4-1
翌朝。
スマホから目覚ましの音が鳴っているのが聞こえるが、いつもよりずっと
そうだ、昨日は
ぼーっとする頭で思い返しながら、目を開けられずにいると……。
「ちょっと、いつまで寝てるつもり!? 早く起きなって!」
「え……?」
何やらツンデレみ
そこには、目の前で二科が俺の
「な、なんでお前が俺の部屋に……!?」
「もう、高校生になってまであたしに起こされなきゃ起きないなんて、もっとしっかりしてよね!」
「え、えー……?」
「朝ゴハンもうできてるから、さっさと
「え、あ、ちょっとおい……!」
二科はそう言い残して、俺の部屋から出て行った。
「!?」
着替えてから自室を出てリビングに行くと、俺は
テーブルには、
朝食は
「こ、これ……お前が作ったのか!?」
制服の上にエプロンという姿でキッチンに立っている二科に
「あんたどうせ、一人だと適当な物しか食べないでしょ?」
「何なんだよ!? 朝は起こしに来るし……いきなり、どういう風の吹き回しなんだよ!? 何か
ありがたがるを通り
「……はぁ~……人がなりきってやってるのに、世界観
二科はいつもの声と喋り方に
「は……!?」
「だぁーかぁーらぁー、昨日のアニメで、
「……っ!?」
そういえば……今日の二科の言動は全て、昨日の明け方まで一緒に観ていた『モテ王』の幼なじみキャラの林檎そのものだった。
「そ、そういうことかよ……」
昨日のユメノ☆サキのなりきりで
「結局オタク男子は幼なじみキャラが好き、ってあんたが言ってたの……なんとなく分かったのよね。私が男だったとしても、林檎みたいに尽くしてくれる子はいいなあって思うし」
「お、おう……」
「ほら、早く食べないと
二科はまた林檎っぽい
「あ、ああ……じゃあ、いただきます……」
向かい合わせに座り、
「ん、んまい!」
久々にまともな朝食を食べて、思わず感動した。
「あ、それからこれ!」
朝食を終えたタイミングで、二科が冷蔵庫から取り出してきたそれを俺に差し出した。
「べ、弁当……!?」
「栄養考えて作ってあげたんだから、ちゃんと全部食べてよね!」
林檎は、毎日主人公に弁当を作ってくるという設定だ。そこまで忠実に再現してくるなんて……。
「あ、ああ、ありがとう」
戸惑いながらも、二科から弁当を受け取った。親以外に弁当を作ってもらったのなんて、当然初めてだ。
「ほら、もう出れば!?」
「え、もう……? いつも出てる時間よりまだ三十分も早いんだけど……」
「私が着替えたりウィッグとって
「それ、完全にお前の都合じゃねえか!」
「もう準備できてるんだからいいでしょ!」
半ば無理矢理、家を追い出された。
まさかあいつが、ここまでやるとは思わなかった……。それにしたって、やり方がぶっ飛んでる。
林檎から、オタク男子ウケを学ぶっていうのは分かるが、まさか林檎になりきろうとしてくるなんて……発想が
しかし、相手が二科とはいえ、女の子に起こしてもらえたり、朝ご飯作ってもらえたり、弁当まで作ってもらえるのって……悪くないな。
* * *
自分の席について、
「おはよ、
「おお、おはよ、あい」
四十崎猛。
クラスで
俺はこいつを、名字の頭文字二文字をとって『あい』と呼んでいる。
あいは一見女子に見えるくらい
なのに下の名前が顔に似合わず『猛』とイカついため、『猛』というよりは『あい』っぽいということで、他の友人らからも『あい』と呼ばれている。
「なんかいつも以上に
「いつも酷い顔で悪かったな!? 朝から失礼にも
「なんか
VTuberというのは、『バーチャルYouTuber』の
あいの中身は俺と同じ……下手したら俺以上のガチオタだ。だけど、オタクをオープンにしていながら、見た目のかわいらしさと
ちなみにあいが物腰が柔らかく
「いや、そういうわけじゃねえけど……」
昨日遅くまで
「そーなんだ。じゃあまだ、昨日爆誕して、一日でチャンネル登録者数急増中の今一番バズってるバーチャルYouTuber『
あいにスマホの画面を見せられる。そこには
「へー、知らんかった。めちゃくちゃ可愛いな」
「イギリス人とのハーフって設定なんだけど、中の人もバイリンガルで、日本語も英語もペラペラだから、海外のオタクからも注目集めてるみたいで。声も良くて喋りもいいから、中の人は新人声優だろうって言われてるんだよね。『ユメノ☆サキ』と同じ会社だからお金かかってそうでモデルもいいし、動いてるとこ見てもハマると思うよ」
「へえー……ハーフの設定で本当に英語喋れるってとこがポイント高いな。それにしてもお前、ほんと情報早いよな」
今日の夜にでも動画を見てみようと思った。
「今VTuberの勢いすごいから、ネットやってれば
「ぶっ!?」
あいのスマホには、人気ソシャゲ『FG0』の人気美少女キャラのコスプレをした美少女コスプレイヤーの画像があった。
──
「またネットの『アニメフェスティバル2018美少女コスプレイヤーまとめ』に載っちゃったよ~。イベントで僕を
「お、お前、ほんとよくやるよな……。この
あいは、女装コスプレイヤーである。リアル男の
男の娘と言っても、学校では勿論、休日の私服も男性のものを着ていて、女装するのは女キャラのコスプレのときだけなのだが。
あいのコスプレはクオリティが高く、どう見ても美少女にしか見えないため、ツイッターのフォロワー数も一万人
今回あいが着たのは、メインヒロインの
いつも
「ん? どうしたの景虎? もしかして僕のコスプレ姿に見とれてる?」
「ば、バカ言えっ!」
「まあ無理もないよねー。自分でもなんでこんなに可愛くなれちゃうのか不思議だもん。あ、生で見たかったらいつでも一緒にイベントに来ていいんだよ?」
「い、行かねえよ! 一緒に行ったりしたらお前のファンみたいなカメラ
ツイッターのTL上で、あいがよくカメラ小僧っぽいおっさんのアカウントにリプで
「えっ景虎、僕のツイッターそんなに
「み、見てねえよ! TLでたまたま目につくだけだよ!」
「へへっ。ま、変なのは全部無視してるし、悪質っぽいのはブロックしてるから全然
「そ、そーなのか……。人気コスプレイヤーってのも大変なんだな」
しかし……コスプレイヤーだったら、合わせとかでレイヤー同士が出会ったりできるのか……。まあ、コスプレイヤーではない俺には関係ない話だが。
「ち、ちなみにさ……コスプレで
つい気になってしまって、聞いてみた。
「あー、あるね。最近、レイヤー友達の女の子が、合わせがきっかけでレイヤーの彼氏できたって言ってた」
「マジで!? やっぱりあるんだ……」
「何、景虎、レイヤーの女の子と出会いたいがためにコスプレ始める気?」
「バッ……そこまで考えてねえよ!」
コスプレイヤーの女の子との出会いはまあまあ興味あるが、そんなことする行動力ないし、俺がコスプレなんてしたところで
俺たちがそんなオタク話に花を
午前の授業が終わり、昼休みが始まる。
「えっ、今日景虎お弁当なの!?
「あ、ああ……たまにはな」
俺の席で、あいと昼食をとる。
二科が作ってくれた弁当の、弁当箱を開けると……。
「……!」
びっくりするほど、ちゃんとした弁当だった。
左半分は白い米、右半分は、玉子焼き、ミニトマト、ほうれん草のおひたし、ちくわの
「すごい、全部手作りじゃん! 料理やるのは知ってたけど、マメだね~」
「あ、ああ……ま、まあな……!」
確かに、ちゃんとした弁当であることには間違いない。のだが……。
肉が、ない!
おかずになりそうなものがあんまりない!
「景虎?」
「あー……売店で
「えー、わざわざお弁当あるのにー? まあでも確かに、何か物足りなくはあるよね……」
二科に悪いかなと思いつつも、おかずがなければ白い米が進まない。そう思って、俺は売店へ向かった。
その日の授業が終わり、帰宅する。
「た、ただいま……」
「おかえり」
リビングの
林檎なりきりはもう終わったようだな……。
「で……なんか感想ないの?」
「え……あ、ああ、弁当?」
「それもだけど……
二科は顔を赤くして、気まずそうに聞いてくる。なんで今照れてんだよ!? 逆になんで今朝は
「あ、ああ……そうだな、今回は変な発言も出なかったし、アニメの中の幼なじみって感じで、良かったんじゃねえか?」
俺の言葉に、二科は一瞬にやっと笑った。
「ま、私が本気出せばオタク男子ウケなんてすぐ習得できるっていうか~?」
すぐ調子に乗るなコイツ……。
「あ、あと弁当……サンキューな」
俺は弁当箱を
「あ、うん……どうだった?」
「……!」
二科に
「あ、ああ……う、
美味かったといえば確かに美味かった。それは
正直なこと言ったら、こいつ、折角作ってあげたのに! って
「でも……肉的なおかずがあったらもっと
なるべく感じ悪くならないよう気をつけて、二科に言う。
「……! なっ……! 折角作ってあげたのに文句言うわけ!?」
クッ、やっぱり……。
感想求めてきたのはそっちだろ!
「しかも、栄養考えて野菜とかもちゃんと入れてあげたっていうのに!」
「あー、はいはい、そうだな……」
言い返す気にもなれず、俺はそのまま
「あ……今週は、毎日私が夕ご飯作るから」
「……えっ?」
二科のセリフに
夕飯は
「な、なんでまた……?」
「あんたが昨日言ってたんじゃん、女子に料理してもらえるのは男子にとって嬉しい、って。林檎も、料理作ってるシーン多かったし。これから彼氏できるまでに、料理上手になっておきたいかなって」
「……! そ、そうか。分かった。じゃあ俺は洗い物やるってことでいいのか?」
「うん」
それから二科は買い物へと出かけ、俺は自室でスマホを弄っていた。
午後七時
「……! おお……」
その日の夕食は、目玉焼きの
「うまそー!」
席について、なんとなく思う。
「もしかしてこれって……今日俺がおかずは肉がいい、って言ったから……?」
「……っ! べ、別に……それだけじゃないけどっ……! でも……男子の好みが、お肉の入ってるおかずって言うなら……そういう方を
こいつ、さっきはあんなに文句言ってたのに……。
「じゃ、いただきまーす」
「いただきます! ……美味い!」
腹が減っていたのもあり、勢いよく食べ
「ふ、ふーん、そう……そんなに美味しい?」
「ああ、めちゃくちゃうめえよ!」
二科はそんな俺の様子をなぜかじっと見ていた。
食事を終えて、俺が食器を洗っている間、二科はリビングでスマホを弄っていた。
俺が食器洗いを終えると。
「最近さ、色々勉強できてるから、そろそろ出会いの場探してもいいかなって思って、調べてるんだけど……ぶっちゃけ、ないんだよね」
二科にスマホを見せられる。そこには、オタクのための街コンのサイトがあった。
「え、ない……?」
「こういうオタクの街コンとか出会いパーティーみたいなのはたくさんあるんだけど、高校生参加可能なやつが全然ないのっ!」
「ああ……そういうことか。確かに、高校生参加可能なパーティーって
二科と俺が知り合ったパーティーも、かなりレアだった。俺はずっとオタクの彼女が
大体のそういうイベントは、参加可能
「せっかく順調に勉強できてるのに、オタク男子と出会える場がないんじゃあ意味ないし……」
二科はため息をついた。
「こうなってくると、やっぱり周りの友達がやってるみたいに、この際
「前にも言ったけど、お前好みのオタク男子はいねえよ。
「なんだ、いるんじゃん! どんな人!?」
「えーっと、お前より少し背が高いくらいの、
「可愛い系、かー……私、ショタコンの気質はないんだよね……」
あからさまにガッカリする二科。こいつ、まだ俺の友達を当てにしてやがったのか……。
「お前こそ、いないのかよ。オタクの女友達」
「いないって言ってんじゃん! ツイッターで
やはり、二科の女友達は全く期待できないか……。
「そういや、そのクラスの男友達の四十崎って奴だけど……お前と同じコスプレイヤーなんだよな。あいつの方が本格的に活動してるけど。美少女コスプレばっかりやってて、軽く人気みたいで」
「えっ、すごーい! 人気男の
二科とあいで人気キャラのコスプレ合わせでもしたら、ものすごい人気が出そうだな、なんてなんとなく思った。
「で、そいつが言ってたんだけど……レイヤーの女友達が、コスプレの合わせがきっかけでレイヤーの彼氏ができたんだと」
「マ……マジでっ!?」
「そっか、その手があったか……! コスプレイヤーとしてツイッターアカウント作って、人気男性コスプレイヤーさんを合わせに
「人気男性コスプレイヤー……?」
「うん! 男性でめっちゃクオリティ高くてかっこいい、好きなレイヤーさんがいて! 私の好きなキャラのコスプレしててめっちゃ本物っぽくて! フォロワー数も二万人くらいいる人気レイヤーで、もう一年くらいファンなんだけどー……」
わざわざ出会いのために、コスプレイヤーとしてアカウント作って、
「お前って、ツイッターやってんだよな? コスプレ画像載せてないのか?」
「数枚載せてるけど、フォロワーさん少ないし、
「なんでまた、鍵垢?」
鍵垢とは、アカウントに鍵を付けている状態のことで、フォロワー以外からは何も見えない。
「だって学校の友達にも親にもオタクだってバレたらやばいから! コスプレの
そうか、こいつって
「じゃあ、どっちにしろコスプレのアカウント作るとか無理じゃね? 鍵つけない限り顔バレするじゃん。鍵つけたらフォロワー外と
「いや……鍵なしでコスプレのアカウント作っても、身内には私だってバレないようにすればいける!」
「どうやんだよ?」
「要は、コスプレ写真を見ても私だって分からないようにすればいいわけじゃん? タダでさえウィッグとメイクとカラコンでまあまあ変わってるから、そこから加工アプリで私だって分からないくらい加工すれば……オタバレ
「え……アプリでそんなに加工できんのか……?」
「
こいつの出会いに対しての行動力には
「撮るのは別にいいけど……お前は方向性決まったとして、俺はどうすりゃいいんだよ」
今回の作戦は、完全に二科単独だ。
「あー、あんたもコスプレしたら? 男性コスプレイヤーって少ないから、クオリティ高いイケメンコスプレイヤーになれたらレイヤーのオタク女子にモテまくりだって!」
「……それは俺の顔面を見た上での発言で間違いないのか?」
「……! ……」
二科は俺の言葉に、俺の顔を見た後、気まずそうにすぐに目を
なんだよそのあからさまな反応はっ!? 俺相手だったら何しても傷つかないと思ったら大間違いだからな!?