【全文公開】同棲から始まるオタク彼女の作りかた 1巻

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    * * *


「ただいま」

 翌日。学校帰りに地元のドラッグストアで身だしなみを整えるために必要な物をすべこうにゆうした後、帰宅する。

 家に帰ると、リビングで二科がパソコンにかぶりついていた。

 二科のPC、自室からリビングに移動させたのか。なんでまた?

「…………」

 二科はおかえりも言わずに、自分のPCに向かっていた。

 ムッとしてよく見ると、二科はヘッドフォンを装着していた。

 だんはヘッドフォンなんて着けていないのだが、めずらしい。

「ん……?」

 さらによく見ると、パソコンの画面には見覚えのないゲームの世界が広がっていた。

「おい、何やってんだ?」

 二科の背後に回り込んで声をかける。

「ひゃっ!? 帰ったなら帰ったって言ってよ!」

 二科はやっと俺の存在に気付いてヘッドフォンを取ってり返った。

「ただいまって言ったけど、お前が無視したんだろ。なんでリビングでPCやってんだよ」

「部屋だとWi‐Fi弱いから」

「え……もしかして、ネトゲやってんのか?」

 近くに来てPC画面を見ると、どうやらオンラインゲームをやっているようだ。

 確かにネトゲをやるには、ルーターがあるリビングでPCをやるのが正解かもしれない。

 ネトゲか……。中学の時二回やったことがある程度で、そこまでのめり込まなかった。

 二科がネトゲなんて、全くイメージにない。というか、ソシャゲ以外の本格的なゲームをやっているところ、初めて見た。

「お前、ネトゲとかやるの?」

「初めてやった。めっちゃ操作しづらいんだけど……あんた、こういうの得意?」

 画面上の二科のキャラは、キャラメイクだけはゴテゴテとかざっていてっているものの、ネトゲに明るくない俺でも分かるくらい、動きが明らかに初心者丸出しだった。

「なんでいきなりネトゲなんて始めてんだよ?」

「『フレンズ』やめたし、また新しい出会いの場を見つけなきゃ、って思って、会ったことないけどツイッターでよくからむ、彼氏いるフォロワーさんに聞いてみたの。どこで彼氏と出会ったんですか? って。そしたら……彼氏とネトゲで出会ったらしくて!」

「……! それで、さつそく出会い目的でネトゲを始めた、と……」

 じゆんすいにネトゲを楽しんでる人間からしたら、とんだよこしまやつだな。出会いちゆうとか言われても文句言えねえぞ。

「色々くわしく話聞いてたらさ、めっちゃすごくて。いつもネトゲ内で助けてくれて、いつしよに戦ってた人と、実際に会ったらこいに落ちた、って言ってて……やばくない? ちようロマンチックじゃない!?」

「ま、まあ、確かにそうだけど……」

 その人はゲームを楽しんでいたらぐうぜんいい出会いがあったんだろうが、出会おうとして邪な目的でゲームを始めたところで、果たして上手うまくいくのだろうか。

「とりあえず、初心者かんげいのギルドに入れてもらえることにはなったんだけどさ……。あ、この後早速そのギルドで一戦行くみたい」

「ふーん……」

 気になったので、そのまま後ろから様子を見学することにする。

 集まったギルドの人数は二科を入れて七人ほどだ。

 進んで行くとステージが変わって、敵であるそれなりに大きなドラゴンが目の前に現れた。せんとうが始まる。

「今んとこ、初心者は私だけなのよねー」

「ふーん……、……ぶほっ!?」

 二科のキャラは、なぜかドラゴンとはちがう方向に進んで行く。

「お前、何してんだ!?」

「あー、また間違えた、まだキーボードの操作覚えらんなくてさ~」

 行きたい方向にすら行けないレベルの初心者が、果たしてこういうクエストに参加してだいじようなのだろうか?

「あ、やっと敵に……キャーッ!?」

 今度はやっと敵に近づいたかと思ったら、正面から何のぼうぎよこうげきもなく堂々と近づいていき、もろこうげきらった。

「そりゃあそうなるだろ!? お前ネトゲ向いてないよ!」

「まだ始めたばっかなんだから仕方ないでしょ!?」

「始めたばっかでも、人には向き不向きってもんがあってだな……」

「じゃーあんたもこのギルドに入って私をフォローしてよ! あんたもネトゲ始めたら、いい出会いとかあるかもしんないじゃん!」

「……! と、とりあえず……そんなに言うならやるだけやってみるか……」

 俺は言いながら、俺は自室からノートPCを持ってきて、二科がゲームしているカウンターテーブルのとなりで、PCの電源を入れた。

 確かに二科の言うとおりかもしれない。

 二科の下手くそっぷりじゃ出会いどころじゃないだろうが、それよりマシな俺だったら、少しはそういうチャンスがあるかもしれない。確かに、ネトゲで恋人ができたって話は俺も聞いたことがある(知り合いにではなくネットのけいばんまとめで、だが)。

 とりあえず二科がやっているネトゲ『レジェンドレッドドラゴン(つうしようレジェドラ)』をDLして、インストールする。

 その間にも、二科はかいな動きをり返すばかりで戦闘ではいつさい何の役にも立たず、死にまくっていた。

「ふう、やっとインストできた。まずはキャラメイクか……」

 性別は女性を選び、キャラの造形のせんたくに移る。

「えっ……まってまってまってなんで今当たり前のように女キャラを選んだ?」

「え? ああ、俺はいつもこういうゲームするときは女の子のアバター選ぶんだよ」

「なんでネカマ仕様がデフォなわけ!? おかしいでしょ!?」

「女キャラの方が、自分好みの美少女キャラにできて楽しいだろ」

「あんたさあ、一応このネトゲでいい出会いしいって思ってんのよね!? なのに女キャラ選んでどうすんの!? 女キャラ選んだら女の子との恋なんて始まるわけがないよね!?」

「……! た、確かに……」

「バカなの!?」

 確かに、女キャラ使ってたらつうは女だと思われてしまうだろう。

 二科の的確なみに素直になつとくして、俺は男キャラを選び直すことにした。

 なるべく無課金の中でも格好いいパーツを選び、キャラメイクを終えた。

 チュートリアルで操作方法を覚える。過去にネトゲはやったことがあるので、すぐ慣れた。

 それから二科が入っているギルドに入れてもらうことができ、早速一戦行くことになる。

 軽くギルドのメンバーとあいさつわすと、二科が加入しているギルドは、初心者歓迎のギルドなだけあって、みんないい人たちでとても助かった(もっとも、そうでなければ二科みたいな問題児を受け入れないだろう)。

 ギルドは俺とほかにもう一人だけ男がいるだけで、あとの七人のメンバーは全員女子キャラのようだ。

 みんなやさしかったが、特に『ゆめみやすみれ』という名前の、ツインテールにフリフリした服装というロリ系の可愛かわいらしいアバターを使っている女性と、『アイスクイーン』という名前の、長身に水色の長いかみを持った年上お姉様系のアバターを使っている女性は、新参者の俺にとても友好的に接してくれた。

 このゲームは基本的に、会話はチャットのみで、相手の声が聞こえることはない。

 二人とも、チャットでの話し方や顔文字の使い方など、キャラのアバターのイメージに近く、とても女性らしく可愛らしかった。

『夢宮すみれ:かげやんさん、初心者とは思えないくらいお上手ですねっ!〓』

『アイスクイーン:今日から一緒にがんっていきましょう』

「今まで女子キャラしか使ったことなかったけど、男キャラでやってみるのもいいもんだな……」

 今日は特に、俺以外の一人の男性は来ていなかったため、軽くハーレム状態だった。男が一人というのは少し気まずくもあるが、正直、悪い気はしない。

 ちなみに、かげやんというのは俺のハンドルネームだ。

「夢宮さんとアイスクイーンさんって、めちゃくちゃ優しいな……こんな女性がいるものなのか……」

「ちょっ……あんた初日にしてもう女の子が気になってるわけ!? そんなんじゃ出会い厨って言われても仕方ないわよ!?」

「べっ、別にそういうつもりなわけじゃ……っていうか、お前にだけは言われたくねえよ!?」

 その日は夜六時までネトゲ『レジェドラ』をやって、夕飯のたくがあるので俺だけ先に落ちた。二科はその後もやっていたようだ。


「ほら二科、夕飯できたからそろそろゲームやめろ」

 夕食ができあがり、俺はお前のオカンかよ、と内心思いつつ、ネトゲ中の二科に声をかけた。

「やばい……」

 ゲームをけて、しよくたくへやってきた二科がつぶやいた。

「え、何が? また死んだのか?」

「めっちゃかっこいい……」

「え……?」

 気付けば、二科の目はハートマークになっていた。

「ほら、うちのギルドもう一人男の人いたでしょ!? 『ブラックレイン』って人なんだけど、さっきその人がログインして、初めて会ったんだけど……めっちゃかっこよかったの!」

 二科は興奮気味に言い切った。

 二人で食卓につき、とりあえず食事を始めながら、会話を続ける。

「かっこいい、って……キャラ造形が、ってことか?」

「いや、それもあるんだけど、しやべり方とか戦い方とか、全部! めっちゃ強くて、超助けてもらっちゃった! ほんと格好良すぎて泣いたー!」

 二科はテンション高く興奮状態で語る。

 おい、待てよ……こいつ……。

「お、お前……その『ブラックレイン』って奴に、れたのか?」

「えっ……!? いやいやいや、いくらなんでも、さすがにまだ顔も見たことない人に惚れるなんてさすがにあり得ないって!」

 二科は俺の言葉をあわてて否定したが、その必死な否定っぷりが逆にあやしい。

 そう、二科の言うとおり、まだ顔を見たことがない相手に惚れるなんて、おかしな話なのだ。


 その日は夕食を食べて片付けを終えた後、俺と二科はまた『レジェドラ』にログインした。

 ぶっちゃけ、『レジェドラ』がめちゃくちゃ楽しくてハマってしまった……というわけではないのだが、ギルドのメンバーがみんな優しいので、どちらかといえば、そのメンバーでもっと戦いたい、と俺も二科も思ったのだと思う。

 二科の言う『ブラックレイン』は、確かにキャラ造形がイケメンで、だれにでも優しいが、特に女の子には異常に優しいというフェミニストだった。こんな奴実際にいたらモテるだろうなあ……というか、ネット上でもすでにモテてるし。


 翌日からも、俺たちは毎日のようにネトゲにログインするようになった。

『アイスクイーン:かげやんさんおつかれ様です! 今日はイン早いですね?』

『かげやん:今日は授業が四限目までだったので!』

『夢宮すみれ:高校生って授業多くて大変だよねー』

 ギルドのメンバーとはどんどん仲良くなり、おたがいのことを知っていった。

 特に夢宮すみれさんとアイスクイーンさんはその後も積極的に俺に話しかけてくれ、色々と教えてくれたり助けてくれたりして、俺も二人に対してどんどん心を開いていった。

 夢宮すみれさんは大学生で、アイスクイーンさんはフリーランスで働いているらしく、二人とも俺たちより長い時間ログインしていた。

 俺は、教えてもらったり戦闘で助けてもらったりしたお礼に、少額課金して、アイテムや装備品を二人にプレゼントするようになった。そのたびに彼女たちは、おおなくらい喜んでくれ、そんな反応を見ると、もっと喜ばせてあげたくなった。

 これが、好きな人にくす喜び……ってやつなのだろうか。

 月に俺がづかいとして使える金額は決して多くないが、ソシャゲの課金や食費なんかをおさえれば、もっと二人にプレゼントできるようになるかもしれない。


 二科は二科で、最近気付けばゲーム内でブラックレインと二人でいつしよにいることが多く、格好いいだの何だの、常にキャーキャーさわいでいた。

 俺も、おそらく二科も……いつの間にかゲームの中にいる時間が、とても幸せな時間だと感じるようになっていった。


「あのギルドのメンバーでオフ会とかやんないのかな……」

「! いいじゃんそれ! やって欲しい!」

 その日、夕食が終わった後、俺が何気なく言った言葉に二科が大きく賛同する。

 最近、そんなことを思うようになった。特に、現実で夢宮すみれさんとアイスクイーンさんに会ってみたいと強く思う。

 きっと二人とも、アバターのイメージ通り可愛らしくれいな女性なのではないか……と、どうしても期待してしまう。

「でも高校生な上に一番新参者の俺たちが、『オフ会やりましょう』なんて言える立場じゃないよな……」

「んー、確かに……でも、ブラックレインさんに会ってみたいな~。何か方法ないかなー」

 二科、完全にハマってるじゃねえか……。顔も見たことない人に惚れるとかありえないとか言ってたくせに……。

「あっそういえば、昨日さり気なく本名聞けたんだよね! なんか調べたらインスタとかツイッターとか出ないかな!?」

「お前、そういうのってネトスト……」

 二科は俺の言葉など耳にも入っていない様子で、さつそくスマホでブラックレインの本名をけんさくかけ始めた。

「あっ……『faceフエイスbookブツク』出てきた! プロフィール全体公開してる!」

「えっ、それって本当に本人なのか?」

「うーん、プロフ画像が顔写真じゃないから分かんない……今までの日記とか見るかあー……」

 二科はもくもくとスマホを下にスクロールしている。

「あっ、日記に『レジェドラ』のこと書いてる! これ絶対本人だ!」

「マジか!」

 二科は一気にテンションが上がった様子で、スマホを食い入るように見ている。

「あっ、写真あっ……」

「え……?」

 二科が写真あった、と言いかけたような気がしたのだが、言い終わらないうちになぜかスマホをいじる手が止まっている。

「なんだよ、どうした?」

「…………」

 二科はしばらくその場でこうちよくした後、いきなり食卓にせてしまった。

「ちょっ!? いきなりどうし……」

「写真、あった……」

「え? ああ、良かったじゃねえか」

「しかも、うちらがギルドに入る前、あのメンバーでオフ会やったってときの写真が出てきた……」

「マジ!? そしたら夢宮さんとアイスクイーンさんの写真も!? つうか、何でそんな反応なんだよ……」

 二科は食卓に伏せたまま無言で俺にスマホをわたしてきた。


「…………!?」


 俺は二科からスマホを受け取り、一目画面を見たたん絶句した。

 そこには、オッサンとオッサンとオッサンがいた。

 眼鏡のオッサンと、太ったオッサンと、禿げたオッサンだった。全員恐らく三十代から四十代くらいの、とんでもなくえないオッサンだ。

「日記の内容見れば分かると思うけど、左の人がブラックレインさんで、真ん中が夢宮すみれさんで、右の人がアイスクイーンさん……」

「ふぉあああぁぁぁぁぁっっ!?」

 ショックのあまり自分でも聞いたことがない声が出た。

 写真には、きちんとタグ付けがされており、オッサンたちの写真に『やまとし(夢宮すみれ)』と『とくたかし(アイスクイーン)』という、わざわざ本名とハンドルネームの両方が表示されていた。


 その日以降、あまりのショックに、俺も二科も二度と『レジェンドレッドドラゴン』にログインすることはなかった。

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