【全文公開】同棲から始まるオタク彼女の作りかた 1巻

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「ここでいいんだよな……?」

 あきばらのカラオケ店の前にズラリと列ができている。目の前までやってきて、俺は思わずだれにも聞こえないくらいの声で独り言をつぶやいた。

 列に並ぶのは、大体俺より年上に見える男女。話している者が多く、友達同士で来ている参加者が多いことを知る。それを見て俺は、やっぱり引き返そうかという気持ちになる。

 だが、当日キャンセルは禁止だと書かれていたことを思い出し、かくを決めて列のさいこうに並んだ。


 俺、いちかげとらは、今日『オタクこいかつ&友活パーティー』というものにやってきていた。

 目的はただ一つ。オタクの彼女を作るためだ。

 小学生でオタクになってから、二次元の女の子にしか興味がなかったが、中学に入ったあたりで様々な青春ラブコメアニメにハマり、そのえいきようもあって、三次元の彼女がしい、と思うようになった。

 彼女を作るなら、オタクの女の子がいい。

 アニメを軽く見る程度のライトオタクならまだしも、俺のように毎日ソシャゲなどのオタクコンテンツに多くの金と時間をついやしているようなオタクには、オタクしゆを理解してくれる同じオタクの彼女でないと厳しいと思う。

 それに、趣味が合うオタクの彼女だったらオタクトークもできるし、一緒にアニメも見られるし、カラオケに行っても楽しいだろうし、もしかしたら好きなキャラのコスプレもしてもらえるかもしれない。

 そこまで考えて俺は、彼女にするなら絶対にオタクの女の子がいいと思っていた。

 しかし、俺の学校には俺の理想とするオタク女子は見つからない。

 漫画研究部の部員はオタク女子だが、まず見た目が俺の好みではないし、同じオタクでも趣味が合わなそうだ。

 俺が好きなのは可愛かわいい女の子がたくさん出てくる作品だが、漫研女子たちは女子に人気のあるアニメやBL、女子向けソシャゲの話なんかをよくしている(ぬすみ聞きしているわけではないが、声が大きいので聞こえてくる)。

 そこで、どうにか学校以外で理想のオタク女子と出会えないかとネットで調べに調べまくり、オタク向けの恋活パーティーというものがあるという情報を得た。

 街コンをしゆさいする会社が、オタク恋活・友活パーティーという、オタクの恋人や友達を作るのを目的としたイベントを開催するらしい。色々調べて知ったが基本的にこういうパーティーは参加条件に二十歳はたち以上というこうもくがあるのだが、今回のパーティーは幸いにも、飲み物はソフトドリンクのみの提供で、ねんれい制限がなかった。

 カラオケのパーティールームにて、ソフトドリンク飲み放題の立食形式で自由に動き回れるというスタイルらしい。

 これだ! と一気にテンションが上がり、すぐに参加を決めた。

 本当は誰か男友達と来たかったが、学校でゆいいつのオタク友達をさそったところ興味ないと断られてしまい、泣く泣く一人でやってきた。

 つまり、今日は俺にとって数少ない大チャンスの日なのだ。

 ここへ来てってどうする。今日俺は絶対に、理想のオタク女子との連絡先をこうかんするって決めたんじゃないか! こぶしを強くにぎって、今一度覚悟を決める。

「こんにちはー。男性一名様でよろしかったですか?」

 カラオケのパーティールーム入り口で、受付のスタッフに声をかけられる。

 参加費の三千円をはらい、名札をもらう。今日呼んで欲しい名前を書いて下さいと説明を受けた。

 なんていう名前にしよう……考えた結果、とりあえず『シャドウタイガー』というSNSでの自分のハンドルネームを書き、名札を胸に付けた。

「…………」

 今まできんちようで周りの参加者を見ることもできなかったが、改めて見ると、人の多さにあつとうされる。

 参加者をわたすと、まだ開場したばかりのためか、男女で楽しげに話している光景はほとんどない。

(俺の好みの、くろかみロングせい系の可愛い女の子は……)

 目を皿のようにして、俺は参加者の女の子の顔をチェックしていく。

(……うーん、なかなか理想通りの子はいないもんだな)

「ソフトドリンクはこちらまで取りに来て下さーい!」

 スタッフのかけ声と共に、参加者がドリンクが提供されるカウンターまで移動する。

 そこで、気付いた。俺が女の子の顔をぎんしている間に、先ほどまではみんな男女分かれて会話していたが、じよじよに男女で会話をし始めていることに。

 まずい。さっさと好みの女の子を見つけて声をかけないと……!

 だが周りをよく見ると、少しでも可愛いと思った女の子はすでに男の参加者と楽しげに会話をしていた。

 やばい。完全におくれた……!

 必死になって更に目をこらす。まだ男にとられていない女の子は……会場のすみに、地味目な女の子二人組が二人してけいたいいじっているのが目に入った。正直好みではないが……そんなことを言っていたら、きっと今日誰とも話せないで終わってしまう。

 それだけはけたいので、とにかくまずは誰かに話しかけることから始めようと思い、俺は彼女たちのもとへ足を進めた。

「……、…………」

 しかし、彼女たちの二メートルほど手前まで来たところで、俺の足は止まった。そこから先へは一歩も動けなくなる。

 なんて話しかけたらいいんだ? こんにちはー、今日どこから来たんですか?

 いやいやいや絶対無理! それ、ほぼナンパじゃん!

 自分が彼女たちに声をかけるところを想像して、とんでもないことに気付いた。

 俺、自分から知らない女の子に話しかけるなんて、できなくね?

 冷静に考えたら、学校ですら女子に話しかけられない俺が、こんなアウェイな場所で、たった一人で、知らない女性に話しかけるなんて無理に決まっているじゃないか。

 なんで俺、自分がそんなことができると思ったのだろう。このパーティーに申し込んだときの自分がおそろしい。

 きっと、パーティーにさえ来ればなんとかなると思っていたのだ。あわよくば、誰かに話しかけてもらえたり、何かのきっかけで話せるだろうとか軽く考えていた。

 甘かった。俺はいつだってそうだ。できもしないことをできるだろうと軽く考えてしまう。

 自分を過信しすぎなんだ。これからはもう少し、自分を信じるのをやめよう。

 ……よし。

 俺はその場で深くため息をついて、決意した。

 今日は、もう帰ろう。

 パーティーに申し込んで、会場までやってきて、列に並んで、受付を済ませただけでも、十分がんったじゃないか。コミュ障オタクの割には、よく頑張った。

 自分で自分をそうやってなぐさめでもしないと、泣きそうだった。なんのためにソシャゲへの課金や昼飯代などを節約して参加費三千円という大金を握りしめて、休日をつぶしてここまで来たのか。

 だけど、これ以上ここにいることを考えたら、参加費をにしてまでも、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。

 俺がげるように出口まで足早に向かっていた、そのとき。


「きゃっ」

「……っ! す、すみませ……」


 女の子にぶつかった。

 謝りながら相手の顔を見ると……。

「!? え、……!?」

 見覚えのあるその顔に、思わず固まった。

 見たことがあって、当然だ。一度も話したことはないが、彼女は同じ学校、同じ学年の、となりのクラスの生徒だった。

(なんでこの女が、こんなところに……!?)

 しなこころ

 クラスはちがうが、有名なので知っている。とにかく目立つ派手な女子だ。

 友達は多く、ビッチっぽい見た目で、リアじゆう男子からの人気が高く、それでいて服装とうはつ以外の学校での態度は至って、成績も良いとうわさされているハイスペックリア充女だ。

 今一度姿を見る。

 派手な色の髪。かたの出ている、赤いミニワンピース。高いハイヒール。

 両耳には大きなピアス。しようなどにうとい俺でも分かるほどく派手なメイク。

 この『オタク恋活・友活パーティー』という場所にはとうてい似つかわしくない。

 なんで、リア充クソビッチの二科心が『オタクオフ会』なんかにいるんだ!?

 気付けば、二科心は俺の顔を見て、なぜか真っ青な顔になっていた。

「なんか見覚えあるような……あんた、もしかして学校の……!?」

 二科がまどった様子で口にする。

「あっ、トウーハートさん、ここにいたんですね!?」

 そこへ、男二人組が足早に近づいて声をかけてきた。

「いきなりいなくなるからどこへ行ったのかと思いましたよ~!」

 男二人組は、顔、服装、話し方共にいかにもオタクという感じであり(俺も人のこと言えないが……)、話しながらどんどん二科心に近づいてくる。

「……っ!」

 二科は彼らを見て、明らかに顔を引きつらせている。

「あ、す、すみません。ちょっと知り合い見かけたもので……」

「へ!?」

 二科は俺のうでを引っ張ってそんなことを言い出した。

「知り合い?」

「はい、オ、オタク友達で……ちょっと二人で話したいので、失礼しますね!」

 ほうけている俺の腕を引っ張って、二科は足を進めた。二科のとつぜんの行動に戸惑いをかくせない。

 満員電車以外で女子とこんなに接近したことが初めてで、正直腕を?つかまれているだけでドキドキしているのだが、二科からこうすいなのかシャンプーなのか分からないいいにおいがただよってきて、クラクラする。


 何か言いたげな男二人組をその場に残して、二科は俺をパーティールームを出たところの階段のおどり場まで引っ張り出した。

 人目に付かない場所で、二科はやっと俺の腕を放してから俺の顔を見る。

「多分……同じ学校だよね?」

 なぜか顔を真っ青にして、俺の顔を見ながらたずねた。

「えっと、名前分かんないけど……なんでここにいんの?」

「お、俺は、出会いを求めてここに来ただけで……。そっちこそなんでここにいるんだよ? オタクでもないのに……」

 なぜ俺が悪いみたいな言い方をされているのか分からず、俺はせいいつぱいの強い口調で言い返した。

 しかし、落ち着いたじようきようで、先ほどより少し明るい場所で改めて二科を見ると、確かにリア充男子から人気なのもよく分かる。

 一年の時から可愛かわいいと有名だったので知っていた。

 客観的に見たら、芸能人にいてもおかしくないくらい、ビジュアルのクオリティは高い。

 顔の作りがばつぐんに整っていること、スタイルが良いことはもちろん、髪形やメイクなどの完成度なんかも、他の参加者の女性と比べても飛びけているということが、お洒落しやれうとい俺でも分かる。

 だが、何を隠そう俺はビッチやギャルが苦手だ。できるだけかかわりたくない。

 俺は学校でオタクを隠していないために、中学の時ギャルグループにオタクなことをバカにされたりからかわれたことがある。それがトラウマになり、それ以降、なるべく学校では気配を消して教室の隅でこそこそと生きるようにしている。

 つまり俺にとって、どれだけ可愛かろうと、ギャルという生き物はきようの対象でしかない。

 それに、二科心は俺の好みのタイプとは正反対だった。俺の好みは黒髪ロング清楚系美少女である。二科とは真逆だ。

「出会いを求めて……? オタク女子との出会いってこと?」

 二科は俺の言葉を聞いて不思議そうに質問した。

「あ、ああ」

「そっか……じゃ、あんたもオタクなんだ……」

 二科は今までのけいかいしんあらわな表情から、心なしか少しだけほっとしたような表情になった。

 あんた、も……? 今二科は、そう言ったのか……?

「…………。ま、見るからにそういう感じだもんね」

「……っ!」

 二科は俺の姿を頭のてつぺんから足のつま先までじろじろながめると、そう言い捨てた。

 見るからにそういう感じ、だと!?

 俺は今日このオフ会に向けて、自分なりに精一杯のお洒落をしてきた。それなのに、なんでそんなことを言われなければならないのだ。

「……って、ていうか、そっちこそなんでこんなところにいるんだよ?」

「なんでって……」

 二科はばつが悪そうな顔で俺から目をらした。

 それからため息をついて、何かを決意したかのように顔を上げて俺を見る。

「休日にこんなところにわざわざ来る理由なんて、一つしかないじゃん……」


「私も、自分と同じオタクの彼氏がしくて来たの」

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