【全文公開】同棲から始まるオタク彼女の作りかた 1巻

8

 ついにむかえた、オフ会当日の土曜日。

 俺はしなに言われたとおり、家を出る二時間前に起きて準備を開始した。二科に言われた全ての『清潔感のある身だしなみの整え方』をこうした。

 そして、二科に選んでもらった服を着る。

 すでに二科も起きているようで、部屋から物音が聞こえてくる。


 この一週間、俺は二科に「これを見ておけば大体のオタク女子と話が合う」と教えられた『ネクステ』のアニメを消化した。一応軽い会話くらいはできるだろうと思う。

 二科も二科で、俺が教えたオタク男子にウケるファッションを研究したり、オタク男子に人気があるコンテンツについて引き続き学んだりしていた。


いち、準備できた?」

 部屋から二科が出てきた。

「……!」

 二科は今日コスプレ参加だが、える前と後にもいい出会いがあるかもしれないと、オタク男子ウケのいいファッションに気合いを入れていた。

 いつも巻いているかみをストレートにし、はら宿じゆくで購入した童貞を殺す服を身につけ、いつものいメイクからナチュラルメイクに変えた二科は、全てのオタク男子を殺すことができるのではないかと思うほどだった。

「ふーん、ま、いい感じじゃない? って、私が選んだ服着てるんだから当然だけど!」

 二科は準備を終えた俺の姿を見て言う。一応められたと思っていいのだろうか。

「じゃ、行くわよ! 我らが戦場へ!」

「おう!」

 気合いを入れてから、俺たちは出発した。


 オフ会会場であるいけぶくろまで移動して、池袋のイベントスペースの前で、参加者の列に並んだ。

 今日のオフ会は、イベントスペースで行われるらしい。既にものすごい人数の参加者が並んでいた。


 受付を済ませて、二科はコスプレしように着替えるためにこう室へと向かった。

 その間一人になってしまい、心細く思いつつ、まずは今日のオフ会参加者をざっとながめた。

 オタクオフ会だというのに、可愛い子もイケメンもチラホラいる。

 今日の参加者にはコスプレ参加も割といるようだ。

 既に着替え終えているレイヤーがいて、可愛い子もいた。

 そこで、俺はめい的なことを思い出す。

 清潔感や見た目を整えて、オタク女子ウケがいいアニメもチェックしたが……知らない女性に話しかけるというスキルは、まだ身に付いてないということに。

 好みの女性を見つけたとして……そのとき、一体どうしたらいいんだ!?

 前にパーティーに参加したときよりは、二科のおかげで自分の見た目に自信はついているし、二科と話しているおかげで女子と話せるようにはなっているはずだが……。

 でも、こうして参加者の女性を眺めたところで、話しかけられるイメージがまるでない。

 その中でふと、気になる参加者を見つけた。

 コスプレ参加は女性ばかりなのだが、一人だけ男性のコスプレイヤーがいたのだ。

 顔立ちがあまりに整っているので女性の男装かとも思ったが、背が高いので男性だろう。

 グレーのスーツに、きんぱつ、色黒のとんでもないイケメン。あれは……俺らが子供のころから長きにわたって愛されている国民的アニメ、『迷探偵コンナン』の『小室透』というキャラクターのコスプレでちがいない。

 今年放映された映画も大ヒットで、今オタク女性人気ナンバーワンキャラクターといっても過言ではない、と二科に教わった。例にれず、二科も大好きなようでアニメを録画して毎週欠かさず見ている。

 そのコスプレイヤーの周りには、オフ会開始間もないというのに既に女性参加者が集まっていた。

 なんだよありゃ、あの男一人で女の子独りめじゃねえか、うらやましい……!

 俺も二科に女子人気が高いキャラを聞いてコスプレしてくるべきだったか……?

 いやでも、キャラを分かってないのにコスプレするのは一番NGだ、って二科が言ってたし、そもそも顔面レベルが残念な俺がコスプレしたところで残念な結果になるだけだ。

 やがて、更衣室から二科が出てきた。

 これでやっとぼっちから解放される……! と思い、二科のもとへ行こうとしたところ……男性二人組が二科に話しかけた。

「ユメノ☆サキですね!?」

「あ、はい!」

 さつそく、ユメノ☆サキのコスプレに食いつかれている。さすがとしか言い様がない。

 ここで俺が二科に近づいたら、完全にじやものだよな……? と思い、俺は二科のやや近くに行きつつ、適度なきよを取って話しかけずに二科の様子を見ることにした。

 その二人組以外にも、気付けば何人もの男が二科の周りに集まっていた。

 二科ってビジュアルだけはめちゃくちゃいいからな……それで男子人気の高いコスプレしたら、こうなって当然だ。

「あ、すみません、ちょっと友達待たせてるんでー……」

 しばらくの間集まってきた男性たちと会話していた二科が、会話を中断させた。

 そして、俺の方へ近づいてくる。

「ちょっと、なんで助けてくんないのよ!?」

「えっ……?」

 二科のセリフにおどろいて聞き返す。

「助ける、って……出会いのチャンスだったじゃねえか! それを俺が邪魔するわけにはいかないと思って、空気を読んで近づかなかったんだろ」

「出会いのチャンス……? あのね、前にも言ったと思うけど……好みじゃない人だったら、何人に話しかけられようと同じなのっ! その人たちとずっとしやべり続けなきゃならないなんて、イベントの時間は限られてるんだから、無駄な時間なのよ!」

 言ってることは分かるけど、ひでえ言いぐさである。

「つまり、あの中に好みの男性はいなかった、と……」

「いないに決まってんじゃん! ちゃんと見たの?」

 あんだけたくさん男に話しかけられて、その中に好みのタイプがいなかった、って……やっぱりこいつ、めちゃくちゃ面食いじゃねえか。

「俺からしたらそういうの分かんねえし……」

「あー、じゃあ、今度から好みの人がいたらあんたの方に向かってウィンクするから。そしたら空気読んで、仲を取り持つとか二人きりにするとかして! そうじゃなければ好みの人がいないってことだから、すぐ助けて!」

「どんだけ都合良く俺を使うつもりだよ!?」

「代わりに、あんたにも同じようにしてあげるって! 好みの女の子がいたら、教えてくれればあんたの代わりに話しかけてあげるし、仲も取り持ってあげる」

「ほ、ほんとかよ!?」

 救世主……! 二科様……!

「こういうときのための協力関係でしょ!」

「わ、分かった! 全力で協力し合おう!」

 なんてたよりになる戦友なんだろうか。これでもう、俺にはこわいものなしだ。

 そういえばソフトドリンク飲み放題だったのにまだ取りに行ってないことを思い出し、俺と二科は飲み物を取りに行こうとした、そのとき。

「待って、無理、やばい」

「……え?」

 とつぜん二科が、どこか一点を見てじんじようじゃない様子でつぶやいた。

「『ばんび』さんが……私の好きな男性レイヤーさんがいるっ! ししししかも、私のちようぜつ大好きな小室さんのコスプレしてるっ!」

 二科の視線の先を追うと、そこには先ほど俺がイケメンだと思った男性コスプレイヤーがいた。

「え、好きな男性レイヤーって……前にツイッターでからもうとしてできなかった?」

「そうそれっ! うそでしょ信じらんない! 生で見られるなんて……っ!」

 二科は興奮気味に両手で口を押さえた。

 なるほど、あれが二科の好きな男性レイヤーだったのか……。あれは確かに、面食いのオタク女子にはたまらないだろう。俺ですらこの会場に来て真っ先に目についたのだ。

「やばい! 生も写真と同じくらいイケメンなんだけどっ! 加工の力もあるだろうと思ってたのに現物も写真と同じレベルとかしんどい! やばい!」

 二科は興奮してその場でさわぎ出す。

「どうしよう、近くまで行ってとうさつしていいかな!?」

「いや、そこは交流しろよ! そういう場だろうが!」

「でも、あんなに女子が周りに集まってるし……。あんた同性だけど話しかけられる?」

「うーん……とりあえず近くに行ってみ……あれ?」

 気付けば、男性レイヤーはこちらに向かって歩いてくる。

 え? マジで俺たちの方に来てる?

「こんにちは~」

「「……っ!?」」

 男性レイヤーは、あろうことか俺たちに話しかけてきた。

「こここ、こんにちはっ!」

 二科はどもりながら必死にあいさつを返す。

「あ、ユメノ☆サキですね? 俺今めっちゃ好きなんですよね~」

「ほほほ、ほんとですかっ!?」

 二科のコスプレにられて、話しかけに来たのだろうか。

 イケメン男性レイヤーは、やわらかい話し方で、見た目も中身もモテそうな男だ、と思った。

うれしいです! 私もユメノ☆サキちゃん大好きで! 動画めっちゃ見てるので!」

 こいつ……俺が教えてやってコスプレして、動画も見るようになっただけだっつーのに。

 いや、でも……俺が教えたことが役に立ってるなら、教えたがあるってもんだ。

「そうなんですか~! コスプレ、よくするんですか?」

「え!? えっと……『アイステ』とかも好きで、コスしてます……っ!」

 二科はいつしゆんだけ俺を見てから、しどろもどろに答える。

「俺も『アイステ』好きですよ!」

「本当ですかっ!? あ、あの……『ばんび』さんですよね!? 私、実はツイッターフォローさせて頂いてましてっ……!」

「え、本当ですか!? まさかこんなところでフォロワーさんに会えるなんて……ありがとうございます。じゃあ俺のフォロワーにいらっしゃるんですね。俺もフォローさせてもらいます」

「へえぇっ!?」

 二科は驚きと興奮のあまりか変な声が出ている。

「ツイッターのアカウント、なんてお名前ですか?」

「えっと……トウーハートです……! あ、あ、ありがとうございます……! ああ、あ、あの、今日の小室さんのコスプレめちゃくちゃてきです! 私小室さん大好きでっ……! あと、ツイッターで拝見した『ネクステ』のかおるコスもめちゃくちゃ大好きで……! まさか今日生のばんびさんにお目にかかれるなんて感激すぎますっ!」

「えぇ? そんな……そんなにめてもらえると照れますよ。ありがとうございます。そっちのお兄さんは……友達ですか?」

 そこで初めて、イケメンが俺を見て声をかけてきた。

「そうですっ! ただの学校の友達です!」

 二科が腹立たしいくらいきっぱりと答える。

「イケメンですね~」

「……?」

 突然何を言われたのか一瞬理解できず、思考が停止した。

「……ん? え……?」

 俺が、イケメン? 何を言ってるんだこの男は? 頭だいじようか?

 イケメンなんて言われたの、多分生まれて初めてだぞ。

「メイクとかしたらすごいコスプレ似合いそう。今度いつしよに合わせしません?」

「……っ!?」

 そこでいきなり、イケメンが俺の顔をペタペタとさわってくる。

 その瞬間、キャアッ!? と小さい悲鳴が上がった。

 気付けば、二科をふくめた周りの女性たちが俺たちを見て、それぞれ口元に手を当てたりヒソヒソ話したりしていた。心なしかみんな口元がゆるんでいる。

 え……? な、なんだこのじようきようは……?

「イケメン×フツメン、いい!」

 どこからか女性の声でそんな声が聞こえて、おい、フツメンって聞こえてんぞ! とっ込みたくなったが、ブサメンではなくフツメンと言ってもらえただけまだマシなのだろうか……。

「え、えっと……そうですね、気が向いたら……」

 こんなイケメンと俺がコスプレ合わせなんかしたところで、完全に引き立て役になって終わりじゃねえか。

「もし良かったら、ラインこうかんしません?」

「へぇぇぇ!? い、い、いいいんですか!?」

 なんという急展開だ。まさか二科がこんなに早い段階で好みの男性……しかもあこがれの男性レイヤーとフラグが立つなんて。

 まあ元々、二科のスペックであれば、今まで出会えるチャンスがなかっただけで、いつそうなってもおかしくなかったのかもしれない。

「そっちのお兄さんも」

「え……!? は、はあ……」

 二科にだけライン聞いたらあからさまだから、俺にも聞いたのだろうか。

 俺は特にいつさいラインなんて交換したくなかったのだが、断るわけにもいかないので、それぞれQRコードを読み取ってラインIDを交換する。

「あ、俺……飲み物取ってきますね」

 これ以上ここにいて二科の邪魔をするわけにもいかないと思い、一度その場をはなれる。


 まさかオフ会開始早々、二科があんなに順調に進展するなんて……。

 正直俺は、あせっていた。

 このままじゃ、二科だけイケメンのラインをゲットして、俺は何もできずに終わってしまう。

 しかし、二科と離れて一人になった今、たった一人で女性に話しかけるなんて……まるでできる気がしない。

 少し離れた場所から、イケメンと二科に目を向ける。

 あのイケメン、完全に二科をロックオンしていたように見える。たくさんの女性に話しかけられていたのに、それをり切って二科の方までやってきた。二科に積極的に話しかけ、早い段階でラインまで聞いてきた。

 二科は二科で、元々憧れていた相手だ。

 あの二人……付き合うのも時間の問題なんじゃないのか?

 あの二人が付き合いだしたら……俺は今後、一人でがんらなければならない。

 買い物も、出会いの場を探すのも、出会いの場に行くのも、今まで二科が協力してくれたからやってこれたのに、これからは一人で……。

 考えたくないが……いつまでも二科に頼りっぱなしじゃだめだ、とも思う。これから一人で出会いの場に行かなければならないかもしれないんだ。一人話しかけるくらい、できなくてどうする。

 自分で自分を奮い立たせる。

 大変なのはきっと、最初だけだ。一度話しかけるようになれたら、できるようになるはず。

 まずは、周りの参加者をわたす。

 可愛かわいい子は、チラホラいる。それなりに好みの子だっている。

 が……やっぱり、可愛ければ可愛いほど、声をかける勇気がかない。きよされたらと思うと、立ちすくんでしまう。

 そもそも、可愛い子はすでに他の参加者と楽しげに話しているし……。

 だけど、ここであきらめてしまったら、前回のパーティーの二のまいだ。

 それに、あのときの俺と今の俺とでは、ちがうんだ。二科に指導されて、清潔感のある、好印象を持ってもらえる男になっているはずなんだ! 服だって、女子ウケする服を着られているはずだ!

 それに、女子に人気のあるコンテンツも二科のおかげで学ぶことができたのだから、オタク女子と話だってできるはずだ。

 そう思ったら、自信がついてきて、話しかけられるような気がしてきた。

 よし。まずは、だれでもいいから誰か一人、話しかけてみないと……!

(あ……)

 俺の前方に、一人の女の子の姿が目に入った。

 同い年くらいの子だが、少しぽっちゃりしていて、かみがたも服装もあかけない。

 彼女は一人でひまそうにスマホをいじっていた。

 ──いける。とつに思った。

 彼女と仲良くなりたいとか話したいとか、一切思わない。だけど、だからこそなのか……彼女であれば、話しかけられる。

 あれだけ暇そうにしてたら拒否されないだろうし、されたところで大して傷つかないだろう。

 まずは、自分から話しかけられるようになることが大切だ。そのために……失礼ながら、練習台になってもらおうじゃないか。

 俺は少しずつ彼女の方へと足を進める。

「こっ、こんにちはー」

 第一声は、思ったよりもきんちようした。

「……! どうもー」

 彼女は俺の方をチラッと見ると、無表情のまま言葉を返した。想像していたよりも反応が悪い。俺、こんな子にも拒否られるレベルなのか……?

「ひ、一人で来たんですか?」

 しかしここで引き返すわけにもいかないので、めげずに質問してみる。

「え? 一人で来るわけないじゃないですか。友達が今、飲み物取りに行ってて」

「は、ははは……」

 相変わらず表情一つ変えずに、あいのない低い声で言う。

 少し話しただけで、もうこれ以上この女と話したくないという気持ちが押し寄せてくる。だって、可愛くもない上に、性格まで悪そうなのだ。

 練習相手として少し話してみようとか思ったけど、それすらもキツイ。なんで俺、よりによってこの女に話しかけてしまったんだ?

 どうにかタイミングを見て離れよう……そう思ったとき。

「えるるちゃん、お待たせ!」

 一人の女性が俺たちのもとへやってきた。何気なく目を向けると……。


「……っ!」


 その姿に、思わず息をむ。

 ねこみみパーカーに、赤のチェックのミニスカートに、ニーソックス……という、『どうていを殺す服』とはまた違うベクトルでオタク人気の高いアイテムを身に着けていた、がらきやしやくろかみロングの美少女が、そこにいた。

 全体的に細くて小さくて、色白で、目がくりっとして大きくて、ほとんどメイクはしていないようなのに、人形みたいに可愛らしい。

 その女の子は、まさに俺の理想のタイプそのものだった。

「えっと、こちらの方は……」

「そこで話しかけてきたの」

 女が、ドヤ顔で言う。

「そうでしたかー、初めまして!」

 彼女は、がおで俺にあいさつした。

 めちゃくちゃ感じがいいし、声も可愛い。

「……っ! こ、こんにちはっ! よろしくお願いします!」

「私、じようましろっていいます」

「え、えっと、俺は一ヶ谷と申します!」

 あまりに好みのタイプの子だったために、もうハンドルネームなど名乗るゆうもなく、咄嗟に本名で自己しようかいした。

「そういえば自己紹介してなかったですねー。私は『ねこむらえるる』です」

 女が話に割って入ってきて、存在を思い出す。

 お前の名前は聞いてねえっ! つーかそれ、完全にハンドルネームだろ!?

 まさかこのタイミングでこんな美少女……しかも俺のストライクドンピシャな子と出会えるなんて、せきとしか思えない。とんでもないらい女に声をかけてしまったと思ったが……なんてついてるのだろうか。

 どうにかして、彼女のれんらく先を知りたい。まずは、話を盛り上げないと……!

 何か、話題、話題……。

「え、えっと……どんな作品が好きなんですか?」

 質問しながら、ここで女子人気の高い作品の名前を出されても、『ネクステ』であれば予習してきたから話を合わせられるはずだが、他の作品だったらどうしよう、と不安になる。

 二科の言っていたことをいまさら理解する。これだけ理想的な女の子を前にしたら、彼女が好きなジャンルなんてどうでもいい。どんな作品が好きだろうと、むしろ合わせたいと思う。BLが好きとか言われたら、BL勉強します! って気分になる。

 オタクしゆが合うことって、別にそんなに重要じゃないんだな、と改めて思う。

「えっと、ソシャゲだと、『アイステ』とか、『FG0』、『船これ』とか好きです。最近だと、『ガールズフロントオンライン』とか……」

「~~~!?」

 なんだと……!? 意味分かんねえぞ! 全部男子人気高い作品ばっかりじゃねえか!? こんなに可愛くて、オタク趣味も合うって……マジで理想の女の子すぎるんだが!?

「お、俺も、どれもめっちゃ好きです! 毎日やってます!」

「そうなんですか~っ!?」

「私は、『ネクステ』と『ソード男子』が好きですね。ソシャゲからやってるんでアニメから入ったニワカはちょっと無理で」

 またしても女……猫村えるるが話に割って入る。お前の好きな作品は聞いてねえ。

「同志の方に会えてうれしいです! 仲良くして下さいねっ!」

 五条さんは俺に満面の笑みを投げかけた。

 なんだこの子……めちゃくちゃいい子じゃねえかっ!?

 しかも、好きなものまで俺と同じなんて……こんな俺の理想通りの子が、本当に存在していいのか……!?

 こうして間近で見ると、見れば見るほど美少女だった。

 身長はおそらく百五十センチ程度に見える小柄で、声も話し方までも可愛らしい。

 本当に何もかもが、俺の理想通りだった。

 まさかオフ会初参加にして、ここまで理想通りの子と出会えるなんて……。

「あの……ツイッターやってますか? 良かったらつながりませんか?」

 どうにかして連絡先を……と思っていたそのとき、なんと五条さんの方からそんな提案をしてくれた。

「……っ!? へぁ!? あ、ぜっ、是非お願いします!」

 おどろきと嬉しさで、変な声が出た。手がふるえそうになる。

 これって、何かの間違いじゃないよな!? 美人局つつもたせとかあやしいかんゆうとかじゃねえよなあ!? あまりに上手うまくいきすぎて、心配になってくる。

 その場で、ツイッターのアカウントを聞いてけんさくし、フォローする。

『五条ましろ 高校一年生。キャス主。TikTok→●● アイステ/船これ/FG0/はなざわさん大好き♡』

 五条さんのツイッターアカウントの紹介文はそんな感じで、アイコンはりの可愛らしい写メだった。

「あ、高一なんですね!? 俺は一つ上です!」

「あ、ほんとですか?」

「私のツイッターはこれです。どうぞ」

 女……猫村えるるが、スマホ画面に映ったツイッターを見せつけてくる。お前のは聞いてねえ。さすがにそうも言えないので、仕方なくその場でアカウントを検索してフォローした。後でリムろうとしゆんに思う。

「今、一ヶ谷さんをフォロバさせてもらいました♪」

「ありがとうございます!」

「そろそろしゆうりよう時間になりまーす!」

 そこまで会話したところで、スタッフの案内が入った。

 気付けば、もうイベント終了時間五分前になっていた。

「あっ……やべ!」

 二科、どうなっただろう。スマホを見ると、五分前にラインが来ていたことに今気がついた。

こう室でえてるね!』

「お友達ですか?」

「あ、はい……」

「それじゃあ、私たちはこれで……お話しできて楽しかったです。ありがとうございました♪」

「こっこちらこそ! ありがとうございました!」


 五条さんと猫村を見送って、俺はトイレへ向かった。

 いや……こんなにうまくいくことって、あるのか? いまだに信じられない。

 初めて理想的な女の子と出会えて、会話できただけでなく、彼女の方からツイッターを聞いてくれるなんて……!

 テンションが上がりすぎて、今も心臓がばくばくいっている。

 今日……マジで、来て良かった。がんれば、奇跡って起きるもんなんだ。


 とうを燃やしながら個室で大きい方のトイレを済ませ、水を流したところ。

「お前マジすごいな~。女よりどりみどりじゃん」

「はは、コスプレは引き強いからな。特に『小室透』は、大体の女子好きだから」

「……!?」

 なんだかおんな会話が聞こえてきて、俺は思わず聞き耳を立てた。

 待てよ、この声って……。それに、会話の内容も……。

「結局ライン何人とこうかんしたん?」

「二十人くらいかな。明らかにお断りなのはさり気なくげたから」

「ははっ、さすがかりねえ~。なんか『ユメノ☆サキ』コスの可愛い子とも交換してたよな?」

「あー、あの子ね。すでに俺のこと好きそうだったよ。俺のファンらしくて」

「……っ!?」

 やっぱり、これ……さっきのイケメンレイヤーじゃねえか!

 しやべり方とか全然ちがうし、しかもこの会話内容……めちゃくちゃゲスくないか!?

 そんでもって、『ユメノ☆サキ』コスの可愛い子って……二科のことだよな!?

だれ行くの?」

「まだ一人にはしぼれないかな……。まずは色んな子とデートしてみないと」

「余裕のある男は違うわ~」

 ははは、と笑いながら、彼らは用を足してトイレを出て行った。

「…………」

 俺はしようげきのあまり、しばらくの間その場に立ちくす。


「ちょっと、トイレおそくない!? 何してたのよー!」

 トイレからもどると、既に着替えを終えた二科が俺に文句を言ってきた。口元はめっちゃニヤけている。

「あの後もずっとばんびさんと話せてさーっ! もうほんと今日来て良かった!」

「……そ、そうか……」

 二科の様子に、俺は思わず深いため息をついた。

 どうしよう、さっき聞いた会話のこと……言うべきか?

 二科のこの様子を見ていると、とてもじゃないが言いにくい。

 それに、さっきはなんてゲスろうだ、と思ったが……冷静に考えたら、別にあいつの発言は、最低のヤリチン出会いちゆう、というほどではないかもしれない。

 モテて調子に乗っていることは間違いないし、女子に上から目線なことは確かだが……。

「……? 何よ、深いため息なんかついて……」

「いや、その……」

 出口へ向かいながら、俺は周りにさっきのイケメンがいないことを確認する。

「あいつは、やめておいた方がいいと思う」

「……え?」

 きっと、さっきの会話のすべてを二科に伝えたら、二科は傷つくだろう。

 だから、さすがにそれは俺の口からは言えない。

 でも、だからといってあんなやつとの仲を全面的におうえんするわけにはいかない。できれば、やめさせたい。

「な、なんで?」

 二科は意外にも落ち着いて俺にたずねた。

「……様子を見てたんだけど、すごい人数の女子とライン交換してたし……」

「あんなイケメンだったらモテるだろうし仕方なくない?」

「あと、こういうイベントにああいうコスプレで来るってことは、女をる気満々、っていうか……」

 実際、本人がそう言ってたし……。

「……! それは私だって同じだし……モテようとするのは悪いことじゃないでしょ! それに、本人は作品とキャラが好きだって言ってた! あんた、ばんびさんがあまりにイケメンでモテモテだったからしつしてるだけじゃないの!?」

「なっ……!?」

「それに、あんたがそう言うなら言わせてもらうけど……さっきあんた、可愛かわいい子と話してたよね!? あの子の方が……なんかやばい気がする」

「あ……!?」

 それってまさか、五条さんのことか?

「直接は話してないけど、話してるところ何度か見て……めっちゃ声作ってるし、かなりの人数の男と話してたし、そもそもあの服装といい、完全に『オタサーのひめ』そのものじゃない?」

「なっ……!? お、おま……直接話してもないのによくそこまで言えるな!? あの子はめっちゃいい子で……」

「ふーん、やっぱあんた、あの子ねらってたんだ?」

「なっ……!? あのなあ……じゃあもう、勝手にしろよ……!」

 二科の言い方にムカッときて、俺はそう言い返し、俺たちはその後、パーティー会場から別々に帰った。


 俺は二科のことを思って言ってやったのに、あんな言い方された上に、五条さんのことまで悪く言われるなんて……!

 俺は今日、五条さんのような理想の女性と話すことができたのは、二科のおかげも大いにあると思っていた。二科が身だしなみや服装にアドバイスしてくれ、オタク女子に人気のある作品を教えてくれたから、自分に自信が持てて、女子に話しかけることができた。そして五条さんが俺に友好的に接してくれたのは、二科に言われたとおり見た目をみがいたから、ということも大きいのではないかと思う。

 だから……二科に理想の女の子と出会うことができたことを報告した上で、感謝の気持ちを伝えようと思っていた。

 それなのに、あんな風に言われるなんて……。


 その日から、俺と二科の冷戦状態が始まった。

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