【全文公開】同棲から始まるオタク彼女の作りかた 1巻

9-1

「今日友達と夕ご飯食べてくるから」

「あ、ああ……」

 オフ会の翌朝、事務的な会話だけを済ませる。俺としなは、昨日からこんな状態だった。


「はぁ~……」

 学校が終わった後、あいとファミレスで夕食をとった。あいと別れてから、駅から家までの道を歩きながら、大きなため息をつく。

 家に帰るのが気が重い。二科はもう帰っているだろうか。二人きりで暮らしているので、家の空気が重くなって仕方がない。

 折角、昨日オフ会で理想的な女の子と出会えて、本来だったら幸せでいつぱいのはずだったのに……。

 帰り道で、スマホのバイブが一回鳴った。

 ラインか? 二科からだったりして……なんて思いながらチェックすると、ツイッターのDMが来ていた。

 送り主は……『じようましろ』。

 五条さん!? マ、マジで!?

 あれから、れんらくを取りたいと思いつつ、何もできないでいた。

 興奮状態でDMを開ける。

『こんにちは~。昨日は色々お話しできて楽しかったです(絵文字)良かったら今度、どこか遊びに行きませんか?』

「えっ……えっ……!?」

 一人でいるのに、衝撃のあまり声を出してしまった。

 信じられない思いで、何度も読み返す。

 これは……デ、デートのさそい……ってことか!?

 あんなに可愛い子が、俺に……!?

 興奮状態で手がふるえそうになりながらも、あわててその場で返信した。

『こんにちは! DMありがとうございます! 俺も遊びに行きたいです!』

 送ってから、こんな返信で良かったのかと不安になる。

 ああ、二科とこんな状態でさえなければ、相談できたんだが……。

 それにしても、この現実が信じられない。彼女の方から連絡をくれて、しかも遊びに誘ってまでくれるなんて、夢にも思っていなかった。

 幸運すぎて、俺このまま死ぬんじゃあるまいな?

 興奮状態のまま、スマホを何度もチェックしながら、家路についた。


 家に着くと、二科の姿はなかった。もう部屋に移動したようだ。

 から上がると、ツイッターにDMが来ていたことに気付く。

『ありがとうございます♡ じゃああきばらブラブラお買い物とかどうですか?』

 すぐに、是非行きましょう、俺は今週の土日だいじようです! というむねを返信する。

『じゃあ土曜日にしましょう♡ すっごく楽しみにしてます(絵文字)』

 五条さんからのメールを読んで、信じられない思いで何度も読み返した。

 これって、夢じゃないよな……? 楽しみ……? 俺とのデートが……?

 サービストークなのか分からんが、天にものぼる思いだ。

 理想的な女の子と出会えただけでなく、向こうから連絡をくれて、トントンびようにデートまでこぎ着けることができたんだ。

 俺は今、最高のじようきようにいるんじゃないか。何を暗い気分になることがある。

 気持ちをなるべく明るく切りえて、俺は自室に入った。



 翌日。

 朝リビングに下りてくると、二科はもう起きていて、食パンを調理して食べていた。

「お、おはよう……」

「……おはよ」

 なんとなく話しかけにくくて、結局その後は全く会話がないまま準備をする。

いち……」

「……!?」

 洗面台で歯を磨いているとき、二科に話しかけられた。

 おどろいてり向くと、二科は俺の顔を見て少しだまって何かを考えた後、

「……なんでもない」

 と俺から視線をらし、自分の準備へと戻ってしまった。

 一体何だったのだろうか……?

 本来なら、今こそ二科に五条さんとのデートのことを話して、アドバイスをもらいたい。

 どこでデートしたらいいのか、デート中どう振るえばいいのかも分からない。

 いっそのこと俺から折れてしまえば楽なんだろうが……。



 その後、学校でも家でもあまり会話がないまま数日が過ぎていき……。

 ついに、その週の土曜日。

 五条さんとデートの日をむかえた。

 俺が朝十時に起きてリビングに下りてくると、すでに二科は洗面台の前でヘアアイロンでかみをセットしていた。

「ど……どこか出かけるのか?」

 少し思い切って尋ねる。

「あ……う、うん……。……ば、ばんびさんと、出かけることになって……」

 二科は言いにくそうにまどいながらも、そう言った。

 ばんび……って、この間のパーティーのイケメンコスプレイヤーだ。

「えっ……!? で、出かけるって……二人で!? どこに?」

「う、うん……新宿で、軽くお茶するだけだけど……」

「……ふ、二人ではさすがにちょっとやめた方が……」

「え……?」

 この間のようなけんにならないよう心がけて、なるべくひかえめな言い方で言う。

「あいつがどうのこうのってわけじゃなくて……前も言ったけど、よく知らない男と二人で遊ぶとかは、ちょっと危なくないか……?」

 当然、相手があいつだから危ないと思っているが。

「よく知らない人、ってわけじゃないじゃん。一度会ったことあるし。コスプレ合わせしようって話になって、その話してくるだけだし……」

 一度会ったことあってもほんしよう知らないだろお前! いや、俺が話してないからだけど……。俺が心配しすぎだろうか? こいつだって子供じゃないし……いくらなんでも、昼間に人目のある場所で会うなら大丈夫、だろうか。

「っていうか、あんたも今日休みにしては早くない? どっか行くの?」

「あ、ああ……今日、この間のオフ会で知り合った子と遊びに行くことになってて……」

「! それって、例の……?」

「ああ、まあ……」

「……そう」

 それだけ会話して、俺たちはまた準備にもどる。


 あのオフ会後、金がないので新しい服を買えていないため、オフ会と全く同じ服を着て行かざるをえない。仕方ないので、それ以外のかみがたや身だしなみをがんった。

 ぐうぜんにも出かけるタイミングがかぶってしまい、げんかんくつく。

「じゃ……」

「ああ、じゃあ……」

 二科が靴を履いている間に、バラバラに歩いた方がいいと思い、俺が先に歩き始めた、そのとき。

「あ、一ヶ谷……」

 二科に声をかけられて、少し驚いて振り向く。

「髪形……様になってるじゃん」

「……!」

 二科は少し笑って言う。俺は二科の言葉に驚いた。

「デート……頑張って」

 二科はそれだけ言うと、すぐに目を逸らした。

「あ、ああ……サンキュ」

 意外だった。

 俺に対しておこってたはずなのに、自分だってこれからデートできんちようしてるだろうに、なのに……俺にあんな風に声をかけてくれるなんて。



 待ち合わせ時間の五分前に、待ち合わせ場所である秋葉原でんがい口にとうちやくした。

「あ……お待たせしました!」

 待ち合わせ時間ちょうどに五条さんが現れた。

 明るいところで改めて見ると、やっぱりめちゃくちゃに可愛い。

 むなもとまでのさらさらのストレートなくろかみ

 白いはだに大きな目。派手すぎないナチュラルメイク。

 今日は、フリルブラウスに赤いリボン、黒のジャンパーミニスカートに、ねこがらのニーハイソックスを着ていて、茶色のかばんななめがけにしていた。

 控えめな胸の谷間に鞄のショルダー部分が通り、胸が強調されている。

 どこまでオタク男子のツボをついてくるんだこの子は……!?

 さらに、彼女からはほのかに石けんのようないいにおいがただよってくる。

「今日は来てくれてありがとうございます♡」

「えっ!? い、いえ、こちらこそ……っ!」

 がおでいきなり礼を言われて、どうようした。

 デートに誘ってくれたということは、少しは、俺のこといいと思ってくれていると考えていいんだよな……?

 いやでも、そう期待してしまう。


 とりあえず電気街口のオタクショップをめぐろうということになり、俺たちはまずアニメイトに向かった。

「今日は……一ヶ谷さんがどういう作品やキャラが好きなのか知りたくて、いつしよにアニメイトに行きたかったんです」

「……! そ、そうだったんですか……!」

 五条さんの言葉に驚き、いつしゆんでテンションが上がる。

 秋葉原で買い物しようと言ったのは、俺の好みを知りたかったから、って……? そんなに、俺に興味を持ってくれているというのか……?

 階段を上がり、キャラのグッズが売っている階を見ることにした。


「あっ一ヶ谷さん! 『アイステ』のさぎさわふみちゃんのグッズ売ってますよ!」

 フロアに着いた瞬間、五条さんが俺の二のうでを軽くつかんで声をかけた。

「!?」

 とつぜん身体からだれられて、びっくりして何も言えなくなる。瞬時に顔が熱くなるのを感じた。しかも、至近きよだとめっちゃいい匂いするし……。

「え、あ……ほ、ほんとだ! ……って、なんで五条さん、俺が文子しだって知ってるんですか!?」

「だって、ツイッターでよくつぶやいてるじゃないですか」

「……! ツイッター、見てくれてたんですか……?」

 五条さんが俺のツイッターを見てくれていたということに、内心感激した。

「あ、一ヶ谷さん、私より年上なんだから敬語じゃなくていいですよ?」

「そ、そう……? じゃあえんりよなく……五条さんも、アイステ好きなんだよね?」

「はい! たちばなありさちゃん担当ですけど、文子ちゃんも好きですよ♪」

「ご、五条さんって……え系とか美少女系にほんとくわしいよね」

「可愛い女の子大好きなんです~! あと、女性声優さんも好きですし」

 美少女好きの美少女、ってやつなのか……。なんてらしい!

「女子に人気がある作品とかは、好きじゃないの?」

「あ、そっちはあんまり詳しくないんですよね~」

 おいおいおい……どこまで俺の理想通りの子なんだよ!? いや、別に女子向け作品が好きな子が嫌だってわけじゃないけど……。

「友達はやっぱそういう作品を好きな女の子ばっかりだから、あんまり話が合う人がいなくて……だから、一ヶ谷さんとお話ししてみたいなって思って」

「! そ、そうだったんだ……!」

 それで今日、俺をさそってくれたのか……。

 知れば知るほど、五条さんは俺の理想の女の子で、こんな子が実際存在するものなのかとはや感動した。


 それから俺たちはアニメイトのなかをブラつきながら、たがいの好きな作品について語り合った。

 その後も五条さんとは本当に好きな作品がかぶることが多かった。さらに……。

「えっ……ご、五条さん、エ、エ……エロゲも知ってるの……!?」

 五条さんがグッズコーナーで有名なエロゲのタペストリーに反応したのを見て、俺は驚いてたずねた。

「はい……その、お兄ちゃんが美少女ゲーム結構持ってるので……」

 少しずかしそうに、五条さんが言う。

「そ、そそそ……そうなんだ……」

 こんなに可愛かわいい、清純そうな女の子が、エロゲまで知っているなんて……。その事実に、興奮がおさえきれない。

「基本的に、可愛い女の子がたくさん出てくる作品が大好きなんです」

 どこまで俺の……いや、全オタク男の理想なんだよこの子は……!?


「えっと、この後どうしよっか……」

 アニメイトを出た後、俺が五条さんに声をかけると……。

「……っ!?」

 五条さんが、俺の服のすそを軽く引っ張った。

「あっちに、私のバイト先があるんですが……良かったらそちら行きませんか?」

「エッあっはい! 行きます行きます!」

 あふれ出る萌えを必死に抑えながら、返事をした。

 なんだこの子、いちいち可愛すぎんだろぉ!?

 しかも、服のそでが長いから、指が少しだけ出ているという、所謂いわゆる『萌え袖』になっており……どこまでもオタク男子の理想をついてくる。


 五条さんが俺を連れてきたのは、有名なメイドきつだった。五条さん、ツイッターでたまにバイトが~って話題に出していたけど、メイド店員だったのか。

 五条さんのメイド服姿、めちゃくちゃ似合いそうだ……。見てみたい。

 俺は軽食を、五条さんはデザートをそれぞれメイド店員に注文する。


「すみません、ちょっと私お手洗い行ってきますね」

「あ、うん!」

 注文した後、五条さんが席を外す。

 俺は今一度深呼吸して落ち着いた。

 今のところ、ヘマはやらかしてない……よな?

 それにしても、五条さん、思っていた以上に俺の理想の女性像である。

 いちいちかい力がやばい。正直もうすでに好きだ。付き合いたい。けつこんしたい。

 だからこそ、今日何かやらかしてきらわれるのがこわい。

 五条さんは今のところ、俺のことどう思っているのだろう?

 そんなに悪い印象ではなさそう、だよな……?

 ああ、もう、今日の帰りに次のデートに誘うか、いっそ告白したいくらいの勢いである。……さすがにしないけど。

 不意に、スマホを見ると、ラインが一通来ていた。

「……!」

 二科からだった。

『デートどう? うまくやれてんの?』

「……っ!」

 こいつ、自分もデート中だっていうのに、このおよんでまだ俺の心配して……!?

 俺のことなんて気にする必要ないのに。それよりも、自分の身を守ることにてつして欲しい。

 あのばんびってレイヤー、さすがに初日のデートから二科に変なことしてこようとしたりしないよな……?

 今まで、五条さんとのデートが楽しすぎて忘れかけていたが、思い出すと不安でいっぱいになる。

 俺はふと思い立って、『bambi』スペース『コスプレイヤー』でググってみた。ばんびについて何か情報が出てくるかもしれない、と思った。

 最初の方にツイッターやコスプレSNSが表示され、さらに下にスクロールしていくと……。

「……っ!?」

 一ページ目の下の方に、『ナンパ師レイヤー一覧』というタイトルのページが引っかかっていた。

「お待たせしましたぁ~」

 そこで、五条さんがトイレからもどってきた。

 ああ、めちゃくちゃ気になる情報が出てきそうだったのに……。

「あ、ごめん、俺もトイレ行ってくるね!」

「はーい、いってらっしゃい」

 俺はあわてて立ち上がり、トイレへ向かう。

 尿にようもよおしたわけではない。けんさく結果の続きがどうしても気になってしまったのだ。

 男子トイレで、『ナンパ師レイヤー一覧』のページをクリックする。それは、大型けいばんのスレッドだった。

 スレを上から順に見て、必死でばんびの名前を探す。

「……!」

 あった。

『ばんびってやつもやばい。オフ会とか行きまくって女子人気高いコスで女りまくってる典型的出会いちゆう。ツイッターでもよく見ると女とやり取りばっかしてるよ』

 やっぱり、そういう奴で有名なんだ……。

 気になって更に続きを見る。

『ばんびは要注意です。コス合わせの話がしたいって誘われて行ったら、家に来いってめっちゃしつこい。私は年上だから断れたけど、押しが弱い子とか断れないんじゃないかと心配』

『>>632 私も同じ目にいました。で、断りました。行ったら完全にヤラれていたんだろうと思うとおそろしい……』

 マジ、かよ……。

 やばいじゃんこれ……確実に二科もそういうターゲットじゃねえか!

 やっぱりもっと強く止めるべきだった。トイレでの会話を、あいつに伝えるべきだった。

 とりあえず俺はあせって、二科に『ばんびはやばい! 今からでもげてこい!』とラインを送った。しかし、なかなかどくがつかない。

 ちからくでも止めるべきだと思い、トイレの中で二科に電話をしたが、つながらない。


「あ、一ヶ谷さん、だいじようですか?」

 トイレから戻ると、俺のトイレが長かったことを気にして、五条さんが俺に声をかけた。

 どこまでいい子なんだろうと思いつつ、俺はもう気が気じゃない。

「あ、ごめんね、待たせちゃって……」

「体調とか、大丈夫ですか?」

「うん……。……」


 五条さんは、俺にとって理想の女の子だった。

 今日のデートも楽しかった。このまま夜までデートしたかった。

 帰りぎわに、次のデートを決めたかった。このまま順調にデートを重ねて……付き合いたかった。


 だけど……。

 出かけるとき、俺に声をかけてくれた二科の顔を思い出す。

 こんな冷戦状態なのに、俺のおうえんをしてくれた二科。

 そもそも今日俺が五条さんとのデートにこぎ着けることができたのは、だれのおかげだ?

 ほかでもない、二科のおかげなんじゃないのか?

 二科といつしよじゃなかったら、そもそもあのオフ会に行けなかった。オフ会に行けても、自分みがきができていなかったから、自分に自信を持てず、誰にも話しかけられずに終わっていた。

 ここでこの場をはなれてしまったら……もう完全に五条さんとのフラグは折れてしまうだろう。

 だけど……。それでも、俺は……。


「あ、あの……ごめん! 俺……これから、今すぐにどうしても行かなきゃいけない場所ができちゃって……!」


 俺はその場で五条さんに頭を下げた。

「…………」

 頭を下げているため表情は見えないが、五条さんはだまっている。

「……?」

 不安になって、顔を上げた。

 五条さんは、無表情で、ぼうぜんとした様子で俺を見ていた。

 しかし俺と目が合って、

「あっ……そ、そうなんですか!?」

 と、すぐに笑顔になった。

 今いつしゆんおこったかな、って焦ったけど……そういうわけじゃないのか?

「あの……私、今日すっごく楽しくて、こんなに楽しかったのって久しぶりで……時間を忘れるくらいで……。だから、もう少しだけ一ヶ谷さんと一緒にいれたらなあ、って思ってたんですけど……」

「……!」

「でも……どうしても行かなきゃいけない大事な用だったら、仕方ないですよね……?」

 五条さんはさみしげながおで、俺をチラッとうわづかいで見た。

 こ、これは……もしかして俺を引き留めてるのか!?

 今日が楽しかった? もう少し一緒にいたい!?

 こんな可愛かわいい女の子がそんなことを言ってくれることなんて、この先もう二度とないんじゃないだろうか。

 俺は今日、今までの人生の中で一番運がいい日なんじゃないだろうか。

 このまま残れば、五条さんともっと仲良くなれるかもしれない。今帰ってしまったら、すべて台無しにしてしまうのかもしれない。

 だけど……。


 それで俺は、本当に満足なのか?

 二科を見捨てて、自分だけ幸せになって、それで……。そんなこと、望んでいない。

 共にがんるって決めて、協力し合うって約束して、二人でここまで頑張って来たんだ!


「うん……ごめん! どうしても今すぐ行かなきゃいけない大事な用なんだ」

 俺は自分の会計分のお金を多めにテーブルの上に置いて、五条さんに告げた。

「そう……ですか。分かりました。それじゃあ、くれぐれも気をつけて行ってきて下さいね」

 五条さんは笑顔で俺にやさしい言葉をかけてくれた。

「ごめん、ありがとう!」

 俺はメイド喫茶の出口へと急いだ。



「……っ、……マジふざけてる……何なの?」

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