【2巻試し読み】先輩、ふたりで楽しい思い出つくりましょう!

第一章『かわいい彼女が生えてきた』その5

 三十分ほどで面会を終えて外に出る。

 天ヶ瀬はとっくに病院を出て、外のベンチに座っていた。

「……本当に待ってたのか」

 てっきり、先に帰ったものだと思っていたが。

 本心で僕は驚いた。そんなこちらを、天ヶ瀬はむすっと睨むように見上げて。

「何それ。待ってるって言ったじゃん」

「……そうだったな。悪い、余計なこと言ったよ」

 意外な律義さに、思わず笑いそうになる。

 それを必死で隠す僕に、やはり天ヶ瀬は不機嫌そうな様子で。

「……その。ごめんなさい……すみませんでした」

 なんて、そんなことを言った。

 僕は肩を竦める。

「なんの謝罪なんだ、それ?」

「だって私、今日、大事な予定があるなんて知らなくて……その、だから」

 僕の思考を捻じ曲げて、予定を忘れさせたことを謝っているらしい。

 そこまで言われてしまうと、さすがに堪えきれない。僕は思わず吹き出してしまう。

「な、なんで笑う!?」

 顔を赤くして睨んでくる天ヶ瀬に、悪い、と片手を振って。

「謝るのそこか? と思ってな。普通そもそも、人を洗脳したことを謝るべきだろ」

「う……それはそうだけど! あれは、私的にも、いろいろ……ああもう!!」

「なんだよ、逆ギレか? ていうか第一、どういう願いなんだ? まさか僕を彼氏にすることが願いだったっていう気か?」

 そう訊ねてみると、天ヶ瀬はもはや耳まで真っ赤に染めて。

「はあっ!? そんなんじゃないんですけど! やめてくんない!?」

「なら、どういうつもりだったんだよ?」

「そ、れは……」

 しばし、天ヶ瀬は言い淀んだ。

 だがすぐに首を振り、彼女は言った。

「別に大したことじゃない。ただちょっと、放課後遊ぶ友達が欲しかったってだけ」

「……それだけ?」

「何、それだけじゃ悪いっての? 別にいいでしょ、あんなのに何願ったって。それとも何? 私のやること、いちいち先輩に報告しなきゃなんない義務でもあるってワケ?」

 僕だってそうは言わないが。

 大した願いじゃないというなら、それこそ星の涙が叶える必要もないだろう。

「なら僕がお前の友達になってやる。それでいいか?」

 だからそう言ってみた。

 しばし返事を待つ。天ヶ瀬はまっすぐに僕の顔を見ながら。

「……それさ、言ってて自分で恥ずかしくならないワケ?」

「まったくならない」

「断言したし……いや、ならいいけどさ。──いおりん先輩って変わってますねー?」

 最後の台詞だけ、天ヶ瀬は元のあざとい声で宣った。

 本性を知ったあとに聞いているせいで、違和感が半端じゃない。

「てか、いおりん先輩は嬉しくないんですか? わたしみたいなかわいい後輩と、簡単にお近づきになれるなんてあんまりないと思うんですけどー」

「生憎と、自分でそういうこと言ってくる奴は、こっちとしては間に合ってる」

「……ああ。灯火ちゃんですか」

 ふっと小さく息をついて。

 そのあとで、天ヶ瀬はわずかに笑う。

「さっき、あの子のこと大事とか言ってましたけど。先輩にとって、灯火ちゃんってなんなんですか?」

「なんなんですか、って……そう訊かれても」

「彼女? じゃないですよね、別に。聞いた感じ恋とかじゃないっぽいですけど」

 双原灯火は今、冬月伊織にとって果たして何か。

 その問いに、何かしら特別なものなんて僕は見出さない。

「単なる《幼馴染みの妹》だよ」

「単なる……ねえ。なーんか、いおりん先輩のその表現には、いろいろ意味がありそうな感じしますけど」

「否定はしないけどな。ある程度、気にかけてやりたい相手ではある」

 流希の妹。僕にとっては、その時点で特別だ。

 もちろん僕は、僕という個人は──灯火という個人を大事に思っている。そのつもりでいる。

 ただ関係性を言葉にしようとしても、上手い表現がほかにないというだけの意味だ。

 少なくとも恋人だのなんだの、そういった関係ではないのだから。

「ある程度……ねえ。それって本当に、ただの《幼馴染みの妹》にかける程度ですか?」

「……どういう意味だ?」

「いえ別にー。そういうふうに言うんだったら、それはそれでいいですけどー」

 目を細める天ヶ瀬。なんだか、演技なのか素なのか微妙なラインになってきた。

「──とりあえず、今日は帰りますね」

 目を細める僕に対して、天ヶ瀬は言った。

 少し迷って、それから僕は天ヶ瀬にこう告げてみる。

「今日は水曜日だったが」

「は? ──何、急に当たり前のこと言ってんの?」

 一瞬でキャラ変する天ヶ瀬。

 こっちの態度で冷めた声を出されると、なかなか心に来るものがあった。

「いや。だからつまり、水曜日は僕は空けられないが、固定で予定があるのは水曜日だけって話で、明日以降は空いてるわけなんだが。……その、どっか遊びにでも行くか?」

 どう答えるだろう。

 見るべきはこの提案に、天ヶ瀬がどう答えるか、だ。

 果たして天ヶ瀬は、ちょっとだけ驚いた顔を見せつつも、すぐに笑って。

「ふぅん……まあいいですよー? 確かに、今日のはいくらなんでもですもんねー。それじゃ、デートプランは任せますよ、伊織……じゃなくて、いおりんせんぱーい?」

「……そんな、無理して使うあだ名でもないだろ」

「別に無理なんてしてませんけど。でも、そうですね。こういうのはどうですか?」

 ぴっと指を立てて、それを天ヶ瀬は僕に向ける。

 それから、どこか試すような笑みで。

「いおりん先輩がわたしを楽しませてくれるんなら、星の涙はお渡ししてもいいです」

「……わかった。それなら約束しよう」

「じゃあ決定ですっ! ──ふたりで、楽しい思い出を作りましょうっ!」

 最近、なんだか女の子とデートの約束をすることが増えた気がする。

 その割にちっとも嬉しい感じじゃないのは、さすが僕といったところだろうが。

 とりあえず、これだけは確信できているということがひとつだけあった。


 ──、ということだ。


 直感だった。具体的なことがわかっているわけじゃない、けれど。

 彼女には何か明確な目的があって、だから近づいてきた──それは間違いないはずだ。

 本当の願いだって、少なくとも《僕と恋人になりたかった》とかではないだろう。もしそうなら、無効化されたときのリアクションは、もっと違ったものになっていたと思う。

《冬月伊織が天ヶ瀬まなつのことを自分の恋人だと思い込む》。

 この状態が、星の涙によってもたらされたことに疑う余地はない。けれど、それ自体が願いではなかったことも、おそらく間違いないはずで。

 まあ、言っちゃなんだが天ヶ瀬が僕を恋人にしたい理由、……かなり普通に、ないし。

 考えられることはふたつある。

 ひとつは、──ということ。

 天ヶ瀬は何かもっと大きなことを願っており、それを叶えるために、僕を恋人にするという過程が必要だった、ないし手っ取り早く適当だった。

 もうひとつは、──ということ。

 天ヶ瀬の願いはまったく別のもので、支払う対価として僕が恋人になってしまう事態を強要されてしまった、あの状態自体が彼女の本意ではなかった。

 だが前者でも後者でも、正直に言って意味不明だ。

 なぜなら星の涙は、持ち主が《失ってしまった》ものを取り戻す石であり、その対価に《所有しているもの》を明け渡す石であるからだ。

 その条件に今回、僕は当て嵌まっていないはずである。

 僕と天ヶ瀬はほとんど初対面であり、彼女は僕を失ったことなどないし、もちろん所有しているものでもない。要求としても対価としても、冬月伊織は不適当だということ。

 この矛盾は、いったいどういうことだろう?

 星の涙はそういう願いも実は叶えてくれる石だった、ということか。

 かもしれない。そう言われたら、そうだったんですかとしか答えようがなかった。

 僕は僕の知っている限りのことしか、星の涙については知り得ないのだ。

 そして星の涙に関する知識なんて、大半がこの街に流布する都市伝説の受け売りである。仮に話自体が間違っていたとするのなら、全ての前提が覆ることもあるだろう。

 とはいえ、少なくともこれまで都市伝説通りだったことは確かであり。

 やはり星の涙が、失ったものを取り戻すために存在するものであるとするのなら──。


 必然。

 僕は以前から、天ヶ瀬まなつとは知り合いだったということになる。

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