7-1
「やっぱり、ネットでの出会いなんて当てにするもんじゃないわ……生身の人間に会ってなんぼよ」
朝からものすごく低いテンションで、朝食を食べながら、二科が
やっとネトゲ
ネトゲにハマっていたときは、リアルで会わないから関係ない、とか思って全くやる気が出なかったのだ。
今後はちゃんと、リアルでオタク女子と出会える、オタク女子からモテる努力をするんだ!
鏡に向かって、二科に習った通りにワックスで
「で、できた! どうだ!?」
「んー、まあ最初の
二科は先日のネトゲでの悲劇からまだ立ち直ってないのか、テンションが低く、俺の髪形に対しても大して関心がなさそうだ。もっとちゃんと見て欲しいのだが……。
「
教室に
毒さえ
「なんか髪形
俺の髪をじろじろ見て、あいが言う。
二科はあんなに無関心だったのに、あいはすぐに反応してくれるなんて……やっぱこいつ、見た目だけじゃなく中身も可愛いよな。ま、男だけど……。
「まあな! ワックスでセットしたからな!」
「そんな
「ま、マジか……」
「でも景虎、最近
あいが、片手を俺の額にあてて俺の前髪を持ち上げて言う。
「おう、よく気付いたな!?」
二科は何も言ってくれなかったが、眉毛も最近弄っている。二科に教わったとおり、眉の周りの毛は
「ど、どうよ?」
「前のボーボー状態よりはいいけど……なんか変だよね」
ここ数日間の努力をなんか変、で片付けられてしまった。
そういえば……ふと、あいの顔を見る。
二科が言っていた『清潔感』、あいは最初からあるよな。
眉毛も綺麗だし
「あい、お前は……彼女
不意に気になって、
こいつだって、こんなに身なりを整えてるってことは、モテたいとか彼女が欲しいって思ってるってこと……なんだろうか。こんな姿でも、男なわけだし。
「え? 何
そもそも、こいつって女子を好きになるんだろうか? 自分より可愛い女子じゃないと
「景虎は、定期的にうわごとのように彼女ほしー、って言ってるよね」
「うわごとじゃねえよ! 心からの
友達に
「えっ!? 僕のレイヤー友達
「さすがに
「っていうか、マジレスすると、コスプレで合わせするくらいだから、友達ってほど仲良くないんだよねー」
「そうか……」
あいに紹介してもらう線も
「ああもう、オタクってどうやって彼女作ってんだよ!? マジで分かんねえ……」
「んー、そういえば……レイヤーさんで、オフ会でオタク友達とか彼氏とかできたって話聞いたことあるけど」
「オフ会……!? オフ会ってあの、何か一つのコンテンツのファンが集まって、それについて語り合うっていう……?」
「そういうオフ会もあるみたいだけど、その人が彼氏できたって言ってたのは、
「そんなもんがあんのかっ!? あっでも、そういうのって……またどうせ十八歳未満参加禁止なんじゃ……?」
「え、その人は普通に女子高生だったけどね」
「マジでっ!?」
高校生も参加可能で、オタク同士ジャンルフリーで交流できる、だと……!?
俺と二科が求めてたものは、まさにそれじゃねえかっ!
「あい、めっちゃ有力な情報ありがとうなっ!」
「ちょ、きょ、
俺が勢い余ってあいの
その日の授業中、俺は教師に
「二科ァ! ついに
帰宅後、リビングの電気がついていたので二科がいることを確信し、興奮気味に
「えっ、何!? テンション高っ、ウザッ……」
「ほら、これを見ろ!」
二科の暴言をスルーして、俺はスマホでオフ会の情報ページを開き、二科に渡した。
それは、
オタクのオフ会について調べたところ、
「『東京のオタクが交流する会』……?」
「
「……っ! あんたマジで有能だわ。このSNSもう何年もやってなかったけど、ログインする! パスワード
俺はその場でSNSのそのオフ会のコミュニティに入り、参加表明を押した。
二科は結局パスワードを思い出せず問い合わせてなんとかログインして、参加表明することができたようだ。
「そうと決まれば……服、買いに行かなきゃね」
「ああ……!」
「私は……やっぱり、『ユメノ☆サキ』ちゃんのコスプレで行こっかな。コスプレ参加可能ってあったし、せっかく買ったし、コスプレしたら他の女の子より目立てそうだし!」
「いいんじゃないか?」
「でも……それとは別に、オタク男子が好む服装も、買い物行ったとき教えてよ」
「え……」
「オフ会でいい人と出会えたら、その後デートしようとかってなるかもしれないじゃん!? そのときのために、買っておきたいなって!」
「ああ、そうだな!」
元々二科の素材はいいのだから、ファッションや髪形、メイクを変えればオタク男子に好かれる見た目になれること間違いなしだ。
「じゃ、
* * *
その週の土曜日。
家を出ると約束していた一時間前に、俺は起きてリビングへ行く。
「……!」
二科が
「おはよ、
「ああ、おはよ」
俺の方を
白いレースのブラウスに、ピンク色の
いつもの二科の格好と百八十度違って、
さらに……いつもの二科のメイクと違って、ナチュラルメイクだった。
いつもと違って
しかしまた、なぜこんな格好を……!? 今日はオタクの出会いの場に行くわけではないのに……。
「何、じろじろ見て……な、何か言いたいことあるならさっさと言えば? じ、自分で清楚な格好しろとかナチュラルメイクにしろとか言ったくせに、いざやったら似合わないとか文句言い出すんじゃないでしょうね……!?」
「はあ!? 何言ってんだよ! 言うわけねえだろそんなこと! めっちゃ似合ってるし今までの格好の何倍もいいっつーの!」
思わず、声を大にして言い切った。
こいつまさか、自分で似合ってないとか思ってんのか!? どんだけ自分で自分のこと分かってねーんだよ!
「えっ!? あ、そう……?」
俺の言葉に、二科は
「でも、なんでまた……?」
「ちゃんとオタク男子ウケする格好、今から勉強しとかないと、って思って、自分が持ってる中で一番あんたが言ってたことに当てはまる服探し出したの。大分前に買って、もう今は趣味が変わったからずっと着てなかった服だけど……じゃあ、こういう感じでいけば悪くないってこと?」
「悪くない! 全くもって悪くない!」
「悪くない、って……もっといい
「ああ、分かってるって!」
俺と二科は電車を乗り
原宿なんて、テレビで見たことある程度で、降りるのは初めてだ。
「今日なんだけどさ、なるべく安めに済ませたいんだけど、
生活費やオタク活動に
「じゃ、とりあえず『WEGO』でいいかなー」
二科はそう言って、原宿駅の『
店の中にはお
「おお、確かに安い!」
ディスプレイの服の値札を
「なるほどな、みんなこういうところで服買ってんのかー」
二科が俺を無視して服を物色しているので、俺も店の中の服を一通り見て歩く。
「おっ、この服とかいいな!」
赤と黒の
「……」
俺が服を手に取ったのを、二科が目をカッと開いて
「もしかしたら……お洒落上級者だったら、どうにかしてその服を
「え、ちゅ、中二……」
「なんでこんなにたくさん服がある中で
二科は信じられないというような表情で俺の選んだ服を見て
そんなに強く否定されると、自分のセンスってそんなにやばいのか、とさすがにショックを受けざるをえない。
「えっと……あ、じゃあ、これとか!?」
次に、今度は緑と黒のチェックの前ボタンのシャツを見つけて、それを手に取る。
「……その服も、お洒落な人が着ればお洒落なのかもしれないよ? でもあんたが着たら、オタクがオタクファッションしてるだけだよ? そのチェックのシャツにリュックに眼鏡とかだったら、
「なっ……」
二科に言われて、そのチェックのシャツを今一度見ると、確かにそんな気がしてくる。
「くっ……で、でも、そんなこと言ったら、お洒落な
「そんなことないわよ。例えばこの服……」
二科が持ってきたのは、白い
今まで俺が選んだ服と比べたら、ものすごくシンプルだ。
「こういうシンプルなシャツに、すっきりしたジーンズとか、そういうんでいいの!」
「そ、そうなのか……? なんか、地味じゃないか……?」
「ゴテゴテして派手な方がマイナス! 雑誌か何かで読んだんだけど、人は自分と同じようなファッションの異性に
「な、なるほど……」
二科の言ってることはとても
二科は
「他には、これとか、これとかー……」
二科が他に持ってきた服は、白と
「分かった! じゃあ、これ買ってくる!」
ぱっと見て、自分的にも気に入った、グレーのパーカーを早速買うことにした。
「ちょっと待った! 買う前にちゃんと試着して!」
「え、試着? 試着って、そんなに大事か?」
正直いちいち試着するのは
「当たり前でしょ! 買う前に試着するなんて基本中の基本だから! 服は、ジャストサイズで買うのがお洒落の基本なの! ぶかぶかだったり、逆にぴちぴちだったら、どんなお洒落な服でも台無しだから!」
「な、なるほど……」
「それに、着てみたら似合わないってことも大いにあるから!」
「そ、そういうもんか……」
二科に細身の黒のジーンズを渡され(スキニージーンズというらしい)、トップスと合わせて試着することにした。
「うーん、そのシャツ、Mでも少し大きい気がするけど……Sサイズってないのよね」
俺が試着して出てくると、二科は俺の姿を見て
「はは、俺、細いってことか~、参ったな」
「別に細いって、いいことじゃないから」
「……え!?」
二科がきっぱりと断言するので、俺は
「男子は、マッチョってほどじゃなくてもいいけど、ほどよく筋肉がついてるのが一番モテるの! 周りの子、大体そういう体型の男子が良いって言ってるし。ガリガリはもやしって感じで不健康的でむしろモテない!」
「マ、マジかよ……!?」
もしかして、文化部より運動部がモテるのはそういうこともあってなのか?
「パンツは、まあちょうど良さそうね」
「ああ、ウェストがちょっと
「予算が余ったらベルトも買うわよ」
「わ、分かりました……」
「あ、後で
「わざわざ捨てる必要はねえだろ!?」
とりあえず二科に言われるがままに、トップスとパンツを購入した。
俺の買い物が大体終わったところで、今度は二科の服を買いに行くことになる。
せっかく試着したので、そのまま着て帰ることにした。着慣れないお洒落な服を着てこんな街を歩くなんて、
「お、おお……」
『アマベルクラシック』というそのブランドは、まさに俺のイメージしている『
「うわー、生で見るとすごいなー……確かに可愛いは可愛いけど、自分では絶対選ばない……」
「そうだな……あ、これとかまさにいいな!」
俺の童貞センサーにビビッとくる服を見つけ、思わず手に取った。
レースのブラウスに、えんじ色のハイウェストなジャンパースカートのセットだ。
「これぇ~!? 確かに可愛いけど……こんな服着て友達に会ったら絶対バカにされそー!」
「友達に見せるわけじゃないんだから、別にいいだろ」
「うーん……まあそうだけど……」
二科は不満げにしつつも俺から服を受け取り、試着室へと向かった。
こんな店に一人取り残されて、
「ほ、ほんとにこれでいいわけ!? 全然似合ってないけど……」
「……!」
二科の姿を見て、思わず息を
二科は
「ちょ、ちょっと!? 何
「似合わないわけねえだろおがあああ!? めちゃくちゃかっ……あ、え、えっと、今まで着てる服よりずっとオタクウケいいから!」
「え、ほんとに……!? これでウケ悪かったら
この姿の二科を見て、可愛くないと言う男がいたら、そいつがB専なのではないかと本気で思う。
二科は不安げだったが、俺の強い後押しにより、その服を
「せっかく試着したから、私もこのまま着て帰ろー」
「……!」
二科の言葉に、少し
それから竹下通りの靴専門店で、俺の靴を二科が選んだ。
今まで履いたこともないようなお
「あとは……
「残金はあと二百円ちょっとだな!」
「そしたら……分かった、オフ会は手ぶらで行きな」
「手ぶらっ!?」
「下手な鞄だったら持たない方が百倍マシ、ってクラスの友達が言ってた。男子が私服で鞄持たないのって結構好評みたいよ」
「マジかよ……荷物どうすんだ?」
「ズボンのポケットに
「え!? 手持ちそんだけ!?」
「それだけあれば十分でしょ」
それがカッコイイリア
荷物がそんなに少ないなんて大分勇気がいるが、確かに俺はお世辞にもカッコイイとは言えない中学の時から使っているリュックとショルダーバッグしか持ってないので、二科の言うとおりにしておいた方がいいだろう。
「ふうー、これで準備バッチリだな!」
「あ……ねえ、あんたこの後なんかある?」
「? いや、特にねえけど……」
「せっかく新しい服買ったし、このまま帰るの
「……! あ、ああ……」
ちょ、待てよ……? なんかそれって、デー……いやいやいや!
「インスタ映えするアイスとかスイーツ売ってるお店があってー、一回行きたかったんだよね!」
「あ、おい、ちょっと待てよ!」
テンション高く歩いて行く二科の後を、はぐれないよう必死についていく。
それから