【全文公開】同棲から始まるオタク彼女の作りかた 1巻

9-2

    * * *


 五条さんはああ言って送り出してくれたけど、きっと建前で言ってくれただけで、印象は最悪だろう。完全にフラグは折れてしまったんじゃないだろうか。

 秋葉原の駅へ向かいながら、二科に電話をかけたが繫がらない。

 二科は今日、新宿でお茶をすると言っていた。

 とりあえず新宿に向かう電車に乗り込んで、二科に『今新宿のどこだ?』とラインを送ろうとしたところ。

 二科からラインがあった。

『二科こころ:どうしよう……』

 どうしよう、って何だよ!? もうすでに、何か大変な目に遭ってるんじゃあるまいな……!?

 そこで新宿についたので、俺は電車から降りて二科に電話をした。

「あ、もしもし……」

 3コール鳴った後、二科が電話に出る。

「二科!? お前、今どこだ!?」

「え!? えっと、どこって……ミスドだけど……ばんびさんが今トイレ行ってて」

「ミスド? どこのだ!?」

「え? あ、ごめん、ばんびさん戻ってきた。じゃあね」

 そこで電話が切れてしまう。

 新宿のミスドをスマホで調べると、ミスドは東口を出たやすくに通りにあると分かった。

 行って会えるかも分からないし、会えてもどうにかできるかなんて分からない。だけど、行ってみないことには何もできない。俺はグーグルマップを使してミスドまで走って向かった。

 靖国通りのミスドにとうちやくしたが、店の中を探しても二人の姿は見当たらなかった。

「くそっ……おそかったか……?」

 相変わらず二科には電話しても繫がらない。電話に出ないところがますます不安をあおる。

 ここで立ち止まっていても仕方がない。俺はなんのために五条さんとのデートを捨ててまでここに来たんだ!? そう自分を奮い立たせて、店を出て走った。

 さっきまでミスドにいたなら、そう遠くへは行ってないはずだ。目を皿のようにして二科の姿を探しながら、靖国通りを走る。

「……!」

 しばらく走って、ドン・キホーテ前の信号待ちをしている二科の姿が目に入った。となりのばんびと話している。

「二科っ!」

「えっ……い、一ヶ谷!?」

 二科は走ってきた俺の顔を見ておどろく。

「え、な、なんであんたがここに!? あんただって今日、デートじゃ……!?」

「あれ? 君はパーティーのときの……」

「はあ、はあ、はあ……ぐ、ぐうぜんだなぁ!? ちょうど今、前を通りかかったもんで……」

 とつに、しらじらしい演技をしてしまった。なんでここまで来たのかと、聞かれても答えられないからだ。

「はあ? あんた何言って……。そんなわけ……」

「ふ、二人は、これからどこに行くんですか~!?」

「……僕の家で、今度のコス合わせの細かい打ち合わせをしようと思って」

 家、だと……!? やっぱりこいつ、二科を家に連れて行こうと……!?

 俺は驚いて二科の顔を見る。二科はひどあせった様子で、俺の顔を見ながら……。

「あ……え、えっと……ごっ、ごめんなさいばんびさん! 私、今日こいつと約束してたの忘れててっ!」

 二科がばんびに謝りながら、俺の方へ近づいてきた。

 やっぱり二科、困ってたのか!

「え……そ、そうなの? でも……今度有名レイヤー同士の合わせに君もさそおうとしてて、その打ち合わせとかしたいなって思ってたんだけど、それでもうちに来ない?」

 こいつ……じよじよほんしよう現して来やがったな!?

 俺が弱気でいたら、こいつも一歩も引きそうな気配がない。それなら……。


「お、俺は……この間のカラオケのパーティーで、トイレで偶然あんたの会話を聞いて……あんたのことが信用できなくて、二科が今日あんたと二人で会うって聞いて、心配でここまで来たんだ!」


 きんちようで声が裏返りながらも、俺は一気に言い切った。

「え……!?」

「……っ! ……ぬ、ぬすみ聞きなんて、ずいぶんあくしゆだね……。そこまで心配するなんて……一ヶ谷君、君は二科さんのことが好きなの?」

「そ、そういうんじゃない! お、俺とこいつは……一緒の目標に向かって共に頑張ってる大事な仲間で……戦友みたいなもんなんだよ!」

「戦友? 一体何を言って……」

「ごめんなさい、ばんびさん! 今日は帰ります!」

 二科がばんびに頭を下げたので、俺は二科のうでを引いてその場から立ち去った。


「ねえ、デートはどうなったの?」

 新宿駅に向かって歩きながら、二科が俺にたずねる。

「急用ができたって言って、切り上げてきた」

「えっ……それ、だいじようなの!?」

「それより……お前、どういうじようきようだったんだよ? 『どうしよう』って何だ?」

「えっと……ごめん、あんたが言ってた『ばんびさんはやめておいた方がいい』って……ちゃんと聞き入れたら良かった……」

 二科は暗い表情で申し訳なさそうに言う。

「コスプレの話した後、うちに来いって言われて……何度も断ったんだけど、変なことはしないとか、うちにあるコスプレ雑誌見ながら色々話し合いたいとか、ちようしつこくて……何度断っても聞く耳持ってくれないから、思わずあんたに、どうしよう、ってライン送っちゃって……」

「……! マジ、かよ……」

 やっぱり、けいばんに書かれていたことは本当だったんだ。

「あんたはあんだけ、ばんびさんはやめた方がいいって言ってきたのに……ごめん」

「……」

 ほんとだよ、と言いたかったが、俺は二科にばんびの本性について話してなかったのだ。話してない俺も悪かったと思い、何も言えなかった。

「それに……わざわざ来てくれて、ありがとう……。まさか私が送ったライン見て、ここまで来てくれるなんて思ってもみなくて……デートだったのに、台無しにしちゃって……ほんとにごめん!」

 二科はその場で俺に頭を下げる。

「いや……俺は、お前からのラインだけでここまで来たわけじゃないから」

「え?」

だまっててごめん。さっきちょっと言ったけど、実は俺、パーティーの日、ばんびがトイレで友達と話してるの聞いちゃって、あいつがロクなやつじゃないだろうってこと、分かってたんだ」

「さっきトイレで聞いたって言ってた話って、それ?」

「ああ。でも、お前が楽しそうにばんびのこと話してるの見てたら、どうしても言えなくて……。それに、具体的な何かを聞いたわけじゃないから。女にモテて調子にのってそうだとか、女を見下してそうってのが、会話から分かっただけで」

「そうだったんだ。だからあんた、あんなに必死にばんびさんはやめとけ、って……」

「それから、けんさくかけたら、あいつが女の子をしつこく家に誘ってくるやつなんだって情報が書き込まれててさ。それもあってここまで来た」

「書き込み?」

「ああ、これ」

 俺たちは新宿駅に着いて、電車の中の座席が空いていたので、となりどうに座って二科にスマホを見せる。

「! え……何、これっ……」

 二科は食い入るようにばんびについての記述を読んだ。

「これ、今日の私と完全に同じ手口じゃん! コスプレの話し合いをしようって誘って、その後しつこく家に誘う、って……」

「ああ、だよな」

「私、どんだけ男見る目ないんだろ……。あんたにも、あんなに忠告されたのに」

「……仕方ない、だろ。だって俺たちは、経験ゼロなんだから。失敗して当たり前なんだよ。見る目なんて、これから養っていけばいいだろ!」

「……! そっか……うん、そうだよね」

 二科は俺の言葉に、今日初めてがおになった。

「にしても、本当にばんびの家まで行ってがいった人っていんのかな。相当ごういんで下手くそなやり方に見えたけど……」

「ああ、確かにね……」

 つい気になって、掲示板の続きを見る。

 先ほどのスレの書き込みの続きが表示されていた。

『女レイヤーです。ば●びですが、あまりに家に来いとしつこいので、家まで行ったことありますよ』

「「おおっ!?」」


『そのときまではある程度好意を持っていたので、そういうことになってもいいと思ってましたが……想定外でした。自分が持ってるコスプレのファッションショーに付き合わされました。どれが一番似合うと思う? とか聞かれたり、感想求められたり、写真ってって言われたり。私のことは放置で自分のコスプレ姿に夢中で、ナルシストすぎて気持ち悪いので、帰りました。その後れんらくしつこく来ましたが全部スルーしてます』


「ぶっ……」

 思わず、き出してしまった。

「ちょっ……何、これっ……マジ!? うそでしょっ!?」

 二科は電車内なので声をおさえながらもばくしようし始める。

「あいつ……あんだけモテるためにがんっておいて、最終的にこれかよ!? めちゃくちゃ残念過ぎるだろ!」

 俺ももう笑いが止められない。

「こんなナルシスト男いいって思ってたなんて……やっぱりお前、全っ然見る目ないな~!?」

「うっうるさいなあ!」

 俺たちは笑い合った。

 またこうして二科と笑い合うことができるようになって、本当に良かった、と心から思う。


 もうすぐ地元の駅に着くというところで、何気なくスマホを見た。

「えっ……」

 画面を見て、驚く。五条さんから、DMが届いていた。

 一体なんでまた!? 内容は……。

『今日はありがとうございました♡ 一ヶ谷さんといると、本当に時間を忘れちゃうくらい楽しくて……。もし良かったら、今度はもっと長い時間いつしよにいられたらうれしいです』

 自分の目を疑った。

 フラグが折れたどころか……あんだけひどいことしたのに、むしろ今までより好感度上がってね!?

 なんなんだ!? 一体どういうことなんだよ!?

 全くよく分からないが、これは……まだワンチャンあるって思っていいのか?

 とにかく、きちんと謝罪とフォローして、今日のばんかいをしなければ……!


「ただいまー。あー、ただいまが言えるっていいよねー。最近この家の空気ほんと重かったー」

 家にとうちやくして、リビングのソファーに座りながら、二科が言う。

 ここ数日のけん中、二科も俺と同じような気持ちだったのか……。

「あんたとも、正直また仲直りできて、かなり安心したっていうか……。本当はばんびさんとのことも、けんしてなければ色々相談したかったし」

「……! そ、それは俺だってそうだ!」

 二科と冷戦状態だった数日で、俺にとってどれほど二科がたのもしい存在だったかがよく分かった。

「だから……改めて、これからもよろしく」

「ああ! こちらこそ、宜しくな! これからも……お前がオタク男の理想の彼女になれるよう、理想のオタク彼氏ができるよう協力する。だから、俺にも協力してくれ!」

「望むところよ! あんたのことも、ようしやなく指導してくからね! よっし、そうと決まったら、男子人気のあるキャラについてまた教えてよ! また新しいコスプレ衣装買いたいな~って思ってたとこだし!」

「ああ!」

「……あ、あと、とりあえず今日の夕飯は、あんたの好きなもの作るから。何食べたい?」

 二科が少し顔を赤くしながら言う。

「へっ? な、なんだよ急に……」

「その……今日、あんたが来てくれて、ぶっちゃけ、めっちゃうれしかったし助かったし、安心したから……それのお礼っていうか……」

「……!」

 こいつって、一見わがままで横暴な女だけど……なんだかんだ言ってやさしいし、りちがたい奴だよなあ。


 これから先も、俺には二科という心強い協力者がいる。

 一人ではできないことも、こいつといつしよだったら、できるような気がする。もっとがんれる気がする。

 理想のオタク彼女ができるまで、俺は二科心と、全力で頑張ってやるんだ。

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