6-1
「はあ……」
翌日の日曜。
俺は自宅のリビングで、ソファーに
昨日はなんだかんだ言って楽しかったけど……これでまた、振り出しに
正直、かなり期待していた。『Kさん』こそが、理想の女性だと。このままもうすぐ理想の彼女ができると。
それが、
ぶっちゃけ、もうあのアプリで
どちらにせよ、俺は『Kさん』……というか
あのアプリ以外で、新しい出会いの場を見つけるべきだろうか。
「ただいまー」
「ああ、おかえり……」
二科は買い物をしてきたようで、大量の
「やばー、めっちゃ買っちゃった! 今月は節約しないとなー」
二科は、生活費や学費の
俺は生活費から余った分をオタク活動費に回しており、それも大した額ではないので、
「これやっぱめっちゃかわいー! しかも絶対私に似合うー!」
気付けば、二科は全身鏡の前で服を広げて自分の胸に当てていた。
「おい、なんでここで……」
「だって仕方ないじゃん、リビングにしか全身鏡ないんだもん」
「そうだけど……」
二科は三着ほど袋から出し、自分の
しかし、いつも思うが……。
「ほんとお前が好きな服って、オタク男ウケしないような服ばっかだな」
「……え!?」
今二科が着ているのは、
そして今広げている服も、色は黒や赤などの
昨日は散々俺の服装をディスってくれたが、こいつの服装だって、『オタク男子からモテる』という観点で見たらダメダメだ。
「なっ……!? そんなこと言ったらねえ、あんたの服装だってクソダサすぎるし……いや、それより何よりあんたの場合、根本的なところがダメだから!」
俺の言葉に二科が逆ギレし始める。ちょっとダメだししてやっただけなのに、どんだけ
「根本的なところ……ってどうせ、顔とか言うんだろ? そんなの俺の努力じゃどうにもならな……」
「ちっがぁぁぁぁう! ほんっとそういうとこだよ! 考え方からしてダメ! 全く努力してないうちからそういうこと言うとこ!」
「なっ……!? じゃ、じゃあ一体なんだって言うんだよ?」
「清潔感っ! あんたにはその一番大事なものが
二科は俺にビシッと指を差して、力強く言い切った。
せ、清潔感……?
「いや、お前も知ってると思うけど、俺これでも毎日
「それは『本当に清潔かどうか』でしょ!? そうじゃなくて、清潔感! あのね、これは大事なことだから絶対覚えて欲しいんだけど……とにかく好印象を持ってもらうには、一に清潔感二に清潔感、三四がなくて五に清潔感だからっ!」
「せいけつかん……」
思わずオウム返しした。二科の力強いセリフが、脳内に直接
「まず
「……!」
確かにそんなところ、あまり気にしていなかった……。
「それに
「そ……そういうところって、そんなに大事なのか?」
「あったり前でしょ!? 顔より服よりも、清潔感がまず一番大切だから! しかも、清潔感って努力
「顔より、服より重要……? いや、それはさすがに言い過ぎじゃ……」
「いやいやいやいや! ほとんどの女子が私と同じ意見だと思う!」
マジで……? そしたら、モテるために一番大切なところは努力でどうにでもなるってことなのか……?
「じゃ、どうすりゃいいんだよ」
「あー、分かったわ、今後、実際に出会いの場に行くこともあるだろうから、今日はあんたに、
「わ……分かった!」
上から目線の二科の言葉に腹が立ったが、もうこの際背に腹は
「まずは、そうね……清潔かどうかじゃない、って言ったけど……大前提として、実際に清潔かどうかは確かに大事。できれば毎日朝にお風呂に入って、身体も頭も清潔になること。朝風呂の方が
「ふーん……」
朝風呂か……朝はできればギリギリまで寝てたいんだが……。
まあ、毎日じゃなくても、出会いの場へ行くときやデートの日だけでも朝風呂にしてみるか。
次に俺にデートなんて日が
「それから、次は肌。男女ともに、肌が
「皮膚科か……ニキビだけでそこまですんのか」
「皮膚科に行くだけで千円前後でニキビ治るんだから、めっちゃいいでしょ!」
とりあえず、規則正しい生活を心がけることと、化粧水を薬局で買うか……。確かに
「それから次! 鼻毛と眉毛は、
「鼻毛と眉毛……」
「あんたもしかして、手入れしたことないんじゃない?」
「……っ!」
図星だった。
「
二科はスマホで何かを
そこにはイケメン俳優のアップの写真がある。
「後でこの画像送るから、これを参考に眉毛整えて。あんたの顔の形だったら、この眉毛の形が似合うと思うから」
「まじか。なんかすげえなお前……」
「本当はこんくらい自分でできるようになってよ! それから、次、
「あ、ああ……」
「ちゃんと美容院でカットしてもらうこと! 私がいつも行ってる美容院教えてあげるから。ちょっと高いけど、めっちゃ
「お風呂入った後の髪の
二科が洗面所へと移動するので、
「ほんとは髪
「え!?」
「まず
二科が俺を鏡の前で屈ませて、後ろからヘアセットをし始める。俺の髪を弄りながら指導するなんて思っていなかったので、
「お、お前……なんで男の髪までセットできるんだよ?」
「自分でもいつもワックスとかでヘアセットしてるから、髪の長さが
「そういうもんか……」
「ちょっと、ちゃんとやり方見てる!?」
「え、あ、ああ!」
やばい、二科に髪を
「硬めのワックスで全体のボリュームが出せたら、
「うん、なるほど……」
二科の手元を見つつ、スマホにメモを取るのを再開する。
「ほら、今のあんたのダサい髪形でも、セットしただけでもマシになったでしょ」
「……! す、すげえ……。リア
鏡を見て、感動する。
髪形を整えただけでも、こんなに印象変わるもんなのか……!
「こんくらい自力でできるようになりなよ」
「あ、ああ……練習してみるわ」
「それから、次はー……歯と
「口臭……?」
自分の口臭って、気にしたことなかったな……。
「口臭はマジで一番
「マ、マジか……」
でも確かに、どんなに
「ど、どうすりゃいいんだよ」
「まず、歯は朝昼晩丁寧に
「虫歯、か……とりあえず前回の歯科
「口臭は常に気にしすぎるほど気にすべし! 口の中を清潔に保ちつつ、口内の乾燥、空腹、胃が悪いとかが主な口臭の原因だから、口臭の根本の原因を治すこと。その上でブレスケアも常に持ち歩くこと!」
今まで正直、口臭なんてほとんど気にしたことなかったけど……乾燥とか空腹が口臭の原因になるのか。
「じゃ、常に口が
「ま、とりあえずそこだけ気をつけておけば大丈夫じゃない? 今のところあんたの口が特別
二科に面と向かってずばっと言われて、内心ほっとした。
「それからあとは、口臭以外にも、
「な、なるほど……」
二科、そこまで気を
「とりあえず、もうすぐ夏だし男性用の制汗剤買っときなさいよね。あと、足! 男性は特に
「あ、はい……それにしてもお前、彼氏できたことないっつーのになんでそこまで分かるんだよ?」
「パパが毎日やってるから。パパの場合、夏は毎日帰ってきたら足だけお
あの年でも、ちゃんと気を遣ってるのかあのオッサン……。
確かに、ちょっと
元々美形な一家なんだろうが、それに加えて努力してるってことか。
「そういえば、
たまにドン・キホーテに買い物に行ったとき、香水が売られているのを目にしたことがあるのを
「香水は……いいものを選べるならいいけど、まだやめた方がいいかも。あんたの場合、変な匂いの買ったり付けすぎたりとか絶対失敗しそうだし……。香水つけて臭いって言われるくらいなら、無臭の方が全然いいから! 買うとしても、ドンキで買おうとしてる時点で絶対失敗しそう。もっとちゃんとした店で買いなさいよね」
「な、なるほど……」
「とりあえず……こんなもんかな」
メモをざっと見返す。長かった……。こんなにたくさんのことに気をつけなければならないなんて、モテるってなんて大変なのだろうか。
しかし、これだけ大変だからこそ、本当にモテる男って限られているのかもしれない。元の素材に関係なく、最低限これだけの努力をしなければならないのか……。
「とりあえずまずは、美容院に行くのと、あとはドラッグストアで
メモを見返しながら、気が遠くなる。
「課金しなくたってガチャ引けるでしょ! あんた、彼女が
「うっ……」
二科の言葉に納得して、近々必要な物を買いに行くことを決意した。
「で……あんたさっき、私の服がオタク男子ウケしないとかって言ってたけど……」
洗面所からリビングに
「ああ、全くしないな」
「な、なんで!? どこが!?」
今まで散々言われっぱなしだったが、やっと言い返せるチャンスがやってきた。
「お前の持ってる服は全部、ギャルっぽい、ビッチっぽい、怖いって印象の服ばっかなんだよ!」
「えっど、どの辺が!? 全部可愛いじゃん!」
二科が今日買ってきた服がソファーに広げられているのを改めて見る。
「まず色が、黒とか、グレーとか、
男は、というか俺の意見だが、他の男も大体同じ意見だと思う。
俺はその場でスマホに『
「で、大体のオタク男が好きな服装は……これだ!」
フリルがあしらわれた白いブラウスと、コルセット付きのハイウエストスカートのセットの画像が表示されたので、それを二科に見せる。
「へ、へー……」
「あとは……まあ、こんな感じ?」
『童貞を殺す服 ブランド一覧』というページを開き、二科に見せる。
オタク男子に好かれる服装といったら、これで間違いない。俺も例に
「マ、マジか。フリフリしすぎててダサくない?」
「そこがいいんだろ! こういう服着てて、
「それはさすがに盛りすぎでしょ。にしても、マジでこんな服装がオタク受けいいんだ……」
二科は俺のスマホ画面をじっくり
「黒髪ストレートって、そんなにオタクウケいいの?」
「間違いない」
「さすがにそれはちょっとなー……いきなりそんな髪形にしたらクラスの友達に色々言われそうだし、私黒髪好きじゃないし」
「髪形を変えるのが無理なら、せめて服装はオタク男子好みに寄せていかないと」
「超絶ダサいあんたに服装のことを指南されるとかすごい腹立つけど、でも……」
二科は俺の
「今日たくさん服買っちゃったから、
「ああ、それがいいな。あとそれから、メイクが濃くて、そこもビッチ感
「え!?」
俺の言葉に、二科が
「
「
二科の睫毛は常に不自然に量が多い。
「それって、すっぴんでも可愛い子が好きってだけなんじゃないの!?」
二科が不服そうに言う。
いやお前、お前自身がメイク後よりすっぴんの方がめちゃくちゃ可愛いけど!? 自分でそれを分かってないのか、こいつ……?
でも、それを本人に言うのはかなり
「と、とにかく、分かったわ。学校にそんなんで行くのは恥ずかしくて無理だけど、ちゃんとナチュラルメイクとかその……童貞を殺す服? とか、勉強しとくから」
「ああ。んでお前……あれからアプリ続けてんのか?」
「ああ、退会した」
「え!? なんでまた……」
「……あ、あんたが言ったんじゃん。危ないことはすんな、って……」
二科はばつが悪そうに俺から目を
「私自身も、メールでのやり取りまではいいけど、実際会うのは怖かったから……」
「そ、そうか……まあ、その方がいいんじゃね?」
女子高生にとっては、あのアプリをきっかけに知らない人と会うなんて、やっぱり危ない