね……」
「ほんとにふっつーのマンションだな」
俺と二科は、学校の帰りに、秋葉原駅から徒歩七分程度の場所にあるマンションの前に立っていた。
俺が何のバイトに応募するか迷って、まだ応募すらできていない間に、二科が応募した撮影会バイトの写真とプロフィール審査合格の返信が来て、面接と試し撮りが決まったのだ。
「前にも言ったけど、あんたのことはお兄ちゃんってことになってるから、くれぐれも宜しく！」
「あ、ああ……」
二科も緊張しているようだが、俺の方も、兄のフリをしなければいけないことも含め、経営者がヤバイ奴だったらどうしようとか、色んな面で緊張するし不安にもなってくる。
二科が部屋番号を押し、『面接予定の２?です』と名乗る。
エレベーターで撮影会スタジオのある階まで上がり、部屋のインターフォンを押した。
「はいどうも、こんにちは」
中から出てきたのは、恰幅のいい中年男性だった。色が黒く、あまり清潔感はない。顔は、何を考えているのかイマイチよく分からない印象だった。
正直、第一印象はあまりよくない。
「こ、こんにちは！ 宜しくお願いします！」
「こんにちは……」
二科の挨拶に俺も続く。とりあえず部屋の中に入った。
「この撮影会を経営している松原です。えーと、２?さん……この名前は、コスプレネーム？」
「あっ、はい！」
「ちょっと読みにくいから、モデル名は変えた方がいいかもしれないですね」
「あ、そうですか……」
二科は緊張した面持ちで受け答えする。
「現在高校二年生……こういうバイトは初めて？」
「あ、はい！」
「衣装はあまり露出のないコスプレや私服のみ希望、と……。うーん、全く肌の露出しないとなるとあんまり稼げないですよ。うちは有名コスプレイヤーが多数登録してて、既に人気のある子でも露出の高い衣装ＯＫって子が多いですからね」
「あっえっと、そんなに稼ぎは気にしないので……」
「まあ始めたらもっと稼ぎたい、人気になりたい、って気持ちも出てくると思うから。そうなったら改めて衣装を考え直すのもいいんじゃないかな。とりあえず、衣装試着して試し撮りしてみようか」
「あ、はい……」
いきなり胡散臭いオヤジだな……ああやって露出したくないって子にも露出させたりするんじゃないのか？ やっぱり俺が来て良かったかもしれない。
「衣装はＳサイズね。じゃ、これとこれと、ここらへんが人気衣装かな。今日撮ったものを後で見てもらって、希望のものを宣材写真にするから、そのつもりで。はい」
松原という男が衣装を何着か適当に引き出しから取り出して、二科に渡した。
「あ、はい」
「更衣室は奥のあの部屋ね」
二科は衣装を持って奥の更衣室へと向かった。
この胡散臭いオヤジと二人きりか……気まずい、と思っていると。
「君、あの子の彼氏？」
「えっ！？ いえ、僕は兄で……」
「そう聞いてるけど、お兄さんがついてくるなんてまずないだろうからね。彼氏でしょ？」
「！ いや、その……」
やべえ、いきなり兄じゃないとバレてたのか……！
「まあ彼女がやりたいことなんだから応援してあげてよ。うちは変な撮影会じゃないからさ」
「は、はあ……」
いや、現時点で思いっきり怪しいんだけどな……。
そこで、スマホが鳴る。なぜか二科からラインが来ていた。
『二科心：ちょっと来て！』
「！？」
ラインを読んで驚いた。来て、って……着替えてる更衣室に！？ な、なんで！？ 一人で着られない衣装でもあんのか？
「あの、すみません、ちょっと……」
動揺しつつも席を外して、更衣室の方へと向かった。
「に、二科？」
更衣室の扉をノックをして呼びかける。
「入って！」
「い、いいのか……？」
「いいから！」
二科がそう言うので、緊張しながら扉を開けると、そこには……。
「！？」
少し前に流行った、『童貞を殺すセーター』らしき服を着ている二科がいた。
ノースリーブのグレーのセーターで、脇と背中がガッツリ空いているというエロい衣装だ。
「おまっ、なん……！？」
なんつーかっこしてんだよ！？ と大声を上げそうになって、気付く。
一瞬気付かなかったが、二科は肩紐のない白いチューブトップの上にその服を着ていた。露出対策のために下に着てきたのだろう。そのため、脇も背中もしっかり隠れている。
「こっこの服渡されたんだけど……露出したくないって言ってんのにこの衣装よこすとか、酷くない！？ 私が露出対策のチューブトップ持って来てなかったらどうするつもりだったのよ！？」
二科は少し赤くなりながら憤慨した様子で言う。
「マッ、マジかよ……」
三次元で『童貞を殺すセーター』初めて見たけど、改めて、なんという露出度だよ……。 チューブトップを着てるからいいものの、着てなかったら下着丸見え……。下着すらつけてなかったら横乳も背中も下の方まで丸見え……って、いや、そんなこと考えてる場合か！
「一応着てみたけどこんな服で撮影会なんて絶対できないし！ それに、他のも着てみたけど、もっと酷いし……！」
二科が別の衣装を持って顔の前で掲げる。
「うわっ！？」
思わず声が出た。
黒の猫耳に、黒いほぼ下着のような衣装であった。上は丈の短いチューブトップではあるが胸元がハートの形に空いていて、谷間が丸見えである。そんでもって、下は黒い紐パン……。
二科、これを一応着てみたのか。着なくてもヤバイ衣装だって分かるだろうに……。……って、想像すんな俺！
「私が思ってたコスプレ撮影会と違う！ こんなの着れませんって断っていいよね？ それとも、このくらい着られないとうちじゃ雇えないって意味？」
「だとしても、断れって！ 着たくない衣装着てでもバイトに受かりたいのかよ？」
「やだ！ 絶対無理！」
とりあえず俺と二科は、そのままの状態で更衣室を出て面接した部屋に戻る。
「あっ、あの……この衣装……」
二科が言いかけたとき。
「あ～、ダメですね。その衣装は下に何も着ないで着なきゃ意味ないんですよ」
チューブトップの上に童貞を殺すセーターを着ている二科を見て、松原は開口一番に言う。
「あっでも、さっきも言ったんですけど、私撮影会ではあんまり肌の露出したくないので……」
「今はそう思ってても、後からもっと稼げるなら着てもいいかもって思うかもしれませんよ。そういう子は本当に多いんです。だから今は公開せずに、とりあえず撮影しておいて、やろうと思ったら宣材として公開すればいいんですよ。それに、実際着たらどれくらいの露出なのかとか分かるためにも、写真を撮っておくことは大事ですよ。後から写真を見て無理だって思ったら、その写真は公開しない、撮影会で着るのもやめておく、ということにすればいいですから。撮影会と同じように撮影してあげますから、安心して下さい」
「いえ、あの……」
「や……やるつもりないって本人が言ってるじゃないですか！ 今もこの先も一切こ、こんな……露出度の高い衣装で撮影会なんて、やるつもりないって言ってましたから！」
思わず二科の代わりに言葉が飛び出した。
このオヤジ……なんかそれっぽいこと言ってるけど、結局自分が二科のエロい衣装の写真撮りたいだけなんじゃねえのかよ！？
「あのねえ彼氏さん？ あなたが反対して彼女の夢ややりたいことを潰していいんですか？ それはあなたの意見でしょ？ あなたがこんな衣装着るなって言ったんでしょ？ 絶対後で後悔……」
「……あっあのっ……ごめんなさい！ やっぱり撮影会、なかったことにして下さい！」
二科はその場で深く頭を下げて言い切った。
「え？ いや、突然何……」
「申し訳ないんですけど、話聞いてたら思ってたのと結構違って……私には少し難しいかなって思ったので！」
「いや、ちょっと、いきなり……」
「衣装、戻してきます！」
二科は狼狽える松原を無視して、慌てて更衣室へ向かった。
「お、おい……本当に良かったのか？」
更衣室の扉の前に立ち、二科に声をかける。着替えている二科の衣擦れの音が聞こえてきて、少しドキドキする。
「俺が余計な口出ししたのが悪かったなら……いてっ！」
いきなり扉が開いて、俺の顔面にぶつかった。二科がもう着替えを終えて出てきた。
「何言ってんの！？ いや、あれマジでありがたかったから！ 私の言いたかったことはっきり言ってくれて……」
「二科……」
俺たちはとりあえず、松原のいるリビングへと戻る。
「いやいやいや……本当に帰るの？ 撮影会やらないの？」
二科が一言「それでは失礼します」と松原に挨拶して玄関に向かうと、松原が引き留めてくる。
「あのねえ、コスプレイヤーとして有名になりたいなら、絶対にうちに登録した方がいいと思うよ。登録者はスタジオで僕が無料で撮影してあげるし、希望者は写真集だって出せる。それに実は、コスプレ関係の仕事だって僕のところによく依頼が来るから、撮影会で優秀な売り上げを出したモデルには直接コスプレの仕事振ってるし……」
「す、すみません……それでも、やるつもりないので……失礼します！」
二科は強い意志で断った。
松原は、イマドキの子は本当に考えが甘いよね～などとグチグチ文句を言い出していたが、二科と俺は無視してマンションを後にした。
「とんでもねえ撮影会だったな……」
「うん……やっぱり、楽しい思いしてそれなりにいい金額もらおう、って考えがダメだったのかな」
帰りの電車で、二科は少しうんざりした様子で呟いた。
「まあ、オタク趣味をバイトに生かしたいってのは悪くない発想だと思うけど……」
二科の考え方というより、あのバイト先に問題がある気がする。
「今日の撮影会、経営者があんな男でまともに営業できてんのかよ」
俺はスマホで今日の撮影会について調べた。
『撮影会 パルフェ ５ｃｈ』で検索すると、すぐに５ちゃんねるの【モデル・アイドル撮影会総合】という名のスレッドが引っかかった。
どうやら客側のカメラマン向けのスレッドのようだ。スレッドの最初の方に、撮影会の名前がずらりと並び、それぞれ評判などが書き込まれていた。
その中に、今日の撮影会の名前を見つける。
【パルフェ……セクハラ詐欺師松原によるぼったくり撮影会。登録してるモデルは大体松原にセクハラされたりエロ写真を撮られたりている。モデルの質はピンキリ。ショボいスタジオの割に価格設定は高い】
「うわっ……」
思わず声が出た。やっぱり評判最悪じゃねえか……！
「え？ 何、どうしたの？」
「これ……今日の撮影会の情報、ネットの掲示板に出てた」
二科にスマホを渡してスレッドを見せる。
「うわっ、マジだ……。『セクハラされたりエロ写真を撮られたりしている』って、やっぱそうなんだ！ ……あっ、元登録モデルのツイートのリンクも貼られてる！ 『※注意喚起 パルフェという撮影会は、主催者が無理矢理エロい写真撮ってきたり、しつこく連絡してきたり食事に誘ってきたりする悪質な撮影会です。モデル応募する際はご注意下さい』って……」
「お前、今日の撮影会、ネットに悪い評判なかった、とか言ってたよな？ 思いっきりあるじゃねえか！」
「えぇ～……『撮影会の名前、スペース、評判』で検索したときは何も出なかったのになー」
「検索の仕方下手くそすぎだろ！」
オタクにあるまじき情弱っぷりだな、こいつ……。
二科からスマホを受け取り、スレッドの続きを見る。
スレッドの最初の、各撮影会の名前と評判を一つずつ見ていく。評判が悪いところもあれば、いいところもあり……。
【青空写真会……屋外撮影会中心。大手が主催のためモデルの質も撮影会の段取りもスタッフも良質。屋外なのでエロ目的の写真は撮れない。作品撮りカメラマン向け。
キューティーガールズ……コスプレ＆私服メインの撮影会。スタジオは広いしまあまあいい絵が撮れる。衣装のエロ度は低め。スタッフが常に監視しておりボディタッチ、接写、ローアングル撮影などは厳禁。タレントやグラビアアイドルから有名レイヤー、コンカフェの人気店員などモデルのレベルは高い】
「なんか普通に良さそうな撮影会もあるぞ」
「えっ……」
二科にスマホの画面を見せながら渡す。二科は画面を食い入るように見ている。
「ほ、ほんとだ……！」
それから二科と俺はそれぞれ評判の良かった撮影会のＨＰを開いた。
「うわ、なんかＨＰの時点で『パルフェ』と全然違う！ めっちゃちゃんとしてる！ 撮影会のルールとか禁止事項とかしっかり書いてあるし……」
「つまり、お前の探し方が下手だったってことなんだな……」
「……っ！ な……！？ だ、だって……」
二科は俺の言葉に言い返そうとするも、何も言えなくなっている。
撮影会を探す時点で、俺も手伝えば良かったかもしれない……と、内心思った。
「次、他の良さそうな撮影会に応募してみるか？」
「うーん……それもいいけど、……。いや、やっぱやめとこっかな」
「え？ なんで？」
「今更だけど、よくよく考えたら、あんたの言うとおり、こういう撮影会系のバイトだと出会いとかなさそうだな、って……。趣味を生かすバイトって点ではいいけど、一番の目的は『バイトで出会うこと』だったって改めて思い出してさ」
「ほんと今更だな……」
「だから今度こそ、オタクの異性との出会いがあって、尚且つオタク趣味を生かせるいい感じのバイト、お互い早く見つけて応募しないとね！」
気合いを入れ直す二科を見て、案外今日のことで落ち込んでいる様子はなさそうで、内心安堵した。
「あ、あとそれから……」
「？」
「一ヶ谷……今日はありがと。あんたが来てくれてマジで助かった」
「……！ あ、ああ……」
二科が苦笑しながら俺に礼を言ったのを見て、やっぱり今日は俺がついてきて良かった、と改めて思った。
「よーし、帰ったらまたバイト探ししなきゃ！」
「ああ、俺もだ！」
俺も二科に負けないように、バイト探し始めないとな！
