【全文公開】同棲から始まるオタク彼女の作りかた 1巻

3-2

「あ、一応そうしてあるけど……先に入るか?」

 俺の部屋を出た後、せっかくそうしたので、俺が先に入るのもちょっとな……と思い、聞いてみた。

「え、じゃ、先に入らせてもらおっかなー!」

 二科は自室からえを持ってきて、風呂場へと向かった。


 俺がリビングのソファーにころがってスマホで今日の分のオタ活(ソシャゲや、好きなバーチャルYouTuberの動画のチェック、ツイッターのチェックなど)にはげんでいると、二科が風呂から上がってきた。

「お先~」

 風呂上がりのかみれた状態の二科は、ピンク色のフワフワのパジャマを着ている。むなもとは開いており、下はショートパンツで白いふとももが生々しい。当然、顔はすっぴんだ。

 ほおほのかに赤くり、なんとも言えない色気と可愛かわいらしさが同居していて……。

 な、なんだよこいつ……! メイクしない方が全然可愛いじゃねえか!

 いつものメイクバッチリな二科よりも、こっちの二科の方が、正直俺のドストライクだ。

 い、いや、中身はあの二科だぞ。ガチオタじよの二科だぞ! と自分で自分に言い聞かせて、二科から目をらした。

 部屋中にシャンプーのフローラルないいにおいがただよい、このままここにいたら嫌でもドキドキしてしまうので、俺は慌てて風呂へと向かった。

「あ、俺風呂入るけど、もうあとは好きにやってていいから!」

「あ、うん」


「…………。さっきまでここに、はだかの二科が……」

 洗面所にも浴室にも、俺一人だったときにはまったくしていなかったフローラルなかおりがじゆうまんしていた。

 さらに、洗面所にはボトルが四つほど、浴室にはシャンプーやトリートメント、メイク落としや洗顔フォームなどが一気に増えている。女子って、こんなに色々必要なのか……。

 この家の風呂に妹以外の女の子が入ったのは当然初めてだ。想像して興奮しそうになるのを必死におさえる。

 今日からは毎晩、本当のこいびと同士ではない俺たちが、別室とはいえ二人きりで夜を過ごすのか……。

 さっきまで色々あってそれどころじゃなかったけど、今になって意識してしまう。

 二科はいくら俺の好みのタイプでないとはいえ、腐女子でガチオタとはいえ、ちようぜつ美少女であることにはちがいない。

 俺……今日から毎晩、ちゃんとやっていけるのだろうか?


 髪をかわかしてスウェットを着てだつ所を出ると、二科がソファーでスマホをいじっていた。

 もう自由にしていいと伝えたため、てっきり部屋に行ってるものだと思っていたので、おどろく。

「……? ど、どうかしたのか……?」

「えっと、初日に色々決めとかなきゃいけないかなって思って。家事の分担とか」

「ああ……確かにそうだな」

 その後話し合いをして、家事の分担が決まった。

 せんたくは二科(下着の洗濯などもあるので)。リビングや階段の掃除は俺。

 夕飯の料理は交替制で、弁当や総菜を買ってくるのもアリ。洗い物は料理をしなかった方がする。朝食はそれぞれ自分の分を用意する。

 トイレ掃除と風呂掃除は、休日に交替制で行う。ゴミ出しも交替制。

 とりあえずざっくりと決めて、今後めたらその都度話し合おうということになった。

「よし……まあ、これで大体決まったな。じゃ、今日はもうるか」

「あ、あのさ、それと……改めて、今日からよろしく」

 二科は少し照れたような様子で、俺に言う。

「あんたのおかげで日本に残れるようになって……ほんと、めちゃくちゃ助かった。その恩をちゃんと返せるように、これから全力で協力するからさ。だから……改めて宜しく」

「あ……ああ! こ、こちらこそ、宜しくな!」

「言いたかったのはそれだけだから。じゃ、おやすみなさい」

「ああ……おやすみ」

 だれかにおやすみを言ってもらったのって、どのくらいぶりだろう。

 会話を終えて、二科は部屋へと向かっていく。

 もしかして二科は……改めてきちんとあいさつがしたくて、俺が風呂から上がるのを待ってくれていたのだろうか?

 案外、女の子らしいところもあるじゃないか……。


    * * *


 翌日。

「あのさ、くれぐれも、私といつしよに暮らしてることと、私がオタクだってこと、学校で言わないでね!」

「わ、分かってるっつの!」

 しよくたくはさんで朝食を食べながら、二科に念を押される。

「一緒に暮らしてるのがバレたらヤバいから、当然行きも帰りも別々ってことで!」

 二科はそう言うと、先に家を出て行った。

 昨日、案外いいやつだなあなんて思ったりしたばかりで、さつそくこれだよ。俺みたいな奴と一緒に暮らしてるってバレるのが、そんなにいやかよ!

 そりゃあ付き合ってもないえない男と変な誤解されたくないってのは分かるけど、俺のこうで家に住まわせてやってるんだから、もう少し言い方ってもんがあるんじゃねえのか?

 でも、まあ……もし学校にバレたら、下手したら俺の親にれんらくが行ってしまうかもしれないので、そこまで考えてああ言ったのかもしれないが……。


 その日、学校で、一度だけ二科の姿を目にした。

 派手なギャルたちとろうを歩いていた。

 いつしゆんだけ目が合って、たがいにすぐに目を逸らす。

 あいつと俺が同じ家で暮らしているなんて、誰も夢にも思わないだろう。自分でも信じられない。

 あのパーティーで会わなければ、一生かかわり合うことのない人種だったと、改めて思う。


 俺がいつもより少しおそめに学校から帰宅すると。

「……っ!?」

 帰宅してリビングに入って、俺は目に入ってきた光景に目を疑った。

「あっ……お、おかえり」

 バーチャルYouTuberの『ユメノ☆サキ』が、三次元になってそこにいた。

 ──のではなく、ユメノ☆サキのコスプレをした二科が、全身鏡の前に立っていた。

 俺の姿を見て、気まずそうな、ずかしそうな表情になる。

 しようもちろん、ピンク色ウィッグまでかぶっており、青いカラーコンタクトまで装着し、メイクもバッチリで、まるで画面の中から出てきたかのように、かんぺきれんな美少女である。

 こいつが、昼間に学校で見たのと同一人物だとは、色んな意味で信じられない。

「な、なんだそれは!?」

「学校帰りにいけぶくろのコスプレショップ行ったら、ちょうどユメノ☆サキの衣装とウィッグ売っててさ! つい買っちゃった! やっぱ今人気なんだね!」

「な、なんでまた……!?」

 ノースリーブにミニスカートと、三次元の人間が着てみると案外はだしゆつが高く、目のやり場に困る。

「今度オタクの出会いの場に行ったら、このコスプレで参加しようかなって思って! サキちゃんがオタク男子人気高いなら、注目度も高まるじゃん!?」

「な、なるほど。わざわざそのために……?」

「まー、キャラも衣装も可愛かったから、単純にコスプレしてみたいって思ったのもあんだけどね」

「え、もしかして、お前って元々コスプレとかしてたのか?」

「イベントでしたことはないけど、宅コス……家で一人で好きなキャラのコスプレして写真って遊んだりはしてて。本当は外でしてみたいけど、一緒にコスしてくれる友達いないから」

「あ、ああ……」

 なんて悲しい話を聞いてしまったんだ。こんなに可愛いし似合ってるのに、家でコスするだけなんてもつたいない。そう思ってしまうほど、二科の『ユメノ☆サキ』コスプレは似合っていた。

 このコスプレで出会いの場なんて行ったら、間違いなくたくさんのオタク男性がれるんじゃないだろうか。

「で、この間色々教わったから、今日は私があんたに、オタク女子に人気があるコンテンツを教える番よね!」

 二科は『ユメノ☆サキ』のコスプレ姿のまま、ウキウキでそんなことを言い始めた。

「そ、そうなのか……」

「ねえ、PS4つけていい? 私アマゾンプライムの会員になってるから、おすすめのアニメ見せられるわ!」

 二科はぎわよくPS4の電源を入れ、アマゾンプライムビデオのトップ画面を出した。

「そうねーまずは……やっぱ今一番は、『ネクステ』ね!」

『ネクストステージ』……今期女子人気ナンバーワンと言われているアニメだ。

「とりあえずこれ押さえておけば、多くの女の子と話が盛り上がるはずだから! つうに見てもおもしろいし!」

「そうなのか。そこまで言うなら……」

 とりあえず二人でソファーに座ってアニメを一緒に見ることにした。

 しかし……ソファーが大きくないから仕方ないけど、きよが近い。

『ユメノ☆サキ』の衣装って、三次元で見るとますますしゆつ高いな……。

 となりに座り二科を、横目でバレないようにチラ見する。

 ノースリーブの衣装だから二科のかたわきも見えるし、がぴったりしているので胸も強調されている。その上ミニスカートからは白いふとももが近い距離で見えて、嫌でも意識してしまう。

「あんたもさすがに知ってるとは思うけど、『ネクステ』は大人気ソシャゲのアニメ化でね、主人公の女の子が事務所の新人プロデューサーとして個性的なイケメンアーティストたちをプロデュースする、って内容で……」

「え!? あ、ああ……」

 オープニングの最中、二科が解説を始める。

 中身はともかく、見た目だけは好きな美少女キャラ『ユメノ☆サキ』にそっくりな姿の女の子に、こんなに近い距離で話しかけられるって……うん、実に悪くない。

「アニメもめっちゃできよくてさ! ほら、めっちゃ作画良くない!? 話も面白いから男子でも絶対楽しめるはずだし……」

 二科はテンション高くペラペラ語り続けるが、俺はコスプレ姿の二科が気になってしまいイマイチアニメに集中できない。

「あぁ──っかおるちゃんっ!」

 そんな中、とつぜん二科がさけびだしたので、俺はびっくりした。

「な、何だ!?」

「ほら、このきんぱつの子! 私のしだから!」

 画面には、金髪の美少年が映っていた。確かこのキャラ……二科の痛バに大量にかんバッチがつけられていたキャラだな。『ネクステ』のキャラだったのか。

「この子は『はしもと薫』ってキャラでね、メインキャラ『ふじみやゆき』の幼なじみで、昔は仲良かったんだけど今はいちいちっかかってきて、その理由が実は過去に幸人に裏切られたと思ってるからで、愛情の裏返しなわけ! つまりツンデレでこじらせてるホモなの! めっちゃ可愛かわいくない!?」

「お、おう……」

 二科はいきなり興奮気味に大声&早口になって一気に語る。前にも一度こうなったが、いつものしやべり方や声とちがって、いかにもなオタクっぽい喋り方である。

「あーもう可愛いなー動いてる薫ちゃんとかほんとしんどい!」

「お前このアニメ一回見てるんだよな……?」

「一回どころか、回によるけど最低三回以上は見てるわね!」

「…………」

「あぁ~~このカットほんとすこ! 見てよ、薫ちゃんの貴重なサービスシーン! やばくない!? エロすぎる! こんなんモブおじに●●されても仕方なくない!?」

「なっ……!?」

 二科はユメノ☆サキのコスプレのまま、はやソファーの上で暴れ回りながら大声でとんでもない言葉を叫んでいる。

「あぁ~えっちだなぁ~、ほんとシコいなあ~」

「……めろ……」

 ついに俺はしんぼうできず、思いが口をついて出た。

「え? いち、今なんか言った?」


「やめろ……じよ語りすんのはいいが、『ユメノ☆サキ』の姿ですんのはやめろ! サキちゃんのイメージぶちこわすんじゃねえ!」


「へ……」

 それは、今の俺にとって切実な心の叫びであった。

「いくら外見だけサキちゃんにそっくりでなりきれてても、中身が違いすぎるんだよ! そんなんじゃコスプレも台無しだな! いくら男子人気の高いキャラに見た目だけなりきっても、口を開いたらソレだったら、モテるどころかファンからキレられるっつの!」

「な、な……!?」

 二科はおどろいて俺を見た。

 自分の好きなキャラをけがされたような気分になって、俺はもうまんの限界だった。

 なまじそっくりなコスプレができてしまっているだけあって、イメージがブチ壊しだ。

「な、何よ!? コスプレなんて、見た目がなりきれてたら中身なんて関係ないじゃん!」

 二科はしっかり映像を一時停止してから、俺に言い返す。

「見た目がいくらキャラにそっくりでも、中身が違いすぎたら、完璧なコスプレとは言えねえだろ! お前はオタク男子の気持ちを全く理解できてないな」

「な、なっ!? 私が、理解できてない……!?」

「ああ。せっかく動画見せたりゲームやアニメ教えたり、同人誌まで見せたっていうのに……オタク男子の心を全然理解できてねえ」

「~~っ! ……」

 二科は俺の言葉におこった様子で、くやしそうに俺をにらみ付ける。

「お……覚えてなさいよっ!」

 女の敵キャラのような捨て台詞ぜりふくと、そのまま立ち上がってリビングを出て行った。

「あ……!」

 まずい、言い過ぎたか……? 『ユメノ☆サキ』を汚されたような気持ちになって、ついムキになってしまったが……。


 その日は互いに別々に夕食をとり、言葉をわすことなくねむりについた。



 翌日。朝も一言も言葉を交わさないまま、家を出て登校した。


 二科がまだ怒っているかもしれないと思うと、学校から家に帰るのがゆううつだった。

 オタク友達と放課後あきばらに寄り道してから、夜六時ごろに家に着くと、電気がついていた。

 さすがに二科は先に帰っているようだ。

「ただいま、…………」

 階段を上がって、少しきんちようしながらとびらを開け……

 俺は、目の前の光景に思考停止した。


「やっほー、おかえりなさい! 『ユメノ☆サキ』だよ! ちょうどご飯できたところだからね♪」


 二科は昨日に引き続きユメノ☆サキのコスプレをしていたのだが……なぜか、声や口調までユメノ☆サキになりきっている。

「え? いや、あの……」

 しよくたくの上には見るからに美味おいしそうなしるにトンカツ、白いご飯が並び、食欲をかき立てるにおいをただよわせていた。

 な、なんじゃこのじようきよう!? これ、二科が作ったのか?

「おい、ちょっと……」

「ほら、早く手洗って席着いて! 冷めちゃうよ!」

 二科に言われるがまま、手洗いうがいをしてからソファーにこしかける。

「はい、じゃ、いただきまーす!」

「い、いただきます……」

 えーっとこれ、どこから突っ込んだらいいんだ?

 てっきり、まだげきしているもんだと思っていたのだが……。

 いや、もしかしてこれ自体何かのわななのか? 食事に毒でも盛ってあるとか?

「ん? どうしたの? 食べないの?」

 二科ははしを持ったまま固まっている俺の顔を見つめてくる。

 さすがに毒なんてありえない……よな。そう思って、トンカツを一切れ食べた。

 口元に広がる、ジューシーな味。めちゃくちゃ美味うまい。どっかで買ってきたものなんかではなく、手作りだと一口で分かる。本当に二科が作ったのか……。

「どう? 美味しいかなあ?」

「あ、ああ……」

 毒が入っているどころか、ユメノ☆サキのコスプレでこんなに美味しい食事を作って待っていてくれたなんて……一体どういう風のき回しなんだ?

 ん? ま、待てよ……。

 まさか二科は……昨日の俺の『中身が違いすぎたら、かんぺきなコスプレとは言えない』『オタク男子の心を理解できていない』という言葉を真に受けて、意地になってキャラになりきっているというのか?

 しかし、『ユメノ☆サキ』は特に料理が上手うまいとか、そういう設定があるわけではない。

 むしろ、このシチュエーションは……この間二科が俺の部屋から持っていった、ユメノ☆サキの同人誌──サキちゃんとファン(モブ)がけつこんする、という十八禁同人誌の展開にそっくりなのだ。

 まさか二科は、あの同人誌を読んでオタク男子の理想を勉強して、今それをじつせんしてるっていうのか……!?

「ご、ごそうさま……」

「どうだった?」

「え、ああ、美味かったよ……」

「それもだけど、そうじゃなくて! 私のユメノ☆サキのなりきり具合、どうだった!?」

 二科が突然地声にもどって、俺にめ寄る。なりきりはこれで終わったのか。

「あ、えっと……まあ、昨日よりはなりきれてたんじゃないのか……?」

「何その評価!? 完璧にユメノ☆サキちゃんだったでしょうよ!?」

「完璧かって言われたら、ぶっちゃけ、まだほどとおいかな……そもそも三次元が二次元にかなうわけないし」

 確かに声も見た目もなりきれていたが、ユメノ☆サキちゃんの存在自体の尊さを考えると、まだ遠くおよばないというのが正直な感想である。

「はぁぁぁ!? これだからキモオタはぁ!」

「お前が感想求めてきたんだろ……!?」

「くっ……それなら……」

 二科は自分の部屋にけ込み、何かを持ってすぐに戻ってきた。

 手に持っていたのは……。

「み、耳かき!?」

「ゴホン、あー、あー、……ほら、耳かきしてあげるから、おいで♡」

 とつじよ声のチューニングを始め、またサキちゃんに似た声を出し始めたと思ったら、とんでもないことを言い出した。

「なっ、ななな!?」

「あ、あの同人誌でも耳かきシーンあったし、何より……数あるユメノ☆サキちゃんの動画の中でも、再生数も多くてコメントらんですごく評判が良かったのが、耳かき動画だったから……! ここまでやって完璧じゃないなんて言わせないからっ!」

 二科は耳かき片手に照れながら言う。

 確かに、サキちゃんの耳かき回の動画は最高だったが……。

「それにっ! コメント欄を見るにやっぱ、オタク男子って可愛い女の子に耳かきしてもらいたい願望あるみたいじゃん? これから理想のオタク彼氏ができたら、その人の好きなキャラになりきって耳かきとかしてあげたいなって!」

 要は練習台かよ……!?

「あーもう、いいから早くしてよ!」

 二科は俺のかたつかむと、ヤケクソ気味に半ば強制的に自身のふとももの上に俺の身体からだを横たわらせた。

 二科のやわらかい太股のかんしよくが、俺の頭に伝わる。

 スカートが短いから、直接二科のはだが俺のほおに当たっている。

 女の子にひざまくらされるって、なんて気持ちよく、幸せな気持ちになれるのだろうか……?

 しかしこいつ、昨日俺にああ言われたのが悔しかったのか知らねえけど、どこまでやるつもりだよ……!?

「ふふ、どう? 気持ちいい~?」

 ユメノ☆サキのモノマネ声で語りかけながら、二科は本当にみみそうを始める。

 その声に、悔しくも母性の欠片かけらを感じてしまう。まさか二科に母性を感じる日が来るとは思っていなかった。

 いつものキャンキャンうるさく、BLや好きなキャラにえている二科からは考えられない。

 動画でのユメノ☆サキ自身が、十六歳というねんれい設定ながら、母性の強さがところどころににじみ出ているというらしいキャラクターなのだが、今の二科はそこすら寄せることができている。

 二科の耳掃除は、やさしい手つきでとても気持ちが良い。耳掃除の感触、太股の柔らかい感触……ここが天国なのかと思ってしまうほど幸せな気分になってくる。

「……!」

 さらに、少し二科の方に視線だけ向けると、俺の顔のすぐ上には二科の胸がある。少し頭を動かしたら胸に当たってしまいそうなほど近い。

 さっきは、まだ程遠い、なんて言ったが……二科のなりきりコスプレは、三次元の中では最高レベルと言っていいだろう。

 好きなキャラに見た目もしやべりもそっくりな可愛かわいい女の子に、こんなにほうしてもらえるなんて……オタクにとっては最高潮の幸せかもしれない。

 まさか二科が、たった一日でオタク男子の理想をこんなに学ぶなんて。

 そこで俺は、気付く。

 あの同人誌は、十八禁なので、当然この後……夜のこうに発展する。

 い、いや、まさか、二科がそこまで再現するわけない。

 しかし……もしかしたらじよばんするところまではやったりして……いやいやいや、何考えてんだよ俺!

「はい、終わり!」

 そこで二科が俺の身体を乱暴に自分の膝の上から退けた。声も戻っていて、急激に現実に引き戻される。

「ね、どうよ!? 今度こそ、サキちゃんに完璧になりきれてたでしょ!?」

 二科はおどしかというくらい強い口調で言いながら、俺の制服のネクタイを引っ張る。

「ぐえっ、苦し……」

「こんなに完璧になりきれたらもう、オタク男子のハートわしづかみじゃない!? イケメンで理想のオタク彼氏だってすぐできちゃうよねっ!?」

「なっ……」

 またしても、ユメノ☆サキちゃんの格好で、暴力まがいな行動と、とんでもない発言してくれやがって……!

「ちょっと一ヶ谷!? なんとか言いなさいよ!」

「……ねえ……」

「え?」


「やっぱりお前、全然なりきれてねえ──っっ!」


 俺の必死のたけびは、家中にむなしくひびいたのだった。


    * * *


 夕飯の食器を片付け、それぞれに入ってから、二科は自室へと戻った。

 深夜十二時が近づき、俺はリビングのテレビをつけ、チャンネルを替える。

 もうすぐ今期で一番俺が推しているアニメが始まる時間だ。

 そこに、二科がやってきた。

「あれ、まだ起きてんの」

「お前こそ」

「私はお手洗いに……」

「これから好きなアニメ始まるから、リアタイすんだよ」

「へー、なんてアニメ?」

「『モテ王』。今期で一番男子人気高いから、参考になるんじゃねえか」

「ふーん、じゃ、私もよっかな」

 俺の言葉に、二科はトイレに行ってから、ソファーの俺のとなりに座った。

「このアニメはな、少しとくしゆな設定のラブコメアニメで……」

 俺はアニメが始まる前に二科に説明を始める。

『モテ王』──ラノベ原作のアニメだ。

 主人公が入学した高校が『モテ至上主義』であり、校内で人気投票が定期的に行われ、異性からの人気に応じて生徒のあつかいがちがうという特殊な設定である。

 元々モテなかった主人公だが、女の子の協力を得て少しずつモテていき、校内の『モテランク』が上がっていく──というこくじようラブコメ作品だ。

「へー、おもしろそうじゃん」

「それでだな、このアニメでメインヒロインを差し置いて今一番人気のあるキャラが、このこんいろかみでボブカットの『ささりん』ってキャラで……」

 オープニングが始まったので、テレビ画面を見ながら説明を続ける。

『笹目林檎』は、所謂いわゆる負けヒロインである。幼なじみで、メインヒロインは別にいるという時点で、ちよう者は第一話から察している。

 それでも、いや、だからこそなのか、林檎はメインヒロインよりも人気がある。めんどうがよく、ゆいいつ最初から主人公にデレており、くしてくれるという正統派幼なじみキャラだ。

「ビジュアルが可愛いとか声優がはなざわさんだからだとか、人気の理由は色々あるけど、俺が思うに……この作品は最初はどのヒロインも主人公に対して冷たいのに、モテないダメダメなときから唯一、林檎だけは主人公を好いてくれてるから、だと思うんだよな。それに林檎は、このご時世に幼なじみキャラの基本をすべて押さえてくれている。毎日家にむかえに来て、弁当も作ってくれて、両親と別々に暮らしている主人公の家で夕ご飯を作ってくれるし……林檎には、幼なじみ萌えの全てが詰まっている。幼なじみは負けヒロインだとか不人気だとか最近言われがちだが、それでも色んな作品に幼なじみキャラが出てくるのは、結局男がみんな幼なじみが大好きだからだ!」

「ちょっ、うるさいうるさい熱く語りすぎ。アニメの声聞こえないじゃん!」

「なっ!? せっかく俺が有益な情報をこんなに熱心に教えてやってるっつーのに……!」

「まーでも……なるほどね。幼なじみ……」

 二科は興味ありげにしんけんにテレビ画面に見入っている。

「やっぱり……女の子に料理作ってもらうって、そんなにいいの?」

「何を当たり前なことを!? そりゃあもうめちゃくちゃうれしいに決まってんだろっ!」

「ふーん、そっか……」

 今日の回を見終えた後、二科が今までの『モテ王』も観たいと言うので、録画してあるものを一話から見せた。

 横で俺がくわしく語ってやったのに対し、二科は時折『うるさい』と悪態をつきながらも、たまに質問してきたり感心していたりして、一応俺の語りも参考にしているようだった。

「しかし林檎の人気は相当すごいよなー。ピクシブでの同人人気も他キャラと比べてダンチだし……やっぱり男はみんな結局、林檎みたいなキャラに弱いんだよなー」

「そんなに人気なんだ、この林檎ってキャラ……」

「ああ。下手したら今『ユメノ☆サキ』より勢いあるかもなー」

「ふーん……なるほど……」


 結局その日は、午前三時までかかって『モテ王』を一話から最新話まで視聴し、俺はアニメの内容やキャラについて二科に解説してやった。

 いくら協力し合うと約束しているとはいえ、そんな時間まで付き合ってやった俺ってなんておひとしなのだろうか。まあ、好きな作品を人に布教するのって楽しいってのもあるが……。

 それにしても、二科の『オタク男子にモテたい』『オタク男子の彼氏がしい』という欲望への努力の姿勢だけは、見習いたいくらい尊敬にあたいする。その努力の方向さえ間違えなければいいのだが……。

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