一億年ボタンを連打した俺は、気付いたら最強になっていた ~落第剣士の学院無双~ 1

二:落第剣士と剣術学院 4

 剣武祭開始の五分前。俺は開会式に出席するために会場へもどった。

 剣武祭の会場は、とてもシンプルな造りだ。中央に置かれた大きな石たいと、それをグルリと囲うように設置された観客席。本当にただそれだけだ。

 現在は剣武祭の責任者が舞台上で剣武祭のルールを説明していて、参加する大勢の剣士たちがその周りで静かに聞いている。

 対戦形式は一対一の決闘方式。石舞台から落ちれば、その時点で敗北。性のこうげきは禁止。組み合わせは試合開始直前のくじ引きによって決定する。ルールはたったこれだけのとてもわかりやすいものだった。

 そうしてルール説明が終わったところで、いよいよ剣武祭が始まろうとしていた。

「それではこれより、第一試合の組み合わせを決定いたします!」

 じつきようを務める女性は、大きな箱の中から二枚のくじを引いた。

「第一試合は──バブル=ドミンゴ選手対アレン=ロードル選手! 両選手は、すみやかに舞台へお上がりください!」

「……一番か」

 理想を言えば、何戦か他の剣士の戦いぶりを見てからがよかったけど……。決まってしまったものは仕方がない。俺はひとみをき分け、舞台へ上がった。すると、

「おいおい、誰かと思えばさっきの負け犬じゃねぇか! こりゃ、おどろいた! まさか本当に剣武祭の出場選手だったとはなぁ!」

 あざけるような笑みをかべたバブルがちようはつしてきた。

(もしかしてと思ったけど、まさか本当にさっきぶつかってきたあの大男だったとは……)

 奴の安い挑発を聞き流していると、実況者が手元の紙を読み上げる。

「えー、こちらの事前情報によりますと、バブル選手の流派はあのこんごうりゆう! 大剣を武器に強力な一撃で相手をふんさいする──伝統のある渋い流派ですね! 一方のアレン選手は……ぷぷっ。な、なんと……っ、アレン選手は我流! 我流の剣士だそうです!」

 その瞬間、会場がドッとき上がる。それはもういっそわかりやすいほどの『嘲り』だ。

「ぎゃはははは! バブル、お前くじ運がいいじゃねぇか! 早くも一勝いただきだな!」

「おい、ぼう! みつぶされねぇように注意しろよ!」

「ぷぷぷ……っ。まんの『我流』の剣を見せてくれー!」

 当然ながら、正面に立つバブルもその例にれない。

「おいおいおい、かんべんしてくれよ! 我流の──それもこんな小っちぇお子様が相手なんて、これじゃまるでいじめみたいじゃねぇかよぉ……! ぎゃはははは!」

 奴はおおな身振りで、腹をかかえて大笑いを始める。

 くやしい。悔しい……けど、彼らは何も間違ったことは言っていない。

 俺は確かに強くなった。しかし、それはあくまでグランけんじゆつ学院という小さな箱の中での話だ。実際こうして一歩外の世界に踏み出せば、格上の剣士がそれこそ山のようにいる。

(俺はまだまだ、だな……)

 世界は広い。これを知れただけでも剣武祭に出た価値はあった。

 とにかく今は、胸を借りるつもりで──全力でぶつかろう。

「──お願いします」

 俺は軽く頭を下げ、試合開始の合図を待った。

『たとえ相手がどれだけ失礼な奴でも、人として最低限のれいはらわないといけない。そうじゃないと相手と同じになってしまう』──母さんが教えてくれたことだ。

 それから俺とバブルは開始位置についた。

「両者準備はよろしいですね? それでは第一試合──始め!」

 実況が試合の開始を告げると同時に、俺たちはすぐさま剣を引きく。

 俺はへその前に剣を置く──正眼の構え。一方のバブルは、大剣を大上段に構えた。

(十数億年を経て、俺の剣がどれほど成長したのか……。この剣武祭できわめる!)

 そのためには、受け身でいてはだ。積極的にめて、自分の剣術を前に前に押し出さなくてはならない。

 だから今回は、先手を打つことにした。俺は正眼の構えから、ばやく剣を縦に振る。

「一の──えいッ!」

 十数億年の修業で身に付けた飛ぶざんげきだ。りよくこそひかえめだが……出が早く、間合いを保ったまま放てるため、とても使い勝手がいい。けんせいの一撃として、もってこいのわざだ。

(さぁ、どう出る……!)

 せまる斬撃を前にしたバブルは──いつさい動く素振りを見せなかった。

(なるほど……。ギリギリまで引き寄せて、最小の動きでげいげきするつもりか)

 人としては失礼な奴だけど……こと剣術においては、やはり俺よりも格上のようだ。

 すると次のしゆんかん

「──ぱがら!?」

 バブルの鼻っ柱に飛影が直撃し、奴はそのまま軽く場外までき飛んだ。

「……え?」

 予想外の事態に俺が混乱していると、実況者が試合の結果を高らかに宣言した。

「しょ、勝者! アレン=ロードル! な、ななな、なんということでしょうか!? 大方の予想を裏切って、この小さな剣士はたったの一撃で試合を決めてしまいましたぁ!?」

 それと同時に観客や剣士たちは、大きくざわめきを見せた。

「な、なにが起きたんだ……?」

「なんか一瞬、めちゃくちゃ速い『ナニカ』が飛んでいかなかったか!?」

「そ、そんなの全く見えなかったぞ!?」

 あまりのあっけなさに、俺はぼうぜんとしてしまう。

「う、うそ……だろ?」

 もしかしたら俺は、自分が思っているよりもずっと強くなっているのかもしれない。


    ■


 アレンとバブルの試合が終わった直後、剣武祭運営委員ははちの巣をつついたようにさわがしくなっていた。

 しかし、それも無理のないことだ。なら五学院の一つ──せんじんがくいんの理事長レイア=ラスノートがとつじよ訪問してきたのだ。

「こ、こんな地方の剣武祭に足を運んでいただけるとは……! た、大変きようしゆくな思いでございます……!」

 剣武祭の責任者である初老の男は、激しくどうようしながらもなんとか感謝の言葉を結んだ。

 それに対して、レイアは少し申し訳なさそうにほおを搔く。

「わざわざこんなVIP席を用意していただかなくとも、私はいつぱん席でいいんですが……」

 実際これは、本心からの言葉だった。彼女は剣武祭を視察すべく、一人の『観客』としてここへ来た。それがぐうぜんにも運営委員の目に留まってしまい、あれよあれよと言う間にVIP席に連れて来られたのだ。

「い、いえいえ! そういうわけにはいきません! むしろこんな場所しか用意できず、大変申し訳ございません……っ!」

 恐縮しきった様子の男は、そう言って平謝りをした。彼がこのような態度を取るのには、当然ながら理由がある。

 五学院の理事長は、広大な社会的えいきよう力と絶大な権力を持つ。もしもここでレイアのげんそこねれば、『剣武祭』そのものがいとも簡単になくなってしまうだろう。

 剣武祭の責任者である彼が、このように恐縮してしまうのも無理のない話だった。

「そんなにかしこまらないでください。今回は剣武祭を──というよりは、剣武祭の出場選手を見に来ただけですから」

 レイアは運営委員のきんちようを解くため、ちょっとした世間話をすることにした。彼女としても、こんな張りめた空気の中で試合を観戦したくないのだ。

「最近は千刃学院のさらなる発展のため、あちこちに足をばしているんですよ。まぁ、スカウトのようなものですね」

 かつてはえいを極めた千刃学院だが……。近年は生徒の質が低下しており、五学院の地位が危ぶまれていた。

 前理事長は成績低迷の責任を取って辞任し、今年開かれた理事長選挙によってレイアが新理事長に就任した。そして彼女は学院復興のために各地の有望な剣士を視察し、その実力が確かならば学費めんじよすいせん入学を持ちけた。

 生徒の質を一気に改善することは難しい。そのため、一部のちようゆうしゆうな生徒をき込み、部分的な質の向上に取り組んでいるのだ。

「なるほどなるほど! するとお目当てはやはり、前回優勝者の『賞金かせぎ』でしょうか?」

 少し緊張のほぐれた剣武祭の責任者は、レイアにそう問い掛けた。

「えぇ、もちろんです。『賞金稼ぎのローズ=バレンシア』──一度この目で見ておきたいと思いまして」

 もしもうわさたがわぬ実力者ならば、すぐにでも推薦入学の話を持ち掛けるつもりだった。

「左様でございましたか。私は前回大会のときに賞金りの戦いを見たのですが……一子相伝のおういつとうりゆう! あれはすさまじいものがありましたよ!」

「それは楽しみですね。ですが、私は賞金狩かせぎだけを視察に来たわけではありません」

「……と、言いますと?」

「もしかすると思わぬ『り出しもの』が見つかるかも、と少しだけ期待しているんです」

 レイアはそう言って、するどい観察眼を舞台へ向けたのだった。

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